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第一章:自罰的な臆病者
第六話 夕暮れのひととき
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「あーもう、むかつくー!」
夕暮れの大通りに小春の恨み節が響き渡る。
あの後、ギルドをすぐに出た俺たちは、やることもないので仕方なく本日の宿へと向かっているのだった。
「なんなのよあいつら! どいつもこいつも正幸様、正幸様って……頭腐ってんじゃないの!」
「まぁまぁ。落ち着いて。今日はツイてなかったと思ってさ。今日のことは忘れなよ」
「あんなにコケにされたのに落ち着けるはずがないでしょ! だいたいあんたもあんたよ。私よりボロクソに言われてるのに、どうして反論しないの!?」
「ボロクソに言うのは小春も一緒じゃ……」
「あ? なんか言った?」
「いいえ。何も」
……そういうところだよ。
なんて言ったら火に油を注ぐのは明白なので、野暮な指摘は胸の内にそっとしまいこんで置く。
「……てかまぁ、確かにボロクソに言われてたけどだいたい正論だったからなぁ。俺くんが気持ち悪いのはその通りだし、あんなモテモテな正幸くんに比べたら負け犬っていうのはあながち間違ってないからね」
「……意外ね。氷夜が自分のことそう思ってたなんて」
「あっ……」
確かにその通りだ。
自分を気持ち悪いと思うなんて俺らしくない。
これだと、まるでわざとそういう態度を取ってるみたいじゃないか。
ナンデッテ、ソレガホントウノオマエダロウ?
「っ!?」
違う。
俺は高白氷夜。
いつも明るくうざい高白氷夜のはずなのに……
「おい氷坊じゃねえか!」
唐突に前方から声をかけられて我に返る。
ふと見上げるとそこにはよく見知った顔があった。
「なんだラインハートさんじゃないですか。びっくりさせないでくださいよ」
「悪いな氷坊。お前を見かけたらなんかつい声をかけたくなっちまってな」
陽気に笑うこの人はラインハートさん。
我らがジルハルド王国の憲兵で、こうしていつも街の見回りをしているのだ。
「そうそう聞いてくれよぉ氷夜坊。今日は仕事でミスっちまったんだ。そのせいでアキト殿下からもお叱りを受けちまったんだよ」
「はははは……それは災難でしたね」
「全くだ。まぁ……俺にも不手際があったから文句は言えないんだけどな……っておい、ちょっと待てよ氷坊。てめえの後ろにいるその嬢ちゃんは……」
「え?」
ラインハートさんに言われて後ろを振り返ると、小春がいつなく緊張した面持ちで俺の袖を掴んでいた。
「どうしたん? なんかあった?」
「……そ、その……私、その人のこと知ってる。さっき魔物に追いかけられる前に変な人に絡まれたって言ったわよね? たぶんこの人がそう……」
「えー!? 小春が遭遇した憲兵ってラインハートさんだったの!?」
驚く俺をよそにラインハートさんは深々と頭を下げた。
「すまないお嬢ちゃん! 俺のせいで随分と怖い思いをさせてしまった!」
「い、いえ。謝るのは私の方です! いきなり蹴ってしまってすみませんでした!」
「いやそれを言うなら俺の方が!」
俺の方が悪かったと頑なに譲らないラインハートさん。
小春も一向に譲らないせいで、二人はお笑いのコントのように矢継ぎ早に謝罪を重ねていく。
……馬鹿馬鹿しい。
俺は一体何を見せつけられてるんだ?
「はぁ……もうお互いさまってことで良くない?」
「「はい」」
珍しく俺がツッコミ役に回ると、二人はようやく落ち着いた。
……なんか、これはこれでムカつくな。
「ラインハートさん、お仕事は大丈夫なんですか?」
八つ当たり気味に意地悪な問いかけをすると、ラインハートさんは青ざめる。
「やべっ……そろそろ仕事に戻らねえと。二人ともまたな!」
「ラインハートさんもお仕事頑張ってくださいね」
「おうよ!」
最後に爽やかな笑顔を見せて、ラインハートさんは去っていった。
ラインハートさんが完全に見えなくなってから、俺はいつも通りの表情で小春に向き直る。
「……んじゃ気を取り直して宿へ行こうか」
「ええ。でも大丈夫? さっきのあんた、ちょっと変だったわよ?」
「そんなことないって! さっきのは俺くんがネガティブなこと言ったら小春がどう反応するかなーって試しただけ。さ、ささっ! 疲れてきたし宿へ急ごうか!」
「え? う、うん」
かなり強引に話を切り替えると、小春はそれ以上言及してこなくなった。
「ふぅ」
危ない危ない。
もう少しで情けない姿を見せるところだった。
「…………中二病的な発作は時と場合に気を付けないとな」
変な空気にしてしまったのを反省しながら、俺は歩く速度を少し上げる。
それからしばらく歩いていると、目的地であるカトレアさんの宿が見えてきた。
「……ここが今日の宿屋?」
「そうだよ。なかなか雰囲気も良いっしょ? 実はカトレアおばさんっていう俺くんの知り合いが経営してる宿なんだ」
カトレアおばさんに何万回と叩き込まれてきただけあって、こういう時の要点はばっちりだ。
「俺も何回か利用したことあるから、ベッドとか清潔面とかそういう部分は安心していいよ。それに俺くんの紹介ならきっと多少は優遇してくれるだろうからさ」
説明する傍ら、俺は昼にカトレアおばさんから貰ったチラシを小春に見せる。
「へぇ……最初の宿泊費が無料、しかも食事つきか。確かにこっちに来たばかりの私にはありがたいわね」
「そういうこと。んじゃとりあえずチェックインだけでも済ませちゃおうか!」
小春に生活の場を提供する一方で、カトレアおばさんとの約束も果たす。
これぞまさに一石二鳥。
俺くんって天才かも。
「ただいま戻りましたー!」
元気よく挨拶をすると、奥からカトレアおばさんが出迎えてくれた。
「氷夜か、意外と早かったね」
カトレアおばさんはすぐに隣の小春に気付く。
「おや? お前さんの隣にいるのはもしかして」
「もっちろんお客さんですよ」
「おーやるじゃないか氷夜! こりゃまたえらいべっぴんさんじゃないか。立ち話もなんだし適当に座りな!」
「ういーっす。ほら小春も」
「ああ、うん」
ここはカトレアおばさんの厚意に素直に甘えておくか。
小春から一つ離れた席に俺も腰を下ろした。
「さて、そういえば自己紹介がまだだったね。あたしゃカトレア。この宿の主人をやってる者さ。お前さんはなんていうんだい?」
「す、鈴崎小春です」
「小春か。良い名前だね。これからよろしくだよ」
「はい! こちらこそ!」
小春と固く握手を交わすと、カトレアおばさんはこちらに向き直る。
「でもどうしたってお前さんみたいな子を氷夜なんかが連れて来れたんだい? ナンパに成功したってわけでもないだろうに」
「あーそれはですね」
カトレアおばさんに隠す必要はない。
それに事情は知っておいてもらった方が良いだろう。
そう判断して俺はこれまでの経緯を話すことにした。
「実は……こういうことがありまして」
「はっはっは。驚いたよ」
カラカラと笑いながらカトレアおばさんはグラスを仰いだ。
「まさか二人が幼馴染だったなんて。どうりで仲が良いわけだ」
「「いや別に仲良くは……っ!?」」
「はっはっは。やっぱりそうだ。別に否定しなくたっていいじゃないか」
……ぐぬぬ。
悔しいがムキになって反論しても返り討ちに遭うだけなので黙るしかない。
「異世界の地で再会するなんてこんなロマンチックなことはないよ。きっとお城が二人を引き合わせてくれたんだろうね」
「え? あの城が?」
「ああ、そうさ。ヴァイスオール城は人と人を引き合わせる力があるんだと言われてるんだよ。ちょっと前までは縁結びのスポットとして人気だったくらいにね」
「そうは言っても……あれは伝説の中でヴァイスオール城の下に三英傑が集まったことからこじつけて、縁結びにしたっていう程度のものじゃないですか」
「確かにそうさ。でも現にこうしてお前さんたちは出会っているわけだろう? これぞまさに運命って奴だと思うけどね」
「運命…………私と氷夜は運命…………なの? あははは…………はぁ」
ああ、小春の心が折れてしまった。
壊れたロボットみたいになっちゃってるし。
「ったく。カトレアおばさんってば小春をからかいすぎですよ。相手が誰であれそういうことをされたら良い気はしませんって」
「そうかい? そこまで気にすることじゃないと思うけどね。その子だって別に本気で落ち込んでるわけじゃ……」
「――カトレアおばさん!」
「……わかってるよ。ちょっとからかいすぎたかね。それじゃあたしゃは部屋の準備をしてくるから、それまで適当に時間を潰しといてくれ」
「あ、ちょっと」
思う存分からかって満足したのか、それとも気まずくなったのか。
どちらかは分からないが、カトレアおばさんは上の階へと上がっていった。
残された俺はカウンターに突っ伏している小春に声をかける。
「大丈夫?」
「平気よ。カトレアさんの言う通りそこまで気にしてないもの。ただちょっと昔の自分を思い出して死にたくなっただけ。というか、そういうあんたこそ大丈夫なの?」
「……何が?」
「ううん。やっぱ何でもないわ。それより今後のことについて話をしましょうか」
「おけ。その前にとりあえず状況を整理しておこうか」
俺はペンを取り出して近くに置いてあった紙に大きく「目標」と書く。
「まず小春の目標は時空石を手に入れて元の世界に帰ること。その時空石があるとされてるのは迷宮と呼ばれる古代の遺跡。ここまではいいよね?」
「ええ」
「んで正幸くんも言ってたけどこの街の周りにあるとされている迷宮は全部で五つ。今の段階だとその内の三つしか発見されてないんだけど、まだ時空石は見つかってないんだよね。てな訳で時空石はまだ発見されてない二つの迷宮のどちらかにあるんじゃないかって言われてるんだ」
「じゃあ現時点では時空石を手に入れる手段はないってこと?」
「まぁ……つまりはそういうこと。でも安心して。残りの二つの内の一つの迷宮の手がかりは既に掴んでいるんだ。文献を読んだ限り、その迷宮の方に時空石があるっぽいし、見つかるのは時間の問題だと思う」
『だから俺たちは迷宮が見つかった時に備えて準備しておかないとね』、なんてドヤ顔で言うと小春は呆れの混じった視線を向けてきた。
「それはいいけど……準備って具体的には何をするの?」
「道具を揃えたり、迷宮に関する知識を深めたり、後は……魔法を覚えるとかさ。小春は何かしたいこととかある?」
「そうね。やっぱりまずは魔法を覚えるべきだと思うのよ。せっかく異世界に来たんだし魔法くらい使えるようになりたいもの」
うんうん。
確かに魔法は覚えたいよな。
元の世界じゃ絶対に使えないものだし。
「……そしてあのナルシスト野郎を倒す」
「ストップストップ。そんな物騒な考えはどこから出てきたのさ。てか、まださっきのこと引きずってたのね」
「ナルシスト野郎を倒すってのは冗談よ。さすがの私もそこまで恨んでないわ」
悪戯好きな笑みを浮かべると、小春は真剣なトーンで語り出した。
「でも今後、あのナルシストが私たちに絡んでこないとは限らないでしょ? そんな時にまた何もできないのなんて私は嫌。少なくとも自分の身は自分で守れるくらいの力を身に着けておきたいの」
「……小春」
「だからさ氷夜、私に魔法の使い方を教えてよ」
その目にはいつもの嫌悪感はない。
いつもよりずっと真剣な目で俺を見ている。
そんな小春の願いに俺は、
「――ごめん、無理」
「は?」
「俺くんだって教えられるならそうしたいんだけど、俺くんの実力だと小春にどんな適性があるかがわからないんだよね」
要は魔法を使えるのと教えるのはまた別なことということだ。
勉強を教えるには一定以上の知性が必要なように、魔法への深い理解が求められる。
「……じゃあどうすればいいのよ? あのナルシスト野郎に土下座でもして教えてもらうしかないわけ?」
「いやいや。確かに正幸くんに頼むのもありだけど、俺たちにもっと友好的な人がいるじゃん? もっと優しくてずっと強い魔法使いがさ」
俺が意味深にそう返すと、小春は思いだしたかのようにその名前を口にした。
「…………メロア・クラムベール」
「そう。あのメロアちゃん。あらゆる魔法の構造を読み取る魔眼を持ってるメロアちゃん以上の先生なんていないから」
「でもメロアって王様に仕えてる凄い魔法使いなのよね? 仕事で忙しいんじゃないの?」
「たぶん大丈夫だと思う。今日で仕事もひと段落着いたし、メロアちゃんの仕事は融通が利きやすいから、頼めば一日くらいなら付き合ってくれるんじゃないかな」
「そういうことなら大丈夫そうね。じゃあ明日、メロアに会いにいくわよ!」
とりあえずの目標が決まって嬉しそうにガッツポーズをする小春。
そんな彼女の姿を微笑ましく思いながら、俺は明日からの日々に思いを馳せるのだった。
夕暮れの大通りに小春の恨み節が響き渡る。
あの後、ギルドをすぐに出た俺たちは、やることもないので仕方なく本日の宿へと向かっているのだった。
「なんなのよあいつら! どいつもこいつも正幸様、正幸様って……頭腐ってんじゃないの!」
「まぁまぁ。落ち着いて。今日はツイてなかったと思ってさ。今日のことは忘れなよ」
「あんなにコケにされたのに落ち着けるはずがないでしょ! だいたいあんたもあんたよ。私よりボロクソに言われてるのに、どうして反論しないの!?」
「ボロクソに言うのは小春も一緒じゃ……」
「あ? なんか言った?」
「いいえ。何も」
……そういうところだよ。
なんて言ったら火に油を注ぐのは明白なので、野暮な指摘は胸の内にそっとしまいこんで置く。
「……てかまぁ、確かにボロクソに言われてたけどだいたい正論だったからなぁ。俺くんが気持ち悪いのはその通りだし、あんなモテモテな正幸くんに比べたら負け犬っていうのはあながち間違ってないからね」
「……意外ね。氷夜が自分のことそう思ってたなんて」
「あっ……」
確かにその通りだ。
自分を気持ち悪いと思うなんて俺らしくない。
これだと、まるでわざとそういう態度を取ってるみたいじゃないか。
ナンデッテ、ソレガホントウノオマエダロウ?
「っ!?」
違う。
俺は高白氷夜。
いつも明るくうざい高白氷夜のはずなのに……
「おい氷坊じゃねえか!」
唐突に前方から声をかけられて我に返る。
ふと見上げるとそこにはよく見知った顔があった。
「なんだラインハートさんじゃないですか。びっくりさせないでくださいよ」
「悪いな氷坊。お前を見かけたらなんかつい声をかけたくなっちまってな」
陽気に笑うこの人はラインハートさん。
我らがジルハルド王国の憲兵で、こうしていつも街の見回りをしているのだ。
「そうそう聞いてくれよぉ氷夜坊。今日は仕事でミスっちまったんだ。そのせいでアキト殿下からもお叱りを受けちまったんだよ」
「はははは……それは災難でしたね」
「全くだ。まぁ……俺にも不手際があったから文句は言えないんだけどな……っておい、ちょっと待てよ氷坊。てめえの後ろにいるその嬢ちゃんは……」
「え?」
ラインハートさんに言われて後ろを振り返ると、小春がいつなく緊張した面持ちで俺の袖を掴んでいた。
「どうしたん? なんかあった?」
「……そ、その……私、その人のこと知ってる。さっき魔物に追いかけられる前に変な人に絡まれたって言ったわよね? たぶんこの人がそう……」
「えー!? 小春が遭遇した憲兵ってラインハートさんだったの!?」
驚く俺をよそにラインハートさんは深々と頭を下げた。
「すまないお嬢ちゃん! 俺のせいで随分と怖い思いをさせてしまった!」
「い、いえ。謝るのは私の方です! いきなり蹴ってしまってすみませんでした!」
「いやそれを言うなら俺の方が!」
俺の方が悪かったと頑なに譲らないラインハートさん。
小春も一向に譲らないせいで、二人はお笑いのコントのように矢継ぎ早に謝罪を重ねていく。
……馬鹿馬鹿しい。
俺は一体何を見せつけられてるんだ?
「はぁ……もうお互いさまってことで良くない?」
「「はい」」
珍しく俺がツッコミ役に回ると、二人はようやく落ち着いた。
……なんか、これはこれでムカつくな。
「ラインハートさん、お仕事は大丈夫なんですか?」
八つ当たり気味に意地悪な問いかけをすると、ラインハートさんは青ざめる。
「やべっ……そろそろ仕事に戻らねえと。二人ともまたな!」
「ラインハートさんもお仕事頑張ってくださいね」
「おうよ!」
最後に爽やかな笑顔を見せて、ラインハートさんは去っていった。
ラインハートさんが完全に見えなくなってから、俺はいつも通りの表情で小春に向き直る。
「……んじゃ気を取り直して宿へ行こうか」
「ええ。でも大丈夫? さっきのあんた、ちょっと変だったわよ?」
「そんなことないって! さっきのは俺くんがネガティブなこと言ったら小春がどう反応するかなーって試しただけ。さ、ささっ! 疲れてきたし宿へ急ごうか!」
「え? う、うん」
かなり強引に話を切り替えると、小春はそれ以上言及してこなくなった。
「ふぅ」
危ない危ない。
もう少しで情けない姿を見せるところだった。
「…………中二病的な発作は時と場合に気を付けないとな」
変な空気にしてしまったのを反省しながら、俺は歩く速度を少し上げる。
それからしばらく歩いていると、目的地であるカトレアさんの宿が見えてきた。
「……ここが今日の宿屋?」
「そうだよ。なかなか雰囲気も良いっしょ? 実はカトレアおばさんっていう俺くんの知り合いが経営してる宿なんだ」
カトレアおばさんに何万回と叩き込まれてきただけあって、こういう時の要点はばっちりだ。
「俺も何回か利用したことあるから、ベッドとか清潔面とかそういう部分は安心していいよ。それに俺くんの紹介ならきっと多少は優遇してくれるだろうからさ」
説明する傍ら、俺は昼にカトレアおばさんから貰ったチラシを小春に見せる。
「へぇ……最初の宿泊費が無料、しかも食事つきか。確かにこっちに来たばかりの私にはありがたいわね」
「そういうこと。んじゃとりあえずチェックインだけでも済ませちゃおうか!」
小春に生活の場を提供する一方で、カトレアおばさんとの約束も果たす。
これぞまさに一石二鳥。
俺くんって天才かも。
「ただいま戻りましたー!」
元気よく挨拶をすると、奥からカトレアおばさんが出迎えてくれた。
「氷夜か、意外と早かったね」
カトレアおばさんはすぐに隣の小春に気付く。
「おや? お前さんの隣にいるのはもしかして」
「もっちろんお客さんですよ」
「おーやるじゃないか氷夜! こりゃまたえらいべっぴんさんじゃないか。立ち話もなんだし適当に座りな!」
「ういーっす。ほら小春も」
「ああ、うん」
ここはカトレアおばさんの厚意に素直に甘えておくか。
小春から一つ離れた席に俺も腰を下ろした。
「さて、そういえば自己紹介がまだだったね。あたしゃカトレア。この宿の主人をやってる者さ。お前さんはなんていうんだい?」
「す、鈴崎小春です」
「小春か。良い名前だね。これからよろしくだよ」
「はい! こちらこそ!」
小春と固く握手を交わすと、カトレアおばさんはこちらに向き直る。
「でもどうしたってお前さんみたいな子を氷夜なんかが連れて来れたんだい? ナンパに成功したってわけでもないだろうに」
「あーそれはですね」
カトレアおばさんに隠す必要はない。
それに事情は知っておいてもらった方が良いだろう。
そう判断して俺はこれまでの経緯を話すことにした。
「実は……こういうことがありまして」
「はっはっは。驚いたよ」
カラカラと笑いながらカトレアおばさんはグラスを仰いだ。
「まさか二人が幼馴染だったなんて。どうりで仲が良いわけだ」
「「いや別に仲良くは……っ!?」」
「はっはっは。やっぱりそうだ。別に否定しなくたっていいじゃないか」
……ぐぬぬ。
悔しいがムキになって反論しても返り討ちに遭うだけなので黙るしかない。
「異世界の地で再会するなんてこんなロマンチックなことはないよ。きっとお城が二人を引き合わせてくれたんだろうね」
「え? あの城が?」
「ああ、そうさ。ヴァイスオール城は人と人を引き合わせる力があるんだと言われてるんだよ。ちょっと前までは縁結びのスポットとして人気だったくらいにね」
「そうは言っても……あれは伝説の中でヴァイスオール城の下に三英傑が集まったことからこじつけて、縁結びにしたっていう程度のものじゃないですか」
「確かにそうさ。でも現にこうしてお前さんたちは出会っているわけだろう? これぞまさに運命って奴だと思うけどね」
「運命…………私と氷夜は運命…………なの? あははは…………はぁ」
ああ、小春の心が折れてしまった。
壊れたロボットみたいになっちゃってるし。
「ったく。カトレアおばさんってば小春をからかいすぎですよ。相手が誰であれそういうことをされたら良い気はしませんって」
「そうかい? そこまで気にすることじゃないと思うけどね。その子だって別に本気で落ち込んでるわけじゃ……」
「――カトレアおばさん!」
「……わかってるよ。ちょっとからかいすぎたかね。それじゃあたしゃは部屋の準備をしてくるから、それまで適当に時間を潰しといてくれ」
「あ、ちょっと」
思う存分からかって満足したのか、それとも気まずくなったのか。
どちらかは分からないが、カトレアおばさんは上の階へと上がっていった。
残された俺はカウンターに突っ伏している小春に声をかける。
「大丈夫?」
「平気よ。カトレアさんの言う通りそこまで気にしてないもの。ただちょっと昔の自分を思い出して死にたくなっただけ。というか、そういうあんたこそ大丈夫なの?」
「……何が?」
「ううん。やっぱ何でもないわ。それより今後のことについて話をしましょうか」
「おけ。その前にとりあえず状況を整理しておこうか」
俺はペンを取り出して近くに置いてあった紙に大きく「目標」と書く。
「まず小春の目標は時空石を手に入れて元の世界に帰ること。その時空石があるとされてるのは迷宮と呼ばれる古代の遺跡。ここまではいいよね?」
「ええ」
「んで正幸くんも言ってたけどこの街の周りにあるとされている迷宮は全部で五つ。今の段階だとその内の三つしか発見されてないんだけど、まだ時空石は見つかってないんだよね。てな訳で時空石はまだ発見されてない二つの迷宮のどちらかにあるんじゃないかって言われてるんだ」
「じゃあ現時点では時空石を手に入れる手段はないってこと?」
「まぁ……つまりはそういうこと。でも安心して。残りの二つの内の一つの迷宮の手がかりは既に掴んでいるんだ。文献を読んだ限り、その迷宮の方に時空石があるっぽいし、見つかるのは時間の問題だと思う」
『だから俺たちは迷宮が見つかった時に備えて準備しておかないとね』、なんてドヤ顔で言うと小春は呆れの混じった視線を向けてきた。
「それはいいけど……準備って具体的には何をするの?」
「道具を揃えたり、迷宮に関する知識を深めたり、後は……魔法を覚えるとかさ。小春は何かしたいこととかある?」
「そうね。やっぱりまずは魔法を覚えるべきだと思うのよ。せっかく異世界に来たんだし魔法くらい使えるようになりたいもの」
うんうん。
確かに魔法は覚えたいよな。
元の世界じゃ絶対に使えないものだし。
「……そしてあのナルシスト野郎を倒す」
「ストップストップ。そんな物騒な考えはどこから出てきたのさ。てか、まださっきのこと引きずってたのね」
「ナルシスト野郎を倒すってのは冗談よ。さすがの私もそこまで恨んでないわ」
悪戯好きな笑みを浮かべると、小春は真剣なトーンで語り出した。
「でも今後、あのナルシストが私たちに絡んでこないとは限らないでしょ? そんな時にまた何もできないのなんて私は嫌。少なくとも自分の身は自分で守れるくらいの力を身に着けておきたいの」
「……小春」
「だからさ氷夜、私に魔法の使い方を教えてよ」
その目にはいつもの嫌悪感はない。
いつもよりずっと真剣な目で俺を見ている。
そんな小春の願いに俺は、
「――ごめん、無理」
「は?」
「俺くんだって教えられるならそうしたいんだけど、俺くんの実力だと小春にどんな適性があるかがわからないんだよね」
要は魔法を使えるのと教えるのはまた別なことということだ。
勉強を教えるには一定以上の知性が必要なように、魔法への深い理解が求められる。
「……じゃあどうすればいいのよ? あのナルシスト野郎に土下座でもして教えてもらうしかないわけ?」
「いやいや。確かに正幸くんに頼むのもありだけど、俺たちにもっと友好的な人がいるじゃん? もっと優しくてずっと強い魔法使いがさ」
俺が意味深にそう返すと、小春は思いだしたかのようにその名前を口にした。
「…………メロア・クラムベール」
「そう。あのメロアちゃん。あらゆる魔法の構造を読み取る魔眼を持ってるメロアちゃん以上の先生なんていないから」
「でもメロアって王様に仕えてる凄い魔法使いなのよね? 仕事で忙しいんじゃないの?」
「たぶん大丈夫だと思う。今日で仕事もひと段落着いたし、メロアちゃんの仕事は融通が利きやすいから、頼めば一日くらいなら付き合ってくれるんじゃないかな」
「そういうことなら大丈夫そうね。じゃあ明日、メロアに会いにいくわよ!」
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華やかな肩書きを持つ者たちがもてはやされる中、俺に与えられたのは聞いたこともないスキルだった。
【戦術構築サポートAI】
【アンドロイド工廠】
【兵器保管庫】
【兵站生成モジュール】
【拠点構築システム】
【個体強化カスタマイズ】
王は落胆し、貴族は嘲笑い、俺は“役立たず”として王都から追放される。
だが――
この世界には存在しないはずの“機械兵器”を、俺は召喚できた。
最初に召喚したのは、クールな軍人タイプのメイド型戦闘アンドロイド。
識別番号で呼ばれる彼女に、俺は名前を与えた。
「今日からお前はレイナだ」
これは、勇者ではない男が、
メイド型アンドロイド軍団と共に冒険者として成り上がっていく物語。
屋敷を手に入れ、土地を拠点化し、戦力を増強しながら、
趣味全開で異世界を生きていく。
魔王とはいずれ戦うことになるだろう。
だが今は――
まずは冒険者登録からだ。
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