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第14話
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昨日のユミルさんとの会話が、ずっと胸の奥に澱のように溜まっている。
この世界は、ただ頑張っているだけでは守り切れないものがある。ユミルさんが妹たちを守るために差し出しているものの重さを考えると、自分が受けている液体生成の恩恵や、平和な宿の手伝いが、どこか浮ついたもののように思えてしまった。
「……シズク、顔色が悪いよ。昨日、なにかったのかい?」
隣を歩くリーシアさんが、心配そうに私の顔を覗き込む。彼女の紅色の瞳に見透かされているようで、私は慌てて首を振った。
「ううん、大丈夫。ただ……もっと強くなりたいなって、ちょっと思っただけ。だから、今日こそナイフを買い替えたいの」
「ふふ、いい心がけだ。六級になったお祝いも兼ねて、今日はちょっと奮発しようか。いい店を知ってるんだ」
リーシアさんに連れられてやってきたのは、大通りから少し外れた場所にある無骨な構えの武器屋だった。店内に一歩足を踏み入れると、鉄を叩く匂いと、油の混じった独特の熱気が肌をなでる。
「よお、リーシア。またいい女を連れてきたな」
カウンターの奥から現れたのは、これまた無骨を絵に描いたようなドワーフの店主だった。リーシアさんのような森猫族がいるのだから、ドワーフみたいな異世界の定番種族がいたって何ら不思議ではないのだけれど、ちょっとわくわくしてしまう。
リーシアさんは慣れた様子で私の大事な相棒だよと答え、私を棚の方へと促した。
そこには、これまで使っていた粗末なナイフとは比べものにならないほど、鋭く、美しい武器が並んでいた。
「シズク、これなんてどうだい? 鋼の質がいい。魔力伝導率も悪くないよ」
リーシアさんが手に取ったのは、小ぶりだがずっしりと重厚感のある一本だった。鞘から抜くと、鈍色の刀身が店内の明かりを冷たく反射する。指先で軽く触れそうになると、危ないよとリーシアに止められた。
「これまでのは切るための道具だったけど、これは奪うための武器だ。重さのバランスもいい。これなら、そうだな……ファングボアの毛皮だって、紙みたいに裂けるはずだよ」
ファングボアは私が前に農園の見張り以来を受けた時に農園を襲ってきた魔物。私は恐怖に立ちすくんで何もできなかった。これがあれば、あんな魔物とも――戦える。
「……これにする。これ、ください」
貯めてきた依頼の報酬も宿でのお駄賃も、そのほとんどが消えてしまったけれど、腰のベルトに新しい鞘を固定したとき、不思議な全能感が体を駆け巡った。レベルが6に上がり、お湯も出せるようになり、そしてこの鋭い鋼を手に入れた。
「似合ってるよ、シズク。なんだか、少しだけ冒険者らしくなったね」
「本当? もっと、そうなれるように頑張るから」
武器屋を出ると、外は眩しいほどの青空が広がっていた。新しいナイフの柄に触れるたび、自分が一段上のステージに上がったような気がして、私は何度もそれを確かめてしまう。
「ねぇ、リーシアさん。この後なんだけど……」
「悪い、シズク。今日はギルドから指名の依頼が入っててね。隣町まで隊商の護衛任務に参加しなきゃいけないんだ」
「そっか……。ううん、気にしないで。私は一人で、近くの森で薬草採取でもしてくるよ。このナイフの試し切りもしたいし、薬草なら今の私でも十分こなせるしね」
リーシアさんは少しだけ眉をひそめたが、今の私の、自信に満ちたように見えるはずの顔を見て、小さく頷いた。
「わかった。でも、絶対に深入りはするなよ? 大森林の入り口付近、あそこから先には絶対に行っちゃダメだ。ダンジョンなんてもってのほか、いいね?」
「わかってるってば! ファイアエレメントの熱で倒れるような真似はしないよ」
私がそう言うと、出会ったときのことを思い出してリーシアさんが苦い顔をする。
もっと強くなって、液体生成のスキルの可能性を見たい。そしていつか……リーシアさんやユミルさんと笑って過ごせる場所を作りたい。そんな決意を胸に私はギルドへ依頼の受託のために向かうのだった。
この世界は、ただ頑張っているだけでは守り切れないものがある。ユミルさんが妹たちを守るために差し出しているものの重さを考えると、自分が受けている液体生成の恩恵や、平和な宿の手伝いが、どこか浮ついたもののように思えてしまった。
「……シズク、顔色が悪いよ。昨日、なにかったのかい?」
隣を歩くリーシアさんが、心配そうに私の顔を覗き込む。彼女の紅色の瞳に見透かされているようで、私は慌てて首を振った。
「ううん、大丈夫。ただ……もっと強くなりたいなって、ちょっと思っただけ。だから、今日こそナイフを買い替えたいの」
「ふふ、いい心がけだ。六級になったお祝いも兼ねて、今日はちょっと奮発しようか。いい店を知ってるんだ」
リーシアさんに連れられてやってきたのは、大通りから少し外れた場所にある無骨な構えの武器屋だった。店内に一歩足を踏み入れると、鉄を叩く匂いと、油の混じった独特の熱気が肌をなでる。
「よお、リーシア。またいい女を連れてきたな」
カウンターの奥から現れたのは、これまた無骨を絵に描いたようなドワーフの店主だった。リーシアさんのような森猫族がいるのだから、ドワーフみたいな異世界の定番種族がいたって何ら不思議ではないのだけれど、ちょっとわくわくしてしまう。
リーシアさんは慣れた様子で私の大事な相棒だよと答え、私を棚の方へと促した。
そこには、これまで使っていた粗末なナイフとは比べものにならないほど、鋭く、美しい武器が並んでいた。
「シズク、これなんてどうだい? 鋼の質がいい。魔力伝導率も悪くないよ」
リーシアさんが手に取ったのは、小ぶりだがずっしりと重厚感のある一本だった。鞘から抜くと、鈍色の刀身が店内の明かりを冷たく反射する。指先で軽く触れそうになると、危ないよとリーシアに止められた。
「これまでのは切るための道具だったけど、これは奪うための武器だ。重さのバランスもいい。これなら、そうだな……ファングボアの毛皮だって、紙みたいに裂けるはずだよ」
ファングボアは私が前に農園の見張り以来を受けた時に農園を襲ってきた魔物。私は恐怖に立ちすくんで何もできなかった。これがあれば、あんな魔物とも――戦える。
「……これにする。これ、ください」
貯めてきた依頼の報酬も宿でのお駄賃も、そのほとんどが消えてしまったけれど、腰のベルトに新しい鞘を固定したとき、不思議な全能感が体を駆け巡った。レベルが6に上がり、お湯も出せるようになり、そしてこの鋭い鋼を手に入れた。
「似合ってるよ、シズク。なんだか、少しだけ冒険者らしくなったね」
「本当? もっと、そうなれるように頑張るから」
武器屋を出ると、外は眩しいほどの青空が広がっていた。新しいナイフの柄に触れるたび、自分が一段上のステージに上がったような気がして、私は何度もそれを確かめてしまう。
「ねぇ、リーシアさん。この後なんだけど……」
「悪い、シズク。今日はギルドから指名の依頼が入っててね。隣町まで隊商の護衛任務に参加しなきゃいけないんだ」
「そっか……。ううん、気にしないで。私は一人で、近くの森で薬草採取でもしてくるよ。このナイフの試し切りもしたいし、薬草なら今の私でも十分こなせるしね」
リーシアさんは少しだけ眉をひそめたが、今の私の、自信に満ちたように見えるはずの顔を見て、小さく頷いた。
「わかった。でも、絶対に深入りはするなよ? 大森林の入り口付近、あそこから先には絶対に行っちゃダメだ。ダンジョンなんてもってのほか、いいね?」
「わかってるってば! ファイアエレメントの熱で倒れるような真似はしないよ」
私がそう言うと、出会ったときのことを思い出してリーシアさんが苦い顔をする。
もっと強くなって、液体生成のスキルの可能性を見たい。そしていつか……リーシアさんやユミルさんと笑って過ごせる場所を作りたい。そんな決意を胸に私はギルドへ依頼の受託のために向かうのだった。
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