差し伸べられなかった手で空を覆った

楠富 つかさ

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彼女の全生涯は死に対する準備なり

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 バレンタインに向けて理想のチョコに思いを馳せる二月初旬、当たり前のように彩瑛さんの部屋へ一緒に帰ってきたわたしに、彩瑛さんから衝撃の一言を突き付けられる。

「来月、両親が一時帰国するから私物を全部撤去してくれる?」
「……そっか」

 あまりに当然のこととして告げられたので、わたしも当然のこととして受け入れるより他なかった。食器類や調理器具、彩瑛さんが買ったコスプレ衣装や下着類、お揃いのアクセサリー……一度に持ち帰れないから少しずつ、まるで時を巻き戻すかのようにわたしがいた痕跡がなくなっていく。
 短い二月が終盤に差し掛かる頃には、初めて訪れた頃と相違ないほどに寂しい部屋になってしまった。

「残ったのはこのこたつだけね」
「それは、彩瑛さんのために買ったものだし……」
「愛弥がプレゼントしたかったのは、こたつの温もりであってこれそのものじゃないでしょう? それに、私の通販アカウントで決済しているのだもの。所有者として私が、愛弥に持っていて欲しいと思ったの」

 思い出を切り離すようにしていく彩瑛さんに、わたしは離れ離れになってしまうことをうっすらと察していた。けれど、この時のわたしは今生の別れになるなんて……そこまでのことは考えていなかったんだ。


 二月最後の土曜日、わたしは彩瑛さんから呼び出されて彩瑛さんの部屋を訪ねた。私物が減っていくにつれ、彩瑛さんの部屋はわたしの帰るべき場所ではなくなっていき、足が向く頻度は減っていた。その分、チョコレート作りに専念でき、彩瑛さんも納得するできのチョコレートを渡せたのだが……。

「彩瑛さーん?」

 合鍵で部屋に入ると、部屋は冷え込んでいてコートを脱がずにリビングへ向かった。

「……愛弥」

 彩瑛さんは土曜だというのに制服をきちっと着込み、バルコニーの手すりに背中を預けながらわたしの名前を呼んだ。

「どうしたの? なんで制服? ていうか、風邪ひいちゃうよ。七月のあの時みたいに」
「そうね……初めて愛弥にキスしたのも風邪をひいていた時だった。あの後、愛弥が風邪をひくから私、学校サボったのよね」

 わたしが風邪で休んでいた時、彩瑛さんも学校を休んでいたなんてそれは初耳だった。彩瑛さんなら一人でも平気だと思っていたけれど……そうじゃなかったんだ。

「貴女の顔を見たら躊躇うかと思ったけど、むしろ覚悟決まったわね。……気づいたのよ、人は死ぬために生きているって。……私は美しいまま死にたい」
「何を言ってるの!! 彩瑛さんならいつまで経っても美しいわ! ヒヤシンス……ヒヤシンスを見に行こうって約束したじゃない! わたしの誕生日だってある、二年生になれば修学旅行だってあるのよ!! まだ死ぬことないわよ!! ……なんで、そんな優しい顔してるの」

 冬の低い空は雲が覆っていて、それでも彼女の儚く美しい姿は輝いて見えて……その表情に思わずつばを飲み込んだ。

「文化祭で展示した貴女の絵、本当に素敵だったわ。遺影は写真よりあの絵がいいわね」
「本当にやめて、彩瑛さん……彩瑛さんがわたしのすべてなの。行かないで……!!」

 わたしが何か言うたびに、彩瑛さんは飛び降りの準備を進める。もう、手すりに腰かけて、こちらを見下ろしている。

「愛弥……ばいばい」
「彩瑛さぁぁん!!!!」

 駆け出す。

 手を伸ばす。

 この手は届かない。

 木の葉のように彩瑛さんが落ちていく。

 見下ろす先に赤が滲む。

 一輪の真っ赤な美しい花。

 その毒でわたしを蝕み苦しめる。

 ヒガンバナ。

 愛しい彼女の最期は彼女の愛した花のようだった。
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