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後日談
年下の夫
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『なっちゃん、なっちゃん。今度、時任学園高等部の文化祭の一般公開が有るでしょう? 僕、その日OBとしてパフォーマンスすることになったから、兄さんたちと見に来てよ』
『パフォーマンス……って、あの講堂でやるやつ? 司くん、楽器の演奏でもするの?』
『それは当日までの内緒。楽しみにしててね』
時任学園高等部の文化祭。
模擬店、美術部や書道部の作品展示、化学部の研究発表、軽音部や演劇部の舞台。学年ごとの人気生徒を投票で決めるミスター&ミスコン。
そんなオーソドックスな文化祭の出し物とは別に、時任学園には個人や卒業生たちが参加できるパフォーマンス部門が有った。
ライブペイントやコンテンポラリーダンス。漫談、マジック。パフォーマンスの種類に規制はなくて、みんな自分の得意なもの、やりたいものを披露している。
言わば生徒による隠し芸大会のようなものだけど、在校生にも卒業生からも注目されている時任学園文化祭の目玉だった。
『文化祭、懐かしいねぇ。鷹ちゃんも、詩音も、司くんも、いつもミスターコンの一位か二位だったよね』
『僕たちは特に意識してなかったけど、同学年に時任の人がいると票がわかれるからね』
日本を代表する大企業グループの時任家と三条家。
ニュースや街中で名前を見ない日は無い両家だけど、この一族の人たちは学園でも常に注目の的で生徒たちの憧れだった。
『でも司くんがパフォーマンスするなんて珍しいね? 去年まではお願いされても断ってて、実行委員会の子が残念がってたじゃない』
『んー、今年は、ちょっとイイトコ見せたい理由があるから』
『ふぅん?』
──そんな会話を司くんとしたのが2週間くらい前のこと。
私は鷹ちゃんと詩音と、久しぶりに母校の講堂に来ていた。
右側の椅子に鷹ちゃん、左側の椅子に詩音。
時任学園の、本格的なオーケストラだって演奏できちゃうような設備の広い講堂。そのステージを一番良い場所で見られる最前列の真ん中の席。
世界的なコンクールで上位に入賞したことのある女の子のクラリネットの演奏が終わって、次はいよいよ司くんの番だ。
準備のためにボルドーの幕が下ろされた舞台を見ながら、ゆったりと長い足を組んだスーツ姿の鷹ちゃんが笑う。
「まさかこの歳になって末っ子が青春する姿を見られるとは思わなかったな」
「その言い方ジジくせぇぞ兄貴」
鷹ちゃんの言葉に即ツッコミを入れた詩音は、鷹ちゃんとは対照的なラフなカットソーとジーンズ姿だ。
(でも、このカットソーだけで何万円もするし、スタイルとセンスが良いからそれだけでカッコ良いんだよね……。鷹ちゃんだってこの後にお仕事が入ってるからオーダーメードの何十万円もするスーツだし)
彼らと結婚してしばらく経つのに、未だに夫たちの金銭感覚になれなくて、つい身に付けているものの値段にビックリしてしまう。
「鷹ちゃんと詩音は司くんが何をするか知ってるの?」
「もちろん。司が今回のパフォーマンスをするためのトレーナーを紹介したのは俺だしね」
「ついでに俺も衣装の調達に協力したから知ってるぜ」
「えぇっ? 知らないの私だけなの? ずるい」
「まぁまぁ。なつみちゃんを驚かせたい司の気持ちをわかってあげてよ」
「そうそう。純情な男心ってやつ」
そう言って緑の瞳を細めた詩音が私を小突く。
その途端、後ろの方で小さく黄色い悲鳴が上がった。
ちらりと振り向けば制服姿の女の子たちが顔を赤くしながら口元を抑えている。
(はは、懐かしいなこの感じ)
そうしているうちに照明が落ちて辺りが暗くなった。
きっと司くんのことだからヴァイオリンかピアノの演奏で衣装は黒のタキシード。
そう考えていた私の予想は見事に裏切られることになる。
歌う。踊る。
物静かで優雅な印象の司くんが。
激しいギターとドラムの音に合わせて。
エレクトリックな打ち込みにのせた、切なく甘い歌詞。
何かを掴む形で伸ばされた腕、複雑なステップを踏む黒のブーツ。
曲も、ダンスも、黒い軍服風の衣装も。
(これって、前に私がカッコいいって言った海外アーティストのMVそっくり──!)
「おー、さすが器用だな司のやつ」
「映えるね」
そんな左右の2人の言葉も私の耳には届かない。
私は舞台の司くんに釘付けだった。
カラフルな照明に照らされる司くんしか見えていなかった。
指先だけの黒いフィンガーグローブを着けた司くんの手が、撃ち抜くような動作で私を指差して。
熱狂と興奮の歓声に包まれた司くんのパフォーマンスは終わった。
「なっちゃん! 見てくれた? どうだったかな、僕の歌」
ステージ後の控え室で微笑む司くんは、衣装はそのままなのに、もう普段の穏やかな司くんだった。
なのに、さっきの舞台上の彼の、鋭い視線と色っぽく唇を舐めた仕草が忘れられない私の動悸と火照りはおさまらない。
「かっこよかった……! かっこよかったよ司くんっ!」
感動で思わず涙ぐんで感想を伝える私に、年下のだんな様は蕩けるように微笑んで私を抱き締めた。
「そう言ってもらえて、頑張った甲斐があったよ。僕の可愛くて愛しい奥さん」
『パフォーマンス……って、あの講堂でやるやつ? 司くん、楽器の演奏でもするの?』
『それは当日までの内緒。楽しみにしててね』
時任学園高等部の文化祭。
模擬店、美術部や書道部の作品展示、化学部の研究発表、軽音部や演劇部の舞台。学年ごとの人気生徒を投票で決めるミスター&ミスコン。
そんなオーソドックスな文化祭の出し物とは別に、時任学園には個人や卒業生たちが参加できるパフォーマンス部門が有った。
ライブペイントやコンテンポラリーダンス。漫談、マジック。パフォーマンスの種類に規制はなくて、みんな自分の得意なもの、やりたいものを披露している。
言わば生徒による隠し芸大会のようなものだけど、在校生にも卒業生からも注目されている時任学園文化祭の目玉だった。
『文化祭、懐かしいねぇ。鷹ちゃんも、詩音も、司くんも、いつもミスターコンの一位か二位だったよね』
『僕たちは特に意識してなかったけど、同学年に時任の人がいると票がわかれるからね』
日本を代表する大企業グループの時任家と三条家。
ニュースや街中で名前を見ない日は無い両家だけど、この一族の人たちは学園でも常に注目の的で生徒たちの憧れだった。
『でも司くんがパフォーマンスするなんて珍しいね? 去年まではお願いされても断ってて、実行委員会の子が残念がってたじゃない』
『んー、今年は、ちょっとイイトコ見せたい理由があるから』
『ふぅん?』
──そんな会話を司くんとしたのが2週間くらい前のこと。
私は鷹ちゃんと詩音と、久しぶりに母校の講堂に来ていた。
右側の椅子に鷹ちゃん、左側の椅子に詩音。
時任学園の、本格的なオーケストラだって演奏できちゃうような設備の広い講堂。そのステージを一番良い場所で見られる最前列の真ん中の席。
世界的なコンクールで上位に入賞したことのある女の子のクラリネットの演奏が終わって、次はいよいよ司くんの番だ。
準備のためにボルドーの幕が下ろされた舞台を見ながら、ゆったりと長い足を組んだスーツ姿の鷹ちゃんが笑う。
「まさかこの歳になって末っ子が青春する姿を見られるとは思わなかったな」
「その言い方ジジくせぇぞ兄貴」
鷹ちゃんの言葉に即ツッコミを入れた詩音は、鷹ちゃんとは対照的なラフなカットソーとジーンズ姿だ。
(でも、このカットソーだけで何万円もするし、スタイルとセンスが良いからそれだけでカッコ良いんだよね……。鷹ちゃんだってこの後にお仕事が入ってるからオーダーメードの何十万円もするスーツだし)
彼らと結婚してしばらく経つのに、未だに夫たちの金銭感覚になれなくて、つい身に付けているものの値段にビックリしてしまう。
「鷹ちゃんと詩音は司くんが何をするか知ってるの?」
「もちろん。司が今回のパフォーマンスをするためのトレーナーを紹介したのは俺だしね」
「ついでに俺も衣装の調達に協力したから知ってるぜ」
「えぇっ? 知らないの私だけなの? ずるい」
「まぁまぁ。なつみちゃんを驚かせたい司の気持ちをわかってあげてよ」
「そうそう。純情な男心ってやつ」
そう言って緑の瞳を細めた詩音が私を小突く。
その途端、後ろの方で小さく黄色い悲鳴が上がった。
ちらりと振り向けば制服姿の女の子たちが顔を赤くしながら口元を抑えている。
(はは、懐かしいなこの感じ)
そうしているうちに照明が落ちて辺りが暗くなった。
きっと司くんのことだからヴァイオリンかピアノの演奏で衣装は黒のタキシード。
そう考えていた私の予想は見事に裏切られることになる。
歌う。踊る。
物静かで優雅な印象の司くんが。
激しいギターとドラムの音に合わせて。
エレクトリックな打ち込みにのせた、切なく甘い歌詞。
何かを掴む形で伸ばされた腕、複雑なステップを踏む黒のブーツ。
曲も、ダンスも、黒い軍服風の衣装も。
(これって、前に私がカッコいいって言った海外アーティストのMVそっくり──!)
「おー、さすが器用だな司のやつ」
「映えるね」
そんな左右の2人の言葉も私の耳には届かない。
私は舞台の司くんに釘付けだった。
カラフルな照明に照らされる司くんしか見えていなかった。
指先だけの黒いフィンガーグローブを着けた司くんの手が、撃ち抜くような動作で私を指差して。
熱狂と興奮の歓声に包まれた司くんのパフォーマンスは終わった。
「なっちゃん! 見てくれた? どうだったかな、僕の歌」
ステージ後の控え室で微笑む司くんは、衣装はそのままなのに、もう普段の穏やかな司くんだった。
なのに、さっきの舞台上の彼の、鋭い視線と色っぽく唇を舐めた仕草が忘れられない私の動悸と火照りはおさまらない。
「かっこよかった……! かっこよかったよ司くんっ!」
感動で思わず涙ぐんで感想を伝える私に、年下のだんな様は蕩けるように微笑んで私を抱き締めた。
「そう言ってもらえて、頑張った甲斐があったよ。僕の可愛くて愛しい奥さん」
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