疾風バタフライ

霜月かずひこ

文字の大きさ
上 下
4 / 27

第3話

しおりを挟む
そうして迎えた日曜日。



「……誰も来ねえ」

 

 現在時刻は午前11時。

 集合時間はとっくに過ぎているが体育館にはまだ俺と朝倉しかいない。

 用意したのに使われてない卓球台たちが寂しそうに佇んでいた。

 話を聞くところによると、廃部寸前だったところをなんとか存続させたようで、先輩は一人もいないとか。

 つまりは他の新入部員が来るまではずっとこのままってわけだ。

 いくら相手が美少女でも、いやだからこそ、さすがに2時間も二人っきりってのはつらいものがある。俺は少しでも距離を取ろうと体育館の壁に寄りかかるようにして座り込むが、当の本人は気にしてないのか、俺の横に腰を下ろした。



「みんな遅いね。でも、そろそろだと思うよ。さっき連絡あったし」

「……なんで来ないか知ってんのか?」

「皆ラケット買いに行ってるんだよ」

「なるほどな」



 納得、納得。

 そりゃあラケットがなきゃ卓球できないし、ましてやお兄ちゃんのおさがりでなんて奴もいねえからな。



「それなら俺らもついていった方がよかったんじゃねえの? 初心者じゃわかんないことも多いだろ」

「ああ、それなら大丈夫だよ。助っ人呼んでおいたから」 

「助っ人?」

「そう、助っ人♪」



 なんかありそうな言い方だが俺には秘密にしておきたいらしい。

 俺はふーんと適当に相槌を打って、自分の水筒に手を伸ばす。

 ……中身は空だった。

 まさかとは思いつつ、聞いてみる。



「おい、俺の麦茶なくなってんだけど」

「な、なんのことかな?」



 ――もうその反応でわかった。



「いくら喉が渇いてるからって人の勝手に飲んじゃいけないって習わなかった?」

「いーじゃん。別に。口はつけてないよ?」

「そういう問題じゃねえ! そもそも俺はまだ一口も飲んでなかったんだぞ⁉」

「もーそんな細かいこと気にしてるとモテないぞ☆」

「余計なお世話だっ!」

 

 くそうぜええええ。

 しかも可愛いから余計に腹立つ。

 ……だけど怒ったところで俺の麦茶は帰ってこない。



「はぁ、じゃあ俺飲み物買ってくるけど……お前の分も買ってこようか?」

「え!?  急にどうしたの? デレ期到来?」

「ちっげえよ! 俺の分だけだとまたお前に飲まれるだろ」

「よくわかってるね、さっすが越谷くん♪ ということでスポドリよろしくね」

「へいへい」



  ひらひらと手を振りながら体育館を後にした。

 幸い自販機は入り口を出てすぐのところにある。

 俺は1分もしないうちにたどり着くと、同じのを2本購入した。

 ガタンという音とともに吐き出された冷たいそれは火照った体にちょうどよい。

 気が付いたらもう自分の分を飲み干してしまっていた。



 どうしよう。

 正直言ってまだ足りない。

 もうそのことこのまま朝倉の分まで飲んでやろうか。

 そもそもあっちが先に飲んだのだ。俺に飲まれても文句はないはず。

 だがそうは思っても、いけないことをしているようで、つい辺りを見回してしまう。すると一人の少女と目が合った。



 で、でかい。

 身長は170センチ以上ははあるだろう。

 悔しいことに俺よりも背が高く、凛とした雰囲気を醸し出している。

 その一方で出るところはちゃんと出ていて、可愛いといった感じの朝倉とは対照的に美人といった感じだ。



「……どいてくださる?」

「あ、す、すいません!」



 言われて慌てて飛びのくが彼女はもう俺に用はないようで、そそくさと硬貨を自販機に投入していた。そして俺のとは別の種類のスポーツドリンクを取り出すと、その腰まであるきれいな髪を翻してこちらに向き直った。



「ところでここにいるということは……もしかしてあなたも卓球部ですの?」

「そうだけど、お前も?」

「ええ。卓球部一年、今宮ですわ以後よろしく」

「こちらこそ」



 挨拶を交わしながら、ふと考える。

 今宮か、どこかで聞いたことのある名前だ。

 それにこの顔も見覚えがある。

 えーっとたしか、そこそこ有名だったような。

 しかし思い出そうとしていると、突然、冷たいものが首に当てられた。



「よっ廉太郎! 待たせたね」

「京介! ……と奥の子は?」



 いつの間にかやってきていたらしい京介の背後には大人しそうな女の子が。



「は、初めまして早瀬梓はやせあずさです。よろしくお願いします」

「ど、どうも」



 おずおずと様子をうかがうような感じだからか、こちら萎縮してしまう。

 お互いにまだ距離を感じながらも、とりあえず自己紹介は終了。

 どうやらこれで全員揃ったらしい。

 長居は無用なので俺たちは朝倉の待つ体育館へ向かった。



「もう遅いよ……って華怜ちゃん!」

「寧々!」



 朝倉は今宮を見るなり、嬉しそうに彼女の名前を呼んだ。

 一方の今宮もどこか朝倉を知っている様子。 

 状況に追いついていない俺たちをよそに二人は感動の再会とばかりに駆け出していく。その勢いのまま、今宮は力いっぱい朝倉を抱きしめる。



「会いたかったですわ!」

「もー今日の朝会ったばかりだよ」



 呆れたような口調とは裏腹に朝倉もどこか嬉しそう。

 ……ってまさか!

 ここまできて、ようやく思い出した。

 彼女は朝倉が全国の決勝で戦った相手でもありライバルの……



「い、今宮ってあの今宮華怜いまみやかれんかよっ!」

「ほう、私を知っていましたか」



 抱きしめていた朝倉を放して今宮は少し誇らしそうに答える。

 彼女は俺たちと同学年でありながら、朝倉と同じく「天才」の一人。

 中学2年の全中では朝倉に負けたものの準優勝。

 二人の圧倒的強さから「神奈川に朝倉あり、東京に今宮あり」という言葉が生まれたくらいだ。朝倉の言う助っ人とは彼女のことで間違いないだろう。



 ……だけどおかしい。

 俺たちの高校があるのは神奈川県だ。

 朝倉はまだ百歩譲ってわかるとして東京の今宮がこんな強くもない、しかも遠い学校に来るなんて普通はありえねえ。



「どうしてあんたがここに?」

「愚問ですわね、寧々がいるからに決まっているでしょう」

「な、なるほど」



 なるほど、さっぱりわかんねえな。

 謎は深まるばかりである。

 ……とそこへ朝倉がやってくる。



「あ、廉太郎くんちゃんと買ってきた?」

「お、おう。これでいいよな」



 あぶねえ、忘れてた。

 すっかり自分の物と思い込んでいたそれをすばやく朝倉に渡す。

 朝倉は「ありがとね」と小さく礼をすると、もう片方の手も差し出した。



「水筒かして、少し分けてあげる」

「おーありがとな……ってこれだけかよっ!?」



 朝倉が俺の水筒に入れたのはペットボトルキャップ一杯分のみ。

 ほんのちょっとだけ見直そうと思ったらこれだ。

 ほんといい性格してやがる。

 盗人猛々しいとはこのことだ。

 一方の朝倉は悪びれる様子もなく腹を抱えて笑っていた。



「アハハ! 越谷くんってほんと面白いね」

「上等だコラ」



 俺は手をポキポキ鳴らして抵抗を試みるも効果はない。

 それどころか急にあたりが寒くなったような……



「……何か?」

「別になんともねえよ」



 本当はいや、どう考えても何かあっただろと言ってやりたかったが、今宮にああも完璧な笑顔で返されては何も言えなくなる。

 一瞬の間が生まれたその隙に朝倉はわざとらしく咳ばらいをして話題を変えてきた。



「あれ? 他の人たちは? あと8人くらいはいたよね?」

「あぁ、あの有象無象、……失礼、他の人方々には帰っていただきましたわ」

「「……」」



 今宮の言葉に一気に空気が静まり変えった。

 これにはさすがにまずいと思ったのか今宮は慌てて補足する。



「い、いえ、わたくしも最初は歓迎する予定でしたのよ。でもやったこともないのに舐め腐った態度だったのでつい……」



 叩き潰したんですね、わかります。

 その様子を想像したくはないが、おそらく、ボロクソに打ち負かしたのだろう。

 ……朝倉の可愛さにたかってきた男子高校生ハエどもが諦めるレベルで。

 

 卓球道具を扱う店の中に卓球台が置いてあることはそう珍しいことじゃない。中にはラバーを変えた際に試し打ちさせてくれる親切なお店もあったりする。もちろん使う際には許可が必要だし、全てはお店側のご厚意があってこそなのだが、

 どうりでラケットを買うだけで2時間もかかるわけだ。



「ま、いっか。鬱陶しかったし。ありがとね華怜ちゃん」

「お安い御用ですわ」



 なにこの腹黒い会話。

 正直いって軽く引いたわ。

 でも初心者の二人は違ったようで



「す、すごかったんだよ。 ボールがネットを超えなかったと思ったら今度はコートに入らなくなったり。……まるでアニメかと思うくらいにさ」

「はい、本当にすごかったです!」

「ほ、褒めすぎですわよ、あれは誰でもできますわ」



 今宮は二人のキラキラとした視線に恥ずかしくなったのか、ラケットで顔を隠してそっぽを向いてしまう。そして逃げるように卓球台に張り付いた。



「せ、せっかくですし、練習ついでに今からそれについてお教えしますわ。寧々!」

「ラジャー♪」



 阿吽の呼吸で朝倉はもう一つの台の前に立った。

 それにつられるようにして、それぞれが自分のラケットを取り出していく。

 これが練習開始の合図となった。



「そもそも二人は卓球のルールは知ってるのかな?」



 器用な手つきで玉遊びをしながら尋ねる朝倉に、京介と早瀬は緊張した面持ちで答える。



「「もちろんです」」

「ふふ、いいね二人とも」



 エッジはインでサイドはアウトとか、サーブに関しても確認すべきことは山ほどあるんだろうが、一度に全部教えるのはかえって効率が悪い。

 それにやる方も楽しくねえからな。



「じゃあ持ち方は? って大丈夫そうだね」



朝倉が確認するまでもなく京介も早瀬もちゃんと握手するようにラケットを握っている。これはシェークハンドと呼ばれるラケットの持ち方だ。

もう一つペンと呼ばれる持ち方もあるのだが、偶然にも俺たちは全員シェークハンドかつ右利きである。これなら持ち方の違いで教えるのに苦労することもないだろう。

そんな感じで一通り基本的な確認が終わった後、いよいよ打つ練習に移る。



「まずはフォア打ちからだね、早瀬さんは私と、三浦くんは華怜ちゃんとね。越谷くんはアドバイスよろしく」

「おう」



まあ、この二人を差し置いてアドバイスできる実力は俺にはないが頼まれた以上はやるしかない。とりあえず京介の横について様子を見守ることにした。



 フォア打ちとは読んで字のごとくフォア(ラケットを持った手の側)でお互いに打ち合う卓球の基礎練習である。

 俺らの場合だと、右に来たボールを対角線に打ち返すといった感じだろうか。

 ただ基礎と言ってもそこまで簡単ではない。

 たかがピンポン玉をフォアに打ち続けるだけだろ?

 なんて思うかもしれないが、やってみればわかる。

 慣れるまではその打ち続けるだけがそれなりに難しいのだ。



「あっ、また外した!」



 京介はだいぶ苦戦しているようだ。

 さっきからあらぬ方向に飛ばしている。

 そしてそれは早瀬も同じようで



「す、すいません!」



 高くボールを打ち上げたりしている。

 でも最初はこんなもんだ。





 さてお次はバック。

 これもフォア同様シンプルだが難しい。

 そしてしばらくするとまたフォアに戻り、またバックと続く。

 それをかれこれ40分くらい続けた所で、今宮が集合をかける。



「卓球は回転の影響を受けやすいスポーツ、回転の種類を知っておく必要がありますの、今日は二つ覚えてもらいますわ」

「とりあえず私と華怜ちゃんでやってみるね」



 台につくと朝倉はラケットでボールを上にこすり上げる。

 強烈な前進回転のかかったピンポン玉は、今宮のラケットに当たったかと思うと台を大きく超えていった。



「これが上回転、俗にいうドライブ回転ってやつだよ。ドライブ回転のかかったボールは前に飛んでいきやすいの。だからラケットを上に向けてるとほら」

「ま、また飛んで行った!?」



 大げさに驚く京介に苦笑しながらも朝倉は解説を続ける。



「次はネットを超えないほうをやるよ」



 そういって慣れた手つきでトスを上げると、落ちてきたボールの下を切るようにして回転をかけた。今度のボールは台を超えるどころかネットに吸い込まれていった。



「これが下回転、ドライブ回転の反対版だね」

「うーん、回転はわかったけど、返すのはどうするの?」

「基本的には返すだけなら下回転の時は面を寝かせて、上回転の時は面をかぶせれば相手のコートに入れられるよ。まあ、それだけじゃ返せない時もあるんだけどね」

「なるほどね、でも普通のすらまだ返せてないからなー」



 思ったより出来なかったのが少しショックだったのか京介にしては弱気な発言だ。



「まあ慣れだ、慣れ。そのうち京介も出来るようになるっての」

「廉太郎はどれくらいかかった?」

「だいたい1か月くらいだった気がするな」

「朝倉さんは?」

「うーん、覚えてない。物心つく前からラケット握ってたし」

「同じく、ですわ」



そういえば、こいつら超エリートだったな。

今宮はともかく朝倉は普段が普段だけについ忘れてたけど。

改めてと彼女らの経歴を考えさせられていると、唐突に早瀬が声を上げた。



「あ、あの! し、試合やってみたいなーなんて思ったんですけど、どうですか?」

「試合ですか? たぶん思ってるよりもできないですわよ?」



 今宮の忠告はもっともだ。

 まともにやったら虐殺されるのはもちろんのこと、今の実力では手加減してもまともな試合にならないかもしれない。



「いいんです、私、動画でお二人の試合を見てからずっと憧れてて、だからどうしてもお二人と打ってみたくて」

「いいよ、やろっか。でも5人だから一人余っちゃうね」

「なら俺が審判やるわ。そしたらちょうど4人だろ?」

「そっか、お願いね」



 くじ引きの結果、朝倉と早瀬、今宮と京介の組になった。

 今宮はセルフジャッジでいいとのことなので、俺は朝倉たちの審判を担当する。



「ほら、ボール」

「ありがとー♪」



 俺からピンポン玉を受け取ると、朝倉はさっそく早瀬の元へ向かい、ラケット交換を行う。ラケット交換と言っても本当に交換するのではなく、相手のラケットを一時的に借りて見るだけだ。一見すると面倒な作業にも感じられるが、これで事前に相手のラケットの特徴を知ることができる。



「ふーん梓ちゃん、裏ラバーか」

「は、はい。朝倉さんを参考にしたので」



 二人のラケットには赤と黒のフラットなラバーが両面にそれぞれ張られていた。これは裏ラバーと呼ばれるラバーで、裏ラバーにもいくつか種類があるので一概には言えないものの、基本的に回転がかけやすくコントロールが利くという特徴がある。あらゆるラバーの中で最も基本的かつ人気のあるラバーだ。

 ……ちなみに俺もラケットには裏ラバーを張ってます。



「こんなもんでいいよね。じゃ、よろしくね」

「よ、よろしくお願いします」



 ラケット交換後の軽い練習も終わって、いよいよ試合が始まった。

 まずは第1球目。早瀬の緩いサーブに朝倉も緩く返す。

 それを10数回繰り返したところで早瀬の打球は台を超えていった。

 1-0。朝倉がリード。

 そこからはフォア打ち練習のようなゆったりとした試合展開が続く。

 

 「おーいい勝負だね」



 そんな眠たくなるようなラリーの最中、近くから馴染みのある声がした。



 「京介もう終わったのかよ」

 「うん、瞬殺された」



 「ははは」と笑う京介からは哀愁がにじみ出ていた。

  …………可哀そうに。

  虐殺した当の本人はというと特に気にしてないのか、俺たちの隣で朝倉の試合を観戦中である。



「梓ちゃん、ちょっと速くするね」

「わかりました」



 もう片方の試合が終わったことを受けて、朝倉は少しだけ本来の力を解放し始めた。それでも手加減しているとはいえ初心者の早瀬に取れるはずもなく、あっけなく試合は終わった。

 

「「ありがとうございました」」



 11-3。

 1セットマッチの試合が終了し、両者握手を交わす。

 大差で負けたにも関わらず、朝倉と握手を交わす早瀬は満足そうだった。

 きっとそれだけ憧れの朝倉と試合できたのが嬉しかったんだな。

 ふと早瀬の姿が昔の自分と重なって見えた気がした。

 

「ほら、次は越谷くんの番だよ」



 朝倉の言葉に遠くにあった意識が一気に引き戻される。

 俺と朝倉?



「今宮は朝倉とやりたいんじゃねえの」

「別に平気ですわよ」



 いや、その割にはだいぶ残念そうなんだけど。



「みんな一回ずつやったし、越谷君だけやらないってのも変でしょ?」

「いやいや、さすがに俺が朝倉に勝てるわけないだろ。実力差がありすぎるって」

「「まあ、それは確かに」」



 おい、朝倉。なんで言い出しっぺのお前まで同調してんだよ。

 じっと朝倉を睨んでみれば本人は悪戯が成功したガキンチョみたいにニマニマしていた。 

 ……ふぅ、落ち着け、俺。我慢だ。我慢。

 ともかく俺は卓球をしてはいけないんだ。

 なんとしても試合を回避するためにここは怒りを抑えろ。



「だから俺とじゃなくてレベルの高い奴同士がやる本当の卓球を見た方がきっといい経験になるぜ」

「確かにそうかもだけど……私から誘ったし」

「いい、いい気にすんな。俺は別に大丈夫だからよ」

「そっか、やろう華怜ちゃん」

「寧々!」



 うっしゃ! 試合回避!

 話が纏まったのを見て、心の中で盛大にガッツポーズを上げる。

 今宮の奴も別の意味で俺と同じくらい嬉しかったのか、朝倉に抱き着いてものすごくいい笑顔をしていた。

 方や朝倉は――



「華怜ちゃん、苦しいってば。……また今度やろうね越谷くん」

「……機会があったらな」



 今宮ほどではないが嬉しそうに、しかし少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべていた。

 そして二人は試合前の練習はせず、そのまま試合に移った。



「「お願いします」」



 じゃんけんの結果、サーブは朝倉から。

 一呼吸の後、朝倉は軽くトス上げて、落ちてきたピンポン玉に強烈な下回転をかける。

 ――すかさず、今宮が反応。

 強打は不可能とすら思える完璧なサーブを台上ドライブで強引に打ち込んだ。

 今度は朝倉のバック側へ速球が伸びていく。

 けれど朝倉は即座に対応し、今度は今宮のフォアを打ち抜いてみせた。



 1-0。

 朝倉の得点である。



「「す、すごい」」



 自分たちとは遥かに隔絶された次元のプレーに京介と早瀬さんからは驚嘆の声が漏れる。

 当然だ。あいつらは並みの選手じゃねえ。

 事実、二人はさもごく普通のプレーをしたとばかりに無言で試合を続けている。

 だがここからがすごかった。



「はぁあああっ!」

「せやああああ!」



 次々と繰り広げられる、瞬き一つ許されないラリーの応酬。

 コンマ数秒の間に幾重もの駆け引きが行われ、また消えていく。

 見ているこっちが苦しくなってくるほどだ。



「ふふ、楽しいね♪」

「ええ、最高に」



 実力はほぼ拮抗。

 平均ラリー数は軽く10を超えているのに、二人にミスは見られない。

 だが終盤戦に突入すると、長く続いたその均衡もようやく崩れ去った。



 「あっ」



 バックへ揺さぶられてからのフォアへの強打に、とうとう朝倉の返球が甘くなった。そのミスを今宮ほどの実力者が見逃すはずもなく、



「さあっ!」



 12-10。

 ついに今宮が1セット先取した。



「やるね、華怜ちゃん。でもまだ負けてないから」

「…………そういう寧々こそ。私だって負けるつもりはありませんわ」



 二人ともあれだけ動き回っていたのに息一つ切らしていない。

 それでいて最高に楽しそうに笑いあっている。

 この雰囲気だと1セットどころか何10セットもやりそうだ。

 ……あーくそ。やっぱ卓球部なんて入るんじゃなかったぜ。

 青春濃度が高すぎて胸焼けしちまいそうだ。

 これ以上は見てられねえ。

 俺は八つ当たりも兼ねて、朝倉たちを制した。



「おい、朝倉、今宮。今日はここまでだぜ」

「えーまだ少ししかやってないよ」

「そうですわ。こんなのまだアップ。まだまだできましてよ」

「もうとっくに交代時間だっつーの」

「「あ」」



 二人から反発されるもすでに時刻は12時を超え、次の部活が始まる時間になろうとしている。

 体育館は複数の部活が使う以上、俺らだけが独占することはできない。



「……しょうがないですわね。とりあえず台をしまいましょうか」

「ぶーぶー」

「文句あんのかよ?」

「……なんでもなーい。今日はもう終わりだね」



 今宮たちも渋々ではあったが現実を受け止めたようだ。

 幸い5人もいればそう時間はかからない。

 テキパキと台を片して荷物を纏める。



「じゃあ来週の水曜日、練習あるから来てねー」



 朝倉が締めて今日は解散となった。

しおりを挟む

処理中です...