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第14章 異世界との交流が始まった地球文明
14.14 ハヤト、サーダルタ帝国に乗り込む2
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ハヤトは“むつ”の乗降口から皇都サダンの空港の様子を眺めながら、管制室で見ていたスクリーンの光景と重ね合わせていた。
惑星サーダルタは、地球と同様な青い惑星であり、とりわけ青い海の中に緑と明るい茶色の陸が複雑な形に混じりあっている。両極は白くなっているので気温は地球と同じ位なのだろう。この惑星は、直径が地球より25%大きく陸は全体の30%を占めてこの割合は地球と同じ程度なので、陸の面積は5割増しだ。
陸をしげしげと見た感じでは、明らかに砂漠・土漠などと見える不毛の地は多くなく、また人跡未踏に見える原生林もあまり見当たらない。サーダルタ星においては有史1万年であり、古くから人々が開発を進めてきたことから、惑星の殆どの地域は多かれ少なかれ開発が進んでいるのだろう。
半球がスクリーン一杯を占めたこの状態では、明かに都市である部分ははっきり解る。しかし、都市としても緑と建物などの様々な色の人工物と混じりあって見えることから、都市内でも多くの緑があるようだ。流石に地球の1.5倍の陸地に2/3程度の人々が住んでいるということで、スペースにはゆとりがあるのだろう。
艦が高度を下げると、ひと際巨大な都市が近づいてくる。携帯端末が知らせてくるが、あれが人口2千万を数える皇都サダンであり、そのスクリーンで見て左手が着陸する空港のムラタである。サダンは、ひと際巨大な大陸の東側の大きな湾に面した沿岸都市であり、その都市域は概ね半径30㎞に及ぶらしい。
高度を下げると街の様子がクリヤーに見えるが、やはり市内のあちらこちらに緑の塊である森が見え、明らかにビル街、住宅街にも多くの緑が配されている。
「カーターさん、あの住み易そうな町のレイアウトを見ると、サーダルタ人もそんなに付き合い難くはないように思えますね。ああいう町並みを造れる人々が、何で他の世界の征服を企むかなあ」
ハヤトが隣に座っている外交団の責任者のアメリア・カーターに話しかける。
「ええ、サーダルタ人は間違いなく文明人です。彼らは残酷でもありませんし、征服に当たっても無駄な殺人や破壊はしません。少なくとも彼らが支配した11の世界についてはそうでしたね。ずっと以前のこの世界の統一に当たってはどのようであったかは余り調べてはないのですが、地球でほど血で血を洗うような無残な戦いは無かったようです。
だから、私が思うのは、結局彼らは今まで征服した異世界に対しては、特に無理をしなくても征服できたという点が大きいのではないでしょうか。地球については、たまたま10年もならない以前に重力エンジンとレールガンという彼らを圧倒するテクノロジーが生まれました。
でも、それがなければ、欧州がそうだったように双方に殆ど被害なく簡単に征服されたかもしれません。あるいはロシアやアメリカだったら、核を使ってひどいことになったかも知れませんね。いずれにせよ、地球の征服には失敗したのですが、彼らがとりわけ市民に損害を与えようとした形跡はありませんね。
唯一欧州で一街区を“お仕置き”として爆撃した例がありますが、いわゆる慈悲深き帝国の懲罰ということでしょう。とは言え、あれだけの大帝国が、経済原理から支配していた世界を手放すというのは、なかなかできることではありません。
しかも、皇帝以下の政体に大きな変化がなくということですから、人々も成熟している訳ですよ。地球のどの国でもなかなかできることではないと思いますよ。だから、地球がサーダルタ帝国と和を結ぶというのは正解だと思います。あれだけ長い歴史を持つ国ですから我々が学ぶことはたくさんあるはずです。
なにせ、地球はまだ正式には200近くの国と地域に分かれており、完全統一にはまず人々の暮らしのレベルを近づける必要があります。多分、暫定統一に少なくとも10年、人々が地球人という意識を持つのに50年はかかるでしょうね。彼らに比べると我々は野蛮人ですよ」
女史の滔々としゃべる言葉を思い浮かべながら、彼の前に立っている彼女の背を見て、あれこそは彼女の持論なんだろうなと思うのだった。
やがて、昇降機の準備が整い、3人ずつ並んで動いている昇降機(エスカレーター)に乗り込む。この種の母艦が乗り組み員以外の客を乗せる場合には乗降にはこの昇降機を使うのだ。先頭は外交団長のアメリア・カーターである。今回の外交に係わる正式メンバーは全てこの“むつ”に乗っており、その他の調査員やマスコミ関係は客船のアナザワールド(NW)に乗っている。
NWからも人々が下り始めたようだが、正式の出迎え団は無論“むつ”の下に集まっている。カーターを迎えて握手するのは、ほっそりしたエルフ顔の帝国政府の外務大臣のジスラーイ・カマダラである。お互い翻訳機はぶら下げており、やり取りには不自由はない。
「ようこそ、サーダルタ帝国へ。私は外務大臣のジスラーイ・カマダラです。今回の交渉に当たってはよろしくお願いします」
「はい、歓迎ありがとうございます。私が外交団長のアメリア・カーターです。この度は平和交渉に当たってはよろしくお願いします」
カーター女史が応じ、次に次席の佐川瑛太でハヤトは3番目である。彼は政治家の立場であるため比較的席次が高い。ハヤトはカマダラ大臣と握手して自己紹介する。
「二宮ハヤトです。地球同盟議員の立場で参加しています」
「おお、あなたがハヤトさん。ジスラーイ・カマダラです。お手柔らかにお願いします」
大臣は笑って挨拶する。その反応を見て、自分のことは十分帝国側に伝わっているなと思うハヤトであった。
その日は着いたのが夕刻ということもあって、外交団は帝国政府の迎賓館、調査員や記者はホテルと用意された宿舎に落ち着いてそれぞれに自由に過ごして5日間の旅の疲れを癒す。ハヤトは、割り当てられた部屋に入り中を確認の後に小さなバッグの手荷物を置いて食堂に降りていく。
カーター女史と佐川と一緒の夕食を約束しているのだ。なお、佐川瑛太は日本の外務省出身者で地球同盟に派遣されてい、50歳のベテランである。ちなみに、ハヤトは、荷物を空間収納に入れているので、見かけ上は肩掛けの小さなバッグのみが荷物になっている。
空間収納は実質的に持ち主の魔力に依存するもので、まず魔力が相当に大きくないと空間収納の魔法自体が使えない。また収納する重量に応じて魔力の消費が増大し、収納している間も魔力を使うので長期に渡って使うときは、その個人の魔力の自然回復量を上回る消費の容量は収納できない。
ハヤトの場合の収納容量は大体10トン程度になっており、いつもマナの1トン余りの貯留ボンベは収納に入れているが、他にはは大きなものは入れていない。だから、ハヤトにとっては旅に必要だと思われる様々なものを余分に入れるくらいは問題ないのだ。
空間収納は、現状のところ地球人では特殊な条件下でしかできる者がいない。これは空間魔法を使うときは莫大なマナの消費が必要であり、ハヤトにしても地球では発動させることはできない。彼ができるようになったのは、撃墜したガリヤーク機からマナのタンクを回収してそのマナを使って始めて可能になったのだ。
しかし、今のところ地球人ではハヤトに次いで魔力の大きい自衛隊にいる水井健二は、マナの濃度を高めた部屋の中で空間収納を発動させることはできた。ただ彼はハヤトほどの素質はないようで、その保持に魔力の消費が比較的大きく、精々20kg程度の収納が可能であるレベルであった。
その能力では自らマナタンクを収納して使うということが出来ないので、地球のようなマナの低いところでは、実質空間魔法は使えないという結論になった。しかし、このサーダルタやジムカクなどのマナの濃い世界に地球人を送り込めば、相当数のものが空間魔法を使えるだろうとハヤトは思っている。
ハヤトが、流石に大帝国の迎賓館らしく重厚な飾りつけの食堂に入ると、全部で50ほどのテーブルはちらほら埋まっており、その一つに佐川が座っているのに近づいていく。佐川が気づいてハヤトに向かって頭を下げる。
「やあ、お待たせしました。それにしてもここは流石に立派な内装ですね」
ハヤトの言葉に佐川も応じる。
「いえ、私も来たばかりです。確かに私も地球ではいろんなところに行きましたが、この内装は文化の高さを感じます。ところで、カーター女史は少し時間がかかりますが、それほどお待たせすることはないはずです」
「いやいや、構いませんよ。ところで佐川さん、ここに来るまでの町並みの印象はどうでした?」
ハヤトが聞くが、彼らは帝国側の準備した地上車に乗って15分程度のドライブをしたのだ。その道路は片側4車線もある大きなもので、彼らのバスのような車は中央の高速帯を走って、相当な距離を短い時間でやってきた。
当然、その途中で町並みは見えたが上空からの印象通り、極めて緑の多い都市作りがされていて、道路沿いには植樹帯があり、建物が密集しているところは見当たらずに緑の中に建物がある感じである。さらに、多分2㎞おき程度に森があって緑の街の印象を強くしている。また、大きな特徴は高層ビルが見当たらないことで、どうも5階程度に階数は制限されているようだ。
「ええ、上空から緑の多い都市という印象は持ちましたが、想像以上ですね。少なくとも、町並みに関してはユートピアに近いと言ってもいいかも知れないですね。しかし、ここはあくまで皇帝の住む皇都であるということで、平均的な都市がどうなっているかですね。でも少なくとも、町並みに関しては地球人近い感性を持っているということは言えます」
佐川の言葉に佐川も頷いて言う。
「そう、価値観が似ているというのは感じました。それにひとまず安心したのは、車の中からですがこの取都市内で被差別階層の存在は見えなかったですね。平和条約の締結自体には大きな問題はないのじゃないでしょうか。また、その後の交易も結構実りが多いと思いますね」
その話が終わらない内にカーター女史がやってくる。
「お待たせしました」
彼女はそう言って椅子に座る。そこで、佐川が手を挙げてウェイトレスを呼んで、いろいろ聞きながら、ハヤトとカーターの同意もとって注文する。
「さて、ハヤトさん。今回の交渉ではお願いしますね。なにしろ、サーダルタ人は全般に魔法を使える人が多いと聞いています。その中には、相手に考えを押し付けるなどの精神系の魔法もあると思いますから、地球最高の魔法使いのハヤトさんを当てにしています」
「ええ、ただまず間違いない話として、サーダルタ人にとっては相手は話している内容に賛成か、反対か、嫌悪感を感じているかなどは解りますよ。ただ、相手の考えを読めるものはめったにいませんし、そういうものは同席させないようにあらかじめ条件として帝国に要求しています。
また魔法で相手を強制することも威圧によって可能ですが、考えを読むもの、また威圧を使う場合には、私は判りますから退席を要求します。ただ、先に言った程度の判別は殆どの人が出来ますから、これは退席を求めることはできません。
地球の場合だったら表情で読みますよね。だから、地球ではポーカーフェイスというものが流行ったのですが、ここではほぼ全く意味を成しません。ただ激しい感情は見分け易いですから。出来るだけ興奮しないようにすることは必要です」
「ええ、相手の感じていることを掴めるというサーダルタ人は厄介な交渉相手ですねえ。ただ、この場合はすでに下打ち合わせはできており、条約のたたき台もできています。はっきり言って、平和条約と不可侵条約自体には大きな問題はないと思っています。どちらかというと通商条約の方に問題が多いでしょう」
カーター女史の言葉に佐川が反論する。
「カーター代表、平和条約と不可侵条約も必ずしも楽観はできないと思いますよ。なにしろ、大帝国であったサーダルタの実質初めての挫折ですから、貴族などの有力者からの揺れ戻しもある可能性は頭において置いた方がよろしいと思います」
「その点はあまり心配はいらないように思いますね。私も、人の考えは相手を威圧で押しつぶしてからしか読めませんが、さっき言ったように感じは掴めるのです。先ほどカマダラ大臣の感じでは今回に交渉にさほどもめる要素な無いと考えているようです。我々に対して緊張はしていましたが、厄介な相手、敵対者とは考えていなかったようですよ」
そのように翌日に行われる協議の話をしながら、外交団を実質リードする3人は夕食を楽しむのであった。その迎賓館の夕食は地球人から見ると風変わりなものであったが、味は申し分なく、食材、料理の面だけを見ても交易の利益をうかがわせるものであった。
翌日、平和条約の交渉が行われたが、まず問題になったのは外交団の資格の問題であった。
「ええと、あなた方は地球同盟を代表してこられたわけですよね。我々が調べた限りでは地球は国とそれに準ずる地域200以上に分かれています。そして、それらがまとまって運用しているのが世界連合と、地球連盟ということのようですね。
世界連合という組織はその国のほとんどが加わっているようですが、地球同盟の正式メンバーはまだ25ヶ国のようですね。確かにその25ヶ国が有力な国々という点は判りますが、果たして地球同盟がわが帝国と地球を代表して条約を結ぶ相手になる資格があるのでしょうか?」
それに対して、地球側の出席者の18人の多くは顔を見合わせたが、代表のカーター女史にしてみれば予想された話であった。
「おっしゃる通り、未だ地球は統一されておらず、多くの国に分かれています。それを代表する組織として地球連合というものがありますが、とりわけ貴帝国の侵略に何の対応もできなかったこともあって、実質的に対外的な交渉は できない状態にあり、近く解散の運びになる予定になっています。
一方で、地球連盟はいわば地球上の有力国の有志連合になっており、実質的な貴帝国の侵略を跳ね返したのも地球同盟です。同盟は、すでにそれを核として地球政府を形成することを決議しており、その中に地球政府設立準備室を設けております。
また、現在のそれぞれの国は軍を持つ権利があり実際に持っております。しかし、地球同盟を構成する国々はその卓越する部分を地球同盟軍に供出しています。実質的に、異世界に係わる軍事行動に必要な軍備である転移装置を装備した艦、重力エンジン駆動の艦、電磁砲の装備などは地球同盟軍のみが運用しております。
ですから、平和条約という場合には軍事力の存在を抜きにしては語れないわけですが、その面は明らかに地球同盟が代表しています。なお、今回の条約を結ぶにあたっては、地球同盟の構成国以外の国々から、地球同盟が地球を代表して平和条約を結ぶ旨の同意は取りつけてありますので、後でお見せします」
この言葉にサーダルタ側の出席者はお互いに顔を見合わせて、やがて外務大臣が頷く。
「そういうことであれば、地球同盟が地球を代表するという点は問題ないようですね」
惑星サーダルタは、地球と同様な青い惑星であり、とりわけ青い海の中に緑と明るい茶色の陸が複雑な形に混じりあっている。両極は白くなっているので気温は地球と同じ位なのだろう。この惑星は、直径が地球より25%大きく陸は全体の30%を占めてこの割合は地球と同じ程度なので、陸の面積は5割増しだ。
陸をしげしげと見た感じでは、明らかに砂漠・土漠などと見える不毛の地は多くなく、また人跡未踏に見える原生林もあまり見当たらない。サーダルタ星においては有史1万年であり、古くから人々が開発を進めてきたことから、惑星の殆どの地域は多かれ少なかれ開発が進んでいるのだろう。
半球がスクリーン一杯を占めたこの状態では、明かに都市である部分ははっきり解る。しかし、都市としても緑と建物などの様々な色の人工物と混じりあって見えることから、都市内でも多くの緑があるようだ。流石に地球の1.5倍の陸地に2/3程度の人々が住んでいるということで、スペースにはゆとりがあるのだろう。
艦が高度を下げると、ひと際巨大な都市が近づいてくる。携帯端末が知らせてくるが、あれが人口2千万を数える皇都サダンであり、そのスクリーンで見て左手が着陸する空港のムラタである。サダンは、ひと際巨大な大陸の東側の大きな湾に面した沿岸都市であり、その都市域は概ね半径30㎞に及ぶらしい。
高度を下げると街の様子がクリヤーに見えるが、やはり市内のあちらこちらに緑の塊である森が見え、明らかにビル街、住宅街にも多くの緑が配されている。
「カーターさん、あの住み易そうな町のレイアウトを見ると、サーダルタ人もそんなに付き合い難くはないように思えますね。ああいう町並みを造れる人々が、何で他の世界の征服を企むかなあ」
ハヤトが隣に座っている外交団の責任者のアメリア・カーターに話しかける。
「ええ、サーダルタ人は間違いなく文明人です。彼らは残酷でもありませんし、征服に当たっても無駄な殺人や破壊はしません。少なくとも彼らが支配した11の世界についてはそうでしたね。ずっと以前のこの世界の統一に当たってはどのようであったかは余り調べてはないのですが、地球でほど血で血を洗うような無残な戦いは無かったようです。
だから、私が思うのは、結局彼らは今まで征服した異世界に対しては、特に無理をしなくても征服できたという点が大きいのではないでしょうか。地球については、たまたま10年もならない以前に重力エンジンとレールガンという彼らを圧倒するテクノロジーが生まれました。
でも、それがなければ、欧州がそうだったように双方に殆ど被害なく簡単に征服されたかもしれません。あるいはロシアやアメリカだったら、核を使ってひどいことになったかも知れませんね。いずれにせよ、地球の征服には失敗したのですが、彼らがとりわけ市民に損害を与えようとした形跡はありませんね。
唯一欧州で一街区を“お仕置き”として爆撃した例がありますが、いわゆる慈悲深き帝国の懲罰ということでしょう。とは言え、あれだけの大帝国が、経済原理から支配していた世界を手放すというのは、なかなかできることではありません。
しかも、皇帝以下の政体に大きな変化がなくということですから、人々も成熟している訳ですよ。地球のどの国でもなかなかできることではないと思いますよ。だから、地球がサーダルタ帝国と和を結ぶというのは正解だと思います。あれだけ長い歴史を持つ国ですから我々が学ぶことはたくさんあるはずです。
なにせ、地球はまだ正式には200近くの国と地域に分かれており、完全統一にはまず人々の暮らしのレベルを近づける必要があります。多分、暫定統一に少なくとも10年、人々が地球人という意識を持つのに50年はかかるでしょうね。彼らに比べると我々は野蛮人ですよ」
女史の滔々としゃべる言葉を思い浮かべながら、彼の前に立っている彼女の背を見て、あれこそは彼女の持論なんだろうなと思うのだった。
やがて、昇降機の準備が整い、3人ずつ並んで動いている昇降機(エスカレーター)に乗り込む。この種の母艦が乗り組み員以外の客を乗せる場合には乗降にはこの昇降機を使うのだ。先頭は外交団長のアメリア・カーターである。今回の外交に係わる正式メンバーは全てこの“むつ”に乗っており、その他の調査員やマスコミ関係は客船のアナザワールド(NW)に乗っている。
NWからも人々が下り始めたようだが、正式の出迎え団は無論“むつ”の下に集まっている。カーターを迎えて握手するのは、ほっそりしたエルフ顔の帝国政府の外務大臣のジスラーイ・カマダラである。お互い翻訳機はぶら下げており、やり取りには不自由はない。
「ようこそ、サーダルタ帝国へ。私は外務大臣のジスラーイ・カマダラです。今回の交渉に当たってはよろしくお願いします」
「はい、歓迎ありがとうございます。私が外交団長のアメリア・カーターです。この度は平和交渉に当たってはよろしくお願いします」
カーター女史が応じ、次に次席の佐川瑛太でハヤトは3番目である。彼は政治家の立場であるため比較的席次が高い。ハヤトはカマダラ大臣と握手して自己紹介する。
「二宮ハヤトです。地球同盟議員の立場で参加しています」
「おお、あなたがハヤトさん。ジスラーイ・カマダラです。お手柔らかにお願いします」
大臣は笑って挨拶する。その反応を見て、自分のことは十分帝国側に伝わっているなと思うハヤトであった。
その日は着いたのが夕刻ということもあって、外交団は帝国政府の迎賓館、調査員や記者はホテルと用意された宿舎に落ち着いてそれぞれに自由に過ごして5日間の旅の疲れを癒す。ハヤトは、割り当てられた部屋に入り中を確認の後に小さなバッグの手荷物を置いて食堂に降りていく。
カーター女史と佐川と一緒の夕食を約束しているのだ。なお、佐川瑛太は日本の外務省出身者で地球同盟に派遣されてい、50歳のベテランである。ちなみに、ハヤトは、荷物を空間収納に入れているので、見かけ上は肩掛けの小さなバッグのみが荷物になっている。
空間収納は実質的に持ち主の魔力に依存するもので、まず魔力が相当に大きくないと空間収納の魔法自体が使えない。また収納する重量に応じて魔力の消費が増大し、収納している間も魔力を使うので長期に渡って使うときは、その個人の魔力の自然回復量を上回る消費の容量は収納できない。
ハヤトの場合の収納容量は大体10トン程度になっており、いつもマナの1トン余りの貯留ボンベは収納に入れているが、他にはは大きなものは入れていない。だから、ハヤトにとっては旅に必要だと思われる様々なものを余分に入れるくらいは問題ないのだ。
空間収納は、現状のところ地球人では特殊な条件下でしかできる者がいない。これは空間魔法を使うときは莫大なマナの消費が必要であり、ハヤトにしても地球では発動させることはできない。彼ができるようになったのは、撃墜したガリヤーク機からマナのタンクを回収してそのマナを使って始めて可能になったのだ。
しかし、今のところ地球人ではハヤトに次いで魔力の大きい自衛隊にいる水井健二は、マナの濃度を高めた部屋の中で空間収納を発動させることはできた。ただ彼はハヤトほどの素質はないようで、その保持に魔力の消費が比較的大きく、精々20kg程度の収納が可能であるレベルであった。
その能力では自らマナタンクを収納して使うということが出来ないので、地球のようなマナの低いところでは、実質空間魔法は使えないという結論になった。しかし、このサーダルタやジムカクなどのマナの濃い世界に地球人を送り込めば、相当数のものが空間魔法を使えるだろうとハヤトは思っている。
ハヤトが、流石に大帝国の迎賓館らしく重厚な飾りつけの食堂に入ると、全部で50ほどのテーブルはちらほら埋まっており、その一つに佐川が座っているのに近づいていく。佐川が気づいてハヤトに向かって頭を下げる。
「やあ、お待たせしました。それにしてもここは流石に立派な内装ですね」
ハヤトの言葉に佐川も応じる。
「いえ、私も来たばかりです。確かに私も地球ではいろんなところに行きましたが、この内装は文化の高さを感じます。ところで、カーター女史は少し時間がかかりますが、それほどお待たせすることはないはずです」
「いやいや、構いませんよ。ところで佐川さん、ここに来るまでの町並みの印象はどうでした?」
ハヤトが聞くが、彼らは帝国側の準備した地上車に乗って15分程度のドライブをしたのだ。その道路は片側4車線もある大きなもので、彼らのバスのような車は中央の高速帯を走って、相当な距離を短い時間でやってきた。
当然、その途中で町並みは見えたが上空からの印象通り、極めて緑の多い都市作りがされていて、道路沿いには植樹帯があり、建物が密集しているところは見当たらずに緑の中に建物がある感じである。さらに、多分2㎞おき程度に森があって緑の街の印象を強くしている。また、大きな特徴は高層ビルが見当たらないことで、どうも5階程度に階数は制限されているようだ。
「ええ、上空から緑の多い都市という印象は持ちましたが、想像以上ですね。少なくとも、町並みに関してはユートピアに近いと言ってもいいかも知れないですね。しかし、ここはあくまで皇帝の住む皇都であるということで、平均的な都市がどうなっているかですね。でも少なくとも、町並みに関しては地球人近い感性を持っているということは言えます」
佐川の言葉に佐川も頷いて言う。
「そう、価値観が似ているというのは感じました。それにひとまず安心したのは、車の中からですがこの取都市内で被差別階層の存在は見えなかったですね。平和条約の締結自体には大きな問題はないのじゃないでしょうか。また、その後の交易も結構実りが多いと思いますね」
その話が終わらない内にカーター女史がやってくる。
「お待たせしました」
彼女はそう言って椅子に座る。そこで、佐川が手を挙げてウェイトレスを呼んで、いろいろ聞きながら、ハヤトとカーターの同意もとって注文する。
「さて、ハヤトさん。今回の交渉ではお願いしますね。なにしろ、サーダルタ人は全般に魔法を使える人が多いと聞いています。その中には、相手に考えを押し付けるなどの精神系の魔法もあると思いますから、地球最高の魔法使いのハヤトさんを当てにしています」
「ええ、ただまず間違いない話として、サーダルタ人にとっては相手は話している内容に賛成か、反対か、嫌悪感を感じているかなどは解りますよ。ただ、相手の考えを読めるものはめったにいませんし、そういうものは同席させないようにあらかじめ条件として帝国に要求しています。
また魔法で相手を強制することも威圧によって可能ですが、考えを読むもの、また威圧を使う場合には、私は判りますから退席を要求します。ただ、先に言った程度の判別は殆どの人が出来ますから、これは退席を求めることはできません。
地球の場合だったら表情で読みますよね。だから、地球ではポーカーフェイスというものが流行ったのですが、ここではほぼ全く意味を成しません。ただ激しい感情は見分け易いですから。出来るだけ興奮しないようにすることは必要です」
「ええ、相手の感じていることを掴めるというサーダルタ人は厄介な交渉相手ですねえ。ただ、この場合はすでに下打ち合わせはできており、条約のたたき台もできています。はっきり言って、平和条約と不可侵条約自体には大きな問題はないと思っています。どちらかというと通商条約の方に問題が多いでしょう」
カーター女史の言葉に佐川が反論する。
「カーター代表、平和条約と不可侵条約も必ずしも楽観はできないと思いますよ。なにしろ、大帝国であったサーダルタの実質初めての挫折ですから、貴族などの有力者からの揺れ戻しもある可能性は頭において置いた方がよろしいと思います」
「その点はあまり心配はいらないように思いますね。私も、人の考えは相手を威圧で押しつぶしてからしか読めませんが、さっき言ったように感じは掴めるのです。先ほどカマダラ大臣の感じでは今回に交渉にさほどもめる要素な無いと考えているようです。我々に対して緊張はしていましたが、厄介な相手、敵対者とは考えていなかったようですよ」
そのように翌日に行われる協議の話をしながら、外交団を実質リードする3人は夕食を楽しむのであった。その迎賓館の夕食は地球人から見ると風変わりなものであったが、味は申し分なく、食材、料理の面だけを見ても交易の利益をうかがわせるものであった。
翌日、平和条約の交渉が行われたが、まず問題になったのは外交団の資格の問題であった。
「ええと、あなた方は地球同盟を代表してこられたわけですよね。我々が調べた限りでは地球は国とそれに準ずる地域200以上に分かれています。そして、それらがまとまって運用しているのが世界連合と、地球連盟ということのようですね。
世界連合という組織はその国のほとんどが加わっているようですが、地球同盟の正式メンバーはまだ25ヶ国のようですね。確かにその25ヶ国が有力な国々という点は判りますが、果たして地球同盟がわが帝国と地球を代表して条約を結ぶ相手になる資格があるのでしょうか?」
それに対して、地球側の出席者の18人の多くは顔を見合わせたが、代表のカーター女史にしてみれば予想された話であった。
「おっしゃる通り、未だ地球は統一されておらず、多くの国に分かれています。それを代表する組織として地球連合というものがありますが、とりわけ貴帝国の侵略に何の対応もできなかったこともあって、実質的に対外的な交渉は できない状態にあり、近く解散の運びになる予定になっています。
一方で、地球連盟はいわば地球上の有力国の有志連合になっており、実質的な貴帝国の侵略を跳ね返したのも地球同盟です。同盟は、すでにそれを核として地球政府を形成することを決議しており、その中に地球政府設立準備室を設けております。
また、現在のそれぞれの国は軍を持つ権利があり実際に持っております。しかし、地球同盟を構成する国々はその卓越する部分を地球同盟軍に供出しています。実質的に、異世界に係わる軍事行動に必要な軍備である転移装置を装備した艦、重力エンジン駆動の艦、電磁砲の装備などは地球同盟軍のみが運用しております。
ですから、平和条約という場合には軍事力の存在を抜きにしては語れないわけですが、その面は明らかに地球同盟が代表しています。なお、今回の条約を結ぶにあたっては、地球同盟の構成国以外の国々から、地球同盟が地球を代表して平和条約を結ぶ旨の同意は取りつけてありますので、後でお見せします」
この言葉にサーダルタ側の出席者はお互いに顔を見合わせて、やがて外務大臣が頷く。
「そういうことであれば、地球同盟が地球を代表するという点は問題ないようですね」
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3年間の異世界生活を経て日本に戻ってきた楢崎聡史と桜の兄妹。二人は生活の一部分に組み込まれてしまった冒険が忘れられなくてここ数年日本にも発生したダンジョンアタックを目論むが、年齢制限に壁に撥ね返されて入場を断られてしまう。ガックリと項垂れる二人に救いの手を差し伸べたのは魔法学院の学院長と名乗る人物。喜び勇んで入学したはいいものの、この学院長はとにかく無茶振りが過ぎる。異世界でも経験したことがないとんでもないミッションに次々と駆り出される兄妹。さらに二人を取り巻く周囲にも奇妙な縁で繋がった生徒がどんどん現れては学院での日常と冒険という非日常が繰り返されていく。大勢の学院生との交流の中ではぐくまれていく人間模様とバトルアクションをどうぞお楽しみください!
異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!
椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。
しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。
身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。
そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!
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