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肆章
其の三
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※※※ 暴力描写、男性同士の性描写が含まれます。苦手なかたはご注意ください ※※※
最奥は、普段ならば客人を入れることのない天明の私室である。ふすまの取っ手に金輪を取り付け、南京錠で鍵をかけたその部屋は、天明の気が向いたときにだけ使用される場所だった。
耀が錠を外し、ふすまを開いて招き入れる。八畳ほどの部屋には窓がない。洋灯に明かりをともすと、板張りの床がぼうと光を跳ね返した。部屋の隅にはいくつもの葛籠と空の盥が放置されている。
部屋の中央やや奥側には、楔の打たれた柱が一本。入口の脇には小さな別室があり、海外の技法を用いた最新式の厠が設置されている。かすかな水の音が聞こえるのはそのためだった。
ここは天明の作った折檻部屋だ。これまで雇った使用人のうち、ひどい失敗をしたものはここで天明が仕置きをすることになっている。天明が許すまで、娘たちはここに監禁される。苦しみ、叫び、許しを請い、慈悲を願い、心折れて従順になる娘たちの姿は、天明の自尊心と支配欲、加虐心を大いに満たすものであった。
「水、……」
どろりと溶けた音でつぶやく世見坂を一瞥し、天明は無言で中へと放り投げた。応える義理はない。手を挙げれば、耀が絹で作られた黒い縄を天明に差し出す。それを奪い取り、襟元を緩めながら、天明は低く次の指示を出す。
「耀。水を持ってこい」
「かしこまりました」
耀が消える。気配が遠のくと同時、天明は起き上がろうとあがく世見坂の髪をつかみ、引きあげた。
虚ろな緋の眼が天明を映す。眉根を寄せ、困惑と妙な色香をにじませる表情は、男とは思えぬ何かを孕んでいる。全身を駆け巡る嫌悪と憎悪、そして焼け付くような名状しがたき感情に、天明は腹の奥から強い吐き気を催した。
無言のまま、その身体を柱に打ち付ける。世見坂の吐息が一瞬止まり、力なく床にくずおれる。咳をするたびに床に散らばる黒い髪がうねり、絡み合う蛇のようにのたうった。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。天明は突き上げる衝動に身を任せ、動く頭を踏みつける。
「ぅぐ、」
つぶれるうめき声。床を掻く音が不快で不愉快だ。再度強く頭を蹴りつける。反射で身体を丸めるその横腹に、今度は蹴りをねじ込んだ。
気持ち悪い。気持ち悪い。これまで抱え込みくすぶり続けてきた怒りが爆ぜる。
「ああくそ、くそが、くそがくそがくそが!! 下層民の分際で馴れ馴れしいんだよ!! 貴様なんぞがこの私と同じ立場でモノを言えると思うな!! 恥を知れ!!」
何度も何度も何度も何度も蹴りつける。時折痛みで息を詰めるのが逆に天明の怒りを煽った。何を弱い振りをしているのか。何を無力なふりをしているのか。化け物のくせに。化け物の分際で。
てんめい、と絞る声が気持ち悪い。喘ぐ様が気持ち悪い。擦れた音が、開いた薄目が気持ち悪い。何もしてこないのが気持ち悪い。わかっている。隙を窺っているのだ。殺す隙を。口を封じるその隙を。
「貴様がここに来た理由などとっくの昔にわかってるんだよ、え? どうせあいつの差し金だろう? あいつが私を消そうとしているんだ、そうなんだろう?」
答えは得られない。それこそが答えだ。身体を持ち上げようとする、その肩口を蹴りつけ踏みつける。
「私は全部知っているんだ、残念だったな世見坂、人畜無害を装って近づこうとしても無駄なんだ、無駄だ、無駄なんだよ!! 貴様のような薄汚い輩の考えるようなことなんて簡単にわかるんだよ!!」
再び床へ身体を押し付ける。髪がうねる。蛇のように。足に絡みつく。あざ笑うように。苛立ちと憎さに吐き気がした。
全部全部全部わかっている。何もかも知っているのだ。見抜けないわけがない。あのときから気が付いていた。
だから、だから全部先を読み、手を打ってきた。そうだ。あのときだってそうだった。コレさえいなければ、あいつがいなければ、もっともっと先へ行けたはずなのに!
「貴様が私にまとわりついていたせいで、私がどれだけみじめな思いをしていたかわかるか? 貴様のせいで私がどれだけ迷惑をこうむったか理解できるか!! 私は貴様などよりもずっとずっと能力がある!! 才がある!! 評価されるべきは私だ!! 才ある者は私なのだ!! それを――それを横から盗み取りやがって!!」
胸中の奥底よりこみあげる怒りが、煮えたぎる憎しみが、口を突いてはあふれ出す。
自分は家柄も申し分ない。能力だってある。ただ少しばかり、戦事が苦手だというだけなのに。勝手に付きまとっていたコレのほうが評価され、英雄などと持ち上げられる。たかだか下層のヒト以下のモノが、なぜ、なぜ自分よりももてはやされているのか。こんなモノが、自分より上にいるだなんて許せない。意味不明の化け物を評価する連中の気が知れない。
だからあいつを追放した。間違ったことなど何一つだってしていない、これは奴の、ただの逆恨みだ――そう。つまらない、くだらない、理不尽な逆恨みだ。だからこそ、力の差をわからせてやるのだ。今はどちらが上なのかを。
天明は歯ぎしりしながら蹴り上げる。何度も何度も踏みつける。起き上がろうとするその脇腹の、骨のない部分へ思い切り足を突き込んだ。世見坂が大きくえずいて嘔吐する。糸を引いて落ちる体液が汚らしい。ああ汚い。汚い。汚い。汚い、汚い、汚い、汚い!
怒声を張り上げ、天明は世見坂の髪をつかみ上げた。腹部めがけて膝をめり込ませる。再び柱めがけて投げつける。再度背中を強く打ち付けた世見坂が、吐いて咳き込みながら崩れ落ちる。ああ、汚い。死にかけた野良犬のようだ、と嫌悪とともに天明は思った。そのくせ、細く喘ぎ震えるその様が妙に何かを煽りたてて、それがなお天明を苛つかせる。
後頭部に足を置く。なすすべもなく床に貼りつく様に、獣の服従の様を見る。これが惨劇を起こしてのち、一騎当千と騒がれもてはやされた男だ。そう思うと、ひどく心地がよかった。
「のこのこと私のところに来たのが運の尽きだな、世見坂。貴様にはこれからじっくりと、上下関係を教え込んでやる。喜べ、私は優しいからな。殺しなどせんよ」
手にしていた黒絹の縄で、力なく投げ出されていた世見坂の腕を縛りあげる。と同時に耀が桶を手に戻ってきた。吐瀉物の臭いに眉をひそめ、摂取していた液体の残骸に目を向ける。それから部屋奥の盥をちらと見やり、
「旦那様。洗って差し上げましょう」
と嗤って言った。
手桶の水が盥に移る。それから天明は、床に散らばる髪をつかんで世見坂の頭を持ち上げ、盥の水の中へと押し込んだ。突然の出来事に世見坂が暴れる。全身のばねを用いて逃れようとする。空気が泡となり弾け、激しく乱れる水音が散って響く。
無様な抵抗を強引にねじ伏せながら、天明は髪を引いて乱暴に世見坂を引き上げた。弱く咳き込み息を整える、それを待たずにまた水の中へと押し沈める。それを幾度も繰り返すうちに、抵抗はやがて溶けるようになくなった。
引き上げる。力の抜けた身体を床へと投げ捨てる。咳き込み、不規則に乱れる呼吸をしながら、小さく小さく喘いでいる。髪がもつれ、白い面に幾筋も貼りついている。よどんだ朱い目はどこも見ていない。ひい、ひい。苦し気に世見坂の喉が鳴る。それがさらに天明の気を高ぶらせる。
下腹から胸へこみあげる、支配に対する愉悦と歓喜。いい気味だ。心地がよい。これから山のように罰を与えてやらねばならない。誰に不遜な態度を取ったのか、わからせてやらねばならない。やがてはあいつにも教える必要がある。お前に何ができるのだ、と。
横倒しになった身体を仰向けに転がす。もつれた髪が広がる。力なく開かれた目、投げ出された手と足。抵抗することを諦め、誰が支配者かを悟ったもののする、服従の証だ。
だが。
「……う……てん、め、……」
絞り出された声に舌打ちする。なおも動こうとする身体に苛立ちが募る。
「それ以上口を利くな、虫唾が走る。……貴様らなどに、私の首はくれてやらんぞ。これからじっくりと、どちらの立場が上なのかを躾直してやる。躾が終わったら返してやろう。貴様の主に、どちらが正しく上の立場か、理解しろと伝えさせてやるからな」
答えは返らない。再度舌打ちをくれてやりながら、天明は世見坂の胸倉をつかみ、身体を柱へと叩きつけた。世見坂は背中を柱に預け、そのままずるずると倒れ込む。今度は動かない。
膝をつき、前髪をつかむ。虚ろな赫い目に、薄く開いた口に、覗く白い歯列に、しなやかな身体に細い腰。天明は目の前にさらされたソレへ、ふと、さらなる屈辱を刻んでやろうと思った。吐き気がするほど醜悪な存在、嫌悪感すらあるというのに――否。だからこそ、だ。汚らしいのだから、今更汚れたところでどうということもないだろう。そういうモノなのだ、コレは。負の感情に溶けてふつふつと煮えたぎるそのどす黒い衝動は、これまでずいぶん親しんだものの形とよく似ていた。
耀が縄の端をほどき、柱の楔へと結びなおす。抵抗はない。ただ澱んだ紅色が、鈍い光を放って天明を映している。
「いい気味だな」
嘲りを含んで天明が笑い、刀の収まらぬ剣帯を、黄昏の帯をむしり取る。世見坂は小さく咳き込みながら、弱々しく首を振る。その頬に平手を一発叩き込み、下肢の邪魔な布を荒くはぎ取った。世見坂は一瞬だけ抵抗をしたが、もう一発殴りつければそれもなくなった。
「天明、……それ、だけは……おねがいだ、やめてくれ……」
怯えたような表情に、天明はさらに高ぶっていく。ああそうだ。その顔だ。そういう顔が見たかった。なすすべもなく怯え、震え、許しを請う、その無様で情けない姿が!
天明は、世見坂への返事を嘲笑で返す。不安と恐怖に潤み歪む瞳はまあ、なかなかどうして悪くはない。
それからはただ狂暴な感情のまま、心の赴くままに、丹念に丹念に汚すことに専念した。
耳障りなほどに響く粘着質な音。すすり泣きのような声。耳につく、溶けてだらしなく音のつながった、猫の声のような喘ぎ。絞り出されるうめき。
半開きになった薄い唇を唾液が、白濁した欲が汚していく。髪が乱れる。白い喉首が、ケダモノのような肉体が、何度も何度も反りかえる。力なく開く目はどこを見てもいない。壊れかけの玩具のようにただ、ただ、なすすべもなく揺さぶられる。時折思い出したように足を突っ張る、その動きはひどくぎこちなく滑稽だ。
不格好に、片方だけをさらされた脚。この国にはない金属で作られた、“向こう”の技術の義足である。欠けた脚を補うソレは、専門の知識がなければ扱うことすらできないという。
――忌々しい記憶がよみがえる。細く喘ぐ喉を締めあげて黙らせながら、天明は〝躾〟を再開させる。いやだ、と懇願する世見坂の顔と、あの瞬間の顔は似ているなどと、そんならしくもないことを思い出しながら。
最奥は、普段ならば客人を入れることのない天明の私室である。ふすまの取っ手に金輪を取り付け、南京錠で鍵をかけたその部屋は、天明の気が向いたときにだけ使用される場所だった。
耀が錠を外し、ふすまを開いて招き入れる。八畳ほどの部屋には窓がない。洋灯に明かりをともすと、板張りの床がぼうと光を跳ね返した。部屋の隅にはいくつもの葛籠と空の盥が放置されている。
部屋の中央やや奥側には、楔の打たれた柱が一本。入口の脇には小さな別室があり、海外の技法を用いた最新式の厠が設置されている。かすかな水の音が聞こえるのはそのためだった。
ここは天明の作った折檻部屋だ。これまで雇った使用人のうち、ひどい失敗をしたものはここで天明が仕置きをすることになっている。天明が許すまで、娘たちはここに監禁される。苦しみ、叫び、許しを請い、慈悲を願い、心折れて従順になる娘たちの姿は、天明の自尊心と支配欲、加虐心を大いに満たすものであった。
「水、……」
どろりと溶けた音でつぶやく世見坂を一瞥し、天明は無言で中へと放り投げた。応える義理はない。手を挙げれば、耀が絹で作られた黒い縄を天明に差し出す。それを奪い取り、襟元を緩めながら、天明は低く次の指示を出す。
「耀。水を持ってこい」
「かしこまりました」
耀が消える。気配が遠のくと同時、天明は起き上がろうとあがく世見坂の髪をつかみ、引きあげた。
虚ろな緋の眼が天明を映す。眉根を寄せ、困惑と妙な色香をにじませる表情は、男とは思えぬ何かを孕んでいる。全身を駆け巡る嫌悪と憎悪、そして焼け付くような名状しがたき感情に、天明は腹の奥から強い吐き気を催した。
無言のまま、その身体を柱に打ち付ける。世見坂の吐息が一瞬止まり、力なく床にくずおれる。咳をするたびに床に散らばる黒い髪がうねり、絡み合う蛇のようにのたうった。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。天明は突き上げる衝動に身を任せ、動く頭を踏みつける。
「ぅぐ、」
つぶれるうめき声。床を掻く音が不快で不愉快だ。再度強く頭を蹴りつける。反射で身体を丸めるその横腹に、今度は蹴りをねじ込んだ。
気持ち悪い。気持ち悪い。これまで抱え込みくすぶり続けてきた怒りが爆ぜる。
「ああくそ、くそが、くそがくそがくそが!! 下層民の分際で馴れ馴れしいんだよ!! 貴様なんぞがこの私と同じ立場でモノを言えると思うな!! 恥を知れ!!」
何度も何度も何度も何度も蹴りつける。時折痛みで息を詰めるのが逆に天明の怒りを煽った。何を弱い振りをしているのか。何を無力なふりをしているのか。化け物のくせに。化け物の分際で。
てんめい、と絞る声が気持ち悪い。喘ぐ様が気持ち悪い。擦れた音が、開いた薄目が気持ち悪い。何もしてこないのが気持ち悪い。わかっている。隙を窺っているのだ。殺す隙を。口を封じるその隙を。
「貴様がここに来た理由などとっくの昔にわかってるんだよ、え? どうせあいつの差し金だろう? あいつが私を消そうとしているんだ、そうなんだろう?」
答えは得られない。それこそが答えだ。身体を持ち上げようとする、その肩口を蹴りつけ踏みつける。
「私は全部知っているんだ、残念だったな世見坂、人畜無害を装って近づこうとしても無駄なんだ、無駄だ、無駄なんだよ!! 貴様のような薄汚い輩の考えるようなことなんて簡単にわかるんだよ!!」
再び床へ身体を押し付ける。髪がうねる。蛇のように。足に絡みつく。あざ笑うように。苛立ちと憎さに吐き気がした。
全部全部全部わかっている。何もかも知っているのだ。見抜けないわけがない。あのときから気が付いていた。
だから、だから全部先を読み、手を打ってきた。そうだ。あのときだってそうだった。コレさえいなければ、あいつがいなければ、もっともっと先へ行けたはずなのに!
「貴様が私にまとわりついていたせいで、私がどれだけみじめな思いをしていたかわかるか? 貴様のせいで私がどれだけ迷惑をこうむったか理解できるか!! 私は貴様などよりもずっとずっと能力がある!! 才がある!! 評価されるべきは私だ!! 才ある者は私なのだ!! それを――それを横から盗み取りやがって!!」
胸中の奥底よりこみあげる怒りが、煮えたぎる憎しみが、口を突いてはあふれ出す。
自分は家柄も申し分ない。能力だってある。ただ少しばかり、戦事が苦手だというだけなのに。勝手に付きまとっていたコレのほうが評価され、英雄などと持ち上げられる。たかだか下層のヒト以下のモノが、なぜ、なぜ自分よりももてはやされているのか。こんなモノが、自分より上にいるだなんて許せない。意味不明の化け物を評価する連中の気が知れない。
だからあいつを追放した。間違ったことなど何一つだってしていない、これは奴の、ただの逆恨みだ――そう。つまらない、くだらない、理不尽な逆恨みだ。だからこそ、力の差をわからせてやるのだ。今はどちらが上なのかを。
天明は歯ぎしりしながら蹴り上げる。何度も何度も踏みつける。起き上がろうとするその脇腹の、骨のない部分へ思い切り足を突き込んだ。世見坂が大きくえずいて嘔吐する。糸を引いて落ちる体液が汚らしい。ああ汚い。汚い。汚い。汚い、汚い、汚い、汚い!
怒声を張り上げ、天明は世見坂の髪をつかみ上げた。腹部めがけて膝をめり込ませる。再び柱めがけて投げつける。再度背中を強く打ち付けた世見坂が、吐いて咳き込みながら崩れ落ちる。ああ、汚い。死にかけた野良犬のようだ、と嫌悪とともに天明は思った。そのくせ、細く喘ぎ震えるその様が妙に何かを煽りたてて、それがなお天明を苛つかせる。
後頭部に足を置く。なすすべもなく床に貼りつく様に、獣の服従の様を見る。これが惨劇を起こしてのち、一騎当千と騒がれもてはやされた男だ。そう思うと、ひどく心地がよかった。
「のこのこと私のところに来たのが運の尽きだな、世見坂。貴様にはこれからじっくりと、上下関係を教え込んでやる。喜べ、私は優しいからな。殺しなどせんよ」
手にしていた黒絹の縄で、力なく投げ出されていた世見坂の腕を縛りあげる。と同時に耀が桶を手に戻ってきた。吐瀉物の臭いに眉をひそめ、摂取していた液体の残骸に目を向ける。それから部屋奥の盥をちらと見やり、
「旦那様。洗って差し上げましょう」
と嗤って言った。
手桶の水が盥に移る。それから天明は、床に散らばる髪をつかんで世見坂の頭を持ち上げ、盥の水の中へと押し込んだ。突然の出来事に世見坂が暴れる。全身のばねを用いて逃れようとする。空気が泡となり弾け、激しく乱れる水音が散って響く。
無様な抵抗を強引にねじ伏せながら、天明は髪を引いて乱暴に世見坂を引き上げた。弱く咳き込み息を整える、それを待たずにまた水の中へと押し沈める。それを幾度も繰り返すうちに、抵抗はやがて溶けるようになくなった。
引き上げる。力の抜けた身体を床へと投げ捨てる。咳き込み、不規則に乱れる呼吸をしながら、小さく小さく喘いでいる。髪がもつれ、白い面に幾筋も貼りついている。よどんだ朱い目はどこも見ていない。ひい、ひい。苦し気に世見坂の喉が鳴る。それがさらに天明の気を高ぶらせる。
下腹から胸へこみあげる、支配に対する愉悦と歓喜。いい気味だ。心地がよい。これから山のように罰を与えてやらねばならない。誰に不遜な態度を取ったのか、わからせてやらねばならない。やがてはあいつにも教える必要がある。お前に何ができるのだ、と。
横倒しになった身体を仰向けに転がす。もつれた髪が広がる。力なく開かれた目、投げ出された手と足。抵抗することを諦め、誰が支配者かを悟ったもののする、服従の証だ。
だが。
「……う……てん、め、……」
絞り出された声に舌打ちする。なおも動こうとする身体に苛立ちが募る。
「それ以上口を利くな、虫唾が走る。……貴様らなどに、私の首はくれてやらんぞ。これからじっくりと、どちらの立場が上なのかを躾直してやる。躾が終わったら返してやろう。貴様の主に、どちらが正しく上の立場か、理解しろと伝えさせてやるからな」
答えは返らない。再度舌打ちをくれてやりながら、天明は世見坂の胸倉をつかみ、身体を柱へと叩きつけた。世見坂は背中を柱に預け、そのままずるずると倒れ込む。今度は動かない。
膝をつき、前髪をつかむ。虚ろな赫い目に、薄く開いた口に、覗く白い歯列に、しなやかな身体に細い腰。天明は目の前にさらされたソレへ、ふと、さらなる屈辱を刻んでやろうと思った。吐き気がするほど醜悪な存在、嫌悪感すらあるというのに――否。だからこそ、だ。汚らしいのだから、今更汚れたところでどうということもないだろう。そういうモノなのだ、コレは。負の感情に溶けてふつふつと煮えたぎるそのどす黒い衝動は、これまでずいぶん親しんだものの形とよく似ていた。
耀が縄の端をほどき、柱の楔へと結びなおす。抵抗はない。ただ澱んだ紅色が、鈍い光を放って天明を映している。
「いい気味だな」
嘲りを含んで天明が笑い、刀の収まらぬ剣帯を、黄昏の帯をむしり取る。世見坂は小さく咳き込みながら、弱々しく首を振る。その頬に平手を一発叩き込み、下肢の邪魔な布を荒くはぎ取った。世見坂は一瞬だけ抵抗をしたが、もう一発殴りつければそれもなくなった。
「天明、……それ、だけは……おねがいだ、やめてくれ……」
怯えたような表情に、天明はさらに高ぶっていく。ああそうだ。その顔だ。そういう顔が見たかった。なすすべもなく怯え、震え、許しを請う、その無様で情けない姿が!
天明は、世見坂への返事を嘲笑で返す。不安と恐怖に潤み歪む瞳はまあ、なかなかどうして悪くはない。
それからはただ狂暴な感情のまま、心の赴くままに、丹念に丹念に汚すことに専念した。
耳障りなほどに響く粘着質な音。すすり泣きのような声。耳につく、溶けてだらしなく音のつながった、猫の声のような喘ぎ。絞り出されるうめき。
半開きになった薄い唇を唾液が、白濁した欲が汚していく。髪が乱れる。白い喉首が、ケダモノのような肉体が、何度も何度も反りかえる。力なく開く目はどこを見てもいない。壊れかけの玩具のようにただ、ただ、なすすべもなく揺さぶられる。時折思い出したように足を突っ張る、その動きはひどくぎこちなく滑稽だ。
不格好に、片方だけをさらされた脚。この国にはない金属で作られた、“向こう”の技術の義足である。欠けた脚を補うソレは、専門の知識がなければ扱うことすらできないという。
――忌々しい記憶がよみがえる。細く喘ぐ喉を締めあげて黙らせながら、天明は〝躾〟を再開させる。いやだ、と懇願する世見坂の顔と、あの瞬間の顔は似ているなどと、そんならしくもないことを思い出しながら。
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