【R18】生贄になる予定が魔界の王子に頭突きを食らわせてしまいました

茅野ガク

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本編

花嫁に望まれました

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前略、父上様 母上様


どこか遠い空の上で、元気にしていますか?

あなたたちの娘のアリシアは

いきなり神の花嫁なんていう生贄に選ばれたと思ったら

何故か魔界の王子に頭突きを食らわせて魔界に保護されました。

そのあとはここには書けないあんなことやそんなこと、え? ちょっと待ってよこんなことまで?!

と色んなことを経験して目がまわりそうでした。

世の中にはまだまだアリシアが知らないことがいっぱいあるんですね。


知らなかったことと言えば、

魔界の住人たちはとっても親切です。

昨日も初めての経験に気を失ったアリシアにとっても優しくしてくれました。

目を覚ましたら、白いレースがいっぱい付いた可愛い寝間着を着せられていて

隣では美女、もといこの国の王子様がニコニコこちらを見つめながら寝そべっていました。

……ずっと寝顔を見られていたのかな。


そしてまだ陽が昇ったばかりなのに、お風呂の用意をしてくれました。

お風呂は神殿の巫女たちが何人入っても大丈夫なんじゃないかと思うほど大きかったです。

お湯を沸かすために鬼火を出してくれた赤鬼は、朝早くから呼びだされたのに嫌な顔ひとつしませんでした。

着替えを手伝ってくれたメイドさんはモフモフとした獣耳としっぽが可愛くて、

食事を用意してくれた執事さんはおでこに生えたウロコがキラキラしていました。


そしてご飯の美味しいこと美味しいこと!

王子が嬉しそうにおかわりをすすめてくれるので、4回もおかわりをしちゃいました。

今まで見たこともない宝石みたいなケーキも食べました。

今着ている菫色のドレスもまるでお姫様みたいです。

……父さん母さん、アリシアは堕落してしまいそうです。


それではまた、楽しい報告ができることを祈って。


草々
----------------------


 そよそよと爽やかな風が頬を撫でていく。

 昨日はまるで真夏の熱帯夜のようだと思ったが、昼食前の今は初夏のように過ごしやすい。
(魔界にも、朝って来るんだ。そして太陽は一つなんだ……)
 衝撃的な初めての経験に気を失って明け方に目を覚ましたアリシアは、湯あみと食事をさせて貰い、城の庭園の芝生の上で微睡んでいた。

 そして横座りをしたアリシアの膝の上にはこの国の王子の頭がある。
 胸の上で手を組んで瞼を閉じたクライヴェルからはすぅすぅと寝息が聞こえた。
 酩酊状態から醒めてもアリシアが自分を拒否しないこと、青い月が沈んで人間界への扉が閉じられたことに安心したらしい。
(本当に綺麗な顔……)

 彼にはなし崩しに乙女を散らされ、すぐに元の世界に戻るという選択肢を潰されてしまったが、この顔は嫌いじゃないと思った。
 それどころか嬉しそうに笑う顔はもっと見ていたいとすら思う。
 さらり……とクライヴェルの前髪を除けてそっと瞼に触れる。
(この瞼の下にある、青い月のような瞳も優しいわ)

 瞼に、鼻筋に、頬に。
 胸の中に生まれた温かな感情のままに指を滑らせる。
(そして……この唇の傷を大事だと言うあなたを大切にしたいと思う)

 この感情を何と呼ぶのだろう?

 ふと、物思いにふけっていたアリシアの視界に小さな影が映った。
 城で働く誰かの子供なのだろうか。3、4才くらいの男の子が元気に走り回っている。
(危ない!)
 思った瞬間には転んでしまった。
 どこかぶつけたのだろうか、大きな目には涙が浮かび始めていた。

 クライヴェルを起こさないように気を使いながら頭を芝生の上に移動させ、男の子のもとへと小走りで近づく。
「大丈夫? けがはない?」
「ボ、ボク、うぇっ」
「うん。どこも血が出たりしてないみたいね。ほら、痛いの痛いの飛んでけぇ!」

 神殿でよくけがをした子供にかけてやっていたまじないを唱えると、男の子はパチパチと瞬きをして楽しそうにはしゃいだ声をあげた。
「あはは何それ! おもしろーい!」
「痛いのがどこかに行っちゃうおまじないよ」
 そう言って頭を撫でてやると、ギョロリと額に三つめの目が開いた。わお。
(び、びっくりした)
 さすがに今のは心臓に悪い。

「あ! ママだ! おねえちゃんありがとー! じゃぁねー!!」
 慌ててこちらに駆け寄ってくる母親らしき女性は一つ目だった。
(と言うことはお父さんが……?)

 ぺこぺことこちらに頭を下げる女性に手を振り返し、仲良く手を繋いで戻る親子を見送る。
(家族、かぁ……)
 少し感傷的な気分になって振り返ると、いつの間にか起き上がっていたクライヴェルと目が合った。
 手招きされて側まで戻ると足の間に座らされて後ろから抱きこまれる。
 耳にかかる吐息がくすぐったい。

「今のは洗濯係のマーサの子供ですね」
「お城で働いている人を全員覚えているの?」
「はい。城に出入りする者の名前と顔はほぼ把握していますよ。ここには王が暮らしていますから。
それに城に仕えていてくれる彼等のおかげで王族の生活は成り立っているので」
「ヴェルって頭良いのね……」
 簡単なことのようにクライヴェルは言うがこの城は決して小さくはない。
 働いている人数だって相応だろう。
 彼は本当に王子という立場に誇りを持って民を愛しているのだ。

「ところでアリシア」
「なぁに?」
 肩に乗せられた彼の頭がこつんとアリシアの頬に当たる。
「実は僕は7人兄弟なんですが……」
「お、多いのね?!」
「ええ。兄が二人と姉が一人、弟二人に妹が一人います」
 お母さん頑張ったね?!
「なので昔から自分の子供もたくさん欲しくて」
「ヴェルの子供なら男の子でも女の子でも可愛いでしょうね」
「貴女の子供もきっと可愛いですよ? だから……」
 背後から回された白い手が愛おしげにアリシアの腹を撫でる。

「出来てると良いですね。僕たちの赤ちゃん」


 …………。
 ………………。
 ………………………はい?


 デキテルト イイデスネ ボクタチノ アカチャン?


「……え?」
「結果がわかるのはひと月後くらいでしょうか」
 腹を撫でる手は止まらない。
「ま、魔族と人間の間に子供って生まれるのっ、と言うか、ヴェル!!
あなた、もしかして避妊しなかったの?!」
 アリシア腐っても巫女。恋愛経験は皆無でも医学の知識は多少ある。
「ええ。この世界には人間と魔族の混血の者も大勢いますよ」
 くるり。とクライヴェルと向かい合う形に反転させられる。

「だって言ったでしょうアリシア? 僕は、この初恋を、逃がす気はない。と」
 そうアリシアの瞳を覗き込みながら、魔界の王子は艶然と笑った。

 ぱくぱくとぱくぱくと、陸に揚げられた魚のように口を開けることしかできない。
「顔が真っ赤ですよ?」
「な」
「な?」
「な、ななななななっなんてことを?!!」
 思わずクライヴェルの胸元を掴んだ。

 そんなアリシアの姿を見てクライヴェルは不安げな表情になる。
「怒り、ました……?」
 怒るとか怒らないで済む問題じゃないだろう。
 新たな命が宿り誕生するということはそんな簡単なことではないはずだ。
 どうしてそんな重要なことを相手に相談もなしにするのか。

 でも何故だろう。
 目の前の捨てられた子犬のような魔族を、放って置けないと思う。

「責任、ちゃんと取ってよね」
 額と額を合わせ上目づかいで青い瞳を見つめる。
 瞬間、月が喜びに蕩けた。

「愛していますアリシア。神の花嫁なんかではなく、僕の花嫁になってください。
そして、どうか僕を愛してください」

「……うん」
 難しいことをあれこれ悩んでも仕方がない。人にはきっと、その時に必要な流れというものがあるのだ。
 これから起きることは、またその時に考えればいい。

 大丈夫。未来は明るい。
 幸せに笑う自分の姿が見えた気がして、アリシアは降ってくる口づけを瞼を閉じて受け入れた。





おしまい。



 ……あれ、もしかしてこれって、また酩酊状態になるんじゃない?


fin
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