【R18】生贄になる予定が魔界の王子に頭突きを食らわせてしまいました

茅野ガク

文字の大きさ
7 / 10
後日談

双色の少年

しおりを挟む
アリシアは迷っていた。

精神的にではなく物理的に迷っていた。
つまり、迷子だ。

どこだここは。

仁王立ちになり腕を組んで周囲を見回す。
夏の夜の空気に混じって薔薇の香りがした。
どうやら薔薇園に出てしまったらしい。

(薔薇、で良いのよね……?)
匂いや見た目はアリシアの知る薔薇とほぼ同じだがなにせここは異界だ。
今自分が居るこの城だって空に浮いているのだから、この花も何か特別なものかもしれない。


結局、あの後クライヴェルのキスに酔ってしまったアリシアは昼食前に彼の寝室に引っ張り込まれた。
そして気が付いた時には既に外は暗くなっていた。
途中で葡萄のような果実やら何やらを口移しで食べさせられたのでお腹は空いていないが、一体何時間ベッドの上に居たのかと頭を抱えたくなった。
このままでは本当に子が宿る日も近い。

幸せそうに目を閉じてアリシアを抱き締めるクライヴェルの腕からなんとか抜け出し水を飲むためベッドを降りた。
……水差しが空だ。
自分たちが部屋に籠ってから半日近く誰も部屋に入って来なかったのだから水が補充されていないのも当然だ。
城の人たちがどういう理由で入って来なかったのかを想像するとまた頭を抱えたくなった。
本当は今日(昨日?)中に彼の父であるこの国の王に挨拶をしたかったのだが、息子本人に笑顔で押し切られこの時間になってしまった。
窓から見える月は白と赤に変わっている。

(うん。まあ、過ぎてしまったことは考えても仕方ないわ)
軽く自分の両頬を叩き、思考を切り替えたアリシアは水を求めて部屋を出た。


──出たのだが、どこだここは(二回目)


少し水を飲んだらすぐに帰るつもりだったから夜着にガウンという格好で出て来てしまった。
寒くはないが誰かに見られたら少々気まずい。
仮にも自分は王子の客人?なのだからあまりはしたない行動をすると彼に恥をかかせてしまう。

しかしそんな心配をよそに夜の薔薇園には誰も居ない。
見られなくて済むのはありがたいが逆に帰り方を尋ねる相手も居ない。


「その薔薇、良い匂いでしょう?」


ふいに後ろから声をかけられ振り返ると、金色の光に包まれた少年が立っていた。

年は12才くらいだろうか。白に近い淡い金髪が月光を受けて煌めいている。
真っ白い神官の様なローブを纏っている姿は、このまま空気に溶けてしまいそうなほど儚かった。
まるでアリシアが神殿で教わった天使のような少年だ。

「今晩はお姉さん。お散歩?」
興味深そうにアリシアを覗き込んでくる瞳は、左は金で右は夕焼けのような色をしていた。

「あ、いえ……、迷ってしまって。本当はヴェ……クライヴェル王子の部屋に戻りたかったのだけど」
「ああ! あそこの回廊は通る度に形が変わるからねぇ! 慣れないうちは誰かと一緒の方が良いよ」
「あなた、ここに詳しいの?」
「うん。僕もここに住んでいるから」
少年は楽しそうに笑う。

(住んでる……?)
この城に住んでいるのは王族と王族に仕える人たちだとクライヴェルに聞いた。
目の前の少年もこの城で働く誰かの家族だろうか?

「僕はジャレス。お姉さんは?」
「私はアリシア。えっと……人間界から来ました」
人間だと言って良いのか一瞬躊躇ったが、少年──ジャレスの無邪気な様子に打ち明けることにした。

そんなアリシアをじっと見ていたジャレスは答えを聞いて益々にこにこと笑う。
「アリシアは僕たち異界の住人が怖くないんだね?」
「怖いなんて……このお城の人たちには本当に親切にして貰っているもの」
「そっか! ねえ、僕、もっとアリシアと話がしたいな!」
「あ、でも、私、王子に何も言わないで出て来ちゃったから心配してるかも。それにこんな格好だし……」

そう言われてジャレスは首を傾げた。
「その格好何かいけないの?」
「だってお行儀悪いわ」
「僕のよく知る女の人はいつももっと布の少ない服を着てるけど……。うん、でもアリシアが気になるなら変えてあげる」
言葉と同時にジャレスがアリシアにふっと息を吹きかけると、アリシアの身体が白い光に包まれた。

「服が、変わった?!」
一瞬でアリシアはあさぎ色のドレス姿になっていた。

「あとは……クライヴェル王子への連絡だね。──おいで」
優しく少年が闇に語りかけると、炎のように揺らめく光の鳥が現れる。
「王子に伝えて。アリシアは僕と居るって」
頷くような仕草をした白い鳥が空に羽ばたき消えた。

目の前で次々と起こる魔法のような光景にアリシアが茫然としているとジャレスははしゃいだように手を叩いた。
「そうだ。彼女にも連絡しなくちゃ! 彼女は蝶が好きだから……」
少年の呟きと同時に今度は紫色の蝶が現れ、再び闇に消える。

「よし! これで大丈夫。来てアリシア! 君に見せたいものが有るんだ」

走り出す少年に手を引かれアリシアは転ばないようについて行くのに精一杯だった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

処理中です...