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静かにジャズが流れるフレンチレストランの一角。年の瀬の夜を彩る温かな照明が、三人の大人を優しく照らしていた。テーブルには前菜のプレートが並び、シャンパンのグラスには繊細な泡が立ち上る。
その三人とは佳子の両親である大波多俊介・秀美夫妻と佑奈の母である白石香だ。
俊介と秀美は慣れた様子でナプキンを広げていたが、対面に座る香は、少し落ち着かない様子で姿勢を正していた。こういった店には滅多に来ないためか、周囲の客層を意識してしまう。それでも、娘のことを話し合う場として招かれたのだから、堂々としていようと心を落ち着ける。
「——では佑奈さんから、うちの佳子と一緒に住みたいと話があったのですね?」
俊介が、軽い口調で話を振る。営業マンらしい柔らかい笑みを浮かべているが、その目はよく観察していた。
「え、ええ……」
香は小さく頷く。
「私も最初は驚いたんですけど……佑奈は本気みたいで。佳子さんが寂しそうだからって……」
その言葉に、俊介はほうと頷いて、シャンパンを一口飲む。
「寂しそうだから、ねぇ。それを言われるとこちらとしては心が痛いね」
「佳子は自分から寂しいなんて言う子じゃないけれど、佑奈さんには伝わったんでしょうね」
秀美が静かに呟いた。
「まあ、あの子は昔から妙に不器用だからなあ……」
俊介は肩を竦め、ナプキンを軽く折りたたむ。
「で、香さんはどう思われます? 娘さんが親元を離れることについて」
「……正直、不安です」
香は、グラスを持ち上げかけて、思い直したようにそっと戻した。
「佑奈はしっかりしている方だと思います。でも、やっぱり親元を離れるというのは……それなりに覚悟のいることですし……それに、私のような家の子が、こんな話を持ちかけてしまって、ご迷惑ではないかと……」
香が少し遠慮がちに言うと、俊介は苦笑しながら手を振った。
「いやいや、そのように恐縮されると、逆にこちらが困ってしまいますよ。佑奈さんが佳子のことを気にかけてくれてるのは、僕も素直に嬉しいです。実際、佳子にはこれまでほぼ一人暮らしみたいな生活をさせてしまっていますし……」
そう言いながら、俊介は少し自嘲気味にシャンパンを飲んだ。
「とはいえ……正直なところ、僕としては、よそ様の大事な娘さんを『お預かりします』って立場になるのは、ちょっと緊張しちゃうんですよ」
すると、秀美は俊介とは少し違う意見を口にした。
「かえって預かる方が気が楽よ。目が届くのだから。佳子と二人きりというのはやはり、ね。あの子には家事とかそういったものを教える間もなかったから……」
「それはまあ、そうだね。香さんはご存じか知りませんが、もともと佳子には寮のある学校へ進学するよう勧めていました」
俊介がそう話すと香は頷いた。
「星花女子学園ですね。佑奈は佳子さんと二人で、そこに合格したら一緒に住みたいと話しています」
既にその内容を聞いている秀美も頷く。
「寮に入ってもらった方がきちんと監督する責任者もいるし、我々としては安心なのですが、佳子本人も佑奈さんと暮らすことを望んでいますから、こういう時くらいは娘の想いを尊重したいです。とはいえ……大人の目がないところで、というのは心配が残りますね」
「ええ、それは私も考えました」
香は真剣な表情で続けた。
「だから、私も佑奈には本当に大丈夫?って何度も聞いたんです。親元を離れるって、ただ自由になることじゃないのよって。でも、ちゃんと考えてたんです。『お母さんが言いたいことはわかるけど、それでも佳子と一緒にいたい』って、あの子があんなにきっぱりとした物言いをするのは珍しくて……」
その言葉に、俊介は目を細めた。
「しっかりしたお子さんですね。それに、香さんは娘さんを信頼なさっている」
「ありがとうございます。……あの子には、苦労させてばかりでして」
香が微苦笑する。俊介は腕を組みながら、うーんと唸った。一拍の沈黙を破ったのは秀美だった。
「私たちはあの子に対して過保護だったのかもしれません。夫が海外へ赴任することになり、私たちは佳子を想って国内に残れるよう、寮に入るよう勧めました。ですが、それは佳子のためを思えば間違っていたのかもしれません。寂しい思いをさせてしまっていたのですね……」
「そうだね。佳子がこれから大人になっていくなら、親より友と過ごす時間も増えるでしょう。……僕たち夫婦が、子離れをする時期なのかもしれません。佳子が佑奈さんと暮らすことを受け入れたいと思います」
「……本当によろしいのですか?」
香が驚きながらも確認すると、俊介は肩を竦めた。
「そりゃあ、万が一のときは、親としてきっちり対応するのが前提ですけどね。もっと言えば、二人が星花女子学園に合格することが一番の前提ですね」
秀美も微笑みながら頷いた。
「ええ、もちろん。お互いに」
そう言って、秀美がグラスを持ち上げる。香は少し戸惑ったが、二人の視線を受けて、おずおずと自分のグラスを取った。
「では、二人の娘の成長をともに見守っていきましょう」
「そういうことで」
俊介がにっこりと笑い、三人のグラスが静かに触れ合う。小さな澄んだ音が、年の瀬の夜に心地よく響いた。
「「「乾杯」」」
その三人とは佳子の両親である大波多俊介・秀美夫妻と佑奈の母である白石香だ。
俊介と秀美は慣れた様子でナプキンを広げていたが、対面に座る香は、少し落ち着かない様子で姿勢を正していた。こういった店には滅多に来ないためか、周囲の客層を意識してしまう。それでも、娘のことを話し合う場として招かれたのだから、堂々としていようと心を落ち着ける。
「——では佑奈さんから、うちの佳子と一緒に住みたいと話があったのですね?」
俊介が、軽い口調で話を振る。営業マンらしい柔らかい笑みを浮かべているが、その目はよく観察していた。
「え、ええ……」
香は小さく頷く。
「私も最初は驚いたんですけど……佑奈は本気みたいで。佳子さんが寂しそうだからって……」
その言葉に、俊介はほうと頷いて、シャンパンを一口飲む。
「寂しそうだから、ねぇ。それを言われるとこちらとしては心が痛いね」
「佳子は自分から寂しいなんて言う子じゃないけれど、佑奈さんには伝わったんでしょうね」
秀美が静かに呟いた。
「まあ、あの子は昔から妙に不器用だからなあ……」
俊介は肩を竦め、ナプキンを軽く折りたたむ。
「で、香さんはどう思われます? 娘さんが親元を離れることについて」
「……正直、不安です」
香は、グラスを持ち上げかけて、思い直したようにそっと戻した。
「佑奈はしっかりしている方だと思います。でも、やっぱり親元を離れるというのは……それなりに覚悟のいることですし……それに、私のような家の子が、こんな話を持ちかけてしまって、ご迷惑ではないかと……」
香が少し遠慮がちに言うと、俊介は苦笑しながら手を振った。
「いやいや、そのように恐縮されると、逆にこちらが困ってしまいますよ。佑奈さんが佳子のことを気にかけてくれてるのは、僕も素直に嬉しいです。実際、佳子にはこれまでほぼ一人暮らしみたいな生活をさせてしまっていますし……」
そう言いながら、俊介は少し自嘲気味にシャンパンを飲んだ。
「とはいえ……正直なところ、僕としては、よそ様の大事な娘さんを『お預かりします』って立場になるのは、ちょっと緊張しちゃうんですよ」
すると、秀美は俊介とは少し違う意見を口にした。
「かえって預かる方が気が楽よ。目が届くのだから。佳子と二人きりというのはやはり、ね。あの子には家事とかそういったものを教える間もなかったから……」
「それはまあ、そうだね。香さんはご存じか知りませんが、もともと佳子には寮のある学校へ進学するよう勧めていました」
俊介がそう話すと香は頷いた。
「星花女子学園ですね。佑奈は佳子さんと二人で、そこに合格したら一緒に住みたいと話しています」
既にその内容を聞いている秀美も頷く。
「寮に入ってもらった方がきちんと監督する責任者もいるし、我々としては安心なのですが、佳子本人も佑奈さんと暮らすことを望んでいますから、こういう時くらいは娘の想いを尊重したいです。とはいえ……大人の目がないところで、というのは心配が残りますね」
「ええ、それは私も考えました」
香は真剣な表情で続けた。
「だから、私も佑奈には本当に大丈夫?って何度も聞いたんです。親元を離れるって、ただ自由になることじゃないのよって。でも、ちゃんと考えてたんです。『お母さんが言いたいことはわかるけど、それでも佳子と一緒にいたい』って、あの子があんなにきっぱりとした物言いをするのは珍しくて……」
その言葉に、俊介は目を細めた。
「しっかりしたお子さんですね。それに、香さんは娘さんを信頼なさっている」
「ありがとうございます。……あの子には、苦労させてばかりでして」
香が微苦笑する。俊介は腕を組みながら、うーんと唸った。一拍の沈黙を破ったのは秀美だった。
「私たちはあの子に対して過保護だったのかもしれません。夫が海外へ赴任することになり、私たちは佳子を想って国内に残れるよう、寮に入るよう勧めました。ですが、それは佳子のためを思えば間違っていたのかもしれません。寂しい思いをさせてしまっていたのですね……」
「そうだね。佳子がこれから大人になっていくなら、親より友と過ごす時間も増えるでしょう。……僕たち夫婦が、子離れをする時期なのかもしれません。佳子が佑奈さんと暮らすことを受け入れたいと思います」
「……本当によろしいのですか?」
香が驚きながらも確認すると、俊介は肩を竦めた。
「そりゃあ、万が一のときは、親としてきっちり対応するのが前提ですけどね。もっと言えば、二人が星花女子学園に合格することが一番の前提ですね」
秀美も微笑みながら頷いた。
「ええ、もちろん。お互いに」
そう言って、秀美がグラスを持ち上げる。香は少し戸惑ったが、二人の視線を受けて、おずおずと自分のグラスを取った。
「では、二人の娘の成長をともに見守っていきましょう」
「そういうことで」
俊介がにっこりと笑い、三人のグラスが静かに触れ合う。小さな澄んだ音が、年の瀬の夜に心地よく響いた。
「「「乾杯」」」
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