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君の光に憧れて
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「卒業おめでとう。真白」
青空の見える教室に、私の大切な人の声が響く。メゾソプラノの音色が私の耳朶を打つ。
「私からもおめでとう。陽乃ちゃん」
私の目の前にいる少女、冴島陽乃は私の幼馴染みで唯一の親友。文武両道、容姿端麗を地で行くお嬢様の少女で、社交的で物怖じしない性格。容姿だって素晴らしい。
艶のある黒髪は白磁のような肌との好対照を描き、整った目鼻立ちは愛らしさの中に凛々しくも見える。その体躯も、私より少しだけ高い身長にきれいな手足。腰も細いのに出るとこは出ている。その上、勤勉で実直、スポーツも人並み以上に出来る。
弱点を絶対に見せない。いや、あるのかも分からない。私の対極にいる少女。
「真白と同じ学校、嬉しいよ」
「私が陽乃ちゃんに追い付けるのは、勉強くらいだから」
本当なら彼女を推薦で入学させたい高校は沢山あったのだろう。特待生にだってなれる筈だったのに、陽乃ちゃんがその引く手を振り払ってまで、地元の公立高校に進んでくれることが何よりも嬉しかった。だから、頑張って勉強した。
たとえ越えることが出来なくても並んでいたかったから…。そして今日が中学校の卒業式。一緒にいた時間をもう一度刻むように、私たちは夢中で語り合った。
あれから何日が経ったのだろうか。暖かいこの地方では桜は花を散らせ、青々と葉を繁らせ木陰を広げている。通っていた中学はセーラー服だったが、高校からはブレザーだ。慣れないネクタイに苦戦しながらも高校生活がスタートを切った。陽乃ちゃんのブレザー姿は、それはもう似合っていて綺麗だった。思わず見惚れるほどには。新入生代表の挨拶をした時の凛然とした姿は未だ目蓋にくっきり残っている。
そんな陽乃ちゃんとは幸い、同じクラスになれた。暮井姓の私と冴島姓の陽乃ちゃんの間には誰もいない。行事などで二列に並ぶ時は隣にいてくれる。ただ、そういった時は基本的に学級委員として前にいることも多い。さらに教室では、出席番号10番の私は最後尾で11番の陽乃ちゃんは最前列に席があるのだ。
同じ教室なのに…あまりに遠い。美人で性格もよく運動も出来る陽乃ちゃんは大人気だ。嫉妬する人だっているもけれど、その人たちをも許す心の広さを持っている。その心の広さに嫉妬していた人も次第に好意を抱くようになる。陽乃ちゃんを見ていると、本当にそういうことが起きるのだ。
だから、彼女の周りはいつも人が居て、笑顔が溢れている。そんな彼女に何度か手招きをされたことがある。会話に入ってこないの? と。私はそれに応じることができなかった。口下手で人見知りの私には、多人数での会話に加わる勇気がなかったのだ。そんな日の帰り道には、陽乃ちゃんは必ず言うことがある。今日だってそうだ。
「真白はもう少し友達いないとダメだよ。私だって風邪を引いたり用事であったり、学校を休むことだって有り得るんだよ?」
まるで自分がいなくなってしまうような言い草に、私は決まってこう返す。
「友達なんて、陽乃ちゃんがいてくれればそれでいいもん」
そうすると陽乃ちゃんは困ったようで、それでいて嬉しそうにはにかむ。
春風が遅咲きの桜をのせて去っていく。見上げれば澄みわたる青空が広がっている。一点の曇りもない快晴……私の心は、どうなんだろう?
ゴールデンウィークは一度しか陽乃ちゃんにあうことが出来なかった。東京に住む伯父さんが亡くなり、家族揃って通夜本葬儀の仕度に駆り出されたそうだ。連休が明けて帰ってくると、少しだけ疲れた表情をしていたが、無理やり、
「伯父さんの奥さんがお礼に、お金を沢山くれたの。金額も金額だし、夏休みにどこかいこうね」
そう笑ってみせたのだ。弱みを見せないのが冴島陽乃という女の子なのだ。でも、少しくらい心配させてほしい。頼りにしてほしい。もしかしたら、彼女はどこかで私を信じきっていないのかもしれない。そんな考えが脳裏に浮かんでしまった。
「どうしたの?」
「ううん。なんでもない。ただ、中間試験が不安だなぁって……」
間違ってもそんなこと考えちゃいけない。陽乃ちゃんを疑うなんて絶対にダメ。そんなことしたら、自分自身の存在意義を失いかねないのだもの。何があっても陽乃ちゃんの側にいる。だって、いてもいいと認めてくれる唯一の人なんだから。五月晴れの空のように、一点の曇りもなく陽乃ちゃんを信じる。だって陽乃ちゃんは私の太陽だから。
「ねぇ真白。中間試験前にクラスの女の子達で、勉強会をしようってなったの。真白も来てくれないかなぁ?」
「え!? そんなの無理だよぉ。行っても迷惑なだけだって!」
「え~。私のお願い聞いてくれないの?」
何でこんなに断りにくい言い方をするのかなぁ……。断りたくないけど、何人規模の勉強会なんだろう?
「えっと、日付と場所と参加人数によっては参加できるかも……」
「日付は……来週の日曜日。いつも私が教室で話すメンツだから六人くらいの参加かな。場所なら、私の家なら来てくれる?」
「考えとくね……」
そう言ってその場は濁したけど、本当は行きたくなくなった。だって、陽乃ちゃんが教室で話す女の子って、少しだけ恐い感じがするもの。上背のある体育会系の女の子たちで、眉毛も加工した感じだし、髪も先端が染めたような茶色。見た目で判断するのはいけないと分かっているけど、中学時代は荒れていたんだと思う。進学校に進むだけの学力はあるのに……。結局、私は勉強会当日にドタキャンをしてしまったのだった。
それが原因だったのかは私には分からない。六月に入ると、そこはかとなく私に対する様子が変わりつつあった。話しかけても返答しない。肩を叩くくらいしないと、気付いた様子を見せないのだ。一応、謝るものの、その白々しさは素人目にも演技だと分かる。あの人たちは意図して私を無視している。それも決まって、陽乃ちゃんがいない時だ。昨日からは足を掛けるといういじめの典型が始まった。陽乃ちゃんは生徒会の選挙に関する集まりで、一緒に帰れないから相談出来ないでいる。
「浮かない顔してるね?」
朝は一緒に登校できるので、この時間だけが私にとっての救いだ。でも、陽乃ちゃんに要らない心配をかけたくない……。今日も今日とて雨が降る中、なんでもないと言って私たちは正門を通り靴箱で上履きを履き教室へ向かう。ただ、教室へ行っても厳しい現実が待っているだけだ。席替えの結果、私と陽乃ちゃんの距離はさらに広がってしまった。その上、周りにいるのは件の体育会系の女子ばかりだ。ため息を堪えて席に着く。舌打ちが聞えた気がしたが気のせいだ。……なんてことはなかった。
「また陽乃と登校? 今更だけど、何でアンタみたいな無価値な人間が陽乃といるの? 意味不明なんですけど?」
今、陽乃は日直の仕事でこの場にいない。とうとう仕掛けてきたようだ。正直、言っている内容は私も聞きたいくらいのものだ。何故、無価値な私に陽乃ちゃんは優しくしてくれるのか。認めてくれるのか。
「なに黙ってんの? ねぇ?」
周囲から嘲笑の声が聞える。結局、先生が来るまで私は罵倒され続けた。その日の夜、陽乃ちゃんから心配だという内容が綴られたメールが届いたが、大丈夫だと返信した。信じてもらえたかは分からないが。翌日から、いじめはもっと分かりやすいものになった。運動部系の女子を中心に、陽乃ちゃんがいないタイミングを見計らって嘲り、罵り、ものを隠すようなことをされた。文化部派の女の子たち――中心人物は合唱部の下野さん――が助けてくれる時もあったが、あの発言を理由に私から文化部派の助けは断っている。
――このいじめの裏に、冴島さんが関わっていると思うの。彼女、自分の手を汚すようには見えないし……――
陽乃ちゃんを疑う人間は大嫌いだ。陽乃ちゃんを信頼しているという観点だけなら、あのいじめっ子たちの方が私に近い。陽乃ちゃんには友達が沢山いる。その誰とも良好な関係を築くのが彼女の在り方。それを私のせいで崩すのは絶対にあってはならない。だから、陽乃ちゃんのために三年くらい棒に振るくらいの覚悟はある。私を認めてくれる唯一の親友を悲しませないためにも。……今日も、空に広がる雲は重苦しく……黒い。
もう七月だ……。夏休みが明ければいじめっ子たちの関心も、どこか別の方向に向くのではなかろうか。そんな望み薄な考えも浮くくらいに、夏休みが近付いてきている。だが、今日も今日とて罵られる。……陽乃ちゃんは生徒会の仕事だ。選挙の結果、副会長に就任した彼女は今、かなり忙しい。
「相変わらず価値のない人間ね。アンタは。陽乃は毎日忙しいのに、あんたは何も貢献していない。社会の歯車にすら成れない無価値な人間」
社会の歯車にも成れない……ね。段々言い回しが凝ってきているのは彼女らの趣味だろうか。
「取り得も個性もないアンタに、生きている意味なんてあるの?」
「私みたいにとりえも個性もない人間が陽乃ちゃんの側にいていいはずがなにのにね……何で生きているんだろう、私……」
長い罵倒は一種の暗示になる……かもしれない。今、自分が存在している意味を失いかけている……。誰も助けてはくれない。
「私の大切な人に無価値だなんて言わないで! 誰であっても、私が認めない!」
うぅん、心の中だけでも助けてくれる人がいる。この声は……幻聴なのだろう。その声の主は今、ここに居ないのだから……。
「ごめんね、真白…私のせいで……」
ぎゅっと抱き締めてくれる温かな感触。すぐに上品な花の香りに包まれる。今、私は陽乃ちゃんに抱き締められている? どうして、陽乃ちゃんがここに?
「気付いてあげられなくて、本当にごめんね。真白のこと、大好きなのに」
陽乃ちゃんの双眸に映る自らの瞳に光が戻るのが見て取れた。私、死んだような目をしていたんだ……。気付かなかった……。
「真白に嫌な思いさせて、私……最悪だよ。下野さんに聞かなかったら気付けなかったと思う……。だからね、これからはずっと側に居る。これからはずっと側に居る。真白のこと、大好き、愛してる」
「陽乃ちゃん? それって……」
「……こういうこと」
唇に触れる温かく柔らかな感触。周囲の目なんて気にせずに、ぎこちないキスをする親友が堪らなく愛おしい。
「私も陽乃ちゃんのこと大好き。陽乃ちゃんがいないと私……生きていけないもん」
「ありがとう……真白」
唯一、私を認めてくれる親友が私を愛してくれる。最高の幸せだ。だから、もう何も怖くない。
結局、陽乃ちゃんがいじめっ子と縁を切ることで、いじめに幕が引かれた。さらに、夏休みに入る直前の終業式で陽乃ちゃんは生徒会副会長を辞任した。理由は、教室内でキスをするという風紀を著しく乱す行動の責任を取る、であった。そんなある種、勇者じみた辞任表明を済ませた陽乃ちゃんを見る私は、今までとは違う。だって、壇上から降りたあの勇者の、ガールフレンドなのだから。そして……
「はい、あーん」
「ん。美味しい」
季節は秋へと移り文化祭シーズンとなった。夏休み明けの始業式、陽乃ちゃんは生徒会副会長に復帰した。会長が辞任届けを受理しなかったのだ。
「完璧な人間などいない。だから多少風紀を乱すのも仕方ない。故に、冴島陽乃を生徒会副会長として任命し続ける。賛成者は拍手を」
あの時、拍手が響かなかったら会長の面目は丸つぶれだっただろうと思う。でも、陽乃ちゃんの仕事の出来や生来の真面目さを知っている人を中心に拍手が響き、今も陽乃ちゃんは副会長として働いている。
「次は……劇でも見に行く?」
文化祭実行委員長と書かれた腕章をしているが、完全にオフモードな陽乃ちゃんに私も笑みをこぼす。
「陽乃ちゃん、お仕事は?」
「ふふふ、私は仕事より家庭を優先させるのよ」
そう言いながら陽乃ちゃんはさっきまで食べていたドーナツの包み紙をゴミ箱へ入れる。
「で、劇は見に行くの? 吹奏楽まで待つのもいいけど」
陽乃ちゃんに再度尋ねられて考える。そうだなぁ……
「二人きりでいたいなぁ」
「仰せのままに、だね」
満面の笑みを浮かべる陽乃ちゃんと、腕を組んで手も繋ぐ。ふわりと花の香りがする。全てが円満にいったわけじゃないけれど、下野さんを中心とした文化部派の女の子たちとは仲良くなれた。特に漫研の女の子とは。理由は……取材、かな。まだ運動部派の女の子たちとの間には亀裂がある。だからまだ、円満とは言えない。それでも、今は陽乃ちゃんの温かさと優しさに甘えてもいいと思うの。
「陽乃ちゃん」
「ん? どうしたの?」
「大好き」
「私も、だよ。真白」
うん。今はこれでいい。これがいいの。
青空の見える教室に、私の大切な人の声が響く。メゾソプラノの音色が私の耳朶を打つ。
「私からもおめでとう。陽乃ちゃん」
私の目の前にいる少女、冴島陽乃は私の幼馴染みで唯一の親友。文武両道、容姿端麗を地で行くお嬢様の少女で、社交的で物怖じしない性格。容姿だって素晴らしい。
艶のある黒髪は白磁のような肌との好対照を描き、整った目鼻立ちは愛らしさの中に凛々しくも見える。その体躯も、私より少しだけ高い身長にきれいな手足。腰も細いのに出るとこは出ている。その上、勤勉で実直、スポーツも人並み以上に出来る。
弱点を絶対に見せない。いや、あるのかも分からない。私の対極にいる少女。
「真白と同じ学校、嬉しいよ」
「私が陽乃ちゃんに追い付けるのは、勉強くらいだから」
本当なら彼女を推薦で入学させたい高校は沢山あったのだろう。特待生にだってなれる筈だったのに、陽乃ちゃんがその引く手を振り払ってまで、地元の公立高校に進んでくれることが何よりも嬉しかった。だから、頑張って勉強した。
たとえ越えることが出来なくても並んでいたかったから…。そして今日が中学校の卒業式。一緒にいた時間をもう一度刻むように、私たちは夢中で語り合った。
あれから何日が経ったのだろうか。暖かいこの地方では桜は花を散らせ、青々と葉を繁らせ木陰を広げている。通っていた中学はセーラー服だったが、高校からはブレザーだ。慣れないネクタイに苦戦しながらも高校生活がスタートを切った。陽乃ちゃんのブレザー姿は、それはもう似合っていて綺麗だった。思わず見惚れるほどには。新入生代表の挨拶をした時の凛然とした姿は未だ目蓋にくっきり残っている。
そんな陽乃ちゃんとは幸い、同じクラスになれた。暮井姓の私と冴島姓の陽乃ちゃんの間には誰もいない。行事などで二列に並ぶ時は隣にいてくれる。ただ、そういった時は基本的に学級委員として前にいることも多い。さらに教室では、出席番号10番の私は最後尾で11番の陽乃ちゃんは最前列に席があるのだ。
同じ教室なのに…あまりに遠い。美人で性格もよく運動も出来る陽乃ちゃんは大人気だ。嫉妬する人だっているもけれど、その人たちをも許す心の広さを持っている。その心の広さに嫉妬していた人も次第に好意を抱くようになる。陽乃ちゃんを見ていると、本当にそういうことが起きるのだ。
だから、彼女の周りはいつも人が居て、笑顔が溢れている。そんな彼女に何度か手招きをされたことがある。会話に入ってこないの? と。私はそれに応じることができなかった。口下手で人見知りの私には、多人数での会話に加わる勇気がなかったのだ。そんな日の帰り道には、陽乃ちゃんは必ず言うことがある。今日だってそうだ。
「真白はもう少し友達いないとダメだよ。私だって風邪を引いたり用事であったり、学校を休むことだって有り得るんだよ?」
まるで自分がいなくなってしまうような言い草に、私は決まってこう返す。
「友達なんて、陽乃ちゃんがいてくれればそれでいいもん」
そうすると陽乃ちゃんは困ったようで、それでいて嬉しそうにはにかむ。
春風が遅咲きの桜をのせて去っていく。見上げれば澄みわたる青空が広がっている。一点の曇りもない快晴……私の心は、どうなんだろう?
ゴールデンウィークは一度しか陽乃ちゃんにあうことが出来なかった。東京に住む伯父さんが亡くなり、家族揃って通夜本葬儀の仕度に駆り出されたそうだ。連休が明けて帰ってくると、少しだけ疲れた表情をしていたが、無理やり、
「伯父さんの奥さんがお礼に、お金を沢山くれたの。金額も金額だし、夏休みにどこかいこうね」
そう笑ってみせたのだ。弱みを見せないのが冴島陽乃という女の子なのだ。でも、少しくらい心配させてほしい。頼りにしてほしい。もしかしたら、彼女はどこかで私を信じきっていないのかもしれない。そんな考えが脳裏に浮かんでしまった。
「どうしたの?」
「ううん。なんでもない。ただ、中間試験が不安だなぁって……」
間違ってもそんなこと考えちゃいけない。陽乃ちゃんを疑うなんて絶対にダメ。そんなことしたら、自分自身の存在意義を失いかねないのだもの。何があっても陽乃ちゃんの側にいる。だって、いてもいいと認めてくれる唯一の人なんだから。五月晴れの空のように、一点の曇りもなく陽乃ちゃんを信じる。だって陽乃ちゃんは私の太陽だから。
「ねぇ真白。中間試験前にクラスの女の子達で、勉強会をしようってなったの。真白も来てくれないかなぁ?」
「え!? そんなの無理だよぉ。行っても迷惑なだけだって!」
「え~。私のお願い聞いてくれないの?」
何でこんなに断りにくい言い方をするのかなぁ……。断りたくないけど、何人規模の勉強会なんだろう?
「えっと、日付と場所と参加人数によっては参加できるかも……」
「日付は……来週の日曜日。いつも私が教室で話すメンツだから六人くらいの参加かな。場所なら、私の家なら来てくれる?」
「考えとくね……」
そう言ってその場は濁したけど、本当は行きたくなくなった。だって、陽乃ちゃんが教室で話す女の子って、少しだけ恐い感じがするもの。上背のある体育会系の女の子たちで、眉毛も加工した感じだし、髪も先端が染めたような茶色。見た目で判断するのはいけないと分かっているけど、中学時代は荒れていたんだと思う。進学校に進むだけの学力はあるのに……。結局、私は勉強会当日にドタキャンをしてしまったのだった。
それが原因だったのかは私には分からない。六月に入ると、そこはかとなく私に対する様子が変わりつつあった。話しかけても返答しない。肩を叩くくらいしないと、気付いた様子を見せないのだ。一応、謝るものの、その白々しさは素人目にも演技だと分かる。あの人たちは意図して私を無視している。それも決まって、陽乃ちゃんがいない時だ。昨日からは足を掛けるといういじめの典型が始まった。陽乃ちゃんは生徒会の選挙に関する集まりで、一緒に帰れないから相談出来ないでいる。
「浮かない顔してるね?」
朝は一緒に登校できるので、この時間だけが私にとっての救いだ。でも、陽乃ちゃんに要らない心配をかけたくない……。今日も今日とて雨が降る中、なんでもないと言って私たちは正門を通り靴箱で上履きを履き教室へ向かう。ただ、教室へ行っても厳しい現実が待っているだけだ。席替えの結果、私と陽乃ちゃんの距離はさらに広がってしまった。その上、周りにいるのは件の体育会系の女子ばかりだ。ため息を堪えて席に着く。舌打ちが聞えた気がしたが気のせいだ。……なんてことはなかった。
「また陽乃と登校? 今更だけど、何でアンタみたいな無価値な人間が陽乃といるの? 意味不明なんですけど?」
今、陽乃は日直の仕事でこの場にいない。とうとう仕掛けてきたようだ。正直、言っている内容は私も聞きたいくらいのものだ。何故、無価値な私に陽乃ちゃんは優しくしてくれるのか。認めてくれるのか。
「なに黙ってんの? ねぇ?」
周囲から嘲笑の声が聞える。結局、先生が来るまで私は罵倒され続けた。その日の夜、陽乃ちゃんから心配だという内容が綴られたメールが届いたが、大丈夫だと返信した。信じてもらえたかは分からないが。翌日から、いじめはもっと分かりやすいものになった。運動部系の女子を中心に、陽乃ちゃんがいないタイミングを見計らって嘲り、罵り、ものを隠すようなことをされた。文化部派の女の子たち――中心人物は合唱部の下野さん――が助けてくれる時もあったが、あの発言を理由に私から文化部派の助けは断っている。
――このいじめの裏に、冴島さんが関わっていると思うの。彼女、自分の手を汚すようには見えないし……――
陽乃ちゃんを疑う人間は大嫌いだ。陽乃ちゃんを信頼しているという観点だけなら、あのいじめっ子たちの方が私に近い。陽乃ちゃんには友達が沢山いる。その誰とも良好な関係を築くのが彼女の在り方。それを私のせいで崩すのは絶対にあってはならない。だから、陽乃ちゃんのために三年くらい棒に振るくらいの覚悟はある。私を認めてくれる唯一の親友を悲しませないためにも。……今日も、空に広がる雲は重苦しく……黒い。
もう七月だ……。夏休みが明ければいじめっ子たちの関心も、どこか別の方向に向くのではなかろうか。そんな望み薄な考えも浮くくらいに、夏休みが近付いてきている。だが、今日も今日とて罵られる。……陽乃ちゃんは生徒会の仕事だ。選挙の結果、副会長に就任した彼女は今、かなり忙しい。
「相変わらず価値のない人間ね。アンタは。陽乃は毎日忙しいのに、あんたは何も貢献していない。社会の歯車にすら成れない無価値な人間」
社会の歯車にも成れない……ね。段々言い回しが凝ってきているのは彼女らの趣味だろうか。
「取り得も個性もないアンタに、生きている意味なんてあるの?」
「私みたいにとりえも個性もない人間が陽乃ちゃんの側にいていいはずがなにのにね……何で生きているんだろう、私……」
長い罵倒は一種の暗示になる……かもしれない。今、自分が存在している意味を失いかけている……。誰も助けてはくれない。
「私の大切な人に無価値だなんて言わないで! 誰であっても、私が認めない!」
うぅん、心の中だけでも助けてくれる人がいる。この声は……幻聴なのだろう。その声の主は今、ここに居ないのだから……。
「ごめんね、真白…私のせいで……」
ぎゅっと抱き締めてくれる温かな感触。すぐに上品な花の香りに包まれる。今、私は陽乃ちゃんに抱き締められている? どうして、陽乃ちゃんがここに?
「気付いてあげられなくて、本当にごめんね。真白のこと、大好きなのに」
陽乃ちゃんの双眸に映る自らの瞳に光が戻るのが見て取れた。私、死んだような目をしていたんだ……。気付かなかった……。
「真白に嫌な思いさせて、私……最悪だよ。下野さんに聞かなかったら気付けなかったと思う……。だからね、これからはずっと側に居る。これからはずっと側に居る。真白のこと、大好き、愛してる」
「陽乃ちゃん? それって……」
「……こういうこと」
唇に触れる温かく柔らかな感触。周囲の目なんて気にせずに、ぎこちないキスをする親友が堪らなく愛おしい。
「私も陽乃ちゃんのこと大好き。陽乃ちゃんがいないと私……生きていけないもん」
「ありがとう……真白」
唯一、私を認めてくれる親友が私を愛してくれる。最高の幸せだ。だから、もう何も怖くない。
結局、陽乃ちゃんがいじめっ子と縁を切ることで、いじめに幕が引かれた。さらに、夏休みに入る直前の終業式で陽乃ちゃんは生徒会副会長を辞任した。理由は、教室内でキスをするという風紀を著しく乱す行動の責任を取る、であった。そんなある種、勇者じみた辞任表明を済ませた陽乃ちゃんを見る私は、今までとは違う。だって、壇上から降りたあの勇者の、ガールフレンドなのだから。そして……
「はい、あーん」
「ん。美味しい」
季節は秋へと移り文化祭シーズンとなった。夏休み明けの始業式、陽乃ちゃんは生徒会副会長に復帰した。会長が辞任届けを受理しなかったのだ。
「完璧な人間などいない。だから多少風紀を乱すのも仕方ない。故に、冴島陽乃を生徒会副会長として任命し続ける。賛成者は拍手を」
あの時、拍手が響かなかったら会長の面目は丸つぶれだっただろうと思う。でも、陽乃ちゃんの仕事の出来や生来の真面目さを知っている人を中心に拍手が響き、今も陽乃ちゃんは副会長として働いている。
「次は……劇でも見に行く?」
文化祭実行委員長と書かれた腕章をしているが、完全にオフモードな陽乃ちゃんに私も笑みをこぼす。
「陽乃ちゃん、お仕事は?」
「ふふふ、私は仕事より家庭を優先させるのよ」
そう言いながら陽乃ちゃんはさっきまで食べていたドーナツの包み紙をゴミ箱へ入れる。
「で、劇は見に行くの? 吹奏楽まで待つのもいいけど」
陽乃ちゃんに再度尋ねられて考える。そうだなぁ……
「二人きりでいたいなぁ」
「仰せのままに、だね」
満面の笑みを浮かべる陽乃ちゃんと、腕を組んで手も繋ぐ。ふわりと花の香りがする。全てが円満にいったわけじゃないけれど、下野さんを中心とした文化部派の女の子たちとは仲良くなれた。特に漫研の女の子とは。理由は……取材、かな。まだ運動部派の女の子たちとの間には亀裂がある。だからまだ、円満とは言えない。それでも、今は陽乃ちゃんの温かさと優しさに甘えてもいいと思うの。
「陽乃ちゃん」
「ん? どうしたの?」
「大好き」
「私も、だよ。真白」
うん。今はこれでいい。これがいいの。
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