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第二章:他罰性の化け物
閑話 岩端恵の悲劇
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遡ること少し前。
小春たちと別れた岩端恵は逃げ遅れた人がいないか城の周辺を見回りしていた。
「全くもう先輩方ってば置いてくなんてひどいですよ」
いくつかの区画を回った後、恵は一人ごちる。
彼女の仲間である明日の晩飯亭の面々は世話になった孤児院がピンチと聞いてそちらの応援に行ってしまったのだ。
城の周辺は比較的安全であるため優先度は低いが、やはり一人だと心細い。
全てが終わったら何か本屋巡りなどに付き合ってもらおうと考えていると、彼女の視界の中に意外な人物が移った。
「高白先輩っ!?」
「やぁ岩端恵ちゃん。久しぶりだね」
恵の呼びかけに、はにかんで答える氷夜。
「もう起きたなら起きたって言ってくださいよ! ってそれよりも!」
氷夜が目覚めたことに驚きつつも恵はすぐに意識を切り替えた。
「ちょっと待っててください。すぐに鈴崎先輩を呼んできますっ……」
高白先輩の目覚めを誰よりも待っていたのは鈴崎先輩だったはず。
彼女にこの吉報を届けるべく、恵が飛行魔法の詠唱を始めた矢先、
「っ!?」
どこからか飛んできた矢が足元に突き刺さった。
「……匿うなら城の近く。正幸様の読みが的中していましたね」
続けて頭上から声が降ってきて恵は視線を上げる。
「あなた方はっ!?」
そこにいたのは兜花正幸の取り巻きのリリー、セシリア、マーガレットだった。
彼女たちは氷夜を警戒しているのかある程度の距離を保ちながら、二人を取り囲んでいる。
「一体何のつもりですかっ!?」
緊急事態の最中の暴挙に恵が抗議すると、取り巻きの一人のマーガレットが氷夜を指さした。
「私たちの狙いはその男です。恵さんに用ありません」
「じゃあ高白氷夜先輩に何の用があるって言うんですか?」
「それは答えられません。正幸様から頼まれたことですから」
「っ……」
マーガレットの返答から恵は全てを悟る。
間違いなくその頼み事はまともなことではない。
要求を呑めば高白先輩は殺されるだろう。
でも戦うにしても戦力差がありすぎて、勝ち目はない。
「高白先輩は逃げてください。ここは私が食い止めます」
使命感から恵がそう提案すると、氷夜は首を横に振った。
「いやいや、そんなに心配しないでも大丈夫だよ恵ちゃん。むしろ僕に任せてほしいかな」
「で、でも」
「いいからいいから」
渋る恵を半ば強引に後ろに下げながら氷夜は前に出た。
そこから戦いが終わるまでのことを岩端恵はあまり覚えていない。
いや、現実のことだと思いたくなかっただけかもしれない。
ただ脳裏にこびりついたのは顔をぐちゃぐちゃにされ、髪の毛をむしり取られる女の悲鳴とそれを楽しむ氷夜の悪趣味な笑い声。
ようやく目の前の光景を受け入れたころには女たちは見るも無残な姿に変えられて血だまりに伏していた。
「…………して…………ころ…………して」
ぼろ雑巾になり果てたマーガレットをぼんやりと眺めながら氷夜は呟く。
「うん! 敵の狙いもわかったし、僕は城に戻るから君はここらへんで適当に時間でも潰してなよ」
「は、はい」
残虐なことをしたというのに罪悪感を抱いている様子もない。
むしろどこかすっきりしたかのような氷夜の態度に恵は何も言うことが出来なくなってしまった。
だからこそ気になってしまった。
目の前にいるのは本当に高白氷夜なのかと。
「…………確かめないと」
恐怖と好奇心からコレクターズアイを使用する恵。
彼女の固有魔法・コレクターズアイなら氷夜に起きている変化すらも読み取ることができるはずだった。
しかし、
「…………っ!?」
彼女の視界に表示されたのは「Unknown」の文字のみ。
筋力や魔力量だけでなく名前すらも隠されているという初めての事態に困惑していると、氷夜は突然振り返った。
「……駄目じゃないか。人の中を勝手に見ようとするなんてさァ」
「ひぃっ……」
…………バレてた。
バレてたバレてたバレてたっ!
虎の尾を踏んでしまった焦燥感から恵が後ずさる。
そんな彼女を見て嗜虐的な笑みを浮かべながら氷夜は指を鳴らした。
「――虚構世界」
次の瞬間、世界は否定される。
岩端恵の意識はそこで途切れた。
小春たちと別れた岩端恵は逃げ遅れた人がいないか城の周辺を見回りしていた。
「全くもう先輩方ってば置いてくなんてひどいですよ」
いくつかの区画を回った後、恵は一人ごちる。
彼女の仲間である明日の晩飯亭の面々は世話になった孤児院がピンチと聞いてそちらの応援に行ってしまったのだ。
城の周辺は比較的安全であるため優先度は低いが、やはり一人だと心細い。
全てが終わったら何か本屋巡りなどに付き合ってもらおうと考えていると、彼女の視界の中に意外な人物が移った。
「高白先輩っ!?」
「やぁ岩端恵ちゃん。久しぶりだね」
恵の呼びかけに、はにかんで答える氷夜。
「もう起きたなら起きたって言ってくださいよ! ってそれよりも!」
氷夜が目覚めたことに驚きつつも恵はすぐに意識を切り替えた。
「ちょっと待っててください。すぐに鈴崎先輩を呼んできますっ……」
高白先輩の目覚めを誰よりも待っていたのは鈴崎先輩だったはず。
彼女にこの吉報を届けるべく、恵が飛行魔法の詠唱を始めた矢先、
「っ!?」
どこからか飛んできた矢が足元に突き刺さった。
「……匿うなら城の近く。正幸様の読みが的中していましたね」
続けて頭上から声が降ってきて恵は視線を上げる。
「あなた方はっ!?」
そこにいたのは兜花正幸の取り巻きのリリー、セシリア、マーガレットだった。
彼女たちは氷夜を警戒しているのかある程度の距離を保ちながら、二人を取り囲んでいる。
「一体何のつもりですかっ!?」
緊急事態の最中の暴挙に恵が抗議すると、取り巻きの一人のマーガレットが氷夜を指さした。
「私たちの狙いはその男です。恵さんに用ありません」
「じゃあ高白氷夜先輩に何の用があるって言うんですか?」
「それは答えられません。正幸様から頼まれたことですから」
「っ……」
マーガレットの返答から恵は全てを悟る。
間違いなくその頼み事はまともなことではない。
要求を呑めば高白先輩は殺されるだろう。
でも戦うにしても戦力差がありすぎて、勝ち目はない。
「高白先輩は逃げてください。ここは私が食い止めます」
使命感から恵がそう提案すると、氷夜は首を横に振った。
「いやいや、そんなに心配しないでも大丈夫だよ恵ちゃん。むしろ僕に任せてほしいかな」
「で、でも」
「いいからいいから」
渋る恵を半ば強引に後ろに下げながら氷夜は前に出た。
そこから戦いが終わるまでのことを岩端恵はあまり覚えていない。
いや、現実のことだと思いたくなかっただけかもしれない。
ただ脳裏にこびりついたのは顔をぐちゃぐちゃにされ、髪の毛をむしり取られる女の悲鳴とそれを楽しむ氷夜の悪趣味な笑い声。
ようやく目の前の光景を受け入れたころには女たちは見るも無残な姿に変えられて血だまりに伏していた。
「…………して…………ころ…………して」
ぼろ雑巾になり果てたマーガレットをぼんやりと眺めながら氷夜は呟く。
「うん! 敵の狙いもわかったし、僕は城に戻るから君はここらへんで適当に時間でも潰してなよ」
「は、はい」
残虐なことをしたというのに罪悪感を抱いている様子もない。
むしろどこかすっきりしたかのような氷夜の態度に恵は何も言うことが出来なくなってしまった。
だからこそ気になってしまった。
目の前にいるのは本当に高白氷夜なのかと。
「…………確かめないと」
恐怖と好奇心からコレクターズアイを使用する恵。
彼女の固有魔法・コレクターズアイなら氷夜に起きている変化すらも読み取ることができるはずだった。
しかし、
「…………っ!?」
彼女の視界に表示されたのは「Unknown」の文字のみ。
筋力や魔力量だけでなく名前すらも隠されているという初めての事態に困惑していると、氷夜は突然振り返った。
「……駄目じゃないか。人の中を勝手に見ようとするなんてさァ」
「ひぃっ……」
…………バレてた。
バレてたバレてたバレてたっ!
虎の尾を踏んでしまった焦燥感から恵が後ずさる。
そんな彼女を見て嗜虐的な笑みを浮かべながら氷夜は指を鳴らした。
「――虚構世界」
次の瞬間、世界は否定される。
岩端恵の意識はそこで途切れた。
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