君と私の甘いひととき

楠富 つかさ

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バレンタインデーに甘いひととき

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「ねぇすあま。今日、部屋に寄っていい?」
「なに、チョコでもくれるの? あと、すあまって呼ぶの禁止」

2月14日火曜日。今日はいわゆるバレンタインデーというやつで、私、須藤天音は帰宅中に幼馴染みである花咲小春にすあま呼ばわりされつつ尋ねられた。

「チョコあげるからさぁ。ね?」
「チョコ置いてさっさと帰ってよね。一応、期末テスト前なんだから」
「甘い物食べながら勉強しようよ。ね?」
「あんたが教えて欲しいだけでしょ。一人で勉強したいの」

一人暮らししながら高校に通っている私は、成績上位者をキープして推薦でいい大学に行くって心に決めている。高校こそ同じでもろくすっぽ勉強していない小春は常に赤点ギリギリ。流石に付き合ってられない。

「つんつんしてても部屋に上げてくれるんだよねぇ。天音は優しいなぁ」
「チョコが目当てなだけだし。ほら、くれるんでしょ?」

勿体ぶりながら綺麗にラッピングされた包みを取り出す小春。それを私に手渡そうとして、ふと動きを止めた。

「ん?」
「ねぇ天音。そろそろ高校一年間も終わるし……一人暮らしの訳、聞きたいな」
「何、急に真面目な声だしちゃって。前も言ったじゃん、学校近いし、私だってもう子供じゃないし」
「でも! 料理だって洗濯だって、掃除も苦手な……見た目と頭しか良くない天音が一人暮らしなんて変だよ! 今だって、あんまり片付いてない!」
「うるさいぃ!! 私は……私は好きで一人暮らししてるの……家事だって、これから……ぅぐ」
「わたしに……ウソ、つかないでよ……。泣かないでよ……天音」

私は……私は……。

「本当のこと、教えて。わたしだって、天音の力になりたいからさ」

言いたくなかった……知られたくなかった……でも、言いたい……知っていて欲しい。だって、小春だから。小春になら……言っておかなきゃ。

「うちの両親……離婚した」
「っ!」

うちの両親のことは小春もよく知っている。驚くのも無理ないだろう。

「お父さん、海外に転勤になって……お母さんはついていけないって。離婚までしなくたっていいのに……。二人とも、バカだよね……。お父さん、あの家売っちゃった……。それで、お母さんも実家に帰ることになって、私、どっちについて行ってもここ、離れなきゃで……」

もともと、私と小春は小学校で出会って仲良くなった。家はそれほど近くなくて、だからこそ、小春は家がどうなっていたか知らずにいた。うちはもう取り潰されて……更地だから。近所だったら、絶対に気付いていた……。

「どうして、残ったの?」

……ほんと、小春は大馬鹿だ。どうして気付いてくれないんだろう。

「あんたが……あんたと、離れたくなかったからだよ! なんで、なんで分かってくれないの小春! 私、あんたの言うとおり家事も出来ないし片付けだって苦手だよ。……小春がいなきゃ、つらいの……」

涙、止まらないや……。学校がない日は、特に夏休みなんかは小春が泊まり込みで家事をこなしてくれて……。バイトでくたくたになった私に、ご飯を出してくれて……。小春がいたから、頑張れたんだよ……。

「じゃあなんで今日だってさっさと帰れとか、一人で勉強したいなんて言うのさ! わたしだって天音と一緒に居たいんだよ!?」

その言葉に、私は声にならない感情を知った。……小春も、私のことを想っていてくれたんだ……。あぁ……いやな思い、させてたんだ……。

「私、もっとずっと勉強して、推薦でいい大学行って、いい会社に勤めて、いっぱいお給料もらって……それでさ、小春と暮らせたらって思って。こんな狭くて古い部屋じゃなくて、もっと綺麗で広い……部屋でさ、二人で……暮らせたらって……。だから今は、小春といるの、我慢しなきゃって……思って……」

秘密にしたかった想いがどんどん溢れて……。全部、言っちゃった……。これまでのことも、これからのことも……。

「バカだよ、天音。我慢なんてしなくていいんだよ」

そっと、泣きじゃくる私を小春が抱き寄せる。そっと、頭を撫でながら……ゆっくりと囁く。

「わたしだって、ずっと天音と一緒がいい。勉強は難しいから同じ大学に行けるか分かんないけど、天音が教えてくれたら頑張る。狭くてもいい、わたしが片付けるからここで暮らしたい。天音と一緒がいい。……んぐ、天音と……結婚できたらいいのに」
「なんで……そんなに私の嬉しいことばかり言うかな……もう」

一緒に笑って、一緒に泣いて……そうやって同じ道を進めたら、どれだけ嬉しいか。あどけなく見えていた幼馴染みの顔は、どこか大人に近付いた感じがしていて、すっと、口づけを交わしていた。

「小春、愛してる」
「……うん。わたしもだよ、天音」

初めてのキスは、チョコよりも甘くやわらかな、女の子の唇だった。
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