断罪のゆりかご ―冷徹なる処刑官アネットと終焉の王国―

楠富 つかさ

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第一章 断罪の剣

第二話 矜持

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 ルーイェッジア王国、城門前広場。
 昼三つを回った鐘の音が消えると同時に、刑の執行が始まった。

「罪人シェイラは複数の民家への盗賊行為、住民への暴行の罪により、女王より棒打ち二十五回の刑を賜った。間違いないですね?」

 処刑人の問いに立会人である女神官が頷く。罪を犯した者に刑を下すのは女王の采配によるものだが、捕縛後から刑の執行までの期間、彼らの身柄は教会が預かる。彼らの教えにより救われる罪人がいるか否かは、神のみぞ知る。

「また女か。こないだの裸女より目つきがヤバいな」
「あれは棒じゃ生ぬるいだろ」
「まったくだ。あの棒で犯してしまえばいいのに」

 晒し台に拘束された女は、目を吊り上げ、周囲を睨みつけていた。筋肉質な肢体に乱れた赤毛、顔に走る傷が醸す野性。
 処刑官の黒い騎士服を纏うのは、アネットよりさらに若い少女だった。顔立ちはまだ幼さが残り、打棒の構えもどこかぎこちない。彼女――新米処刑官ティナは、緊張で棒を持つ手が汗ばむのを感じていた。木剣とも異なる太く重量のある丸い棒を構えて呼吸を整える。

「ルーイェッジア王国騎士団処刑官ティナ、執行します」

 跪かせていた罪人シェイラの背にティナがまっすぐに棒を振り下ろす。第一打、第二打と打ち付けていき、何事もなく刑の執行が遂行されるとティナにかすかな気のゆるみが生じた第十三打、罪人シェイラが暴れ始めたのだ。

「ナメんじゃねぇぞ、ガキがッ!」

 金属の擦れる音。拘束されていたはずの手枷が外れ、罪人シェイラが身を起こした。あっという間だった。棒を構えたティナに拳を振るい、石畳に打棒の落ちる鈍い音が響く。
 予期せぬ事態に倒れこむティナを見て観衆がどよめく。

「おいおい!」
「どうするつもりだ!」

 へたり込むティナに向けて、罪人シェイラは拾い上げた打棒を振りかざす。その刹那だった。

「…………がっ」

 ティナの頭上を一条の銀が閃いた。誰よりも冷静に、誰よりも無慈悲に、処刑人アネットの剣閃が罪人シェイラの首を落としたのだ。落ちた首がティナを見上げ、残された胴体が立ち尽くす。

「……ぁ。あぁ……」

 全身に返り血を浴びたティナは言葉を発することすらかなわない。

「ルーイェッジア王国騎士団処刑人アネットが――刑の執行を阻害し、処刑官への暴行を企図した罪により、罪人シェイラを斬首する」

 アネットの声は、驚くほど静かだった。その場にいた全員が、彼女の冷静さに言葉を失っていた。

「残る罪人に対する刑の執行は次回とする。構わないな?」
「はい。問題ありません」

 騒然とする処刑台の上でアネット以外にもう一人、冷静な人物がいた。立会人の神官であるフィリアだ。彼女は純白の神官服が血に濡れることも厭わず、転がった首を拾い上げ胴体は部下に運ぶよう命じた。慈愛に満ちた手で見開いたままだったシェイラの目を閉ざすと、アネットに一礼して去っていった。

「立てるか?」

 処刑台の傍ら、ティナは両手で顔を覆い嗚咽をあげていた。

「……ごめんなさい、ごめんなさい……わたし、失敗して……」

 だが、アネットは何も言わなかった。剣を拭い、鞘に納め、崩れ落ちる後輩の傍に立つ。その横顔に、怒りも慰めも、何も浮かんでいなかった。

「……次からは、拘束を自分で確認しろ」

 それだけを言い残し、アネットは背を向ける。向かう先は騎士団の詰所、若くして処刑執行における責任者を務めているアネットだが、騎士団において団長に対する報告義務は当然ある。
 詰所の入り口で要件を伝えるとすぐに団長室への入室が認められた。

「アネット・レイゼル――入ります」

 石造りの重厚感ある室内には執務机と書棚、そして簡易的な応接机が置かれている。
 部屋の主は金属鎧ではなく貴族礼装を纏う精悍な顔つきの偉丈夫、ルーイェッジア王国騎士団長にして一等爵位を持つ大貴族、サイモン・フォン・レイゼル――アネットの養父だ。

「報告は何だ?」
「本日、執行予定だった罪人は三名でしたが、一人目が執行中に抵抗、担当処刑官ティナ・ロッドフォールに暴行を加えたため斬首しました。また、残る二名については刑の執行を延期する判断を下しました」
「処刑妨害による斬首ならびに刑の執行延期について了解した。報告書は別途、記録官から上げさせるように。ロッドフォール処刑官は負傷しているのか」
「身体的な面では問題ありません。ただ、精神的に追い詰められているかと」
「上司として君に……いや、神官を手配しよう。報告は以上か? ならば下がれ」

 立ち上がり、一礼してから団長室を後にしようとするアネットにサイモンが声をかける。

「すまんがアネット、ティファーナに言伝を。今夜は遅くなる、と」
「かしこまりました、閣下。母上に伝えます」

 閉じた扉を見つめながら、サイモンは騎士団長としてではなく父親としてため息をこぼす。

「……もう父上とは呼んでくれないのか」

 アネットを養女として迎えて二十五年、実の娘のように愛しているアネットに処刑執行人という酷な仕事をさせていることに、サイモンはもう一つため息をこぼすのだった。
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