帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人

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第15章 変わってしまった地球世界

15.2 その頃日本では2

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「なに!アメリカが関税を上げる?」
 首相の大泉が思わず叫ぶ。それに対して、長く外務大臣を努めている岸山もと子が沈痛な顔で応える。

「ええ、先ほど国務省から原案がお送られてきました。オフレコでリーマン国務長官に聞いたのですが、国務省としては反対しているそうですが、超国粋派のダントン・メジェル大統領の公約ですから、覆せないということです。総理、これが彼らの案です」

 岸山が渡した紙を大泉が目を通す。
「ふーむ、我が国の工業製品に25%の関税か。岸さん、現地生産を除いて今日本からの輸出はどの位かな?」
「ええと、総輸出額が大体100兆円、工業製品が70兆円でアメリカ相手が15%で10兆円程度ですね。ただ、多分そのうちの半分はアメリカが自国で生産できず、他国も生産できないものですね。さらに、これはまだ残っているAE発電なんかのキーパーツがらみだから、値段が上がろうが我が国から買わざるを得ないでしょう」

 岸経産大臣が答える。
「ふーん。まあ実際にはそれらを外してくるだろうけれど、どうせ何か交換条件があるのだろう?」
 うんざりした顔の大泉の問いに岸山が答える。
「ええ、AE発電・重力エンジンの技術の完全開示と発電量当たりの特許料を日本並みにすることが主なものです」 

 それに対して大泉が渋い顔で応じる。
「AE発電の特許料は現在のところ全世界合計で3兆円位だったよね。アメリカは4千億円で、かれらの経済規模からすればゴミみたいなものだろう。以前のシステムに比べれば、発電コストは概ね1/3以下に下がっているのだから特許料はとってもいいと思うがね。それからAE発電と重力エンジンの改善開示ということは、心臓システムの製造を自分でしたいということだね」

「まあ、そういうことですね。結局彼らは、日本との5兆円の貿易だけでない国際収支の赤字を問題視しているのです。特許料だけで1兆円を超えますからね」
 首相の言葉に岸がコメントするが、官房長官の宗方が口を挟む。

「しかし、これは譲れませんよ。メジェル大統領は、これで我が国がある程度譲ったらかさにかかって次々に要求を突き付けてくるでしょうね。結局、彼らはというよりメジェルとその一派は、すでに安保条約も解消して、対等になった我が国をまだ子分だと思っているのです。また、常に覇権を持たないと気が済まないアメリカの本能として、今や我が国を当面の叩き落すターゲットに据えたのです」

「しかし、今や異世界の多くの世界と付き合いを始めて、そのリーダーシップを取らなくてはならない時に、アメリカの覇権などと馬鹿じゃない?でも、民主主義のアメリカ国民がそんな大統領を選んだんよな」
 大泉は嘆くが、座り直して眦をあげて、そこにいる主要閣僚を見渡して言う。

「まあ、泣き言を言っても仕方がない。それで、君たちはこのアメリカの要求をはね付けた場合にはどのような影響があると思うかな?」

「そう。貿易に限れば、さっき話がでたように全部の製品の関税を上げるのは無理でしょう。だから最悪半分の5兆円のマイナスです。これは我が国今のGDP1050兆円に対して5%強だから小さいとは言えませんが、致命的に大きいとも言えません。
 現状では我が国は異世界さらに新地球にも輸出が増えていますから、最初の年はきつくても2~3年あれば影響は消せるでしょう。ただ、世界的にはまだアメリカは大きな力を持っていますから、その点ですね。幸いすでに国連はほぼ無力化して、より大きな力をもった地球連盟にその力が移っています。

 その地球連盟の中での力は我が国もアメリカに負けていないでしょう。ヨーロッパは大きく力を落としましたが、まだ侮れない力を持っています。彼らは、彼らへの魔法の処方をアメリカが遅らせた点で結構根に持っていますから、どちらかと言えば我が国の肩を持つでしょう。
 アジア・アフリカはまず我が国につくでしょうね。明確にアメリカにつくのは、かつての中国の役割りを果たしつつある中南米位でしょう。そうやって考えていけば、撥ね付けていいのじゃないですか?」

 このように、大泉の問いに真っ先に応えたのは岸官房長官であったが、岸山外務大臣が応じる。
「確かに、メジェルの当選以来、アメリカは全方位的に喧嘩を売って、世界の鼻つまみものになりつつあります。そうは言っても、未だ圧倒的な世界一の経済大国です。2位の我が日本の概ね倍のGDPですからね。ただ最近、急速にその経済も陰りがでていて、もう3年やや下がりぎみですよね。
 やはり、製造業を放置弱体化させてソフトパワーと財務で世界をリードしてきたのが、ソフトにおいて日本やインドなどに負けつつあるという点でどうしても陰りが出ますね」

「ああ、もはやドル1強ではなくなってきているからね。我が国の貿易は概ね円決済で回っているしね。それもあって、地球連盟が提唱している共通通貨クレにも強硬に反対している。製造業は必死に回復に努めているけれど、あのおおざっぱさはいい物は作れないよね。
 結局、自慢の兵器も、コストの高さからつぎ込んでいる金の割に量が伴わないから、未だ世界一の軍事費もその効果にはクエッションマークがついているよね」

 経産大臣の岸が口を挟むが、防衛大臣の加山が続ける。
「ええ、過去日米安保体制の下で、我が国もアメリカ製の武器を買ってきましたが、民生品に比べてべらぼうにコストが高かったのです。“しでん”が製造されるようになってから、そのコストの余りの差に驚いて全面的に製造体系が見直されましたよね。
 大体、日本が最後に買ったアメリカ製の戦闘機のF35が1機140億ですが、“しでん”が12億ですからね。母艦でも600億ですよ。まあ、重力エンジンのお陰で、使用する材質の比重を気にする必要がない点が大きいのですがね」

 それに対して、岸が反問する。
「あのメジェル大統領だと、それこそ軍事的に恐喝してきかねない。その場合でも自衛隊で我が国を守れるのかね?まあ無論地球同盟軍の存在はあるが」

「ご存知のように、地球同盟軍は地域紛争を止める方向で動くという仕組みになっています。同盟軍にはアメリカ軍からも多くの将兵が加わっていますが、日本からの方が多いのです。これは“しでん”が我が国の製品であること、身体強化ができるというわが国民というように民族の特性によるものです。それもあって、その必要時の出動が遅れることはないと思いますよ。
 また、純粋にアメリカ軍と自衛隊では、日本の防衛費は現状で概ね16兆円ですが、アメリカは減らしているもののそれでも10倍です。しかし、日本も“しでん”を2千機、母艦を50隻運用していますからね。“しでん”は知っての通り、大陸間弾道弾より運動性能はいいし成層圏でも自由に運動できますから、ハワイまたはアメリカから飛来するミサイルは100%撃ち落とせます。

 その他のアメリカ基地のミサイルの位置はすでに完全に押さえていますから、いざとなっても無力化は可能です。危ないのは潜水艦でして、近海から核を打ち込まれると危ないですが、海中運動型の“らいでん”改が実用化されていますから、対処は可能です。実際に、ウラニウムやプルトニウムなどの核物質は1000㎞程度の距離で探知する方法はすでに確立してあります。
 だから通常弾であれば、100%防ぐことは難しいですが、核はまず大丈夫です。そして核は威力と犠牲者が大きすぎてアメリカのような大国はもう使えないでしょう。その後の影響が大きすぎます」

 岸の質問に加山防衛大臣が答えるのを聞いて、さらに岸が言う。
「まあ、いくら何でも軍事的な恐喝はしないだろうね。メジェル大統領の支持も今やかろうじて40%程度だから、そんなことを言い出したら政権が持たないだろう。では大泉総理、今回のアメリカの水面下の要求は撥ねつけるか、時間かせぎをするか、どうしましょう?」

「政府内で揉む必要があるので、『時間をくれ』、と言うことで時間を稼ごう。どっちにしろ最終的には撥ねつけるにしても、早々に対立することはない」
 大泉が答え、閣僚が同意のしるしに頷く。

 ー*-*-*-*-*-*-*-
「なに!日本は『待て』というのか?」
 アメリカ合衆国大統領ダントン・メジェルは、その厳つい体を最高級のスーツに包み、数人の閣僚と協議していた席で、入ってきて報告する国務長官マリアンヌ・リーマンの顔を見上げて問う。

「ええ、でもまあ予想通りです。我が国の要求を受け入れたら、近年プライドが高くなっている国民の大きな突き上げを食らうでしょう。だから、時間稼ぎをして……」
「やむを得ないとして、国民を説得して受け入れるか?」

「いえ、私はそうは思いません。彼らは拒絶するでしょうね」
「なに!あのジャップどもが……。そんなことはできんだろう。世界一の経済・軍事力の我が国に対して」

「いえ、我々の突き付けている関税の上昇を彼らは甘受できるでしょう。考えてみてください。対象になるのは工業製品の1200億ドル(83円/ドル)です。そして、その日本からの輸入の半分は我が国に必要なもので、代替が不可能なものですから、関税を上げても国内の産業に増税すると変わりません。
 彼らは、異世界の新地球と他のいくつかの世界への輸出をどんどん増やしていますから、600億ドル程度の輸出の減少はそれほど応えないでしょう。私だったら、我が国に必要なその半分を禁輸すると脅しますよ。そのインパクトははっきり言って我が国の方が大きいですよ。止めましょう。彼らをあまり甘く見ない方がいいですよ」

「馬鹿な!そんなはずはない!」
 メジェルは顔を赤くして怒鳴る。
「そうだ。ジャップにそんな力はない。あいつらは、抵抗はしてみせるがいつも最後には譲っていた。ここは強気で行くべきだ。回答までの時間を切るべきだ。いざとなれば軍事的に脅せばいい」

 大統領補佐官の、超国粋派のミッチェル・ドノパンが大統領に同調するが、それに対して国防長官のアイル・レガシーが反論する。
「残念ながら軍事的な脅しは、日本には効かないでしょう。彼らはあの列島にあの“しでん”を2千機配備しています。母艦も50隻はあります。あの狭い範囲にあの“しでん”がその密度で配備されているのをどのように攻撃するのですか?正面から攻撃してもまず勝てません。
 望みがあるとすれば、海中から至近距離での攻撃ですが、彼らは海中を運動できる“らいでん”をすでに実用化しています。この“らいでん”の乗員はわずか2名、運動能力は我が潜水艦の比ではありません。射点にたどり着けるものは少ないでしょうね。
それから、彼らは核を1000㎞の彼方から検知するシステムを開発しています。仮に核攻撃しようとしても、まず列島に着弾することは無理でしょう」

「ああ、あの“まもる君”があるから、確かに核ミサイルは無理だろう」
 メジェルが言うと室内にいる要人は顔を見合わせるが、レガシー国防長官が咳ばらいをして言う。

「大統領閣下、これは公式の話でありませんが、“まもる君”なる装置は存在しません。実際にKT国のミサイルを落として見せたのは、あのハヤト氏ということで、世界の指導者の間では見解が一致しています。だから、逆に厄介なのです。
 彼は今現在はサーダルタ帝国に行っており、地球から離れていますが、仮に日本が核攻撃を受けたら怒り狂うでしょう。かれは、すでに空間転移、空間収納ができることは確かめられており、自由に1000㎞以上離れた火薬を発火させることが出来ることもこれまた確実です。
 彼が、我が国に乗り込んできたら、捕らえることはまず不可能でしょうし、考えられないほどの破壊をもたらすでしょう。彼は、資源探査によって我が国にも大きな恩恵をもたらしましたが、一方で地球上にいる最大の危険人物でもあるのです。彼が日本の国会議員を務めるほどに自分の祖国を愛している以上、日本と軍事的に対立することはできないのです」

 その話にメジェルは目を丸くしドノパンを見ると、ドノパンはせき込んで話し始める。
「わ、私もその話は聞いてはいたが、てっきりデマだと思っていた」
「いえ、日本政府の公式見解はまもる君の存在を依然堅守でしています。しかし、計算させましたが97.5%の確率で、さっきの話は事実です」
 リーマン国務長官が静かにしかし決然と言う。

「し、しかしそんな力があるなら、なぜ彼らはそれを示さないのだ」
 大統領は尚も言うが、国務長官は冷静に応じる。
「ご存知のように、対サーダルタ帝国防衛戦は実質日本の提供した兵器と、知識そしてその人材で勝利しました。我が国も主体として参加して協力はしましたが、我が国の協力は必須ではありませんでした。それを、客観的に評価すれば、彼ら自身が言いださなくても、自明の理であると普通は考えます」

「わ、私が、自明の理をわからぬ愚か者だというのか!」
「わからぬではなく、解ろうとしないと言った方が正しいでしょう。大統領閣下、このよう互いの意見が異なっていると、私が閣下にご奉仕することは困難です。私は本日をもって辞職させていただきます。ご許可願えますか?」

 彼女は、白髪が混じった金髪の頭を少し下げてメジェルを見る。
「う、うむ。確かに貴下の言う通りだ。君の辞職を認めよう」メ
 ジェルが言葉を絞り出すのを確認して、リーマン国務長官はくるりと背を向けて、まだ均整の取れた後ろ姿を見せて秘書官の開けたドアから去っていく。

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