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第2章 過去の文明への干渉開始

18.1492年8月、巨大城塞都市南京にて

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 梁美麗は、その夜ほろ酔いで帰ってきた父を待って、その日の出来事と彼らの自動車というものに同乗させてもらった者達の話をした。

「ふむ。その者達は様々な『自動車』に乗って来て、『銃』というものを使ったと。そして彼らはこの中華の民ではあるが500年の未来の者達であるというのだな。しかも、東海にあるあの蛮地『倭』とか言ったな。あそこに、この中華以上の数の人が住み、私達が考えも出来ないほどの高い知識を持って、それを生かして豊かで進んだ生活をしていると……。
 彼らは、この地球か……、中華を含むこの世界中のどこでもいつでも家に居ながら連絡が取れて、しかも飛行機というもので、どこへでも2日もあれば行けると。そして、その軍の持つ兵器は、今の儂たちが考えもつかないほどの威力で長く届くものであるとな。また、たいていのものが自分で自動車を持っていると……
 ふむ、星美、お前もその自動車というものを見たのだな?」

 娘の聞いた父の健天は、余りに途方もない話に、酔いを醒ますように頭を振って、横にいた妻に確認する。彼は3人の妾を囲ってはいるが、商人の娘だった妻である星美をその抜け目なさと判断力を買って信頼している。

「はい、私も外に出てそれを見ました。大きな馬車のようなもので、なにか唸っていました。そして、頭の方で大きな強い光を放っており、どういうものかどういう仕掛けか見当もつきません。
 あれは、中華で、というよりこの世のどこでも出来るようなものではないと思います。500年後の世界からと言われれば、そう考えるしかないでしょう」

 星美は記憶を確かめるように答える。
「美麗、その一緒に車というものに乗っていたのは3人で、1人は御者で1人がその部隊の責任者の軍人、もう1人は、この中華に入っていろいろな交渉事や、その軍のための準備をしている人だということだな?」

「ええ、その通りです。その軍人の宋さんと商人の高さんは、どちらもその500年後の高い知識を使って、この中華をもっともっと豊かにしようと言っています。そのために、まずは軍と接触して、その知識を使った武器に優秀性を示して、それをきっかけに御上に入り込んで様々な便宜を図ってもらおうということのようです。

 そして、彼らが思うようにやれれば、例えば農場の作物についても面積当たりの収穫が2倍から3倍になるし、しかも人手はうんと少なくなるとのことです。また、我が家も上海で綿の糸と織物を作っていますよね、あれなんかも、何十倍の早さでできるようになるそうです。
 そうしたことを、御上の力を使って早く進めようということです。お父様、我が家がこの話に乗らない手はありません」

「うむ、よく言った、美麗。その通りだ。まだまだ商いの中心はこの南京の周辺ではあるが、御上が都を北京に移して以来、徐々に中心が北京に移りつつあるのは確かだ。我が家も軸足を北京に移すことを考えていたが、農業や綿などのことなら、この南京を中心にやるべきだ。ただ、軍の兵器に関して言えば何といっても北京だな。よし、いずれにせよ。明日早速その高さんに会おう。南大酒店だったな、彼らの宿は?」

「ええ、確認させました?たしかに、主だったもの達は南大酒店で、兵たちは近所の少し格の落ちる宿に分宿しているようです。なにしろ、200人を超える人数ですし、南大酒店は値段が高いですから」

 妻の星美が応える。そう、昨夜は主に高が車中で大商人梁家の令嬢にずっとレクチャーしていたのである。そして令嬢美麗はそれを十分に理解して、父に伝えるだけの頭があったのだ。普通の18歳の女の子が、いきなり500年後の世界から来たなどと言われ、様々にその世界のことを説明され、さらにはその知識を使って国を良くするなどと言われても理解できないだろう。

 しかし、賢い美麗は、まったくレベルの違うテクノロジーの産物を駆使して助けられ、ましてその産物を実際に長く使うという体験を通してその理解が可能であったのだ。その点では、お付きの30歳を過ぎたメイドは全くの置物になっていたが。

 翌朝日が昇った時には、梁家から送られた使用人が南大酒店を訪問して、宋中佐と高指揮下の兵達の予定を把握した。昨夜は、日の高い内に南京に入る予定であったのに、実際は午後19時過ぎになってしまったが、ちゃんと高が南京に配した人員には無線機で連絡がついていた。そして、彼は通過する門の哨兵に、高達が夜間の通貨になることで金を握らせ、通過させるように頼んでいたのだ。

 地元の者達からすれば、見たことのない異様な多数の機械に乗った隊列を要塞都市に入れるなどは、通常はあり得ないが、その点は高が交渉した軍から話は下りていた。
 お役所仕事で遅くはあるが、南京軍司令官の崔圭人将軍には入城の翌日の午後に会うことになっている。その際には、連れて来た兵を率いて様々な射撃を見せる予定だ。だから、午前が空いているおかげで、梁健天は高と宋に会って時間をかけて話をすることができる。

 健天は同じ商人という高に会う予定であったが、宋をつんぼ桟敷に置くわけのはまずいと気を遣った高が2人で会うことにしたのだ。梁が娘の美麗と番頭2人を連れて臨んだその話し合いは、双方にとって実り多いものであった。それは、とりわけ高と梁にとってであった。
 これは高にとっては商社マンとして生きて来た自分が、今後も生きるすべを見つけたという点で、梁にとっては超絶した技術を取り入れて、しっかり自分の利益を上がる術を見つけたという点でのものであった。

 彼らが具体的に話をしたのは、綿の繊維産業である。先述のように、上海周辺はすでに綿の栽培がおこなわれており、その綿を糸に紡ぎ、織物にする手工業がすでに稼働していた。無論それは労働集約的なもので、製品も不揃いで質の低いものであるにもかかわらず工賃は嵩むために高価であった。

 しかし、高は日本からIC化する前の紡績機と織機を持ち込んでいたのだ。むろん中古であるが、十分に整備して利用に耐えるものであり、この持ち込んだ機械を遣えば、千人のベテランの職人が昼夜を問わず織物を製作するのに相当する生産が可能である。

 そして、日本は当面食料と必要な資源の確保に集中しているが、早晩その他の必要な様々なものが国産できないことに気が付く。その一つが綿織物であり、これは化学繊維では代替ができない。だから、中国の綿花の栽培を大きく増やし、綿製品を日本に売るのだ。15世紀の世界に21世紀の技術を持ち込んで、早期に人々を戦力化してある程度の工業化ができるのは、社会的成熟度から言えば中国くらいであろうと高は思う。

 近い将来、中国と日本は交易を行うようになるだろう。これは、日本政府が発表する原則論と着手しつつある様々な施策を見る限り、彼らがすでに明確な国家を形成している中国や朝鮮半島を侵略するつもりはない。その場合必ず交易を行うようになるが、問題はその場合に中国が売るものがあるかという点だ。

 一方で、高の知識からすれば、中国としては日本からは恐ろしいほどに買いたい、頼りたいものが沢山ある。まず、中国をその人々が快適な生活を送るだけのものにするには、インフラを整えなくてはならないし、一定の工業基盤を構築する必要がある。

 そのための整備をするには、莫大な投資をどこかからか得て、必要な資材をどこからか持ち込まなければならない。中国国籍のものに加え中国系のものの全員が中国に移り住めば、その知識と持ち込んだ機材によって比較的急速にその発展は促されるであろう。しかし、そのペースは極めて緩いものになるはずで、少なくとも100年は優にかかるだろう。

 その点で、日本政府の援助で必要な投資と資材が優先的に得られれば、その速度は比べ物にならないはずだ。しかし、そのプライオリティは当然日本の国益を第一に考えてのものであるはずだから、中国への投資と援助が他に比べて有益であることを示す必要がある。その意味で、まず綿産業から始めて、日本人の必要な様々なものを供給して、さらにその対象をどんどん広げていけば、それが達成できるだろう。
 そしてその中で、高は今後自分が作る会社がその主役を張ることができると思うのだ。

 また宋にとっては、高程のことはなかったが、梁との出会いはそれなりに実りのあるものであった。彼は武器の生産を明政府に握らせるつもりはなく、自分のコントロール下に置きたかった。その意味で、槍や刀また鎧などの生産を手がけている梁は、国とは切り離した形での生産の相手として評価できる。それ以上に梁の持つ人脈が有益であり、とりわけ南京のみならず北京までの隅々まで巡らせたコネは捨て難いと思ったのだ。

 そして、梁にしてみれば、これは夢のようなチャンスであった。彼は商人としての自分の経験と、商売を教えてくれた父と祖父から聞いた様々な話から、旨い話は多々あれど、実際にものになった話はごく少ないというのは実感として知っていた。

 その点で、彼はこの500年先から来たという者達が乗ってきたという乗り物を見て、確かに自分たちの知識と常識を越えたものであることを身震いと共に実感した。また、そのようなものを使っている者達が、紡績・紡織をからくりで行えるものを上海に持ち込んでいると言う。彼は自分もそれを手掛けていて、なかなか簡単ではないことを良く知っていた。そして。そのからくりを使うと経験10年以上の職人の千人以上の働きをすると言うのだ。

 実際のところ、綿花の栽培はもっと増やすことができるが、それを織物にする職人がいないのだ。綿の織物は今でも作っただけ売れるが、職人の数がその限界になっている。しかも、高はその綿織物を色鮮やかに染められると言う。綿織物だけでどれほどの大きな商売になるか。それだけでなく、それは絹にも麻にも使えるという。
 その意味で、軍人の宋については、どちらかというとなかなか油断のならない人物であると感じたが、商人の高は相通ずるものがあって、今後の大きな商売を予感させるものであった。

さて、梁の一行が帰ってから待っていた南大酒店に、軍からの使者が訪れた。20歳台であろう将校に率いられた合計12名の兵達である。その時には、宋の指揮下の部隊は、すでに南大酒店に集まっている。そして、やって来た白という将校は、「食事は要るのか?」という高の質問に当然のごとく頷いた。
 高は苦笑いしながら、『わが民族は時代が変わっても一緒だな』と思い、将校は自分たちと一緒に、兵たちは自分たちの兵達と一緒の食事を注文した。白たちは歩いてきており、食事を済ませ次第出発することになっている。

 だから、当然南大酒店から目的地である皇城までの約1.2kmは全員歩きであるが、試射にはバズーガ砲(無反動砲)も使うのでその運搬のためにトラックが一台ついて走る。しかし。トラックには時速5㎞ほどで行進する兵について走るのは余りに遅すぎて辛いので、城門で待ち合わせることにしている。

 白以下の兵は、部分的に金属を使った鎧に、短めの剣を腰に吊って2m程の槍を掲げており、足元はサンダルのような靴で、ズボンは短めだから脛は見えている。宋の指揮下の兵は、ヘルメットに迷彩色の軍服に腰に拳銃を吊り、銃剣を着けた解放軍の03式自動小銃を抱えている。

 指揮官の宋のほかに、将校は明中尉を加えて3名を廃止その指揮下に20の10人分隊に分かれている。彼らの半数の練度は解放軍出身だけあってかなり高いが、もう半数は素人のそれなりに鍛えられた者ということであまり当てにはならない。しかし、それでも銃の性能に助けられ、解放軍出身者で100m、その他で50mであれば必中距離だ。

 この距離は弓でも当然届くが、名人級で60mはようやく射程距離のレベルで、それに対してライフルであるかれらの携行小銃であれば、200mの距離でも十分に射程範囲である。しかも、弾倉には20発の弾丸が収められているから、これら200人の兵は小銃のみの装備でも15世紀の兵数千人に匹敵すると言ってよい。

 しかも、それに有効射程が700mに及ぶ無反動砲が加わればどうなるか?数万の軍とも戦えるだろう。
当然のことだが、異様な服装と装備の200人の兵は人目を引いた。内城のみで人口20万人と言うが、道行く人々は無論、多くの人が走って集まってきて、その周囲は黒山の人だかりとなった。無論、先頭を南京軍の一隊が歩いているので、咎める者はいない。

 その一員として行進しながら、唐翔太は近づいてくる皇城の巨大な壁をわくわくしながら見つめていた。皇城は皇宮と共に、21世紀には殆ど跡形が無くなっているので、そのまだ新しく完全な姿には感激が抑えきれない。
 皇城は、その中の皇宮を取り巻く、1辺が2㎞を上回る高さ20mもの城壁に囲まれた区域で、皇族が住む区域と言うことになっている。そして、その中に練兵場もあって、今日はそこで試射を披露するのだ。

 行進するのは、両側に街路樹が茂り、広々としたレンガで舗装された道路で、そこの両側を見物の人々が埋めているわけであるが、その向かう先には壮麗な城門が見える。その両側に槍を持った守衛が、両側にそれぞれ2名立っており、巨大かつ分厚い城門は開け放たれている。

 そして、開いた城門から見える先には、やはり両側に植樹され舗装された広い道路があって、両側にずらりと先導する兵と同様な装備の兵が立ち並んでいる。そこに、ゆっくり走るトラックが追い付いてきた。トラックの姿に城門の兵達に驚愕の表情であり、見守っている群衆にどよめきが起きる。

 とは言え、行進を見守っていた野次馬連は城門で遮られ、両側の兵に見守られながら隊列と後ろからトラックは進む。右手には城壁の内側がごく近くに見え、右手にさらに巨大な城壁に囲まれた皇宮だ。城壁の上から皇宮の城本体がそびえているが、皇宮の城壁も1辺が1㎞以上ある。

 漸く着いたそこは、練兵場の一部で正面に20mほども高い築山が見える。そこは弓の他その大型板のバリスタやカタパルトも試射することがあるということで、距離は500mほども取れる。
 天幕を張って、そこで待っていたのは、貴人と思しき一人を囲んだ10人ほどの集まりと、明らかな軍幹部、さらにその両側に千人を超えるような軍人たちであった。貴人は皇弟である副都長の後楽殿下であり、高位軍人は崔南京軍司令官とその幹部であった。

 まず、射程の長い無反動砲の試射が始まった。射程は試射場の一杯の500mであり、立ち会った崔将軍の目から見ると、あの小さな筒で、射程一杯の遠い的に何かができるとは思えなかった。崔は、以前は今日も来ていた高というものが見せた様々な兵器が使われる映像を見て、さらに持ってきた拳銃というものを撃ったところを見ていた。拳銃の威力は認めるが、その映像というものは信じきれなかった。

 だから、目の前で5基の無反動砲から、一斉に放たれた無反動砲の弾の斜面での大爆発はその地響きと轟音で彼の度肝を抜いた。その後の、小銃による連発・単発の射撃、100人が並んでの一斉射撃も凄いとは思ったが、印象は薄かった。

 その点では、部下の実戦を経験した将軍たちと将校達は、無反動砲の威力もさることながら、鎧を軽々と打ち抜くその威力と射程、また連射性にほれ込んだ。名門の出の崔将軍は、実戦の経験もなく所詮お飾りの大将であったのだ。

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