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第二章:他罰性の化け物

第四十三話 俺には何もないけれど

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「さて待たせたな極夜。こっから俺くんこと高白氷夜が相手をするぜぃ!」

「へぇ…………君がね」

 いつものキャラで宣戦布告をすると、極夜は一度構えを崩した。

「まさか僕に勝つつもりかい?」

「ああ、俺くんの体を返してもらわなくちゃだからな」

 勝てば元に戻る保証はない。
 だけど俺が乗っ取られた時のことを考えれば、それが一番確立が高いはずだ。
 期待と使命感を胸に拳を構えると、極夜はため息を吐いた。

「はぁ…………やめておいた方がいい。ついこないだ何もできずに敗北を受け入れたのをもう忘れたのかい?」

「っ……やってみなきゃわかんないだろ!」

 かつての負の記憶が脳裏によぎり、俺はそれを誤魔化すように極夜に殴りかかった。

「っ!?」

 しかし極夜が身を翻したことで、振りかぶった拳は大きく空を切る。
 そこへすかさず鳩尾に強烈な一撃をもらって俺は膝から崩れ落ちた。

「かはっ……うぐっ…………」

 息が……できない。
 なんとか呼吸をしようとのたうち回っていると、頭上から声が降ってきた。

「僕に勝てるはずがないだろ。君が僕に勝っているところなんて何もないんだから」

「こ、このっ……うぐっ!?」

 咄嗟に反撃しようとした俺を膝蹴りで黙らせて、極夜はさらに続ける。

「僕は最強の力を持っている。天才も秀才もどんな異端者だって等しく無力化できる能力をね。方や君はどうだい? 誇りや信念さえ持たず、偽善者になることすらもできず、何一つ上手くいかない弱い自分を誤魔化すために虚勢を張り続けているだけじゃないか」

「そんなこと……」

 ないとは言えなかった。
 否定するには無視できないほどの心当たりがあったからだ。

「だけどお前を止めないとみんなに迷惑がかかるんだよ!」

 なけなしの使命感で振るった拳はまたも空を切る。
 極夜は大きな隙を晒した俺を攻撃するわけでもなく、ただ残念そうに眺めていた。

「迷惑がかかるか……君も面白いことを言うね。まるで氷夜なら迷惑じゃないみたいな口ぶりだ。無能で自己中で、偽善者にさえなりきれない弱者の君を誰かが受け入れてくれるとでも?」

「す、少なくともお前よりはマシっしょ。人を痛めつけることしかできないお前と違って俺は小春ちゃんを助けたことが……」

 縋るように口にした言葉を極夜は即座に否定した。

「おいおい何を言うかと思えばそれかい。あれは人助けなんかじゃないだろう? ましてやヒーローになりたい純粋な子どもの憧れでもない。好きな子に近づくための計画的犯行って言うんだよ」

「な、なにを言って」

「とぼけるなよ。 君なら小春ちゃんを励ました後にみんなの誤解を解くことだってできたはずさ」

「あ…………」

 あ、駄目だ。
 それ以上聞いてはいけない。
 自分が保てなくなる。

「小春ちゃんが集団の中へ入って行けるようにすれば、小春ちゃんはみんなと仲良くやっていけたかもしれなかった。でも君はしなかった。そうすれば小春ちゃんが君だけを見てくれると思ったんだ」

「違う」

 違う違う違う違う違う違う!
 俺はそうじゃない。
 俺はただ小春を…………

「――違わない。君は生まれた時から自分のことしか考えていない筋金入りのごみくずさ。だから」

 そう言って極夜は俺の胸倉を掴むと、容赦なく拳を振り下ろした。

「だから君は何も得られない! 君の手元には何も残らない!」

 重く、

「君の我儘が両親を殺したように、『優しい人間』という理想すら投げ出さなくてはならなかったように!」

 鈍く、

「こっちでできた知り合いさえ僕によって失ったように!」

 ずっと逃げてきた事実が、

「君の無能さと自己中心的な考え故に! 大事な物は全て君の手から零れ落ちていく!」

 拳と共に叩き込まれ、俺は盛大にぶっ飛ばされる。

「諦めなよ。君はもう終わったんだ。もう取り返しがつかないんだよ」

 朦朧とする意識の中、聞こえてきた極夜の言葉はぐうの音も出ない程の正論で、
 ああ、なんで俺はのうのうと生きてたんだろうな。
 そんな後悔が押し寄せてくる中、俺はこれまでの人生を思い返していた。

******
 
 夢を見た。
 幸せだった時の記憶だけを詰め込んだご都合の良い夢だ。

 小春や両親との思い出、僅かばかりの学校の友人の記憶、それからこっちに来てからのどたばたな日々。
 
 どれも懐かしいけど……それだけだ。
 小春は俺のことなど既に好きではないし、大好きだった父さんたちはもういない。
 かつて友人だった者からは忌み嫌われ、ほとんど会っていない。
 この世界でできた繋がりも極夜が断ち切ってしまった。

「極夜、お前の言った通りだよ」

 俺には何もない。
 何も残ってはいない。
 かつての大切だったものたちは全てガラクタになり果てた。
 
「俺の人生は無価値で何の意味もなかったな」

 極夜の言葉をしみじみと噛み締めるように自嘲すると、

「本当にそうなの?」
 
 幼い日の俺が声をあげた。

「意味がなかったなんて、無意味だなんてそんな寂しいことを言わないでよ」

「何言ってんだ? その通りだろ。現に俺には何も残って…………」

「でも楽しかったでしょ?」

「っ!?」

「小春ちゃんとのデートも、みんなで行った潮干狩りも、父さんと母さんが祝ってくれた誕生日も、アキトくんに叱られながらお城の雑務に励んだのも、退屈なんかじゃなかったはずさ」

「それは…………」

 否定できなかった。
 否定したいのに胸の奥から何かが込み上げてきて俺は二の句が継げなくなる。

「確かに君は善人ではなかったかもしれないけれど、全部が嘘だったわけじゃない。ほら、思い出してみなよ。あの日のことを」

 幼い俺が意味深にそう言うと、かつての記憶が流れ込んできた。

 それは始まりの記憶だった。
 俺と小春が出会い、全てが始まった日のこと。

 あの日、俺は公園で泣いている小春ちゃんに声をかけた。
 放っておいてほしいと懇願する彼女を無視して、居座った。

「――目の前に困っている人がいる。誰かを助ける理由なんてそれで充分だよ」

 なんて言い訳で、彼女を騙して泣き止まさせた。
 
 ……本当はそんなことはちっとも思ってはいない。
 ただ俺は彼女に泣き止んで欲しかっただけ。
 でも俺はそうして吐いた小さな嘘を本物にするために、彼女の前では虚飾を張り続けるかっこつけることになったんだ。
 
 どうしてそんなことをしたんだ?
 王子様ごっこに付き合わせるなら他の子でも良かったはずだ。

 いや、違うな。
 俺はとっくに気づいてた。
 気づいていて、気づかない振りをしていたんだ。
 俺はきっと彼女のことが……

「――そうさ。君は小春ちゃんが大好きだったんだよ。大好きだから笑っていて欲しくて虚飾を張り続けたかっこつけたんだ。それが君の始まりなんだよ」

 振り向くと、かつての俺はそこに立っていた。
 今度は俺も迷わない。
 かつての俺に向き合ってその目を見据える。

「そうだったな。俺には何もないけれど……」

「君は確かに全てを失ったけど…………」

「「それでもあの日々は無価値なんかじゃない」」

 力強く言い切って、かつての俺と手を合わせる。
 次の瞬間、俺の意識は浮上した。 

 
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