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第9話 虫垂炎
しおりを挟む虫垂炎:糞石や食物残渣、リンパ組織の腫大、腫瘍などにより虫垂内腔が閉塞し、二次的に感染が加わることで発症する、急性化膿性炎症性疾患である。
世間一般で「もうちょう(盲腸)」と呼ばれているが、この俗称は18-19世紀に盲腸炎、盲腸炎周囲炎と呼ばれていた名残であり、後に実態が盲腸ではなく、盲腸に付随する虫垂であることが判明し、虫垂炎と呼称が改められた。
「なるほど、虫垂炎初期の心窩部痛というわけか?」
虫垂は人体の右下腹部に位置する。
したがって、虫垂炎の痛みも右下腹部に現れるはずである。
だが、虫垂炎の初期には右下腹部痛がなく、心窩部みぞおちや臍周囲に痛みが出現する場合が多いのだ。
「研修医向けの臨床本を中途半端に読み込んだ新米が、いかにも考えそうな短絡的な鑑別診断だ。心窩部痛の患者の中に虫垂炎の患者が一体何%いると思ってるんだ?」
山本の手厳しい指摘に、栄一郎はひるまず続ける。
「一条の腹痛は発症からまだ1-2時間程度です。右下腹部痛が出現していなくてもおかしくありません。痛みの部位が漠然としている内臓痛だし、微熱だが熱もあります。これらの所見は虫垂炎に矛盾しません」
栄一郎はしゃべりながら考えていた。
虫垂炎の診断は熟練した臨床医でも難しいケースが少なくなく、診断が見逃され、治療が遅れることがある。
ごくまれにではあるが、死亡に至り、医療訴訟に至ったケースもある。
栄一郎がこの時点で出した結論は、沙耶香が今日ここで虫垂炎を見逃され、死に至るのではないかということだった。
「ぷ、ぷははは、いや、参った!! 君、才能あるよ!!」
山本は突如腹を抱えて笑いだした。
栄一郎は一瞬戸惑ったが、ほっと安堵した。
かなり苦しい論理展開だったが、なんとか山本先生に納得してもらえたようだと。
だが.........
「上級医の神経を逆撫でする才能がね」
山本はぴたりと笑いを止め、ゆっくりと立ち上がりながらそう言った。
栄一郎は豹変した山本の表情をみて凍りつく。
さきほどまでの教育的で優しい指導医はもうそこにはいなかった。
殺すぞ、餓鬼が!?
山本の目は確かにそう言っていた。
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