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第二章:他罰性の化け物
第四十一話 私の贖罪
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落ちていく。
暗い暗い海の底のような空間をただ落ちていく。
周囲に漂っているのは氷夜の記憶の残骸。
手を伸ばしてみると、氷夜の記憶が入ってきた。
それは生まれてから私と出会い、そして別れるまでの記憶だった。
公園で泣いていた私を助けた時の氷夜の想い。
それから一緒にした冒険の数々。
懐かしく思うところもあれば、氷夜が私に対して抱いた意外な感情が垣間見れて、恥ずかしくなったところもあった。
でもこれでは駄目だ。
これは私が求めているものではない。
氷夜が極夜なんてものを生み出したきっかけを知るには私の知らない氷夜に出会う必要がある。
「よし。行くわよ」
さらに下の方にある巨大な記憶の結晶に飛び込むと、氷夜の人生の記録が流れ込んできた。
**********
20XX年○月●日、母さんが死んだ。
小春ちゃんを迎えに行った僕を探しに行って交通事故に巻き込まれたらしい。
病院に駆けつけた時、母さんは既に亡くなっていて僕は顔を見ることすらできなかった。
全ては僕が言いつけを破って勝手に外出したせいだ。
僕が我儘だったから母さんが犠牲になった。
「あなたのせいよ」と母さんが言ってくれたらどんなに良かっただろう。
この日から、僕は「優しい人間」を目指し始めた。
20XX年○月●日、父さんが入院した。
お医者さんが言うにはお酒の飲み過ぎと過労らしい。
母さんが亡くなってからの父さんは荒れていく一方だったから、たぶんそれが原因なんだろう。
僕は優しい人間になろうとしてきたつもりだったけど、父さんの苦悩には寄り添えなかった。
父さんが一刻も早く良くなるよう、僕もちゃんとした「優しい人間」にならなきゃ。
20XX年○月●日、父さんが死んだ。
入院してから半年ほどで父さんの容体は急変した。
「今夜が峠でしょう」とお医者さんが話すのを聞きながら僕は今後の生活のことを考えていた。
父さんは最後に「俺のようになるな」と言った。
僕は結局、最後まで父さんの痛みを癒すことが出来なかった。
僕はまだ「優しい人間」にはなれていない。
20XX年○月●日、学校でいじめられるようになった。
父さんが亡くなってから僕は施設に入った。
それからしばらくして僕は学校でいじめられるようになった。
何をされてもへらへらとしている僕のことが気味が悪かったらしい。
僕は耐えた。
でも耐えるだけでは駄目だ。
いじめられる原因が僕にある以上、僕は変わらなきゃいけない。
そうして僕は新しい人格を生み出した。
それがこの俺、お調子者の高白氷夜。
俺はふざけた態度を取ることで嫌われても平気なように振る舞った。
自分は加害されて当然の存在だと思い込めば、理不尽なんてなかった。
今度こそ俺は「優しい人間」になるんだ。
20XX年○月●日 もう耐えられない
優しい人間になれば誰もいなくならないと思っていた。
優しい人間であれば誰からも好かれると思っていた。
俺は優しい人間になれたのだと思っていた。
でも違う。
弱く、いつもふざけてばかりの俺を好きになる人間なんていない。
そもそも俺のは優しさではなく弱さであると気が付いてしまった時、俺は崩れた。
初めからずっとそうだったのだ。
俺は打算的な人間で優しくなどはなかった。
大切な人を失いたくなくて、誰かに好かれたくて「優しい人間」という幼馴染のあの子が褒めてくれた称号に縋りついただけ。
ただ他者にとって都合の良い存在であり続けることを優しさと勘違いした愚か者は結局、誰にも好かれはしない。
そんなごく当たり前の事実をようやく理解した頃には俺の周りには誰もいなかった。
そうして俺は高白極夜に縋りついた。
20XX年○月●日 心地よい孤独
もう誰も僕のことを弱い人間だと呼ぶ人間はいなくなった。
僕に理不尽を押し付けてくる連中はいなくなった。
そういう奴らは全員ぶちのめしてきた。
人間など所詮は獣に過ぎない。
一度力関係を示せば誰もが手のひらを返したかのように従順になった。
相変わらず僕の周りには誰もいないが、それでいい。
今はこの孤独すらも心地よく感じる。
最初からこうしておけばよかった。
もう優しい人間になんてものに縋ったりはしない。
だけどあの日の約束だけは忘れられずにいる。
20XX年○月●日 高校生になった
かつての実家に立ち寄ったら、幼馴染のあの子から手紙が届いていた。
どうやら都会の高校に進学してくるとのこと。
また会えるかもねという無邪気な文面が心に刺さった。
会ったところで何になると言うのだろう?
僕は彼女との約束を守れなかったというのに。
そんな鬱屈とした思いを抱えたまま歩いていると、横断歩道におばあさんんが
取り残されていた。
足でも痛めたのかおばあさんは信号が変わってもその場にうずくまっている。
そこへ一台のトラックが突っ込んでくる。
もう優しい人間など目指さないと決めたはずなのに、俺の体は勝手にトラックの前に飛び込んでいた。
「馬鹿が」
呟いたのは極夜だっただろうか。
はねられた衝撃で極夜は眠りにつき、俺は異世界に転移したのだった。
******************
「これが……あんたの生きてきた道なのね」
氷夜は大切なものを失わないよう必死に努力して、頑張って、そして全てを失ってきた。
氷夜はどうしようもなく不器用で運がなかった。
「本当に馬鹿ね」
優しい人間になんてなる必要はなかったのよ。
私はただあんたが傍にいてくれたらそれで良かったのに。
でも一番の大馬鹿は私だ。
氷夜がこんなにも大切にしてくれていた約束を軽んじていたなんて。
「…………っ」
もっと早く氷夜に会いに行けばよかった。
そんな恥知らずな後悔がのど元まで上がってきて、私はすぐさま飲み込む。
この胸焼けするような想いは私が背負うべきものだ。
「でも今度こそ、私があんたを助けるからね」
そう意気込んで、氷夜の心の最深部へと乗り込んだ。
*********************
氷夜の心の最深部は無限に続く真っ白な空間だった。
ただ一つあるものといえば鉄格子に囲まれた小さな檻と質素な椅子が一つだけ。
氷夜は俯いたまま、檻の中の椅子に鎖で縛りつけられていた。
「迎えに来たわよ氷夜」
氷夜を縛る鎖を外しながら私は声をかけると、氷夜は視線を上げた。
「いやーマジ小春ってばマイエンジェル! 氷夜くんとっても嬉しいよ」
いつものようにふざけた態度を取った後、我に返ったかのように呟く。
「……ってもう小春にはバレちゃってるんだったよな」
「ええ、悪いけど全部見たわよ」
「そっか。そうだよなぁ。氷夜くんてば情けないところを見られちゃったヨ」
またしてもふざけて答える氷夜。
どうせ自罰的な氷夜のことだ。
謝ったら許しを請うことになるからしてはいけないだとか、謝罪して自分だけ楽になるのはよくないとか、そんな考えているのだろう。
そうやって自分のしでかした罪を一人で抱え込もうとしている。
「聞いて氷夜! 確かにあんたの人生はろくでもなかったかもしれない。でも私は……っ!?」
『あんたに救われたのよ』と訴えかけようとしたその時、
「――駄目だよ小春ちゃん、それ以上は」
氷夜の心の最深部に極夜が現れた。
「君は見てはいけないものを見た。氷夜もろともここで死んでもらうよ」
首をパキパキと鳴らしながら拳を構える極夜。
私も負けじと構えを取る。
「上等よ」
あいにく極夜なんかに負けてやるつもりはない。
極夜をここで倒して本当の氷夜を取り戻してやるわ。
「氷夜、あんたは安静にしてなさいよ」
極夜から守るようにして前に立つと、氷夜は私の肩を掴んだ。
「それはできない。これは俺の問題だよ。小春じゃなくて俺があいつを倒さなきゃいけないんだ」
「無茶よ。あんた今だってぼろぼろじゃない!?」
「それでもだよ。だって俺はあいつに負けて許されないことをしてきた。アキト君やメロアちゃん、みんなの尊厳を踏みにじった。このけじめは俺がつけないとさ」
「…………氷夜」
「まぁ、そういう訳なんで小春はちょいとお待ちを。氷夜くんがぱぱっと解決してくるからさ」
氷夜が震える声で言うものだから私は言葉が紡げなくなる。
「あんたのせいじゃない」や「頑張れ」なんて言葉が浮かんではすぐに消えていく。
自分だけ楽になろうとしてはいけない。
それは氷夜を否定する行為だ。
だから私にできることなんて一つしかない。
見届けるのだ。
氷夜と極夜の戦いを、そして氷夜の選択を。
それこそが私ができる氷夜への贖罪なのだから。
「…………ええ、わかったわ」
決意と共に私は氷夜を送り出した。
暗い暗い海の底のような空間をただ落ちていく。
周囲に漂っているのは氷夜の記憶の残骸。
手を伸ばしてみると、氷夜の記憶が入ってきた。
それは生まれてから私と出会い、そして別れるまでの記憶だった。
公園で泣いていた私を助けた時の氷夜の想い。
それから一緒にした冒険の数々。
懐かしく思うところもあれば、氷夜が私に対して抱いた意外な感情が垣間見れて、恥ずかしくなったところもあった。
でもこれでは駄目だ。
これは私が求めているものではない。
氷夜が極夜なんてものを生み出したきっかけを知るには私の知らない氷夜に出会う必要がある。
「よし。行くわよ」
さらに下の方にある巨大な記憶の結晶に飛び込むと、氷夜の人生の記録が流れ込んできた。
**********
20XX年○月●日、母さんが死んだ。
小春ちゃんを迎えに行った僕を探しに行って交通事故に巻き込まれたらしい。
病院に駆けつけた時、母さんは既に亡くなっていて僕は顔を見ることすらできなかった。
全ては僕が言いつけを破って勝手に外出したせいだ。
僕が我儘だったから母さんが犠牲になった。
「あなたのせいよ」と母さんが言ってくれたらどんなに良かっただろう。
この日から、僕は「優しい人間」を目指し始めた。
20XX年○月●日、父さんが入院した。
お医者さんが言うにはお酒の飲み過ぎと過労らしい。
母さんが亡くなってからの父さんは荒れていく一方だったから、たぶんそれが原因なんだろう。
僕は優しい人間になろうとしてきたつもりだったけど、父さんの苦悩には寄り添えなかった。
父さんが一刻も早く良くなるよう、僕もちゃんとした「優しい人間」にならなきゃ。
20XX年○月●日、父さんが死んだ。
入院してから半年ほどで父さんの容体は急変した。
「今夜が峠でしょう」とお医者さんが話すのを聞きながら僕は今後の生活のことを考えていた。
父さんは最後に「俺のようになるな」と言った。
僕は結局、最後まで父さんの痛みを癒すことが出来なかった。
僕はまだ「優しい人間」にはなれていない。
20XX年○月●日、学校でいじめられるようになった。
父さんが亡くなってから僕は施設に入った。
それからしばらくして僕は学校でいじめられるようになった。
何をされてもへらへらとしている僕のことが気味が悪かったらしい。
僕は耐えた。
でも耐えるだけでは駄目だ。
いじめられる原因が僕にある以上、僕は変わらなきゃいけない。
そうして僕は新しい人格を生み出した。
それがこの俺、お調子者の高白氷夜。
俺はふざけた態度を取ることで嫌われても平気なように振る舞った。
自分は加害されて当然の存在だと思い込めば、理不尽なんてなかった。
今度こそ俺は「優しい人間」になるんだ。
20XX年○月●日 もう耐えられない
優しい人間になれば誰もいなくならないと思っていた。
優しい人間であれば誰からも好かれると思っていた。
俺は優しい人間になれたのだと思っていた。
でも違う。
弱く、いつもふざけてばかりの俺を好きになる人間なんていない。
そもそも俺のは優しさではなく弱さであると気が付いてしまった時、俺は崩れた。
初めからずっとそうだったのだ。
俺は打算的な人間で優しくなどはなかった。
大切な人を失いたくなくて、誰かに好かれたくて「優しい人間」という幼馴染のあの子が褒めてくれた称号に縋りついただけ。
ただ他者にとって都合の良い存在であり続けることを優しさと勘違いした愚か者は結局、誰にも好かれはしない。
そんなごく当たり前の事実をようやく理解した頃には俺の周りには誰もいなかった。
そうして俺は高白極夜に縋りついた。
20XX年○月●日 心地よい孤独
もう誰も僕のことを弱い人間だと呼ぶ人間はいなくなった。
僕に理不尽を押し付けてくる連中はいなくなった。
そういう奴らは全員ぶちのめしてきた。
人間など所詮は獣に過ぎない。
一度力関係を示せば誰もが手のひらを返したかのように従順になった。
相変わらず僕の周りには誰もいないが、それでいい。
今はこの孤独すらも心地よく感じる。
最初からこうしておけばよかった。
もう優しい人間になんてものに縋ったりはしない。
だけどあの日の約束だけは忘れられずにいる。
20XX年○月●日 高校生になった
かつての実家に立ち寄ったら、幼馴染のあの子から手紙が届いていた。
どうやら都会の高校に進学してくるとのこと。
また会えるかもねという無邪気な文面が心に刺さった。
会ったところで何になると言うのだろう?
僕は彼女との約束を守れなかったというのに。
そんな鬱屈とした思いを抱えたまま歩いていると、横断歩道におばあさんんが
取り残されていた。
足でも痛めたのかおばあさんは信号が変わってもその場にうずくまっている。
そこへ一台のトラックが突っ込んでくる。
もう優しい人間など目指さないと決めたはずなのに、俺の体は勝手にトラックの前に飛び込んでいた。
「馬鹿が」
呟いたのは極夜だっただろうか。
はねられた衝撃で極夜は眠りにつき、俺は異世界に転移したのだった。
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「これが……あんたの生きてきた道なのね」
氷夜は大切なものを失わないよう必死に努力して、頑張って、そして全てを失ってきた。
氷夜はどうしようもなく不器用で運がなかった。
「本当に馬鹿ね」
優しい人間になんてなる必要はなかったのよ。
私はただあんたが傍にいてくれたらそれで良かったのに。
でも一番の大馬鹿は私だ。
氷夜がこんなにも大切にしてくれていた約束を軽んじていたなんて。
「…………っ」
もっと早く氷夜に会いに行けばよかった。
そんな恥知らずな後悔がのど元まで上がってきて、私はすぐさま飲み込む。
この胸焼けするような想いは私が背負うべきものだ。
「でも今度こそ、私があんたを助けるからね」
そう意気込んで、氷夜の心の最深部へと乗り込んだ。
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氷夜の心の最深部は無限に続く真っ白な空間だった。
ただ一つあるものといえば鉄格子に囲まれた小さな檻と質素な椅子が一つだけ。
氷夜は俯いたまま、檻の中の椅子に鎖で縛りつけられていた。
「迎えに来たわよ氷夜」
氷夜を縛る鎖を外しながら私は声をかけると、氷夜は視線を上げた。
「いやーマジ小春ってばマイエンジェル! 氷夜くんとっても嬉しいよ」
いつものようにふざけた態度を取った後、我に返ったかのように呟く。
「……ってもう小春にはバレちゃってるんだったよな」
「ええ、悪いけど全部見たわよ」
「そっか。そうだよなぁ。氷夜くんてば情けないところを見られちゃったヨ」
またしてもふざけて答える氷夜。
どうせ自罰的な氷夜のことだ。
謝ったら許しを請うことになるからしてはいけないだとか、謝罪して自分だけ楽になるのはよくないとか、そんな考えているのだろう。
そうやって自分のしでかした罪を一人で抱え込もうとしている。
「聞いて氷夜! 確かにあんたの人生はろくでもなかったかもしれない。でも私は……っ!?」
『あんたに救われたのよ』と訴えかけようとしたその時、
「――駄目だよ小春ちゃん、それ以上は」
氷夜の心の最深部に極夜が現れた。
「君は見てはいけないものを見た。氷夜もろともここで死んでもらうよ」
首をパキパキと鳴らしながら拳を構える極夜。
私も負けじと構えを取る。
「上等よ」
あいにく極夜なんかに負けてやるつもりはない。
極夜をここで倒して本当の氷夜を取り戻してやるわ。
「氷夜、あんたは安静にしてなさいよ」
極夜から守るようにして前に立つと、氷夜は私の肩を掴んだ。
「それはできない。これは俺の問題だよ。小春じゃなくて俺があいつを倒さなきゃいけないんだ」
「無茶よ。あんた今だってぼろぼろじゃない!?」
「それでもだよ。だって俺はあいつに負けて許されないことをしてきた。アキト君やメロアちゃん、みんなの尊厳を踏みにじった。このけじめは俺がつけないとさ」
「…………氷夜」
「まぁ、そういう訳なんで小春はちょいとお待ちを。氷夜くんがぱぱっと解決してくるからさ」
氷夜が震える声で言うものだから私は言葉が紡げなくなる。
「あんたのせいじゃない」や「頑張れ」なんて言葉が浮かんではすぐに消えていく。
自分だけ楽になろうとしてはいけない。
それは氷夜を否定する行為だ。
だから私にできることなんて一つしかない。
見届けるのだ。
氷夜と極夜の戦いを、そして氷夜の選択を。
それこそが私ができる氷夜への贖罪なのだから。
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決意と共に私は氷夜を送り出した。
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