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第1章 日本の変革

1.4 核融合発電、国との前哨戦

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「よし、まあ座れや。現在のキーマンは牧村君だ。君の計画と現在着手している内容を聞こう」
 吉村は平静な顔に戻って、誠司に聞く。

「ええ、まず私は重田准教授に論文を見せました。先生はこの論文の重要性をわかってくれて、これさえあれば核融合装置が出来ることを追認してくれました。
 しかし、当然そのためにはマンパワーもさることながら莫大な金が必要ですので、先生の同級生が経産省の本省の課長をしているというので、明後日会いに行くことにしています。出来ればそれまでに、プロトタイプの装置を作る概算金額を掴んでおきたいのです。
 だから、工学部の西村と安田に力を借りようと思って。

 それと、重田先生と一緒に理学部長の山科教授に会いに行きました。山科先生もことの重要性はわかってくれたうえで、経産省に行くことは賛成してくれました。しかし、先生の意見としてはなかなか簡単には金は出ないだろうが、設計が終わるまでに出ればいいという感じでした。また、当面設計等の準備は学内より四菱の工場でやる方がいいという意見でした。
 私も同じ意見ですが、学内では秘密が守れないということを懸念されています。それで、人も四菱から出してもらうように、産業工学科の広田教授が四菱重工出身なので、広田教授を通して交渉してくれるそうです」
 誠司の言葉に吉村は頷く。

「うん、短い間によく動いたな。しかし、君自身で装置としてのイメージはあるのか?」

「ええ、本体についてはかなり具体的に頭に描けています。しかし、電気周りですとか、フレームについてはエンジニアの知恵を借りないとだめですね」

「うん、そうだろうな。でも本体をイメージ出来ていればあとはエンジニアリングの問題だから、どうにでもなるよ。明日まで概算金額か、まあ五十%程度は違っていてもいいんだ。まあ、そのためにも牧村君のイメージを説明してくれよ」

 吉村の要請に誠司は頭のなかのイメージを説明し始める。
「まず、本体は、径2.5mのSUS316(高級ステンレス)鋼の球体ですね。
 それの周りに電磁銃を8基設置して発射部を中に貫通させます。本体の中からはスペースを節約するために銀の電極で径が30㎝程度のものが3本出てきてこれが、十万㎾の電力の出力棒になります。それに励起装置、これはまあ大型冷蔵庫程度の箱ですが、これから出てくる励起のための出力棒が本体に入ります。 
 あとは各電磁銃に動力、これ五百㎾級のインバータからの給電が必要ですね。励起装置には単純に百㎾を給電するのみです。従って約四百五十㎾の外部電力が必要ですのでその電源装置が要りますね。

 さらに、この場合の発電能力は十万㎾ですから出力側の電気設備が当然必要です。
 電磁銃については、これは無論一部は一からのからの制作になりますが、多くは汎用品で足りますで、使う材料からすればまあ1機五百万、製品で4倍として2千万もあれば大丈夫でしょう。
 励起装置も全く新しい概念のものですが、これも大部分汎用品で組み立てられますので、部品だけからいえば2千万ですが、安全を見て5千万ですね。私にわかるのはそんなところです」

「うーん、君は優秀だね。理学のくせによくそれだけのことがわかるな」
 そう吉村が感心するが、西村が説明する。 
「ええ、牧村はしょっちゅう我々の工学部に来て、あっちこっちに首を突っ込んでいましたから」

「それにしてもだな、なかなかそこまでは出来ないぞ。しかし、キーマンの君がそういうスキルを持っていたというのは我が国の取っては大変ラッキーだったな。さて、最重要な部分は牧村君が出したので他のものを算出しようか」吉村はさらにはっぱをかけ、喧々諤々の議論の結果、出てきた金額は9億2千万円余りであった。

「よし、一声20億だな。20億あれば足るだろう。ほかに設計費が必要だが、まあ2億はかからんだろう。
 製作期間は設計・仕様書作成に3カ月、注文生産に6カ月、組み立てに3カ月だな」

 吉村が言うが、誠司は悲鳴をあげる。
「ええ、設計に3カ月は無理ですよ、死ぬよ!」

「きついのは重々承知だ。しかし、1年後には装置が動いたというのがどうしても欲しい。設計を詰めるしかないのだよ。日本、いや世界の人々の幸せな将来は牧村君、君の双肩にかかっているのだよ」
 吉村が大げさに言う。

「まあ、精一杯は頑張りますよ。でも、そんな短期間だと資金はどうするのですか。
 経産省もそれほどあてにならないでしょう?また四菱と言っても20億はおいそれとは出せないでしょうに」
 誠司もそこのところに関しては心配そうに言う。

「たぶん大丈夫だ。我に秘策ありだ。しかし、明後日の経産省の話は僕も行こう。僕が明日やる下工作の結果をちゃんと出すためには直接、おど……」
 吉村は「ゲフン、ゲフン」とせき込んで、「いや、説得しなければならないからな」と話を閉めくくる。

「まあ、心配するな。重田准教授には僕が話しておくよ。たぶん、僕は明日東京に行くので明後日は現地集合だな。
 まあ、そういうことで、今日は大変有意機な話が出来た。ついては、我らが、日本再生計画のメンバーがそろった今日、発足の会をやろう。無論、僕が経費を持つから、いまから片平町(西山市の繁華街で飲み屋が多い)に行こう」
 吉村が言うが、西村がしり込みする。

「え、でも、僕は、今日はちょっと……」

「なんだ、彼女か?」

「え、ええ、待ち合わせてまして……」

「いいじゃないか、一緒に行こうよ。連れて来いよ。安田君も彼女を連れて来たらどうだ。広末に行くぞ」

「え、ええ呼んでみます」
 西村は応じるが、と安田は言う。
「いえ、ちょっと彼女は帰省していまして」

 さらに吉村は、誠司に対して冷やかす。
「牧村君は……、関係なかったな。君はそういう意味で心置きなくプロジェクトに没頭できるわけだ。これは、我が国にとって何という計らいだ。牧村君が女性にもてないというのが国にとって幸せになるとはな」
 そこで、真由美すこしむきになって言う。

「吉村先輩、牧村君は決してもてないことはないですよ。結構女性の中でも人気がありますもの」

「う、うん、そういう意見もあると。牧村君良かったな。何という優しい言葉だ。彼女こそ君のマドンナだ」
 などと牧村はいじられてしまい、それは西山市のそこそこの料亭である広末での宴席でも続いた。

 吉村は、翌日東京に飛んだ。

 朝、親しい村田健吾衆議院議員に連絡をとってアポを取った結果、東京にいるというので会いに来たのである。村田健吾は自民党所属で現首相の阿賀清太郎の派閥に属し、当選7回、五十二歳の二代目議員である。はっきりものを言うタイプあり、戦後日本のアメリカ従属、周辺への弱腰外交に物足りない考えであるため、マスコミには右翼と言われることが多い。

 しかし、国会議員は金のかかることが多く、一方で後ろ暗いことをやらない限り収入は限られているのであるが、そうしたことは一切やらないこともあって金集めは下手で、村田にとっては金の問題は大きなネックであった。
 それを心配したある村田の支援者が株取引の天才である吉村を紹介して、今や村田の政治資金は、吉村が一手に調達している。吉村も思想的には村田に共感するところが多いので、お互いの地元である西山市のある県の隣県に帰ったときは、よく酒を酌み交わす仲である。

 村田は、現在のところ官房副長官であり裏方に回っているが、首相の懐刀とも呼ばれており、政権内の影響力は強く、経済産業大臣である中山昭二大臣とも盟友と言われている。

 吉村は事務所について、秘書から村田の部屋に案内される。
「やあ、吉村君、東京で会うのは初めてだな。なにか大事な話があるとか」
 村田が机に座って手を挙げて挨拶し、そばのソファを示す。
 第一秘書と一緒にソファに着いたところで、吉村がカバンから書類を出して差し出して切り出す。

「実は、非常に興味深いこういうレポートが手に入りまして、これは日本の現状に置ける問題点とその対策について述べております」
 村田は五十ページのその紙の束をとって、サマリーをパラパラ捲る。

「ほう、面白そうなレポートだね。どこから出たものかな?」
 村田の問いに吉村はまともに答えない。

「それは、ちょっと置いておいてください。その内容は、私の判断では、現状における我が国及び世界の経済についての最も優れた分析とその問題点に対するこれまた秀逸な処方箋を述べたものです」

「ほお、君がそこまで言うということはよほどのものだな。しかし、東京にまで来るというのだから、相当に重要かつ緊急の話なんだろうね?」

「その通りです。村田さんも感じておられるとは思いますが、昨今の経済情勢は中国のハードランディングの高い可能性というか、これはもう必然ですが、それを震源として大混乱が間違いなく起きるという所まで来ています。
 このレポートのシナリオにもそれは入っていますが、全く正しいと思いますよ。一方で、現状では我が国として決定的な手はないというのが正直なところではないでしょうか?」

「うん、君だから正直に言うけど、政府もとりわけ経済面では極めて苦慮している。なにしろ社会保障費が天井知らずに伸びていて、一方で生産人口の減もあって税収が全く伸びず、このままでは、中国のハードランディングがないまでも破綻に向けてまっしぐらだよ。
 そのうえに、最近出たレポートで石油資源が枯渇に向かっており十年以内の需要に全く応じられないという報告もあって、また世界のファンドが石油を買いあさっている。その上に、産油国がここにきて減産に踏み込むという話がある。まあ限られた資源なら、高く長く売った方が得だからね」

 村田は憂鬱そうな顔で言う。
「そこなんですよ。そこを決定的に打破する道があるとすればどうですか?またそれは、今後の国内の需要を大きく喚起するものであれば」

「そんなうまい話があるのか?」
 そのように吉村が言っても村田は期待薄な表情で見る。

「核融合発電です。理論的な解明はすでにできていて、装置化も可能なレベルに来ています。
今の問題は、そのプロトタイプの建設費と時間だけです」

 村田は凭れていたソファから背を起こしたが、なおも否定的に言う。
「冗談だろう?そんなうまい話があるものか。今の研究の進み具合だとあと三十年は少なくともかかるし、また途方もない建設費だ。それまで日本が持つかね」

「いえ、これは冗談ではありません。このレポートの最推奨案にも核融合発電機と合わせて車の運行の電気化を載せていますが、ネタはこの論文です」
 吉村は、例の核融合の論文を取り出して見せる。

「これは、核融合の理論的な解明を完全に行っており、かつその装置化に必要な単位要素を全て具体的に述べています。これが世に出れば、いわゆる技術的な一定の基盤のある国なら装置化が可能です。
 それで、うちの大学の准教授とこの論文の発見者の院生が、明日経産省に建設費が何とかならないかと相談のために来ることになっています」
 吉村の真剣な顔に村田も表情を改める。

「冗談ではないのか?」
 そう言って論文を取り上げて、ページを繰るがたちまち目をつぶる。

「あかん!こりゃ全然歯が立たないわい。で、その西山大学の准教授と言ったか?」

「ええ、重田恭介理学博士で実質的にうちの大学の物理学教室の教授の役割りをしています。教授が空席なもので」

「その博士が自分の専門分野であるこの論文を認めているのだな?」

「そうです、わざわざ東京まで恥をかきに来るわけはないでしょう?」

「経産省の誰だ、訪ねるのは?」

「産業局、産業指導課の課長の柴山修一さんです」

「うん、いいところかも知れないな。産業局の局長も立ち会うように言っておく。それで、どのくらい金がかかるんだ、その開発には?」

「ええ、粗々の概算で10億円ですから、たぶん20億あれば大丈夫だと思います。しかし、当面は民間企業を引っ張り込まないと、設計は大学では無理ですよ」

「なんだ、その位か。百億と言われたらちょっと難しいが、20億位だったら経産省で出せるだろう。新技術開発の補助金の枠が百億あるから、それを使えるはずだ。
 また、西山市には四菱重工の主要工場があるよな。あそこから人を出させればいいだろうが、しかし、四菱には現場で使えるやつはいないだろうな、口は達者だが。どうせ下請けから借りてくることになるな」

 村田の言葉に吉村は食いつく。
「ええ、二十億は出せますか?ちょっと望み薄かと思っていました。しかし、1年後では困りますよ」

「うん、そこらは、俺たちの圧力のかけ方次第だな。まあ、局長と、課長が話を聞いて見込みありと言うなら、やってみるべきだ。本当に核融合発電の可能性があるなら、仮に失敗してもたかが20億位どうってことはないよ。まあ、俺の金だったら大変な額だけどな」
 そう言って村田は笑う。
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