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陸
(中)
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弓月は刀を手にしたまま、黙って窓際に腰掛けていた。二日前から止まない雨の音だけが、静寂を満たしている。
そのまま帰ればよかったものを、比呂也も部屋にいて座り込んでいる。この状態のまま、既に丸一日が経過していた。
弓月は一切眠っていなかった。眠気はない。どうせ眠ったところで十分な睡眠は取れないのだ、だったら起きていて集中力を切らさないほうがいい。
尊杜もまた同じように寝ていない。が、こちらは夕方までたっぷりと寝たからであって、そのほとんどを弓月に任せていた。仕事の責任はあくまでも弓月にある。彼は手伝いをするだけであり、付き添いをするだけなのだ。
比呂也は弓月のちょうど反対側に陣取っている。こちらは不満の色が濃く、何かを言いたげに黙りこくっている。
普段なら、こんなときでも馬鹿話の一つや二つしているというのに。弓月は頭の隅でそんなことを考えた。そして思い返す。こうなることを望んだのは、他ならぬ自分自身なのだということに。
「なーんの気配もないわね」
尊杜がつまらなさそうに呟いた。返答を期待していたのだろうが、弓月はあいにくと気が乗らなかった。
「尊杜さん」
と、比呂也が低く尊杜を呼ぶ。
「なーに? どしたの、ひろちゃん」
「……なんとも思わないんですか。弓月、これから、人を殺そうとしてるんですよ」
怒気を孕むその声に、尊杜はふざけた空気をしまいこんだ。それからかすかに苦笑する。彼でさえ、どう答えれば良いのか悩んでいるらしかった。
「あのね、ひろちゃん。妖やそれを使役する人間、憑かれた人間が人に仇を成したとき、それを狩るのが妖狩の義務なの。あたしは妖狩だから、弓月がこれからすることが……間違っている、と言うにはいかないのよ。義務はこなすべきものでしょう? 破ったならば罰を受ける」
悔しそうに顔を歪ませる比呂也へ、尊杜はどこか懇願するように言葉を並べる。
「あなたはフツーの人間だから、ちょっと分かりづらいだろうけど……妖狩はこの宿命を放棄できない。放棄したって、どうせ妖に狙われて殺されて食べられちゃうのがオチってもんよ。妖を退ける力を持つことに変わりはないから、それが危険であることにも変わりはないし。自分で放棄することもできないから、自分の命が断てないようになってるのよ。それが妖狩の『契約』。要するに、人間ほったらかして勝手に死んだりやめたりするな、ってことなの」
そのとおりだ、と弓月は胸中で苦く吐き出した。
結局選択肢は三つしかない。人間として生きることもできない、悔いて自殺することも叶わない。身体を乗っ取る妖から、乗っ取られた人間を助けることもできない。殺すか殺されるか、契約に背いて自滅するか。生きるか、死ぬかのどちらかしかないのだ。
これ以上話されたらたまらない。積もりに積もった感情が爆発しそうになる。
「おい、尊杜……おしゃべりがすぎるぞ」
声のトーンを落とし、刀に意識を巡らせる。刀が力に反応し、白い炎が吹き上がった。尊杜は特に怯えた様子もなく、
「これくらい、知っててもいいんじゃないかしら? 無駄に隠したって傷つけるだけじゃない。前もって伝えておけば、彼も傷つかずに済んだのにね」
返す言葉には棘すら含まれていた。挑戦的なまなざしに、弓月は何も言うことができない。
一瞬にして炎は消える。黙ったまま紅の刀を抱き込んで、再び窓へ視線を投げる。雨の日の夕方、依然として外は薄暗い。この部屋に面した竹林の奥は、既に夕闇に閉ざされ始めていた。
気配にもっとも近い部屋『竹風の間』、手前にある池の表面は、降りしきる雨の雫と風とで不安定に揺らめいている。
「……何でだよ」
比呂也が歯軋りしながらしぼり出した問いかけは、普段とは異なる強い苛立ちがにじんでいた。
「何で黙ってた。何でそういうことするんだよ」
「てめぇはただの人間だ。ただの人間に教える必要なんざねぇだろ」
あえてそちらを見ないまま、弓月は幼馴染の声に応じる。
「それに、これは俺の仕事だ。遊びじゃねぇ。放っておけば、もっと犠牲者が増える。それを防ぐために始末するだけだ。憑き物は主の命令しか聞かねぇ。主を殺さない限り、この家は死者が出続ける。昨日も言っただろ。……なんで分からねぇんだ」
感情を殺していたつもりだったが、最後まで隠しきれなかった。相手にも伝わってしまったらしい。震える声音が、彼の怒りを如実に表していた。
「人間も斬るなんて……俺、聞いてねぇよ」
弓月は思わず窓から目を放し、比呂也を眺めた。比呂也はまっすぐに弓月をにらんでいる。
「妖狩は人を守る盾なんだろ? 人間のことは守るんじゃなかったのかよ。そそのかされてただけの人間だっているかもしれないだろ!? なあ、何でだよ、事情も聞かずに斬るなんてあんまりじゃねぇか!」
昔から、こいつはそうだった。弓月は一度奥歯を噛み締める。
お調子者でお人よし。無条件で相手の言うことを信じてしまう。だから傷つくことだって多かったのに、こいつはまるで学習しない。
何度嘘をついても、何度遠ざかろうとしても、溝を越え、線を踏んで、手を差し伸べててきた。分け隔てなく接してきた。そこに救われていた。……そこに、憧れていた。
「妖に同情の余地なんてねぇ。共感の余地もねぇ。事情なんざどうだっていい。何度も言わせるな」
「相手は人間だろ!」
「だが妖を使って人間を殺した。同列としてみなされる」
「憑き神は妖じゃねぇんだろ!?」
「人間でもねぇだろう?」
だからこそ――境界線を示さなければならないのだ。頼むからここで引き下がってくれ。比呂也が何かを言う前に、弓月は素早く割り込んだ。
「人間を十人助けるために、一人の犠牲が必要ならば、俺はそっちを選ぶ。たかだか人間が、盾の使命を理解することなんてできねぇんだよ。いい加減に気づけ」
比呂也がついに沈黙する。弓月もまた口をつぐんだ。胸にあるのは強い苛立ちと虚しさだけである。
――絆ほど脆弱なものはない
その通りだ、と弓月は思った。価値観が噛み合わない、たったそれだけでいともあっさりと断ち切れる。人間との絆なんて、作らないほうがよほど楽だったのかもしれない。
受け入れられる温かさも、認められる喜びも、知らなければよかった。初めて彼と会ったときに、拒絶しておけばよかった。そうすれば、こんなことで罪悪感に苛まれることもなかっただろうに。
眉間に力を込めて舌打ちする。同時に雷鳴が轟いた。蒼白い光が網膜を焼き、次いで腹に響く音が鳴る。雨足もひどくなる一方だった。
雨の気配に満たされた、闇の帳が下りた向こう。どこまでも紅い傘が、視界の端に浮かび上がった。その瞬間、気配が波となって押し寄せてくる。女はこちらを深淵へといざなうように、ゆるりゆるりと手招きをした。
全身のばねを使って立ち上がる。逃がしはしない。
「尊杜、お前はここにいろ」
返答の前に窓を引き開け、弓月は雨の中へと躍り出た。
水の雫が葉を打つ音、それを揺らす風の音、そして雷鳴が竹林を濡らし続けている。その隙間を縫いながら、弓月はただひたすらに駆けていた。
衣服も髪も、もはや水を吸い取りきらない。張り付く前髪を何度も払う、そのたびに裾や髪からしずくが飛んだ。
女の姿は、竹林の奥にひっそりとあった。黒い着物をまとい、紅い唐傘を差している。気配は今や滝のように流れ、雨と共に弓月の頬に叩きつけられている。
「こんばんは。こんな雨の夜に何の用かしら?」
美しい顔を笑みが彩っている。ただ笑っているだというのに、背筋が寒くなるほどの気をまとっている。紅すぎるほどに紅い唇だけが、白い面にくっきりと浮いて見えた。
「妖狩の契約に基づいて、お前を始末しに来た」
「まあ……こんなに雨が降っているのに、ご苦労様ですわ」
にらみつけて告げる弓月に、しかし楓は逆にころころと笑ってみせた。
「だけどね、坊や。私はここでは死ねないのよ。だって」
刹那。
ご、と風が強く吹きつけた。雨粒が体を容赦なく打ち据える。
「私の姉さんは、まだ幸せになっていないもの。私は死ぬわけにはいかないの。姉さんの、幸せのためにね」
次いで、空気の流れが変化する。女の背後に一つの影、それは人間の身長すら超えた大きさの蛇だった。その周辺を小蛇が囲み、鎌首をもたげて威嚇している。
「幸せ、ね。じゃあなおさら、俺ぁお前を始末しなっきゃな。お前が犠牲になることで、お前に殺される予定の奴らは救われる」
弓月は唄う。いつものように。逃がさぬように、すべてを閉ざす檻を紡ぐ。
かごめかごめ 籠の中の鳥は
いついつ出やる 夜明けの晩に
つるとかめが滑った 後ろの正面……
しかし。
「弓月!!」
形作られつつあった糸籠が、響く声によって霧散した。
水音を跳ねさせて駆けてくるのは、つい先ほどまで旅館にいたはずの幼馴染だった。息を弾ませ、傘すら差さずにこちらに向かってくる。
「てめぇ、何で来やがった」
「お前には関係ねぇよ。お前が楓さんを殺すってんなら、俺は楓さんを助ける」
弓月のほうを見ようともせず、比呂也は二人の間に割り込んだ。楓の細い腕を取り、旅館の方角へと引っ張っている。
「楓さん! そんなことしてたら、お姉さんが悲しみますよ! さ、早く戻りましょう」
そういうことか。麻痺していた思考がようやく答えをはじき出した。
比呂也は楓を説得するつもりなのだ。怨念で動く生き物を使役するのだから、その心は怨念に侵されている。説得を試みたところで意味がないのに、どうしてここまで無謀なんだ。
弓月は比呂也の肩をつかみ、力ずくで剥がしにかかる。
「おい、馬鹿野郎……何してやがる、今すぐ離れろ」
「ふざけんな! やってみなけりゃ……」
弓月の手を振り払い、そこでようやく比呂也の口が止まった。
そのまま帰ればよかったものを、比呂也も部屋にいて座り込んでいる。この状態のまま、既に丸一日が経過していた。
弓月は一切眠っていなかった。眠気はない。どうせ眠ったところで十分な睡眠は取れないのだ、だったら起きていて集中力を切らさないほうがいい。
尊杜もまた同じように寝ていない。が、こちらは夕方までたっぷりと寝たからであって、そのほとんどを弓月に任せていた。仕事の責任はあくまでも弓月にある。彼は手伝いをするだけであり、付き添いをするだけなのだ。
比呂也は弓月のちょうど反対側に陣取っている。こちらは不満の色が濃く、何かを言いたげに黙りこくっている。
普段なら、こんなときでも馬鹿話の一つや二つしているというのに。弓月は頭の隅でそんなことを考えた。そして思い返す。こうなることを望んだのは、他ならぬ自分自身なのだということに。
「なーんの気配もないわね」
尊杜がつまらなさそうに呟いた。返答を期待していたのだろうが、弓月はあいにくと気が乗らなかった。
「尊杜さん」
と、比呂也が低く尊杜を呼ぶ。
「なーに? どしたの、ひろちゃん」
「……なんとも思わないんですか。弓月、これから、人を殺そうとしてるんですよ」
怒気を孕むその声に、尊杜はふざけた空気をしまいこんだ。それからかすかに苦笑する。彼でさえ、どう答えれば良いのか悩んでいるらしかった。
「あのね、ひろちゃん。妖やそれを使役する人間、憑かれた人間が人に仇を成したとき、それを狩るのが妖狩の義務なの。あたしは妖狩だから、弓月がこれからすることが……間違っている、と言うにはいかないのよ。義務はこなすべきものでしょう? 破ったならば罰を受ける」
悔しそうに顔を歪ませる比呂也へ、尊杜はどこか懇願するように言葉を並べる。
「あなたはフツーの人間だから、ちょっと分かりづらいだろうけど……妖狩はこの宿命を放棄できない。放棄したって、どうせ妖に狙われて殺されて食べられちゃうのがオチってもんよ。妖を退ける力を持つことに変わりはないから、それが危険であることにも変わりはないし。自分で放棄することもできないから、自分の命が断てないようになってるのよ。それが妖狩の『契約』。要するに、人間ほったらかして勝手に死んだりやめたりするな、ってことなの」
そのとおりだ、と弓月は胸中で苦く吐き出した。
結局選択肢は三つしかない。人間として生きることもできない、悔いて自殺することも叶わない。身体を乗っ取る妖から、乗っ取られた人間を助けることもできない。殺すか殺されるか、契約に背いて自滅するか。生きるか、死ぬかのどちらかしかないのだ。
これ以上話されたらたまらない。積もりに積もった感情が爆発しそうになる。
「おい、尊杜……おしゃべりがすぎるぞ」
声のトーンを落とし、刀に意識を巡らせる。刀が力に反応し、白い炎が吹き上がった。尊杜は特に怯えた様子もなく、
「これくらい、知っててもいいんじゃないかしら? 無駄に隠したって傷つけるだけじゃない。前もって伝えておけば、彼も傷つかずに済んだのにね」
返す言葉には棘すら含まれていた。挑戦的なまなざしに、弓月は何も言うことができない。
一瞬にして炎は消える。黙ったまま紅の刀を抱き込んで、再び窓へ視線を投げる。雨の日の夕方、依然として外は薄暗い。この部屋に面した竹林の奥は、既に夕闇に閉ざされ始めていた。
気配にもっとも近い部屋『竹風の間』、手前にある池の表面は、降りしきる雨の雫と風とで不安定に揺らめいている。
「……何でだよ」
比呂也が歯軋りしながらしぼり出した問いかけは、普段とは異なる強い苛立ちがにじんでいた。
「何で黙ってた。何でそういうことするんだよ」
「てめぇはただの人間だ。ただの人間に教える必要なんざねぇだろ」
あえてそちらを見ないまま、弓月は幼馴染の声に応じる。
「それに、これは俺の仕事だ。遊びじゃねぇ。放っておけば、もっと犠牲者が増える。それを防ぐために始末するだけだ。憑き物は主の命令しか聞かねぇ。主を殺さない限り、この家は死者が出続ける。昨日も言っただろ。……なんで分からねぇんだ」
感情を殺していたつもりだったが、最後まで隠しきれなかった。相手にも伝わってしまったらしい。震える声音が、彼の怒りを如実に表していた。
「人間も斬るなんて……俺、聞いてねぇよ」
弓月は思わず窓から目を放し、比呂也を眺めた。比呂也はまっすぐに弓月をにらんでいる。
「妖狩は人を守る盾なんだろ? 人間のことは守るんじゃなかったのかよ。そそのかされてただけの人間だっているかもしれないだろ!? なあ、何でだよ、事情も聞かずに斬るなんてあんまりじゃねぇか!」
昔から、こいつはそうだった。弓月は一度奥歯を噛み締める。
お調子者でお人よし。無条件で相手の言うことを信じてしまう。だから傷つくことだって多かったのに、こいつはまるで学習しない。
何度嘘をついても、何度遠ざかろうとしても、溝を越え、線を踏んで、手を差し伸べててきた。分け隔てなく接してきた。そこに救われていた。……そこに、憧れていた。
「妖に同情の余地なんてねぇ。共感の余地もねぇ。事情なんざどうだっていい。何度も言わせるな」
「相手は人間だろ!」
「だが妖を使って人間を殺した。同列としてみなされる」
「憑き神は妖じゃねぇんだろ!?」
「人間でもねぇだろう?」
だからこそ――境界線を示さなければならないのだ。頼むからここで引き下がってくれ。比呂也が何かを言う前に、弓月は素早く割り込んだ。
「人間を十人助けるために、一人の犠牲が必要ならば、俺はそっちを選ぶ。たかだか人間が、盾の使命を理解することなんてできねぇんだよ。いい加減に気づけ」
比呂也がついに沈黙する。弓月もまた口をつぐんだ。胸にあるのは強い苛立ちと虚しさだけである。
――絆ほど脆弱なものはない
その通りだ、と弓月は思った。価値観が噛み合わない、たったそれだけでいともあっさりと断ち切れる。人間との絆なんて、作らないほうがよほど楽だったのかもしれない。
受け入れられる温かさも、認められる喜びも、知らなければよかった。初めて彼と会ったときに、拒絶しておけばよかった。そうすれば、こんなことで罪悪感に苛まれることもなかっただろうに。
眉間に力を込めて舌打ちする。同時に雷鳴が轟いた。蒼白い光が網膜を焼き、次いで腹に響く音が鳴る。雨足もひどくなる一方だった。
雨の気配に満たされた、闇の帳が下りた向こう。どこまでも紅い傘が、視界の端に浮かび上がった。その瞬間、気配が波となって押し寄せてくる。女はこちらを深淵へといざなうように、ゆるりゆるりと手招きをした。
全身のばねを使って立ち上がる。逃がしはしない。
「尊杜、お前はここにいろ」
返答の前に窓を引き開け、弓月は雨の中へと躍り出た。
水の雫が葉を打つ音、それを揺らす風の音、そして雷鳴が竹林を濡らし続けている。その隙間を縫いながら、弓月はただひたすらに駆けていた。
衣服も髪も、もはや水を吸い取りきらない。張り付く前髪を何度も払う、そのたびに裾や髪からしずくが飛んだ。
女の姿は、竹林の奥にひっそりとあった。黒い着物をまとい、紅い唐傘を差している。気配は今や滝のように流れ、雨と共に弓月の頬に叩きつけられている。
「こんばんは。こんな雨の夜に何の用かしら?」
美しい顔を笑みが彩っている。ただ笑っているだというのに、背筋が寒くなるほどの気をまとっている。紅すぎるほどに紅い唇だけが、白い面にくっきりと浮いて見えた。
「妖狩の契約に基づいて、お前を始末しに来た」
「まあ……こんなに雨が降っているのに、ご苦労様ですわ」
にらみつけて告げる弓月に、しかし楓は逆にころころと笑ってみせた。
「だけどね、坊や。私はここでは死ねないのよ。だって」
刹那。
ご、と風が強く吹きつけた。雨粒が体を容赦なく打ち据える。
「私の姉さんは、まだ幸せになっていないもの。私は死ぬわけにはいかないの。姉さんの、幸せのためにね」
次いで、空気の流れが変化する。女の背後に一つの影、それは人間の身長すら超えた大きさの蛇だった。その周辺を小蛇が囲み、鎌首をもたげて威嚇している。
「幸せ、ね。じゃあなおさら、俺ぁお前を始末しなっきゃな。お前が犠牲になることで、お前に殺される予定の奴らは救われる」
弓月は唄う。いつものように。逃がさぬように、すべてを閉ざす檻を紡ぐ。
かごめかごめ 籠の中の鳥は
いついつ出やる 夜明けの晩に
つるとかめが滑った 後ろの正面……
しかし。
「弓月!!」
形作られつつあった糸籠が、響く声によって霧散した。
水音を跳ねさせて駆けてくるのは、つい先ほどまで旅館にいたはずの幼馴染だった。息を弾ませ、傘すら差さずにこちらに向かってくる。
「てめぇ、何で来やがった」
「お前には関係ねぇよ。お前が楓さんを殺すってんなら、俺は楓さんを助ける」
弓月のほうを見ようともせず、比呂也は二人の間に割り込んだ。楓の細い腕を取り、旅館の方角へと引っ張っている。
「楓さん! そんなことしてたら、お姉さんが悲しみますよ! さ、早く戻りましょう」
そういうことか。麻痺していた思考がようやく答えをはじき出した。
比呂也は楓を説得するつもりなのだ。怨念で動く生き物を使役するのだから、その心は怨念に侵されている。説得を試みたところで意味がないのに、どうしてここまで無謀なんだ。
弓月は比呂也の肩をつかみ、力ずくで剥がしにかかる。
「おい、馬鹿野郎……何してやがる、今すぐ離れろ」
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