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第一章 断罪の剣
第一話 処刑人の日常
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大陸西方に版図を広げる大国ルーイェッジア王国。その王都たるルミナンサスには王城前に広場が整備されている。王の演説や軍事パレードの出陣式にも使われる伝統的な広場であるが、そこにはもう一つの用途があった。
そう、処刑場である。
王城の尖塔にある鐘が昼三つを鳴らす頃、国民たちがぞろぞろと広場へと集まり始めた。七日に一度、昼三つの鐘が鳴る時、公開処刑が行われる。
「罪人、エドランは知人宅に侵入し金品を奪取。目撃した知人ら家族三人を殺害した罪により、女王より死刑を賜った。間違いないな?」
黒地に金の装飾がなされた騎士服を着用する女性、処刑人アネットが立会人である神官に問う。その声は決して大きなものではないのにもかかわらず、興奮する群衆を鎮めるほどによく通る。
「記録に相違ありません。刑の執行を始めてください」
神官の言葉に罪人エドランが口の端に泡を垂らして震え始める。その様子に静まり返った群衆が再び活気づく。
アネットは腰に提げた長剣を抜き、剣の腹で罪人エドランの頭を石畳に押し付ける。
「なぁ、助けてくれ! おれが悪かった……悪かったんだよおおっ……!」
罪人エドランの涙が石畳を濡らし、ぶつぶつと命乞いの言葉を繰り返していたが、アネットはそれに一切耳を傾けない。彼女にとって、そこにいるのは罪を犯した者であり、それ以上でもそれ以下でもなかった。
アネットは二十五歳。ルーイェッジア王国では十五歳で成人となるため、すでに成人して十年が経過している。成人してすぐに騎士団に入団して以後、戦場から治安維持まで数々の功績をあげてきたが、彼女の感情の乏しさは騎士団内でも有名だった。しかし、その卓越した剣技と、いかなる状況でも揺るがない精神力は、処刑官という特殊な任務にまさにうってつけだった。
広場を埋め尽くす民衆は、この日の処刑を待ち望んでいたかのように熱気を帯びていた。彼らの顔には正義が執行されるという高揚感が浮かび、罪人の断末魔の叫びを聞き逃すまいと、固唾を飲んで見守っている。ある者は唾を吐きかけ、ある者は罵声を浴びせる。
「ルーイェッジア王国騎士団処刑官アネット、執行します」
アネットの低い声が響き渡ると同時に、彼女の剣が閃く。それはまさに一瞬の出来事だった。真昼の光の下、銀色の軌跡が空に描かれ、次の瞬間には、男の首がごとりと晒し台の下に転がり落ちる。鮮血が噴き出し、広場の石畳を赤く染め上げた。
広場は一瞬の静寂の後、歓声に包まれた。民衆の興奮は頂点に達し、中には泣き出す者や、演劇でも見たかのようにブラヴォーと叫ぶものまでいる。ルーイェッジア王国が最後に戦争をしてから早八年、五年前には王も代替わりし、国内情勢は平穏そのもの。国民は血を見ることも減り、余暇が増え、娯楽を求め、処刑に熱狂する。
そんな熱狂に一瞥もくれず、アネットは剣に着いた血を振り払い、ゆっくりと鞘に収める。その顔には、一切の感情の揺らぎは見られなかった。
「次だ」
首を落とされた男の血が処刑台から洗い流される頃、次の罪人が引き出されていた。処刑は重い罪を犯した者から行う。これは次に刑罰を受ける犯罪者により重い罪を犯せば、自分自身がそれを受けるのだと見せつけることで再犯を減らすために女王が命じたことだ。
血に濡れた晒し台に連行される女は拍子抜けするほど華奢な裸身。後ろ手に枷で拘束されたその少女は、歳の頃は十七、八と見える。白い肌にはまだ執行の痕ひとつなく、晒された肢体に観衆の一部からどっと歓声が上がった。
「うお、すっげ……」
「あれで男をたぶらかしたってやつか」
「こりゃ鞭が食い込むとこ、ちゃんと見ないと損だな……」
下卑た声が飛び交う。興味本位の目が彼女の身体に刺さる。
彼女は強く唇を噛み、目を逸らしていた。羞恥か、悔しさか――だが泣き叫びはしなかった。
「罪人、エリーベルは下女として働く主家の嫡男を誘惑し、金貨五枚を詐取。私財と名誉を損なわせた罪により、女王より鞭打ち二十回の刑を賜った。間違いないな?」
神官が頷くとアネットは剣に代わりに、格納箱から鉄芯入りの革鞭を取り出した。柄を確かめる手つきは一切の迷いなく、熟練の職人が道具を扱うそれだった。
「ルーイェッジア王国騎士団処刑官アネット、執行します」
宣言の声に、再びざわめきが広がる。何人かの男が身を乗り出すようにして注視するなか、アネットは一歩、踏み出した。振りかぶることなく、第一打。
「……ッ!」
鞭が空気を裂き、罪人エリーベルの肩甲骨を斜めに切った。血ではなく、赤い線が一閃、肌に走る。
観衆が息を呑む。興奮なのか畏怖なのか、よく似た沈黙。
アネットは、表情を一切変えなかった。目の色も、呼吸も、変わらない。まるで鞭すらも、自身の一部であるかのような動きだった。
第二打。第三打。
エリーベルは耐えていた。呻きも上げず、ただ両の拳を強く握っていた。だが十打を超えたころ、彼女の口からようやく短い叫びが漏れた。その声に、男たちは興奮したようにどよめき、誰かが笑った。安全圏から血と屈辱を“正義”として愉しむ群れ。だが、アネットの耳には届かない。彼女にとって、民衆は仕事の背景にすぎない。
「……十九」
鞭が唸り、汗と涙と血が混じる肌に最後の一打が刻まれた。叫びは短く、消えるようだった。
アネットは鞭を納め、記録官に目を向ける。
「処刑執行完了。異常なし。本日の執行は以上だ。解散せよ」
淡々と告げ、彼女は背を向ける。観衆の声は徐々に次の話題へ移っていく。
「毎週処刑を見ているのにそれでも罪を犯すなんて馬鹿だよな」
「まったくだぜ。だが今回は見応えがあったな。二人じゃ少ないと思ったが満足だ」
「鞭打ちと棒打ちならやっぱり鞭の方が興奮するよな」
誰もが、処罰の痛みより、その“見もの”としての価値を語っていた。
だが、処刑官は決して語らない。語ることを許されない職であり、処刑人アネットは、その沈黙を何より忠実に守る者だった。そんな彼女の横顔に熱い視線を向ける少女がいた。だがアネットがそれに気づくことはない。
そう、処刑場である。
王城の尖塔にある鐘が昼三つを鳴らす頃、国民たちがぞろぞろと広場へと集まり始めた。七日に一度、昼三つの鐘が鳴る時、公開処刑が行われる。
「罪人、エドランは知人宅に侵入し金品を奪取。目撃した知人ら家族三人を殺害した罪により、女王より死刑を賜った。間違いないな?」
黒地に金の装飾がなされた騎士服を着用する女性、処刑人アネットが立会人である神官に問う。その声は決して大きなものではないのにもかかわらず、興奮する群衆を鎮めるほどによく通る。
「記録に相違ありません。刑の執行を始めてください」
神官の言葉に罪人エドランが口の端に泡を垂らして震え始める。その様子に静まり返った群衆が再び活気づく。
アネットは腰に提げた長剣を抜き、剣の腹で罪人エドランの頭を石畳に押し付ける。
「なぁ、助けてくれ! おれが悪かった……悪かったんだよおおっ……!」
罪人エドランの涙が石畳を濡らし、ぶつぶつと命乞いの言葉を繰り返していたが、アネットはそれに一切耳を傾けない。彼女にとって、そこにいるのは罪を犯した者であり、それ以上でもそれ以下でもなかった。
アネットは二十五歳。ルーイェッジア王国では十五歳で成人となるため、すでに成人して十年が経過している。成人してすぐに騎士団に入団して以後、戦場から治安維持まで数々の功績をあげてきたが、彼女の感情の乏しさは騎士団内でも有名だった。しかし、その卓越した剣技と、いかなる状況でも揺るがない精神力は、処刑官という特殊な任務にまさにうってつけだった。
広場を埋め尽くす民衆は、この日の処刑を待ち望んでいたかのように熱気を帯びていた。彼らの顔には正義が執行されるという高揚感が浮かび、罪人の断末魔の叫びを聞き逃すまいと、固唾を飲んで見守っている。ある者は唾を吐きかけ、ある者は罵声を浴びせる。
「ルーイェッジア王国騎士団処刑官アネット、執行します」
アネットの低い声が響き渡ると同時に、彼女の剣が閃く。それはまさに一瞬の出来事だった。真昼の光の下、銀色の軌跡が空に描かれ、次の瞬間には、男の首がごとりと晒し台の下に転がり落ちる。鮮血が噴き出し、広場の石畳を赤く染め上げた。
広場は一瞬の静寂の後、歓声に包まれた。民衆の興奮は頂点に達し、中には泣き出す者や、演劇でも見たかのようにブラヴォーと叫ぶものまでいる。ルーイェッジア王国が最後に戦争をしてから早八年、五年前には王も代替わりし、国内情勢は平穏そのもの。国民は血を見ることも減り、余暇が増え、娯楽を求め、処刑に熱狂する。
そんな熱狂に一瞥もくれず、アネットは剣に着いた血を振り払い、ゆっくりと鞘に収める。その顔には、一切の感情の揺らぎは見られなかった。
「次だ」
首を落とされた男の血が処刑台から洗い流される頃、次の罪人が引き出されていた。処刑は重い罪を犯した者から行う。これは次に刑罰を受ける犯罪者により重い罪を犯せば、自分自身がそれを受けるのだと見せつけることで再犯を減らすために女王が命じたことだ。
血に濡れた晒し台に連行される女は拍子抜けするほど華奢な裸身。後ろ手に枷で拘束されたその少女は、歳の頃は十七、八と見える。白い肌にはまだ執行の痕ひとつなく、晒された肢体に観衆の一部からどっと歓声が上がった。
「うお、すっげ……」
「あれで男をたぶらかしたってやつか」
「こりゃ鞭が食い込むとこ、ちゃんと見ないと損だな……」
下卑た声が飛び交う。興味本位の目が彼女の身体に刺さる。
彼女は強く唇を噛み、目を逸らしていた。羞恥か、悔しさか――だが泣き叫びはしなかった。
「罪人、エリーベルは下女として働く主家の嫡男を誘惑し、金貨五枚を詐取。私財と名誉を損なわせた罪により、女王より鞭打ち二十回の刑を賜った。間違いないな?」
神官が頷くとアネットは剣に代わりに、格納箱から鉄芯入りの革鞭を取り出した。柄を確かめる手つきは一切の迷いなく、熟練の職人が道具を扱うそれだった。
「ルーイェッジア王国騎士団処刑官アネット、執行します」
宣言の声に、再びざわめきが広がる。何人かの男が身を乗り出すようにして注視するなか、アネットは一歩、踏み出した。振りかぶることなく、第一打。
「……ッ!」
鞭が空気を裂き、罪人エリーベルの肩甲骨を斜めに切った。血ではなく、赤い線が一閃、肌に走る。
観衆が息を呑む。興奮なのか畏怖なのか、よく似た沈黙。
アネットは、表情を一切変えなかった。目の色も、呼吸も、変わらない。まるで鞭すらも、自身の一部であるかのような動きだった。
第二打。第三打。
エリーベルは耐えていた。呻きも上げず、ただ両の拳を強く握っていた。だが十打を超えたころ、彼女の口からようやく短い叫びが漏れた。その声に、男たちは興奮したようにどよめき、誰かが笑った。安全圏から血と屈辱を“正義”として愉しむ群れ。だが、アネットの耳には届かない。彼女にとって、民衆は仕事の背景にすぎない。
「……十九」
鞭が唸り、汗と涙と血が混じる肌に最後の一打が刻まれた。叫びは短く、消えるようだった。
アネットは鞭を納め、記録官に目を向ける。
「処刑執行完了。異常なし。本日の執行は以上だ。解散せよ」
淡々と告げ、彼女は背を向ける。観衆の声は徐々に次の話題へ移っていく。
「毎週処刑を見ているのにそれでも罪を犯すなんて馬鹿だよな」
「まったくだぜ。だが今回は見応えがあったな。二人じゃ少ないと思ったが満足だ」
「鞭打ちと棒打ちならやっぱり鞭の方が興奮するよな」
誰もが、処罰の痛みより、その“見もの”としての価値を語っていた。
だが、処刑官は決して語らない。語ることを許されない職であり、処刑人アネットは、その沈黙を何より忠実に守る者だった。そんな彼女の横顔に熱い視線を向ける少女がいた。だがアネットがそれに気づくことはない。
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