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第4話 紅に染まる
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その日の午後、沙姫に連れられ叶美と恵玲奈は学園の敷地その北西部にあるはなれにやってきた。
日本家屋風のその建物は、茶道部、華道部、書道部などの活動で利用されている。まさに学園一の和空間と言って過言ではない。
「茶道なんて中等部の文化学習以来だわ」
「私はざっと半年ぶりってとこかな。あ、恵ぅ。ういっす」
「おやおや、どーもでーす」
恵玲奈のルームメイト、四方田恵は来客に朗らかな返答をしながら茶の間に二人を案内する。茶の間では和気藹々としたやりとりがされている一方で、真剣な眼差しで茶を点てる城咲紅葉の姿があった。小説を書く時と同様の集中力が発揮されているのか、叶美の姿には気付かない。
「今、その子に指導しているのが部長さん」
眺めているのが既に退屈なのか、恵玲奈が叶美に耳打ちする。
「あの中学生おっぱい大きくない?」
「こら」
基本的に元気はつらつエネルギッシュな恵玲奈には、こうした落ち着いた空間は合わないようだ。恵ももっぱら恵玲奈と似たような性格だが、彼女は場を弁える能力がきっちり備わっている。
「……え!」
紅葉が茶を点て終えると、ようやく叶美の存在に気付いた。目を見開き、やや頬が染まる。手元と口元がわなわなと震える。
「水藤先輩……」
そうしてようやく言葉が出てくる。それに反応したのは叶美より恵玲奈の方が早かった。
「あれ? 知り合いのな?」
そういえば恵玲奈には話していなかったと今更気付く叶美。恵玲奈が再び口を開こうとした時にはもう、叶美は紅葉に引っ張られるように茶室を去っていた。
「あ、あの……生徒手帳、ありがとうございました」
廊下に出ると、紅葉は深くお辞儀した。叶美は慌てて頭を上げるよう言い、二人は何も言えないまま見つめ合っていた。
「……えっと、その……何か、お礼を」
体感的には長かった数分程度の時間。その静寂を割ったのは紅葉の言葉だった。
「え、いいよ別に全然大したことしたわけじゃないんだから」
そうは言ってもと紅葉は引き下がるが、叶美としてはただ落とし物を届けただけことなのだからとお礼をされるほどのことじゃないという考えは変わらない。けれど後輩に気を遣わせっぱなしというのもなんだか申し訳ない。
「じゃ、じゃあ……小説、読ませて欲しい、かな。ダメなら別にいいんだけど! その、他に思い浮かばなくて」
しばし俯く紅葉だったが、やがて意を決したように叶美の目を見据える。
「小説を書くようになって、一年くらい経つのですが、その……まだ他の人に読んでもらった経験がなくて……その、恥ずかしいのですが、先輩が初めてなら、いいかなと思います。なのでその、ちゃんとしたものが完成するまで待ってもらえませんか? 多分、週末には仕上がると思うので」
「ありがとう、わたし、水曜日が図書委員のお仕事だから来週の水曜日にまた図書館においでよ。それでどう?」
「はい! 大丈夫だと思います」
紅葉が頷くと、二人は連れだって茶室へと戻った。せっかくだからと、叶美の分のお茶は紅葉に点ててもらった。紅葉に作法を教わりながらお茶を楽しんだ叶美は、恵玲奈ともども離れを去り部室棟へ向かった。
文化部の部室棟は旧校舎を活用しており、一部は正式に部活動として認定されていない部も利用している。旧校舎は学校創設の頃に建てられた建物で、有名建築家の作ということもあり市の文化財に指定されており、常に清掃が行き届いている綺麗な建物である。そんな旧校舎を二人歩いていると、廊下に一人の女生徒を見かける。まばゆい金髪がふわりと背中まで伸びる彼女が、恵玲奈に気付く。
「エレナ!! ぎゅ!!」
「エヴァちゃん!? どうしたのこんなところで?」
「漫研の部室を探しているのですが……」
恵玲奈を見付けると、途端に抱きつく彼女に叶美は思わず驚きを隠せない。どうやら彼女は漫研の部室を探しているらしい。
「漫研さんはうちのお隣だね。私が案内するよ。新聞部も放送部も階違うでしょう?」
「助かるよ叶美。じゃあエヴァちゃん、この先輩が案内してくれるからね」
そう言って恵玲奈は階段を駆け上がっていった。旧校舎はどこか何年何組か分からない状態に既になってしまっており、さらに準備室だった部屋も部室として再利用しているためどこに何部があるのか分かりづらくなってしまっているのだ。何部かを示す掲示を大量に貼りだしている部もあれば、あまり掲示していないひっそりとした部活もあるため、上級生でも何部が利用しているか分からない教室がある程だ。
「申し遅れました。わたくしエヴァンジェリン・ノースフィールド。愛すべき日本の文化を学ぶべくイギリスから参りました」
非常に流暢な日本語を話す彼女を、漫研の部室まで送り届けると、叶美も隣室のイラスト部で活動を始めるのだった。
日本家屋風のその建物は、茶道部、華道部、書道部などの活動で利用されている。まさに学園一の和空間と言って過言ではない。
「茶道なんて中等部の文化学習以来だわ」
「私はざっと半年ぶりってとこかな。あ、恵ぅ。ういっす」
「おやおや、どーもでーす」
恵玲奈のルームメイト、四方田恵は来客に朗らかな返答をしながら茶の間に二人を案内する。茶の間では和気藹々としたやりとりがされている一方で、真剣な眼差しで茶を点てる城咲紅葉の姿があった。小説を書く時と同様の集中力が発揮されているのか、叶美の姿には気付かない。
「今、その子に指導しているのが部長さん」
眺めているのが既に退屈なのか、恵玲奈が叶美に耳打ちする。
「あの中学生おっぱい大きくない?」
「こら」
基本的に元気はつらつエネルギッシュな恵玲奈には、こうした落ち着いた空間は合わないようだ。恵ももっぱら恵玲奈と似たような性格だが、彼女は場を弁える能力がきっちり備わっている。
「……え!」
紅葉が茶を点て終えると、ようやく叶美の存在に気付いた。目を見開き、やや頬が染まる。手元と口元がわなわなと震える。
「水藤先輩……」
そうしてようやく言葉が出てくる。それに反応したのは叶美より恵玲奈の方が早かった。
「あれ? 知り合いのな?」
そういえば恵玲奈には話していなかったと今更気付く叶美。恵玲奈が再び口を開こうとした時にはもう、叶美は紅葉に引っ張られるように茶室を去っていた。
「あ、あの……生徒手帳、ありがとうございました」
廊下に出ると、紅葉は深くお辞儀した。叶美は慌てて頭を上げるよう言い、二人は何も言えないまま見つめ合っていた。
「……えっと、その……何か、お礼を」
体感的には長かった数分程度の時間。その静寂を割ったのは紅葉の言葉だった。
「え、いいよ別に全然大したことしたわけじゃないんだから」
そうは言ってもと紅葉は引き下がるが、叶美としてはただ落とし物を届けただけことなのだからとお礼をされるほどのことじゃないという考えは変わらない。けれど後輩に気を遣わせっぱなしというのもなんだか申し訳ない。
「じゃ、じゃあ……小説、読ませて欲しい、かな。ダメなら別にいいんだけど! その、他に思い浮かばなくて」
しばし俯く紅葉だったが、やがて意を決したように叶美の目を見据える。
「小説を書くようになって、一年くらい経つのですが、その……まだ他の人に読んでもらった経験がなくて……その、恥ずかしいのですが、先輩が初めてなら、いいかなと思います。なのでその、ちゃんとしたものが完成するまで待ってもらえませんか? 多分、週末には仕上がると思うので」
「ありがとう、わたし、水曜日が図書委員のお仕事だから来週の水曜日にまた図書館においでよ。それでどう?」
「はい! 大丈夫だと思います」
紅葉が頷くと、二人は連れだって茶室へと戻った。せっかくだからと、叶美の分のお茶は紅葉に点ててもらった。紅葉に作法を教わりながらお茶を楽しんだ叶美は、恵玲奈ともども離れを去り部室棟へ向かった。
文化部の部室棟は旧校舎を活用しており、一部は正式に部活動として認定されていない部も利用している。旧校舎は学校創設の頃に建てられた建物で、有名建築家の作ということもあり市の文化財に指定されており、常に清掃が行き届いている綺麗な建物である。そんな旧校舎を二人歩いていると、廊下に一人の女生徒を見かける。まばゆい金髪がふわりと背中まで伸びる彼女が、恵玲奈に気付く。
「エレナ!! ぎゅ!!」
「エヴァちゃん!? どうしたのこんなところで?」
「漫研の部室を探しているのですが……」
恵玲奈を見付けると、途端に抱きつく彼女に叶美は思わず驚きを隠せない。どうやら彼女は漫研の部室を探しているらしい。
「漫研さんはうちのお隣だね。私が案内するよ。新聞部も放送部も階違うでしょう?」
「助かるよ叶美。じゃあエヴァちゃん、この先輩が案内してくれるからね」
そう言って恵玲奈は階段を駆け上がっていった。旧校舎はどこか何年何組か分からない状態に既になってしまっており、さらに準備室だった部屋も部室として再利用しているためどこに何部があるのか分かりづらくなってしまっているのだ。何部かを示す掲示を大量に貼りだしている部もあれば、あまり掲示していないひっそりとした部活もあるため、上級生でも何部が利用しているか分からない教室がある程だ。
「申し遅れました。わたくしエヴァンジェリン・ノースフィールド。愛すべき日本の文化を学ぶべくイギリスから参りました」
非常に流暢な日本語を話す彼女を、漫研の部室まで送り届けると、叶美も隣室のイラスト部で活動を始めるのだった。
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