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第4章 『処方』を始めて3年が経った

4.7 M国の動乱、その後

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 僕の空間収納と空間転移の能力は、M国事変後覚悟の上であったがアメリカにばれた。ちなみに、M国は自衛隊が乗り込んだ翌日、捕らえられた軍事政権首班のルーミン上級大将が退陣を宣言した。さらにその翌日、半数ほどが拘束されていたクーデター前の民生政府のメンバーが、解放され軍事政権の否定と民主府再生を宣言した。

 この時点では、未だ軍の武装解除は終わっていなかったが、ヤンゴンに居た軍事政権の首脳部が次々に拘束され、個々に退陣を宣言する中で、ほとんどが混乱して身動きが取れない状態であった。しかし、地方に駐屯地にある第3師団が師団長の指揮の元、ヤンゴンに向けて戦車、装甲車を先頭に行軍を始めた。

 しかし、出発の際に師団長のヤン・ミズラ中将がヤンゴン奪還を宣言したのが誤りであった。途中で待ち伏せたWPCを持った2つの班が、火器を燃やして無力化したために、1万2千人の師団の兵は大部分が逃亡してしまった。そして、その過程と結果は地元テレビで放映されたために、軍からの抵抗はなくなった。

 MD-WPCを持った自衛隊員は、7日間M国に滞在しその間は国内に散って、このように軍の火器の無力化を行ったが、同時に軍事力を持った少数民族の火器の無力化も進めていった。軍のみの武装解除をして少数民族のみが武力を持つとなると、一般国民が危険であると、再生した政府から懇願されたからである。

 だが、再生した政府も少数民族を迫害した前科がある。だから、少数民族の武装組織の武器を無力化した場合には20以上ある少数民族の迫害を始める可能性がある。もう一つの問題は軍が無力化されたことによりM国が無防備になることで周辺国からの侵略を恐れである。

 在M国日本大使館は、最初の日ヤンゴンで軍の無力化に成功した時点で、密かにアメリカ大使館に連絡をとって彼らを巻き込んだ。無論それに先立って水面下では本国同士で協議はされていた。アメリカ側も中国対策の一環として中国に利する可能性の高いM国情勢は何とかしたいという思いはあった。

 そこに日本が、M国軍の火器を無力化するという話を持ち掛けたのだ。その日本からの話は具体的手段の説明がなく、M国軍と少数民族の火器を無力化するという前提でのその後の協力の要請であった。要請内容は無理のない事項であったため、『もし日本が言う通りのことが出来たら協力する』という約束は出来ていた。

 従って、日本大使館から要請であるM国政府への交渉の見届け人の立場と、無力化されるM国軍備に応じて周辺国からの侵略に対する警告は、アメリカ本国から戸惑いながらも了承された。前者は、火器を無力化される少数民族に対して、不当に扱わないように日米両国がその監視をすることも含めて、日米大使館がM国政府との間に書面で誓約書を取っている。

 M国政府としては日本の介入がなかったら、政権を独自に取り戻せる可能性はなかった。さらに、もはや今のままで残しておくという選択肢はなくなった軍の完全解体が可能になったのだ。そのことに比べれば、少数民族を迫害しないという約束程度は軽い事項である。

 この証人にアメリカのみを関わらせたのは、僕の能力の情報を広げたくなかったものの、日本のみでは担保能力に問題があるためである。さらに、アメリカは、周辺からの侵略の防止については、M国の侵略に対して実力をもって防止するという宣言を行った。

 この宣言は、今回の事態で明らかになったWD-WPCの存在とその機能の公表が伴っていたので、周辺国にとってはそれを自分たちに使われる可能性を考えれば、十分な歯止めになった。この点は日本がそういう宣言を行うことは法規上できないので、やむを得ない措置でもあった。

 実のところ、今回のミッションは日本にとっては、国内的な制度、さらに左巻きのマスコミにリードされた彼らにとって宗教としての“平和”世論が最も大きな障害であった。

 一方で、現在WPCの産業利用による空前の好景気にもかかわらず、様々なスキャンダルに揺れる政府は弱体であった。これは、この与党側の大きな失点に加え、もう一つは、野党がかつての馬鹿々々しい個人攻撃一本やりの議論を改め、政策をまともに語るようになったこと、さらにかつての『民主党』政権の悪夢をようやく人々が忘れつつあることが要因になっている。

 だから、現総理大臣三嶋昭雄は法規的にはグレーである今回の作戦にゴーを出した。彼の元々の信念は、日本がより積極的に世界に関与すべきというものだったが、政治基盤の弱さから自分の色を出す余裕がなかったのだ。しかし、1ヶ月後に迫った総裁選には、伝統的な手法を取る対抗馬の緒方にはまず勝てないと言われており、失うものが少ない今、自分の信念に従う決断をしたのだ。

 M国へ日本の介入は世界的な大騒ぎになった。M国への自衛隊員の派遣は、軍事政権の不意を衝く狙いからも無論秘密裏に行われた。M国軍はすでに市民への発砲で100人以上の人々を殺害して、その後もデモ隊に向けて発砲する構えであり、次々に人々を拘束しており、日本人ジャーリストも複数拘束された。

 一方で反軍政派はデモを休止していた。そこで、一般的には反軍政派がすでに屈服して軍の政治が今後も続くとみられていた。そこに突然始まったヤンゴンでの陸軍の要所を含んだ同時多発的なデモで、軍と警察側の火器が発火して使えず、数で圧倒する棒を持ったデモ隊に軍と警察が制圧されたのだ。

 軍と警察の持った火器が次々に発火して、デモ隊が勢いに乗って彼等を制圧する映像は世界に流れ、日本でも大騒ぎになった。その中に、WPCを使った自衛隊員も撮影され、顔を隠していなかったから、2日後には名前と所属が明らかになった。

 防衛省にはマスコミの問い合わせが殺到したが、防衛省は首相官邸に問い合わせろとの一点張りであった。そして、マスコミが問い合わせるまでもなく三嶋首相は説明のための記者会見を開いた。

「今般のM国の事態に対しては、国際社会からの深い憂慮が出されております。それは、本来国民とその財産及び国土を守るべき国軍が、政治的・経済的利益のためにクーデターを起こしたことが第一です、さらに、それに反対する市民に発砲し、多数を殺傷するに至ったという、まさにあってはならない事態であります。
 我が国は、過去軍政を改めると約束したM国に対して多くの援助をしてきました。その結果、現在はわが国がM国の最大の援助国であり、民間企業も多く進出して友好を深めつつあったところです。

 そこにおいて、このクーデターですから、そのクーデターの結果成立した、国民に発砲するような軍事政権と同じ関係を続けることでできないのは明らかであります。当然において我が国は、この軍事政権に対して現在の行動を直ちにやめるように何度も忠告しました。
 しかし、軍政側は全く聞く耳を持って来なかったわけです。従来であれば、わが国はM国に援助を停止して、遺憾の意を表明するに留まっていたでしょう。過去そうした態度が、『遺憾砲』と揶揄されてきた所以であります。また、実際のところ、M国に軍事進攻して強制的に軍の武装解除をするなどのことを我が国は出来ませんし、国際社会もこの国連の枠組みの中では必ず反対する国があってできません。

 しかし、まさにこのタイミングでわが国において、火薬を使った銃器を無効化というか火薬は発火させるWPCと、任意の地点に人を送り込めるWPCが開発されました。従って私は、M国で起きている悲劇を食い止めるため、さらに解放される様子のない2人の日本人の解放、また日本国民からの援助と日本の民間の投資を無駄にしないためこの技術を使う決心をしました。
 そして、自衛隊に火薬を発火させることのできるWPCを所持した10班を送り込みました。そして彼らに、軍事政権への抗議デモへの同行と、WPCを使ってデモ参加の人々の保護にために取締まり側の火器の無力化することを命じました。

 なお、この行動については、クーデター前の民政政権で首相を務めていた、サマーラ・ドーハル氏が発行したM政府の要望書を受け取っており、送り込んだ人員の入国と行動を公認してもらっています。なお、今回の行動によって軍政側の武装はほぼ無力化されており、順調に民政移管が進んでおります。
 ただ、武装解除後の軍と警察側に、現状で4人の死者が出ていることは誠に残念でありますが、放置していた場合のより多くの犠牲に比べると軽微で済んだものと考えております。
 M国における我が国の今回の行動は、私の責任と権限において実施したものであります。独断専行と非難されることは覚悟の上で決断したものであり、国会及び国民の皆様のご批判を受けることは覚悟しております。

 しかし、私はわが日本が取ってきた、過剰なまでの受け身の姿勢は大いに問題があると思ってきました。そして、今回のM国の軍事政権の行ったことは、倫理的かつ国際法的に見て明らかに唾棄すべきことであります。そして、私にはそれをすでに結果が出ているように解決する手段があり、その権限があったのです。
ですから、私はそれを実行した次第です。批判はあると思いますが、私は自分の決断に満足しています」

 その後の質疑応答で、軍と警察の無力化による治安の不安定化の質問があったのに対して、送り込んだWPCによる武装勢力の無力化と、政府による彼らへの弾圧禁止の合意書の話をしている。
 さらに、M国の軍事の無力化への懸念については、首相の記者会見にタイミングを合わせたアメリカ政府からの宣言が行われた。これは、M国に侵略した場合にアメリカが防衛するという内容である。

 さらに、銃器を無力化するWPCとM国に人を送り込んだWPCについての質問が多数あったが、現状では機密事項で今後順次に情報を開示する方針としている。
 果たして、左巻のマスコミの半数ほどと野党の半数ほどから、三嶋首相への非難の大合唱が始まった。M国軍事政権に対しての行動そのものについては、すでに日本のみならず世界から称賛の嵐であったので非難は難しかった。流石にあの中国ですら、日本が部隊を乗り出したことを非難したが、結果については非難できなかった。

 国内での主な非難の根拠は、首相の独断専行と『憲法違反』であったが、独断専行については秘密保持からやむを得なかったという説明合理性はあるが、周りに諮ることが出来ないほどの緊急性があったかという点に議論が集中した。憲法違反という点についてはグレーであるが、元々憲法がおかしいという意見はすでに国民の半分ほどになっていて、人々を動かすほどのものではなかった。

 しかし、海外からはリスクを冒して決断した三嶋への称賛意見ばかりで、それに影響されてか2日後の世論調査の結果では、70~80%の国民は三嶋の決断を支持していた。結果として、左巻マスコミはねちこく三嶋の非難を続けていたが、政治家は共産党を除き流石に支持が下がるだけなので非難を止めた。同時に行われた内閣の支持率調査で三嶋内閣は30%前半だったものが50%を超えた。彼は賭けに勝ったのだ。

 WD-WPCについては、アメリカには提供の約束をしているが、世界及び一般に広めることの危険性を日米共に認識している。だから、日本がM国に持ち込んだWD-WPCを全て持ち帰ることは理解している。無論、M国を始め世界中の国々は欲しがったが、危険性に鑑み、当分の間は拒否すると発表している。

 WD-WPC以上に大騒ぎになったのは、首相が公表したWPCによる空間転移である。実のところWP能力による空間収納や空間転移は正常空間と異空間との関係を“理解”しないと扱えない。バーラムも実のところマジックバッグという道具を使ってはいたが、容量に制限がない本当の意味での空間収納に異空間を経由して“ジャンプ”する空間転移は使えなかった。

 ピートランではバーラムが生きていた時点で、両方を使えるものが一人いたが、彼は極めて魔力(EP能力)が高く、素質としてそれが出来る人物で他に教えることはできなかった。だからそういうことが可能ということを知っていただけのことであった。

 マジックバッグはピートランではWPCを刻みこむことで転換可能な鉱物があり、それをWPCとして実用しているものだ。バーラムは地球に来て、僕へ取り憑くに当たっての転移の経験と、父との地球の物理学の知識吸収で、異空間を含む空間の成り立ちについて正確に理解することが出来て空間操作の実際を理解した。

 その結果、僕自身がその成り立ちの理論を理解する必要があったが、それを駆使するレベルのWPに達していた僕に教えることが出来たのだ。この理論を父は論文にまとめたが、僕が父から説明を聞いてさらに憑いているバーラムに逐次説明されてようやく理解できるレベルのものだった。

 そして、空間操作をマスターするのには時間を要した。理論は理解して、耳で聞き文章で説明されても簡単に発動するものではないが、僕は何と言ってもバーラムと一体だ。それでも1ヶ月余りの苦闘の末にようやくマスターしたのだ。アジャーラも並行してマスターにかかっているが、現状ではまだ当分時間がかかりそうで、当分は心身一体の指導が必要だね(じゅるり)。

 空間収納と移転のWPCについては、首相の言ったのはプラフで、まだ出来ていない、出来ることは解っている。
 だが作るべきかどうか迷っている段階だ。バーラムもマジックバッグや空間収納はともかく、移転の実用化はやめておいた方が良いと言う意見だ。だから、当分は研究中という返事をしている。
 
 M国に乗り込んだ経緯から、アメリカのみは空間転移が僕のWP能力であることを知っている。ただ、空間収納のことは知らないが、いずれにせよWD-PCを含めたWPCの軍事利用に関する協議を要求されていて、日本も応じざるを得ない状況で、M国から帰ってすぐの予備的な協議に僕も参加した。

 出席者は自衛隊が8人と僕、米軍からの8名と、英軍からの3名である。米軍は在日米軍からと本国から2名出席、英軍は駐日大使館の武官と2人は本国から来ているので、彼らの本気度が判る。会議は英語である。

「まず、WD-WPCの有効範囲等についてわかっていることを教えてほしい」
 自己紹介の後、米軍の本国から来たピターソン中佐が言う。各々の席の前には名札が置いている。

「まず有効範囲は、障害のない空間の場合には、効果範囲は扇状に広がり、1kW時の電力消費量で有効な距離は300m、直径100mです、以降有効直径は距離の1/3であり、電力消費量は距離の二乗に比例します。窓のある建物にまたは鉄の箱に隔てられても効果が殆ど変わらないようです」
 自衛隊の西村3佐が答える。

「ところで、このWPCの効果を遮ることはできないのか?」
 英軍のマイン少佐が聞くのに再度西村2佐が答える。

「鉄の箱の中でも効果に有意な差はなく、現状のところ遮る方法は見つかっていない」

「火薬を使う銃の代替の方法があると聞いているが、どういう方法か教えてほしい?」
 再度ピターソン中佐が聞き、西村3佐が僕の方を見るので僕が答えた。

「あなた方もすでに導入していると思うが、推進と水ジェットのWPCを使うエンジンと同じ方法です。小銃バージョンのWPCの試作は出来ているが、性能は火薬式より若干良いという程度のようだ」

「「「「おお!」」」」
 米英の出席者からどよめきが起きる。

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