疾風バタフライ

霜月かずひこ

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第2話

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「あははは! それは災難だったね廉太郎」

 ホームルームも終わって閑散とした教室に大きな笑い声が木霊する。中学からの親友、三浦京介みうらきょうすけ三浦京介は俺に起きた事件の顛末を一通り聞き終えると、耐えられないばかりに机をたたいた。

 「いやー見知らぬ女の子に壁ドンして説教されて遅刻とか馬鹿じゃない?」
 「うっせーな、俺だってしたくてしたわけじゃねえ」

 そうあの後、俺はじっちゃんから説教という名の制裁をさんざんに受けた。やっとこさ開放されたと思って時計を見た時にはもう遅く、初日から見事に遅刻してしまったのである。

 「しかも入学式では派手に転ぶしさ」
 「うっ……やめてくれ」

 ただでさえ初日から遅刻でだいぶインパクトでかいのに、入学式という目立つ場で事件を起こし、俺は悪い意味で有名人になってしまった。
結果として俺は「ころりんたろう」などという不名誉なあだ名を獲得するはめに。
 ……ああ、もう転校したい。
 
 「でもあれで知名度はアップだね。学年中の人に覚えてもらえたんじゃない? あんな登場の仕方、廉太郎にしかできないって」
 「……まあ、確かに顔を覚えてもらえたと考えれば悪くねえか」
 「――いや、思いっきりだめでしょ。ただのダサいやつじゃん」
 「まだだ! もしかしたらいい印象持たれてるかもしれねえだろ!」
 「もういい加減現実を認めなよ。別にスポーツとかでカッコイイとこ見せて挽回できるって。あ……そうだ。廉太郎は部活何やるの? やっぱり卓球?」
 「なんだよ、急に。っとそうだな……よく考えれば決まってねえ。しいていうならサッカーとかバスケかな」

 京介相手に取り繕う必要もないので素直にそう答えると、予想外の反応が返ってきた。

 「えー卓球やらないの? 高校から僕も卓球やろうと思ってたのに」
 「悪いな、卓球は中学までって決めてたんだよ。さすがにもう飽きたから」
 「ふーん、そうなんだ。僕はやっぱりもったいないと思うけどな。高校の部活なんて一生ものだし、ちゃんと考えてやった方がいいよ」
 「う、そうだな……まあ、そこはぼちぼち考えるぜ」

  自分でも今のままじゃ何やっても中途半端になるのをわかってる分、京介の言葉が心に深く突き刺さる。 
  俺も早いとこ、やりたいこと見つけねえと。 

 「てかそういう京介こそなんで卓球なんだよ。サッカーは?」

 なんとなく気まずくなって京介に話を振る。京介は中学まではサッカーをやっていたはず。とても卓球に興味を持っているようには思えなかったんだが……。

 「……実はさっきめちゃ可愛い子にあってさ。その子卓球部入るって言ってたから僕も入ろうかと。サッカーはクラブの方で続けるよ」
 「そっちこそひどい動機じゃねえか! 俺が言えたことじゃねえけどもっとましな理由にしろよ!」

 ――少しでもこいつに対して引け目を感じた自分を殴りたい。

 「何を言ってるのさ。高校生なんて恋愛してなんぼだよ! 可愛い子と仲良くなれるチャンスは生かさなきゃ! だいたい廉太郎は地味すぎるんだよ。僕みたいにもっとこう…………」
 「あ、越谷くん」
 
 突然、京介が話をやめたので何事かと振り返ればそこにはよく知る少女が。
 じっちゃんの孫改め諸悪の根源、朝倉寧々は軽い足取りで駆け寄ってきて、俺たちの近くの席に座った。

 「さっきぶりだね、越谷くん。今朝はどうも」
 「まさか、てめえと同じ高校とは驚きだぜ。朝倉」
 「私もだよー。さっそく友達ができてラッキーって感じ」

 くそ、皮肉だってわかってんのか?
 こちらとしてはそのつもりなのに朝倉がニコニコしているのでうろたえてしまう。
 ……まあ、半分くらいは本音で、じっちゃんから聞かされた時はマジで驚いた。
 そして同時に絶対、朝倉には近づきまいとも思ったぜ。
 だがそんな俺と対照的に京介はぐいぐいと詰めていく。

 「こちらこそ。朝倉さんとお近づきになれるなんて僕らはついてるよ」
 「もー三浦くん」

 本当に言いすぎだ。こいつのせいで俺は出鼻をくじかれたのだから。

 「でさ、二人はなんの話してたの?」
 「なんの部活に入ろうかって……僕は卓球部に入るつもりなんだ」
 「えー卓球? 私と同じだね」
 「マジマジ? やっぱ廉太郎の知り合いってことは卓球上手いの?」
 「まあ普通に、……ていうかすげえ上手い」
 「もう越谷君おおげさだよー。そんな大した成績じゃないって」

 朝倉は謙遜してそう言うが、悔しいことにこればっかりは違う。
 何せ小学生の部は毎年優勝。14歳で全中、全日本ジュニアを制した正真正銘の天才であり、そして不幸な事故を乗り越え復活してきた努力の人でもある。まさに卓球界のヒロイン。それこそ卓球弱小校なこの学校に在籍してるってのが不思議なくらいで、一昔前の俺だったら思わずサインをねだりたくなるような相手なのだ。
 ……いや、マジなんで同じ高校なんだよ。
 しかし疑問に思ったのもつかの間、京介の奴がいきなり爆弾をぶちこんできた。

「あ、聞いてよー朝倉さん。廉太郎のやつ、高校では卓球やらないんだって」
「え? ……越谷くん卓球やらないの?」
「まあな、ちょっと他のことやりたくなったんだよ」

信じられないとばかりの朝倉に咄嗟にありきたりな理由を述べる。
さすがに本気で卓球に打ち込んでいる人の手前、素直に卓球飽きたなんて言えねえ。変に目をつけられても面倒だ。

「駄目! そんなの駄目だよ、絶対やった方がいいよ。それとも越谷くんはもう卓球に興味はないの?」
「あーだから他の部に……」
「お願い! 卓球部に入って。見てるだけでもいいからさ」
「いやいや、俺弱えし……それとも俺が入った方がいい理由でもあんのか?」

 予想外にも朝倉が粘り強く説得してくるので話題を逸らそうとして地雷を踏んでしまった。もちろん朝倉がそれを逃すはずがない。

「うん、うちの高校って昔卓球強かったけど最近はもう廃部寸前って感じなんだよね。それで卓球部を立て直すために私は呼ばれたってわけなんだよ……ほら私それなりに強いし?」
「おいさっきまでの謙遜ぶりはどこ行ったんだよ?」
「まあまあ。ともかく部として成立するには5人必要なんだけど、今人手が足りないんだよね。というわけで越谷くんお願い!」

 なるほどな、だいたい事情はわかった。
  俺たちの高校、七原学園は勉強もスポーツも今一つの自称進学校。学園側としてはスポーツが強かった過去の栄光を取り戻したいのだろう。
 しかし、いくら朝倉が才能があるからと言って素人を育成しながら結果を残せるほど卓球は甘くない。さしずめ俺は素人の世話係といったところか。
 そうとくれば俺の答えはもちろん――

「却下」
「もう! ちょっとくらい悩んでよ」
「嫌なもんは嫌だ」

 当然である。
 なぜ俺が卓球なんかやんなきゃなんねえんだ。

「へー越谷くん。私に壁ドンまでしておいて卓球部に入ってくれないんだ」
「ちょ、どうした急に?」

 朝倉はそっけなく拒否されたのが気に入らなかったのか急に不機嫌になる。

「いいもん、入ってくれなかったら越谷くんは初対面で壁ドンしてくる変質者だってみんなに言いふらす」
「は? あれはお前が俺の定期を奪ったからで」
「でもそういう誤解をされても仕方ないことをしたよね?」

 く、確かにその通りだけど納得いかねえ。
 だがこれ以上俺のイメージが悪化するのだけは避けなければならない。
 現状を覆そうといろんな考えや言い訳が浮かんでは消えていく。
 そして俺は――

「…………わかった。卓球部に入ればいいんだろ?」
「やったあ! ありがとね」
「入るだけで卓球はやらねえからな」
「平気、平気。入部してくれるならそれでオッケーだよ」

 嫌味の一つでも言ってやろうと思ったが今日一番に嬉しそうな朝倉を見てすっかりその気も失せてしまった。

「じゃあさっそく今週の日曜練習ね」
「了解」

 まあ、インターハイは割とすぐだから練習は早いに越したことはない。
 ……俺も多少は準備をするか。 

「あ、もうこんな時間。ごめん先帰るね」
「うん、じゃあね朝倉さん」
「じゃあな、朝倉」
「二人ともまた明日ー」

 話が纏まると、朝倉は立ち上がって教室を出て行った。
 さっきまで珍しく静かにしていた京介は朝倉の後ろ姿を見ながら一言。

「なんだか、廉太郎楽しそうだね」

 ――どこがだよ?

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