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第1話
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四月某日。
不愉快な春風に晒されながら、俺は見慣れた坂道を歩く。
今日から憧れの高校生活が始まるとあって足取りは軽い。
……振り返ってみれば俺の人生は敗北の連続だった。
運動部カーストの最底辺に属する卓球部に入って結果は残せず、彼女はできず、勉強もできずのの三重苦。
だから俺は誓った。高校では絶対に卓球をやらないし、関わりもしないと。
そうしてサッカー部とかに入って陽気でウェイウェイな青春を送ってやると。
「ふふ、完璧だぜ」
なんてにやけていると突然電話がかかってきた。
「ん?」
画面に表示された番号に何か嫌な予感を感じながらも俺は電話に出る。
「なんだよ、じっちゃんこんな朝早くから。ずいぶんと元気そうだな」
「わはっはっは、そういう廉太郎も元気そうじゃのう」
なんて活気よく笑う電話の相手は松原というじいさんで、俺は親しみを込めてじっちゃんと呼んでいる。じっちゃんは別に俺の親戚ってわけでもないが、付き合いは長く、特に卓球に関しては世話になったりと家族も同然の人物だ。卓球には毛頭興味もない今でもそれは変わってない。
「……で要件はなんだよ。俺、今から高校の入学式なんだけど」
「それなんじゃが、廉太郎。卓球のバッグに鍵忘れとるよ」
「まじかよ!」
慌ててカバンの中を漁ってみるが確かに鍵は見つからない。
どうやら本当に忘れてきてしまったようだ。
「……じっちゃん。できれば昨日言ってほしかったぜ」
「ばかもん! わしは昨日までぎっくり腰で入院してたのじゃぞ」
「あーそうだったぜ。退院おめでとう」
「ふむ。どうもじゃ」
そういえば、それで昨日までじっちゃんの代わりに店番とかしてたっけ。
というかその時だな、俺が鍵忘れたの。
もう卓球のバッグなんていらねえと思って完全に捨てる気だった。
取りにいくのメンドイけどさすがに鍵放置はやばいしな。
「……じっちゃん、今から行ってもいい?」
「もちろんじゃ……ただわしの代わりに孫の――」
「サンキュ!」
許可を得たので早々に電話を切ってしまった。
最後になんか言ってた気がするけど、まあいいか。
「よっし、さっさと行かねえと」
入学式まであと少し。
バラ色の青春のためにも最初でしくじるわけにはいかねえからな。
俺は自転車に飛び乗って全力でペダルをこぎ始めた。
****************
「ふー到着っと」
住宅街を抜けて繁華街から少し離れた街の一角。
じっちゃんが営む小さなスポーツ用品店の前で俺は自転車を止めた。小さいころはここに卓球をやりにきていて、また最近では店番も兼ねて近所の子供に卓球を教えたりもしていた。とにかく俺にとっては何かと馴染みのある場所なのである。
「おーい、じっちゃん。いるか―……ってあれ? 空いてるぞ」
じっちゃんの返事はないが時間が惜しいのでとりあえず中に入ってみた。
店内は相変わらず古臭く、卓球の道具が所狭しと並んでいる。
そんないつも通りの光景とは別に、どこからともなくピンポン玉の弾む音が聞こえてきた。
「誰だ?」
時刻はまだ7時半。俺が教えたガキどもがこんな朝から卓球をしにくるとは到底思えないが、泥棒が呑気に卓球してるはずもない。
じっちゃんの親戚でも来てんのか?
怪しく思いながらも、卓球台のある奥の方へ進んでいくとそこには一人の女の子がいた。
傷一つない真新しいローファーに膝までかかる制服のスカート。胸は標準的でスタイルもよく、髪は黒髪ショートボブ。控えめに言っても可愛いその少女はおよそ卓球をするには不向きな恰好で黙々と卓球マシーンが吐き出したピンポン玉を打ち返していた。
……上手い。
たぶん、俺が今まで見てきた誰よりも。
唯一対抗できるとしたら彼女くらいだろうか。
いや、待てよ。この上手さにこの容姿。似ているとは思うがまさか……な。
ある疑念が浮かんだものの、馬鹿馬鹿しいとすぐにそれを消しさり、俺は少女の卓球に魅入っていた。
そうして時間にして1分程眺めていただろうか。
背後の気配に気づいたのか彼女はこちらにぱっと振り返った。
「あっ! 待ってたよ。越谷廉太郎くん……だよね?」
「なんで俺の名前を……ってそ、それは!?」
突然名前を呼ばれて驚いた俺に少女はポケットから俺の鍵を取り出して見せる。
「そ。越谷君の定期券と鍵。心配だから預かってておじいちゃんに頼まれちゃってさ。おじいちゃん今日、町内会の集まりがあってこれないから」
「へえー」
おじいちゃんってじっちゃんのことか。
確かに今までさんざんかわいい孫がいるって自慢してたからな。
おかげでじっちゃんがさっき言いかけてた内容もなんとなくわかったぜ。
「ともかくサンキュ。ありがと……ってあれ?」
受け取ろうと手を伸ばしたが、彼女は何か渋っていた。
「……返すんだけどその前に私と卓球やってくれないかな? いい加減、マシーンで練習するのも飽きてたんだ。越谷くんここの常連だっていうし卓球できたらなって」
「あーわりぃ。時間ねえから無理だわ」
時間もないが、それ以上に卓球をしたくない。
卓球は中学まで。それが俺の絶対のルール。
じっちゃんの手伝いをしてたのはじっちゃんに世話になった御礼をしたかったからでその孫にまで何かしてやろうとは思わねえ。
しかしそんな俺の本音を見抜かれていたようで……。
「そんな嫌? ……やっぱり気が変わった。預かってたお礼の一つくらいないとね」
「いやいやいや、預かっててくれたことには感謝してるけどそれとこれは……」
「もうわかったから早く台についてよ」
機嫌が悪くなったのか、俺の抗議は無視して話を続ける彼女。
その態度に俺の語気も荒くなる。
「やらねぇよ。つうか普通に窃盗だからな」
「えーいいじゃん、別にそれくらい! それにそんなこといったら越谷君だって不法侵入じゃん」
うぐっ。確かにその通りだから何も言い返せねぇ。
言い負かされる前に早くこの話を切り上げねえと。
「ともかく、俺急いでるからまた今度な」
「今したいの! ……どうしても駄目?」
くそ。卑怯だぞ。上目遣いなんて。
確かに卓球やったって死ぬわけではないから少しくらいなら……。
「っ! やっぱ駄目だ。早く返せ!」
「ふえっ⁉ ちょ、ちょっと」
流されそうになったのを振り切って強引に取りに行く。しかしうまい具合に彼女に交わされてしまった。
「いきなりやめてよ! びっくりするじゃん」
「……いや、いい加減俺の鍵返せよ」
「やーだもん。卓球やってくれなきゃ返さないーだ」
「「ぐぬぬぬぬ」」
お互い主張が平行線を辿り、なかなか決着はつかない。
いい加減時間もやべえし、かくなる上は……
「お前が悪いんだからな」
「え?」
一気に距離を詰めて彼女を壁際に追い込む。
そして左手と右足で少女を囲うようにして退路を塞いだ。
これぞ俺の秘密兵器KABEDONである。
「ここここ、越谷君⁉ 越谷くんには恥ってものがないのっ⁉」
「うるさいやい! 俺だって恥ずいわ!」
というか恥ずかしいを通り越していっそ死にたいまである。
壁ドンなんて「俺、イケメンじゃね?」って思ってる奴くらいしかやらないナルシストの所業。何がうれしくてこんなことやらなきゃいけねえんだよ。
だが俺の決死の攻撃は無駄じゃなかったらしく、
「はいはい、もーわかった。返すから」
彼女がようやく俺に鍵を渡そうとしたとしたその時だった。
「おー廉太郎、まだいたの……か」
いつのまにか帰ってきていたじっちゃんの視線の先には壁ドンしている俺が。
当然じっちゃんには俺が孫を襲っているように見えるわけで……。
「れ、廉太郎。貴様ぁああああ!」
「――誤解だあああああ!」
狭い店内に俺の悲鳴が響き渡った。
不愉快な春風に晒されながら、俺は見慣れた坂道を歩く。
今日から憧れの高校生活が始まるとあって足取りは軽い。
……振り返ってみれば俺の人生は敗北の連続だった。
運動部カーストの最底辺に属する卓球部に入って結果は残せず、彼女はできず、勉強もできずのの三重苦。
だから俺は誓った。高校では絶対に卓球をやらないし、関わりもしないと。
そうしてサッカー部とかに入って陽気でウェイウェイな青春を送ってやると。
「ふふ、完璧だぜ」
なんてにやけていると突然電話がかかってきた。
「ん?」
画面に表示された番号に何か嫌な予感を感じながらも俺は電話に出る。
「なんだよ、じっちゃんこんな朝早くから。ずいぶんと元気そうだな」
「わはっはっは、そういう廉太郎も元気そうじゃのう」
なんて活気よく笑う電話の相手は松原というじいさんで、俺は親しみを込めてじっちゃんと呼んでいる。じっちゃんは別に俺の親戚ってわけでもないが、付き合いは長く、特に卓球に関しては世話になったりと家族も同然の人物だ。卓球には毛頭興味もない今でもそれは変わってない。
「……で要件はなんだよ。俺、今から高校の入学式なんだけど」
「それなんじゃが、廉太郎。卓球のバッグに鍵忘れとるよ」
「まじかよ!」
慌ててカバンの中を漁ってみるが確かに鍵は見つからない。
どうやら本当に忘れてきてしまったようだ。
「……じっちゃん。できれば昨日言ってほしかったぜ」
「ばかもん! わしは昨日までぎっくり腰で入院してたのじゃぞ」
「あーそうだったぜ。退院おめでとう」
「ふむ。どうもじゃ」
そういえば、それで昨日までじっちゃんの代わりに店番とかしてたっけ。
というかその時だな、俺が鍵忘れたの。
もう卓球のバッグなんていらねえと思って完全に捨てる気だった。
取りにいくのメンドイけどさすがに鍵放置はやばいしな。
「……じっちゃん、今から行ってもいい?」
「もちろんじゃ……ただわしの代わりに孫の――」
「サンキュ!」
許可を得たので早々に電話を切ってしまった。
最後になんか言ってた気がするけど、まあいいか。
「よっし、さっさと行かねえと」
入学式まであと少し。
バラ色の青春のためにも最初でしくじるわけにはいかねえからな。
俺は自転車に飛び乗って全力でペダルをこぎ始めた。
****************
「ふー到着っと」
住宅街を抜けて繁華街から少し離れた街の一角。
じっちゃんが営む小さなスポーツ用品店の前で俺は自転車を止めた。小さいころはここに卓球をやりにきていて、また最近では店番も兼ねて近所の子供に卓球を教えたりもしていた。とにかく俺にとっては何かと馴染みのある場所なのである。
「おーい、じっちゃん。いるか―……ってあれ? 空いてるぞ」
じっちゃんの返事はないが時間が惜しいのでとりあえず中に入ってみた。
店内は相変わらず古臭く、卓球の道具が所狭しと並んでいる。
そんないつも通りの光景とは別に、どこからともなくピンポン玉の弾む音が聞こえてきた。
「誰だ?」
時刻はまだ7時半。俺が教えたガキどもがこんな朝から卓球をしにくるとは到底思えないが、泥棒が呑気に卓球してるはずもない。
じっちゃんの親戚でも来てんのか?
怪しく思いながらも、卓球台のある奥の方へ進んでいくとそこには一人の女の子がいた。
傷一つない真新しいローファーに膝までかかる制服のスカート。胸は標準的でスタイルもよく、髪は黒髪ショートボブ。控えめに言っても可愛いその少女はおよそ卓球をするには不向きな恰好で黙々と卓球マシーンが吐き出したピンポン玉を打ち返していた。
……上手い。
たぶん、俺が今まで見てきた誰よりも。
唯一対抗できるとしたら彼女くらいだろうか。
いや、待てよ。この上手さにこの容姿。似ているとは思うがまさか……な。
ある疑念が浮かんだものの、馬鹿馬鹿しいとすぐにそれを消しさり、俺は少女の卓球に魅入っていた。
そうして時間にして1分程眺めていただろうか。
背後の気配に気づいたのか彼女はこちらにぱっと振り返った。
「あっ! 待ってたよ。越谷廉太郎くん……だよね?」
「なんで俺の名前を……ってそ、それは!?」
突然名前を呼ばれて驚いた俺に少女はポケットから俺の鍵を取り出して見せる。
「そ。越谷君の定期券と鍵。心配だから預かってておじいちゃんに頼まれちゃってさ。おじいちゃん今日、町内会の集まりがあってこれないから」
「へえー」
おじいちゃんってじっちゃんのことか。
確かに今までさんざんかわいい孫がいるって自慢してたからな。
おかげでじっちゃんがさっき言いかけてた内容もなんとなくわかったぜ。
「ともかくサンキュ。ありがと……ってあれ?」
受け取ろうと手を伸ばしたが、彼女は何か渋っていた。
「……返すんだけどその前に私と卓球やってくれないかな? いい加減、マシーンで練習するのも飽きてたんだ。越谷くんここの常連だっていうし卓球できたらなって」
「あーわりぃ。時間ねえから無理だわ」
時間もないが、それ以上に卓球をしたくない。
卓球は中学まで。それが俺の絶対のルール。
じっちゃんの手伝いをしてたのはじっちゃんに世話になった御礼をしたかったからでその孫にまで何かしてやろうとは思わねえ。
しかしそんな俺の本音を見抜かれていたようで……。
「そんな嫌? ……やっぱり気が変わった。預かってたお礼の一つくらいないとね」
「いやいやいや、預かっててくれたことには感謝してるけどそれとこれは……」
「もうわかったから早く台についてよ」
機嫌が悪くなったのか、俺の抗議は無視して話を続ける彼女。
その態度に俺の語気も荒くなる。
「やらねぇよ。つうか普通に窃盗だからな」
「えーいいじゃん、別にそれくらい! それにそんなこといったら越谷君だって不法侵入じゃん」
うぐっ。確かにその通りだから何も言い返せねぇ。
言い負かされる前に早くこの話を切り上げねえと。
「ともかく、俺急いでるからまた今度な」
「今したいの! ……どうしても駄目?」
くそ。卑怯だぞ。上目遣いなんて。
確かに卓球やったって死ぬわけではないから少しくらいなら……。
「っ! やっぱ駄目だ。早く返せ!」
「ふえっ⁉ ちょ、ちょっと」
流されそうになったのを振り切って強引に取りに行く。しかしうまい具合に彼女に交わされてしまった。
「いきなりやめてよ! びっくりするじゃん」
「……いや、いい加減俺の鍵返せよ」
「やーだもん。卓球やってくれなきゃ返さないーだ」
「「ぐぬぬぬぬ」」
お互い主張が平行線を辿り、なかなか決着はつかない。
いい加減時間もやべえし、かくなる上は……
「お前が悪いんだからな」
「え?」
一気に距離を詰めて彼女を壁際に追い込む。
そして左手と右足で少女を囲うようにして退路を塞いだ。
これぞ俺の秘密兵器KABEDONである。
「ここここ、越谷君⁉ 越谷くんには恥ってものがないのっ⁉」
「うるさいやい! 俺だって恥ずいわ!」
というか恥ずかしいを通り越していっそ死にたいまである。
壁ドンなんて「俺、イケメンじゃね?」って思ってる奴くらいしかやらないナルシストの所業。何がうれしくてこんなことやらなきゃいけねえんだよ。
だが俺の決死の攻撃は無駄じゃなかったらしく、
「はいはい、もーわかった。返すから」
彼女がようやく俺に鍵を渡そうとしたとしたその時だった。
「おー廉太郎、まだいたの……か」
いつのまにか帰ってきていたじっちゃんの視線の先には壁ドンしている俺が。
当然じっちゃんには俺が孫を襲っているように見えるわけで……。
「れ、廉太郎。貴様ぁああああ!」
「――誤解だあああああ!」
狭い店内に俺の悲鳴が響き渡った。
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