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第1章 大賢者が僕に憑りついた

1.12 姉さつき、WP能力者になる

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 川合が警察を呼んで、5人の襲撃者を引き渡した。
 20分ほど待たせてパトカー2台で駆け付けた警察官は、5人もの屈強な男たちが、僕たちに監視されて、2人が横たわって他が座っているのに驚いた。地面にたたきつけた男はまだ意識を回復せず、腹を蹴りつけた一人は目を覚ましたが苦しんでいる。

 そして、他の連中は立とうとすると、川合にぶん殴られるか蹴られるので立てないでいる。川合は若いが、技の切れは大したものだ。素手ならばこの5人だったら簡単にあしらえるだろう。警察との交渉は、子供の自分より大人の最初は川合に任せたが、彼も若いので世慣れてはおらず、僕も加勢をすることになった。

「これは、どういう経緯でしょうか」
 警官の年かさの一人が川合に尋ねるのに。彼が答える。

「ええと、わ、私は、浅香家に護衛を頼まれた者で、この修さんを護衛していました。そこに、こいつらが木刀を持って襲ってきました。ええと、それをまあ、やっつけたというわけです」
 へどもどとしゃべる彼に、僕も参戦した。

「あの、私はそこに行ったところに住んでいる浅香の家のもので、そこの正木中学校の2年生です。実は市の警察にも母が相談したかと思いますが、先日週刊誌に我が家のことが書かれて、危ないので警備をお願いしたかと思います。でも、すぐには動いてくれないだろうと、この方たちに護衛をお願いしていました。

 そこに、今日僕の下校途中にこの人達が襲ってきたのですが、護衛にお願いしていた、このKC会館黒帯の川合さんが撃退してくれたのです。いやあ、護衛をお願いしていてよかったですよ。さすが、KC会館ですね。ええと、母からのお願いは聞いていないでしょうか?

 僕の言葉に、警官は慌てて言う。
「い、いや、聞いてないことはないが、そ、そうか。それにしても、この2人は随分悪いみたいだが?」
 と横たわっている2人を指す。

「はあ、とっさに襲われたので手加減できず、ちょっと強かったかもしれんですね。いずれにせよ、引き取って頂いて、誰が頼んだか調べて欲しいのですが」
 川合が返事をするが、彼は自分で撃退したとすることにしぶしぶ合意したのだ。後遺症が残ってその反撃が問題になる程だったら、IR-WPCを使えばいいしね。

「ええと、それから、週刊誌の記事の結果、このように襲われたという実績が出たわけです。今回は銃器を使われなかったので良かったのですが、使われたら流石の川合さんも対処できなかったでしょう。その点について考えて頂けるとありがたいのですが」
 僕が付け加えると、警官はすこし話し合っていたが、母がいる会社に訪問するということになった。

 彼らが、救急車を呼んで動けない2人を連れて行き、他はパトカーで連れて行った。僕らは、とりあえず母に連絡をして、驚き怒る彼女に、会社に警察官が行くので自分たちも行くことを伝えた。父への連絡はそれからだ。父へは、すでにB(Battery)-WPCとR(Rotation)-WPCのサンプルを5セットづつ渡しており、彼はそれを使って学内の理学・工学の有力教授たちにWPが存在することを説得していた。

 そして、今や学内に理論的な裏付け、さらに応用のためのチームができつつあるそうだ。そこに、例の週刊誌騒ぎであるので、学内のお偉方もその技術の将来性に鑑みれば、浅香家に迫る危険性は承知している。
 そのために、政府に太いパイプがある彼等から、すでに政府にはこの情報と警護の要請は伝わっていて、そのための警備体制の準備をしているところだったということだ。なにしろ、国内最高峰のT大学は役人・政府の重要ポジションには多数の卒業生がおり、彼等には大学の教授が様々な面で繋がっているのだ。

 しかし、流石にお役所仕事で、時間がかかることはやむをえないのかなあ?そこで、僕の父への連絡によって、父から取り纏め役の大先生に伝わった。そこから政府の然るべき部署にお叱りがあり、そこから準備をしている部署にお叱りがあり、村山警察署は指揮権を取り上げられることになった。

 そういうことで、僕と川合さんが、みどり野製菓の社屋に行った時には、まだ警察は来ていなかったが、母あてに村山警察署から電話があったそうだ。それは、『本件は、当警察署の担当から外れ、国の機関が預かることになった。そして、そこからの人がみどり野製菓を訪問する』ということらしい。

 随分時間がたった20時頃、姉と父も合流した後に、ようやくそのご一行が登場した。背広のエリート然とした、中背痩せぎすの鋭い顔をした男と、後は制服を着た大柄な小太りの男、さらにこれも大柄な逞しい男に、中肉中背の女性である。年代は背広が40歳代、小太りが50歳代、逞しい男と女性が30歳代に見える。

「どうも、お待たせして申し訳ありませんね。早速ですが、こちらのメンバーを紹介させて頂きます。こちらが、今回の仕事の責任者を勤める、公安警察参事官の安田警視正殿です。私が補佐をやらして頂きます西村と申しまして、階級は警視です。また、こちらが実務部隊を統括する猿投警部、さらに調整役の村田警部補です。

 さて、我々は浅香さんご一家と、このみどり野製菓の社長さんをはじめ、その係累の方々の安全を保持するということが責務になっております。本日は浅香修さんが、暴漢に襲撃されたということで、今後に対応を話しあうためにここにお邪魔しております」

「はい、お願いしますね。今回は、息子の修への襲撃でした。当然誘拐を狙ってのことだと思いますが、犯人の背後関係は解りましたか?」
 父が聞くのに、苦労人らしい西村が答える。

「いえ、それが残念ながら、半端な乱暴者が金で雇われたらしいのです。中間に挟まっている人物も結局不明です。近くにあった車もレンタカーで、彼ら自身が借りたものですから、そこからも追えませんね」

 今度は母が口を出す。
「あの、ご存知だと思いますが、私はあの週刊誌の記事が出てから、村山警察署に警備をお願いしたのですよ。夫も自分の方の大学のからお願いした結果が、今日のことだと思うのです。それで、結局どちらも事態が起きたことに対応できなかったということですよね。
 幸い、私どもがプライベートにお願いした備えが有効に働いたお陰で、事なきを得ましたが、相手が銃器を持った集団だと対応できなかったと思うのですよね。当然、お考えの体制はそこまで考えてのことでしょうね?」

「奥さん、随分勝手なことを言われているが、我々とて、そういうシステムを常時備えているわけではない。危険であることは、今回解ったのであるから、当分は外出を控えてほしい。そして、行動にはすべて我々の指示に従って欲しい。そうでないと、我々も結果を保証しかねる」
 黙っていたエリートさんが口を出す。

 それを聞いて、母さんの口が吊り上がり、目が燃え上がった。美人の激怒した顔は怖いよ。
「お断りします。それをするなら、あなた方にお願いする必要がありません。それをするなら、どんなに無能だって警護できます。日本はそんなに危険な国なんですか?そこの実動部隊の猿投さん、そうしないと守れないのでしょうか?」

 話をふられた猿投は、困った奴だという目で上司をちらと見て言う。
「いや、無論あなた方の外出を全面的に止めるなどは考えません。ただ、守りにくい場所へ立ち入ること、また守りやすい行動をお願いはします。私が考えているのは、今警備をお願いしている方々は、近接の護衛が省けるので、そのままお願いしたいと思っています」

 なかかな、柔軟な人のようだ。
「猿投!君は……」エリートさんが、部下を叱りつけようとするのを父がのんびりと遮る。

「ええと、今回の件は私どもの大学の理学部の穴井学部長から、総長を通じて警視総監にお願いしたと聞いています。総理大臣にも話は通っているとか。私が今聞いているところでは、猿投警部さんの言われるようにやって頂ければありがたいのですが。どうでしょうね。安田さん、村田さん?」

「う、その、猿投の案でよろしければ……」
 エリート安田さんは詰まってしまったが、村田が引き継ぐ。

「そう、丁度良かった。いずれにせよ、具体的には猿投警部の出番となります。彼とすでに話していたのですが、今お願いされているKC会館の護衛は引き続きお願いして頂くということでよろしいですか?」

「ええ、それは結構です。でも、そちらの警備とお互いに邪魔にならなうようにお願いしますね」
 平常の顔に戻った母が答えるが、かくして我が家の警備には公安警察もからむことになった。

 ところで、それから日を置かずに姉がWP能力に目覚めた。
「キャー、ようやく私も目覚めたわ。さあ、修、私に使い方を教えなさい」

 早朝、僕の部屋に乱入してきた姉は、いつものように上から目線で僕に命じる。
 それに唯々諾々と従う僕も情けないが、これは条件反射と言うやつかな。しかし、それで一人しかいない能力者として、限度を超えた忙しさになっていた僕としては助かることは事実である。

 平日の朝であるが、今日のところランニングは休んで、姉にWPの使い方を教える。今のところバーラムとも相談して、大威力が出せる分子の運動方向をコントロールする方法は教えないことにしている。これは、教えさえしなかったら、WPで力づくで物質に働きかける方法しか思いつかないはずなので、最初僕が経験したようなしょぼい効果しか出せない。僕が試した結果は少々危険すぎるのだ。 

 だから、そのしょぼいWPの威力を経験させて、有用さのアピールとしてWPCへの魔力の刻み方を伝授する方向に集中している。これによって、微妙なWPの操作を覚えることになるので、実は大威力の効果を得るWPの使い方を習得するのに有効なのだ。

 僕は、WPによって旋風を巻き起こすしょぼい効果を確認させたが、姉はそんなものだと思っているので、それで失望はしなかった。これは、僕が大威力のWPを秘密にして見せていないからである。だから、彼女のターゲットはWPCの製作である。

 すでに話してあるWPCの有用性からすれば、WPCを製作できることは将来を保証するものになるのだ。実はWPC学なるものは、すでに構築されつつあり、基本的な教科書もできている。これは、僕が基本的なことを一通りまとめたものを、父が大学にもっていって、自分の研究室の山田や矢吹などの院生を集めて監修させ、最後に父が手をいれたものだ。

 WPCの回路としての印刻は、基本的にCADで描いてそれをエッチングさせているが、WPによって活性化しないと実用にはならない。この場合に、最適の母体は銀であり、ついで銅であるが、アルミも悪くはない。エッチングまでは、回路図があれば大量生産が可能であるが、それにWP能力のあるものが、その回路の意味を理解しつつ、回路の各部分にWPを注ぎ込んで活性化の必要がある。

 医療用のWPCは、実は極めて高度なもので、回路も極めて複雑であるので、その活性化の可否は術者の素質によるという。バーラムは僕のWPは“重い”と言っていたが、術者として優秀な証拠だそうだ。それと、僕の場合には常時バーラムのアシストが得られるという意味で、極めて有利であるそうで、言ってみればズルをしているようなものだとか。そんなことを言われてもねえ。

 その意味で、姉がその程度できるかは未知数であるのだ。そこのところは、すでに姉に教えているが、その際に頭を小突かれたのは納得できない。

「今日は学校を休む!それより、私のWPCの作成の能力を調べるのが先決よ」
 彼女は宣言するが、いいのかなと思って聞く。

「ええ!学校を休んで大丈夫かい?」
「修に言われたくはなわよ。しょっちゅう学校を休んでいるくせに……」

 そう言って姉は僕を睨みつけるが、確かに今の僕は学校を週に2回は休んでいるし、さらに途中で抜け出すこともある。これは、大学で父がカミングアウトして以来、ちょくちょく呼ばれてあちこちに行き、話をしたり能力を見せたりしているのだ。その際には、流石に権力に寄り添った側の都合であるだけに、認めるように文科省のほうから学校に圧力がかかっているらしい。

「ええ!そんな時間は学校だから行けませんよ」
 そのように僕が言っても、こう返される。

「大丈夫、用事があるから休むと言えば認めてくれるから。それに、修君の成績はダントツのトップで心配ないらしいじゃないか」
 そして、事実担任は「ええ、聞いているわよ。いってらっしゃい」で終わりだ。僕も正直に言えば退屈な授業に耐えたくはないし、それほどクラスに愛着があるわけでないからいいのだけど、釈然としない。

 姉さんもそうなるのかな?ちなみに、このように僕が動くときは、防弾車による送迎だ。すごくごついランクルみたいな車が学校に入ってきて、玄関の横づけし、僕が乗る時は一人が横についているのだよ。そりゃあ目立つし、避けられるよね。ボッチ路線まっしぐらだよ。この送迎の時にはKC会館の人の護衛は断っている。

 ところで、週刊Bを告訴すると言う話は、目立つからということで父の大学筋から止められた。その代わりということで、週刊Bの親会社の社長と編集長、記事を書いたライターが謝りに来て、慰謝料として1千万円を払った。
 裁判をすれば、実害が生じているのでまず勝てて、2千万か3千万はふんだくれたと言う弁護士の託宣だったから、まあその会社としては安くついたんだろうね。でも、権力に負けないとか言っていても、結局はそれに脅されて謝りに来るんだよね。

 姉のWPC製作は、練習ということで、最も簡単なキーから掛かったが、10分ほども時間を要していたから1分足らずの僕とは相当差があるな。でも、バーラムの言うには姉のWPはそんなに軽くはないし、能力者として優れているほうだそうだ。でも、医療のWPCはまず無理だということだったが、実際に手に負えなかった。

 ただ、訓練によって、WPの容量は大きくなっていくし、可能性はないではないということだ。でも姉がうんうん言って頑張っても、成果はそれほどではないのを見て、僕は当分忙しさからは逃れられないと覚悟したよ。
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