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第二章:他罰性の化け物
第二十三話 主と下僕
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「ねぇ……アシュリン。あとどれくらいで着くの?」
「そうですね。十分くらいでしょうか」
「十分か。もう少しね」
なんやかんやとありながらも私たちはロクサムの群生地へと向けて順調に森の中を進んでいた。
意外だったのはアシュリンは優秀だったことだ。
先程の間違いが嘘だったかのように、鬱蒼とした森の中にいるにも関わらず、迷いなく進んでいる。
まるで先に何があるかを見通せているかのようだ。
「なぜわたしがスムーズに進めているか気になりますか?」
「ええ。まぁ……そうね」
「でしたら面白いものをお見せしますよ」
アシュリンは地面に片膝をつけて祈りのようなポーズを取ると、彼女の体から何かが這い出てきた。
「あらやだ~」
それは触手だった。
アシュリンの体から生える膨大な魔力を秘めた無数の触手。
黒くぼんやりとしたそれは意思を持っているかのように言葉を発し、アシュリンのほっぺをぷにぷにと突いている。
「可愛いじゃないこの子。アシュリン、いい子を見つけてきたわねぇん」
「お褒めに預かり光栄です」
自分から生えている触手に深々とお辞儀をするアシュリン。
「え、えっと。これは一体なんなの?」
目の前で繰り広げられる珍妙なやり取りに困惑していると、アシュリンは事務的に説明をしてくれた。
「小春様。こちらは我らガルザーネ族の信仰する神・ムチャ様です」
「か、神様!?」
「はい。あくまでも今は仮の姿ですけどね。私たちガルザーネ族はムチャ様に依代として体を貸す代わりに加護を頂いているのです」
話すと長くなるとのことで詳細は教えてくれなかったが、ガルザーネ族にとってムチャ様は信仰の対象であると同時に共生関係でもあるんだとか。
「す、すみません。そうとは知らず失礼なことを」
「そんなに気を遣わなくていいのよぅ。私はこの子たち以外には崇拝を求めてないしぃ、求めちゃいけないことになっているからねぇ」
「え? それはどういう……?」
「――ムチャ様は寛大だということです。時として子どもたちの遊び相手も務めてくださっていますからね」
「そ、そう」
アシュリンの横やりで見事にはぐらかされてしまった。
ムチャ様の真意はちょっぴり気になるが、本人があまり触れてほしくなさそうな話題を引っ張るほど野暮ではない。
「でも神様が遊び相手だったらあの子たちも退屈しないわね」
私はアシュリンの言葉に乗っかって話題を変えることにした。
「メリーゴーランドをやってあげていたのはムチャ様なんですよね?」
「そうよぅ。あんな遊びはあたし以外にできっこないし、あの子たちも喜んでくれるからねぇ。ついついおだてられてやっちゃうのよぉ。あなたもどお?」
「あはは……遠慮しときます」
神様なのに随分とノリが軽いわね。
苦笑しながらも断ると、ムチャ様のターゲットは依り代へと移る。
「じゃあアシュリンにやってあげようかしらねぇ。いつも私を支えてくれるお礼よぉ?」
「結構です。ムチャ様にお仕えできることこそが私にとっての褒美ですので」
「あら本当ぉ? そうは言うけどあなた、偶に反抗的な態度取るじゃなぁい?」
「まさか。そんなことありませんよ。気のせいではないですか?」
私をよそにバチバチと舌戦を繰り広げる両者。
とても自らが信じる神に対する態度には見えないが、アシュリンにとっては平常運転なのだろう。
「んんっ……」
咳払いの後、アシュリンは先程までの態度を一変させて己の神へ深々とお辞儀をすした。
「ムチャ様に感謝しているのは本当です。内乱で深い心の傷を負ったあの子たちがまた笑えるようになったのはムチャ様のおかげですから」
「ふふっ……やっぱりあなたはあたしが見込んだだけはあるわぁ。でもそれだったらあたし以外にもお礼を言わなきゃいけないんじゃなぁい?」
「そうですね……」
ムチャ様に促されて、アシュリンは少し俯きながら私の方を見る。
「小春様にも感謝しています。今日はあの子たちもすごく楽しそうにしていました」
「い、いきなり何よ?」
「素直な心情を吐露したまです。あの子たちも喜ぶと思うので、またお時間のある時に来ていただけると幸いです」
「……………アシュリン」
軽薄な奴だとばかり思ってたけど、意外としっかり考えてるのね。
あの子たちのためになるなら断る理由がない。
「ついでに私の仕事もやってくださると助かります」
「もちろんよ。それくらいだったらいつでも…………って何言ってんの?」
「バレてしまいましたか」
てへっと可愛くもない笑顔を作るアシュリン。
「全くあんたって奴は……」
ほんと、油断も隙もないわね。
感心した途端にこれだ。
下手したら氷夜よりもひどいんじゃないかしら。
「まぁまぁ小春様、そんなに怒らないでくださいませ。今のも素直な心情を吐露しただけですから」
「もっと性質が悪いわよ!」
「あ、それよりも小春様、着きましたよ」
「はいはい。そんな単純な誘導に引っかかるとで……も?」
呆れながらもアシュリンが指さした先を見ると、花畑が広がっていた。
「…………きれい」
辺り一面に咲き誇る紫の花々。
一つ一つの小さな花弁が太陽光を優しく包み込み、淡く輝いている。
花の持つ効果のおかげか、アシュリンへの怒りは彼方へと消し飛んでいた。
「小春様小春様」
「何?」
「ロクサムはデリケートな花なので取る際は細心の注意を。根本から優しく引き抜き、採取できたらムチャ様に預けてください。ムチャ様なら壊さずに運ぶことができるので」
「わかったわ」
アシュリンの指示に従って私はさっそく作業に取り掛かる。
お見舞いとして持って行く時は三十本ほどが相場らしいから、氷夜へ持って行くのもそれと同じくらいでいいだろう。
スカートが地面につかないように機を付けながら、私は腰を落として一つ一つ丁寧に摘んでいく。
アシュリンも手伝ってくれたので幸いにも時間はそこまでかからなかった。
「これだけあれば十分でしょう」
「そうね。ムチャ様、お願いできるかしら?」
「もちろんよぉ」
野太い声と共にアシュリンの方からにょきっと触手が伸びてきた。
私は落とさないように気を付けつつ、腕の中に抱えていた花々を手渡す。
すると瞬く間にムチャ様の触手の中に取り込まれていった。
「げぷっ……うっかり食べちゃわないように気を付けないとねぇ」
「……やめてくださいね?」
「冗談よぉ」
それくらいわかってるけど……不安になるようなことを言うのはやめてほしい。
ほんと、この主にして従者ありってわけね。
***
「さて時間も惜しいですし、さっそく氷夜様の下へ届けに参りましょう」
「そうね。城までの道のりを考えると嫌になるけど仕方ないわ」
今までにかかった時間を思いだし愚痴をこぼすと、アシュリンは首を横に振って否定する。
「何をおっしゃいますか小春様、徒歩でなんてそんな面倒なことはしません。飛行魔法を使って最速で向かいますよ」
「飛行魔法?」
「飛行魔法というのは決められた座標へと自動で飛んでいく移動用の魔法のことです。テレポートではないので目的地は障害物が少ない場所でないといけないのですが、城へ向かう分にはもってこいでしょう」
なるほど。
そう簡単に。
ってちょっと待って?
テレポートじゃなくて飛んでいく?
「さぁ行きますよ。別に準備ができてなくても行きますけどね」
「ちょっと待ってアシュリン! まだ私は……」
制止しようとするも時すでに遅く、
「――エアスラン」
アシュリンが魔法を唱えると同時に、私の体は遥か上空へと飛んでいった。
「そうですね。十分くらいでしょうか」
「十分か。もう少しね」
なんやかんやとありながらも私たちはロクサムの群生地へと向けて順調に森の中を進んでいた。
意外だったのはアシュリンは優秀だったことだ。
先程の間違いが嘘だったかのように、鬱蒼とした森の中にいるにも関わらず、迷いなく進んでいる。
まるで先に何があるかを見通せているかのようだ。
「なぜわたしがスムーズに進めているか気になりますか?」
「ええ。まぁ……そうね」
「でしたら面白いものをお見せしますよ」
アシュリンは地面に片膝をつけて祈りのようなポーズを取ると、彼女の体から何かが這い出てきた。
「あらやだ~」
それは触手だった。
アシュリンの体から生える膨大な魔力を秘めた無数の触手。
黒くぼんやりとしたそれは意思を持っているかのように言葉を発し、アシュリンのほっぺをぷにぷにと突いている。
「可愛いじゃないこの子。アシュリン、いい子を見つけてきたわねぇん」
「お褒めに預かり光栄です」
自分から生えている触手に深々とお辞儀をするアシュリン。
「え、えっと。これは一体なんなの?」
目の前で繰り広げられる珍妙なやり取りに困惑していると、アシュリンは事務的に説明をしてくれた。
「小春様。こちらは我らガルザーネ族の信仰する神・ムチャ様です」
「か、神様!?」
「はい。あくまでも今は仮の姿ですけどね。私たちガルザーネ族はムチャ様に依代として体を貸す代わりに加護を頂いているのです」
話すと長くなるとのことで詳細は教えてくれなかったが、ガルザーネ族にとってムチャ様は信仰の対象であると同時に共生関係でもあるんだとか。
「す、すみません。そうとは知らず失礼なことを」
「そんなに気を遣わなくていいのよぅ。私はこの子たち以外には崇拝を求めてないしぃ、求めちゃいけないことになっているからねぇ」
「え? それはどういう……?」
「――ムチャ様は寛大だということです。時として子どもたちの遊び相手も務めてくださっていますからね」
「そ、そう」
アシュリンの横やりで見事にはぐらかされてしまった。
ムチャ様の真意はちょっぴり気になるが、本人があまり触れてほしくなさそうな話題を引っ張るほど野暮ではない。
「でも神様が遊び相手だったらあの子たちも退屈しないわね」
私はアシュリンの言葉に乗っかって話題を変えることにした。
「メリーゴーランドをやってあげていたのはムチャ様なんですよね?」
「そうよぅ。あんな遊びはあたし以外にできっこないし、あの子たちも喜んでくれるからねぇ。ついついおだてられてやっちゃうのよぉ。あなたもどお?」
「あはは……遠慮しときます」
神様なのに随分とノリが軽いわね。
苦笑しながらも断ると、ムチャ様のターゲットは依り代へと移る。
「じゃあアシュリンにやってあげようかしらねぇ。いつも私を支えてくれるお礼よぉ?」
「結構です。ムチャ様にお仕えできることこそが私にとっての褒美ですので」
「あら本当ぉ? そうは言うけどあなた、偶に反抗的な態度取るじゃなぁい?」
「まさか。そんなことありませんよ。気のせいではないですか?」
私をよそにバチバチと舌戦を繰り広げる両者。
とても自らが信じる神に対する態度には見えないが、アシュリンにとっては平常運転なのだろう。
「んんっ……」
咳払いの後、アシュリンは先程までの態度を一変させて己の神へ深々とお辞儀をすした。
「ムチャ様に感謝しているのは本当です。内乱で深い心の傷を負ったあの子たちがまた笑えるようになったのはムチャ様のおかげですから」
「ふふっ……やっぱりあなたはあたしが見込んだだけはあるわぁ。でもそれだったらあたし以外にもお礼を言わなきゃいけないんじゃなぁい?」
「そうですね……」
ムチャ様に促されて、アシュリンは少し俯きながら私の方を見る。
「小春様にも感謝しています。今日はあの子たちもすごく楽しそうにしていました」
「い、いきなり何よ?」
「素直な心情を吐露したまです。あの子たちも喜ぶと思うので、またお時間のある時に来ていただけると幸いです」
「……………アシュリン」
軽薄な奴だとばかり思ってたけど、意外としっかり考えてるのね。
あの子たちのためになるなら断る理由がない。
「ついでに私の仕事もやってくださると助かります」
「もちろんよ。それくらいだったらいつでも…………って何言ってんの?」
「バレてしまいましたか」
てへっと可愛くもない笑顔を作るアシュリン。
「全くあんたって奴は……」
ほんと、油断も隙もないわね。
感心した途端にこれだ。
下手したら氷夜よりもひどいんじゃないかしら。
「まぁまぁ小春様、そんなに怒らないでくださいませ。今のも素直な心情を吐露しただけですから」
「もっと性質が悪いわよ!」
「あ、それよりも小春様、着きましたよ」
「はいはい。そんな単純な誘導に引っかかるとで……も?」
呆れながらもアシュリンが指さした先を見ると、花畑が広がっていた。
「…………きれい」
辺り一面に咲き誇る紫の花々。
一つ一つの小さな花弁が太陽光を優しく包み込み、淡く輝いている。
花の持つ効果のおかげか、アシュリンへの怒りは彼方へと消し飛んでいた。
「小春様小春様」
「何?」
「ロクサムはデリケートな花なので取る際は細心の注意を。根本から優しく引き抜き、採取できたらムチャ様に預けてください。ムチャ様なら壊さずに運ぶことができるので」
「わかったわ」
アシュリンの指示に従って私はさっそく作業に取り掛かる。
お見舞いとして持って行く時は三十本ほどが相場らしいから、氷夜へ持って行くのもそれと同じくらいでいいだろう。
スカートが地面につかないように機を付けながら、私は腰を落として一つ一つ丁寧に摘んでいく。
アシュリンも手伝ってくれたので幸いにも時間はそこまでかからなかった。
「これだけあれば十分でしょう」
「そうね。ムチャ様、お願いできるかしら?」
「もちろんよぉ」
野太い声と共にアシュリンの方からにょきっと触手が伸びてきた。
私は落とさないように気を付けつつ、腕の中に抱えていた花々を手渡す。
すると瞬く間にムチャ様の触手の中に取り込まれていった。
「げぷっ……うっかり食べちゃわないように気を付けないとねぇ」
「……やめてくださいね?」
「冗談よぉ」
それくらいわかってるけど……不安になるようなことを言うのはやめてほしい。
ほんと、この主にして従者ありってわけね。
***
「さて時間も惜しいですし、さっそく氷夜様の下へ届けに参りましょう」
「そうね。城までの道のりを考えると嫌になるけど仕方ないわ」
今までにかかった時間を思いだし愚痴をこぼすと、アシュリンは首を横に振って否定する。
「何をおっしゃいますか小春様、徒歩でなんてそんな面倒なことはしません。飛行魔法を使って最速で向かいますよ」
「飛行魔法?」
「飛行魔法というのは決められた座標へと自動で飛んでいく移動用の魔法のことです。テレポートではないので目的地は障害物が少ない場所でないといけないのですが、城へ向かう分にはもってこいでしょう」
なるほど。
そう簡単に。
ってちょっと待って?
テレポートじゃなくて飛んでいく?
「さぁ行きますよ。別に準備ができてなくても行きますけどね」
「ちょっと待ってアシュリン! まだ私は……」
制止しようとするも時すでに遅く、
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アシュリンが魔法を唱えると同時に、私の体は遥か上空へと飛んでいった。
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