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本編
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自分は花嫁たちの命を奪った神ではない。という言葉は本当だろうか?
そう疑いながらアリシアは水差しを置いた小さなテーブルの向かいに座る異界の住人を見つめた。
「どうぞ座ってください。長い話になると思いますから」
柔らかい声の響きに落ち着きを取り戻したアリシアが椅子に座り直すのを確認して、魔界の王子はユーンブルグと魔界の関係を語り始める──。
「実はさきほどご覧いただいた二つの月ですが、本来は『青と赤』ではなく『白と赤』の月なんです」
「いつもは白い、の……?」
ドキリ。と心臓が跳ねた気がした。
「ええ。普段は白い月がなんの前触れもなく青くなり、それが七晩続きます」
ドクドクとドクドクと。喉から飛び出てしまいそうで息が上手くできない。
「そうするとね、聞こえてくるんですよ」
氷を掴んだように指先の感覚が無くなっていく。
「シャンシャンシャンシャンうるさい鈴の音と、酔っぱらいの鼻歌みたいな声が大音量で」
ジンジンと、頭の中が痺れて…………はい?
「酔っぱらいみたいな、声?」
「はい。ハナヨメをお連れしましたぁ! とか、ゆーんぶるぐに栄光あれぇ!! とかも聞こえてきますね」
それは、もしかしなくても、婚礼の儀の大神官の言葉ではないだろうか。
「もう本当にうるさくて。青い月の辺りから国中に響き渡るので住人からの苦情が凄いんですよ」
「それは、とんだご迷惑を……」
イヤ、アリシア、ワルクナイ。ワルイノハ、ダイシンカン。
「その騒音問題がかれこれ300年くらい前から月が青くなるたびに起きてまして。調べてみたら人間が神との婚礼の儀なんて馬鹿げたことやってるなぁ。と」
おい。王も承認してる神官たち渾身の儀式がバッサリ切られてるぞ。
「最初は苦情に対応しようにも異世界の出来事なので様子を見ていたんですけど、そうしているうちに今度は花嫁役の女の子に毒を飲ませ始めちゃったじゃないですか」
やだーユーンブルグの人たちって野蛮! やだー!
「それで花嫁が死んでしまうと、その気配に反応した魔界の獣たちがワンワンワンワン大騒ぎで。またしても国中から苦情が殺到しまして。
なので婚礼の儀が始まると、騒音対策のために花嫁を迎えに行くんです。花嫁がこちらに来れば音が止みますから」
ちょっとぉぉぉぉぉ! ユーンブルグの神官たちどれだけ隣人(?)に迷惑かけてるのぉぉぉぉ?!
あと魔界の獣、野良犬みたいだね?!
「前回の『シャンシャン鼻歌祭り』の時に僕はちょうど母の胎内にいたんですけど、もう思わず飛び出しそうになるほど本当にうるさくてハハハ」
聞こえてたの? しかも覚えてるの?
そしてシャンシャン鼻歌祭りなんて名前ついてるの?
「だから僕たちは神の花嫁なんてものを要求したことはないですし、生贄を捧げられたところでこの国にはなんの利益にもなりません。そもそもそちらの世界とは正式な交流がありませんから。どうやらユーンブルグの上層部の人間たちは、魔界の住人を悪と定めていた方が都合が良いようなので」
「確かに……国民は生活に不満が有ってもその不満を王にはぶつけず、神殿に祈りを捧げていたわ。自分たちの状況が苦しいのは信仰が足りず魔に誘惑される弱い心が原因だって……」
「でしょう? まぁ青い月の晩以外はそちらからの干渉は無いのであまり気にしていませんが」
「じゃあ花嫁を捧げると国が繁栄すると言うのは完全な迷信なの……?」
「そうですね」
神との婚礼の儀は、なんの意味もなさない茶番だった。
その事実に堪らず声が震える。
「でも、そうしたら、今までの花嫁たちは何のために命を……っ」
テーブルの上で強く握りしめたアリシアのこぶしに、クライヴェルの白い手がそっと重なる。
「最初に毒を飲まされた花嫁の命を救えずに、申し訳ありませんでした」
「っ、ごめんなさい。あなたのせいじゃないのに」
「いえ、当時の王族が判断を誤ったのは確かですから」
悲しげに目を伏せる目の前の魔族は、無表情にアリシアを拘束した神官たちよりもよほど心が有るように思えた。
「ですが、それ以降の花嫁は魔界で無事に保護していますので安心してください。人間界に帰ることを望まれた花嫁は、ユーンブルグ以外の国に送り届けて無事にその天寿を全うされていることを確認しています」
「え?」
潤んだアリシアの目を見つめながら優しい声で魔界の王子はこう続ける。
「我が国は青い月の晩以外には積極的にこちらから人間界に介入はしませんが、それでも一度この国に足を踏み入れ助けを求めた存在を決して見捨てません。こちらにお連れした花嫁には魔界での保護か人間界への帰郷かを選んでいただき、可能な限り希望に沿うよう対応しています」
「元の世界に、戻れる……?」
「そうです。過去に花嫁で人間界に戻られた方は1人だけですが、実は花嫁以外にも何年かに一度の割合で人間界から『迷い人』が現れるんです。迷い人の方は半分くらいの確率で帰郷を望まれますね」
「どうしてそこまでしてくれるの? 人間は魔族を忌んでいるのに……」
「あぁ、こちらも完全な慈善事業ではないのでお気になさらず。ちゃんと旨みが有るんです」
ニッコリ。
あ、今のはなんだか神殿で教わった魔族っぽい。
「さきほど帰郷を望まれた方は人間界にお連れすると言いましたが、我々もいつでも自由に人間界に行けるわけではないんです。青い月が昇っている間か、二つの月が完全に姿を消す新月の晩にだけ行くことができます。しかも空間を渡れるのは高位の魔族だけです。
なので人間の身につけている服や小物、その時に人間界で流行っている文化、料理、日用品なんかは物珍しくて民に人気が有るんです」
「服が珍しい? でも、ヴェルが今着ている服はユーンブルグの王国軍の正装にそっくりだけど……」
「気づいてくださいましたか! そうなんです。これは100年ほど前に来た迷い人から魔界に伝わったものなんですよ。国民に評判が良かったので王族の衣装に取り入れちゃいました」
「と、取り入れちゃったんだ……」
ユーンブルグと魔界の温度差スゴイ。
「はい。ですので花嫁や迷い人の方には身柄を保護する代わりに衣装や知識を提供していただいています。
やはり魔界で複製したものよりも人間界で作られた物の方が希少価値が有るので、花嫁のドレスなんかは競売にかけると高値がつくんですよ。おかげで国が潤います。
あ、人間の文化は魅力的ですが資源や国力は魔界の方が豊かなので、わざわざ軍を動かして人間界に攻め込む気などはありませんからご安心を。僕たちが迎えに行くか、不定期に現れる狭間に迷い込むしか人間にはこちらに来る手段がありませんし。
だから魔界の存在を知った人間をお帰ししても、さほど問題はないんですよね。まぁ大体の方は恩義を感じて、それ以外の方は自身が迫害されるのを恐れて魔界のことを黙っていてくださいますから」
人間界の魔界に相手にされてない感じヒドイ。
「あと僕のこの青い石のピアスも迷い人に教えて貰った技術で作ったものなんですよ」
言われてクライヴェルの耳を見ると、確かにアリシアの世界でよく売られているような形のピアスが光っていた。そして更によく見ると耳の上の方がちょっとだけ尖っていた。
人間とは異なる耳の形だが、クライヴェルの心に触れた今はなんだかそれが可愛く見える。
「じゃあ私が今着ているドレスも競売に?」
「花嫁が現れるのは20年ぶりなので凄い競争率になるでしょうね」
もしや、これは一獲千金のチャンス?!
「あ、帰郷される場合は手数料として全額国に寄付していただきますし、魔界で暮らす場合も生活手段が見つかるまでの平均的な生活費を引いて残りは全て国に納めていただいてます。城下に人間が集まった職人街が有るので皆さんすぐここでの生活に馴染まれますよ」
「刹那の夢だったわ……」
「大丈夫。アリシアのことは僕が養います」
ガックリと肩を落とすアリシアの手を撫でながらクライヴェルが熱く囁く。
「ありがとう。でもまだここに残るか帰るかも決めていないし、たまたまご縁が有ったあなたにそこまで面倒見て貰うわけには……」
クライヴェルはよほど責任感の強い王子なのだろう。まだ出会って数刻のアリシアにそこまで言ってくれるなんてあの大神官たちにクライヴェルの爪の垢をのませてやりたい。
「いいえアリシア。僕はこの初恋を逃がす気は無いんです」
……うん?
「青い月は七晩続くと白く戻り、次にいつまた青くなるかはわかりません。二つの月が消える新月の晩の訪れも周期が定まっていない。だから、今夜が僕の初恋を繋ぎとめるための正念場なんです」
ぐっと重ねた手を力強く握られる。
「そ、そうなの? なんだかよくわからないけど助けて貰ったお礼に協力するから、私にできることが有ったら言ってね……?」
「はい! 是非協力してください!」
なんだかただならぬ気迫を感じる。
でもそうか。あの婚礼の儀から自分を救いだしてくれたのはこの美しい青年だったのか。
(神殿に現れた時は一体どんな禍々しい存在かと思ったけど……)
…………ん?
と言うことは、長年騒音問題に苦労していた上にわざわざ保護しに来てくれた恩人に、自分は頭突きをぶちかましたのだろうか。
「ね、ねえヴェル……?」
「なんでしょうアリシア」
名前を呼ばれただけで何故か極上の笑顔を浮かべるクライヴェルの唇は、やはり端が切れていて痛々しい。
「もしかしてその唇の傷は私の頭突きが原因で……?」
「あぁアリシア! 貴女からその話題に触れてくださるなんて」
まなじりをほんのり桃色に染めてうっとりと笑う顔は、まるで可憐な乙女のようだ。
眼を狙ったつもりだったけどぶつかったのは口だったのか。
「やっぱり治療するから見せてちょうだい!」
立ちあがってクライヴェルの側に寄り傷にそっと触れる。
すると、
……その手に何故か、口づけられた。
驚いて身を引こうとするアリシアに構わず、ちゅっちゅっちゅっとクライヴェルは何度も指先に唇を落とす。
「アリシア、僕は今まで何人もの女性に誘われてそれなりの付き合いを経験してきましたが、恋はしたことこがありませんでした」
「ヴェ、ヴェルは女性に人気が有る……の、ねっ?」
それが今自分の指先に起こっている事態となんの関係が有るのか。
この状況もクライヴェルの話も、6才から神殿で過ごし恋愛とはほぼ無縁だったアリシアには刺激が強すぎる。
「初対面で僕に頭突きを食らわせた女性は、貴女が初めてなんです」
ぐっと腰を引き寄せられ椅子の上のクライヴェルの膝へ倒れこむ。
「一国の王子様に頭突きを食らわせる人なんて、男性でもめったにいないわよねっ」
なんとか降りようともがくが、軽々とクライヴェルの膝に腰かける形に抱え直されてしまった。
「目の前に星が散って世界がぐらぐらと揺れる感覚に、これが初恋なんだと口に広がる血の味を感じながら確信しました」
「それ、たぶん普通に脳震盪っ!」
ふわり。とまるで重さを感じていないように、最初に目を覚ましたベッドへと横抱きで運ばれる。
「僕、母が淫魔なので閨事には自信があるんです」
絡めた指をシーツに押さえつけられながら、とんでもない爆弾発言を落とされた。
「だから、とりあえずまずは、既成事実を作って肉体から好きになって貰おうと思って」
そう自分の唇の傷を舐めながら妖艶に笑うクライヴェルの顔は、恐ろしいほどに美しかった。
あ、こいつやっぱり魔族だわ。
そう疑いながらアリシアは水差しを置いた小さなテーブルの向かいに座る異界の住人を見つめた。
「どうぞ座ってください。長い話になると思いますから」
柔らかい声の響きに落ち着きを取り戻したアリシアが椅子に座り直すのを確認して、魔界の王子はユーンブルグと魔界の関係を語り始める──。
「実はさきほどご覧いただいた二つの月ですが、本来は『青と赤』ではなく『白と赤』の月なんです」
「いつもは白い、の……?」
ドキリ。と心臓が跳ねた気がした。
「ええ。普段は白い月がなんの前触れもなく青くなり、それが七晩続きます」
ドクドクとドクドクと。喉から飛び出てしまいそうで息が上手くできない。
「そうするとね、聞こえてくるんですよ」
氷を掴んだように指先の感覚が無くなっていく。
「シャンシャンシャンシャンうるさい鈴の音と、酔っぱらいの鼻歌みたいな声が大音量で」
ジンジンと、頭の中が痺れて…………はい?
「酔っぱらいみたいな、声?」
「はい。ハナヨメをお連れしましたぁ! とか、ゆーんぶるぐに栄光あれぇ!! とかも聞こえてきますね」
それは、もしかしなくても、婚礼の儀の大神官の言葉ではないだろうか。
「もう本当にうるさくて。青い月の辺りから国中に響き渡るので住人からの苦情が凄いんですよ」
「それは、とんだご迷惑を……」
イヤ、アリシア、ワルクナイ。ワルイノハ、ダイシンカン。
「その騒音問題がかれこれ300年くらい前から月が青くなるたびに起きてまして。調べてみたら人間が神との婚礼の儀なんて馬鹿げたことやってるなぁ。と」
おい。王も承認してる神官たち渾身の儀式がバッサリ切られてるぞ。
「最初は苦情に対応しようにも異世界の出来事なので様子を見ていたんですけど、そうしているうちに今度は花嫁役の女の子に毒を飲ませ始めちゃったじゃないですか」
やだーユーンブルグの人たちって野蛮! やだー!
「それで花嫁が死んでしまうと、その気配に反応した魔界の獣たちがワンワンワンワン大騒ぎで。またしても国中から苦情が殺到しまして。
なので婚礼の儀が始まると、騒音対策のために花嫁を迎えに行くんです。花嫁がこちらに来れば音が止みますから」
ちょっとぉぉぉぉぉ! ユーンブルグの神官たちどれだけ隣人(?)に迷惑かけてるのぉぉぉぉ?!
あと魔界の獣、野良犬みたいだね?!
「前回の『シャンシャン鼻歌祭り』の時に僕はちょうど母の胎内にいたんですけど、もう思わず飛び出しそうになるほど本当にうるさくてハハハ」
聞こえてたの? しかも覚えてるの?
そしてシャンシャン鼻歌祭りなんて名前ついてるの?
「だから僕たちは神の花嫁なんてものを要求したことはないですし、生贄を捧げられたところでこの国にはなんの利益にもなりません。そもそもそちらの世界とは正式な交流がありませんから。どうやらユーンブルグの上層部の人間たちは、魔界の住人を悪と定めていた方が都合が良いようなので」
「確かに……国民は生活に不満が有ってもその不満を王にはぶつけず、神殿に祈りを捧げていたわ。自分たちの状況が苦しいのは信仰が足りず魔に誘惑される弱い心が原因だって……」
「でしょう? まぁ青い月の晩以外はそちらからの干渉は無いのであまり気にしていませんが」
「じゃあ花嫁を捧げると国が繁栄すると言うのは完全な迷信なの……?」
「そうですね」
神との婚礼の儀は、なんの意味もなさない茶番だった。
その事実に堪らず声が震える。
「でも、そうしたら、今までの花嫁たちは何のために命を……っ」
テーブルの上で強く握りしめたアリシアのこぶしに、クライヴェルの白い手がそっと重なる。
「最初に毒を飲まされた花嫁の命を救えずに、申し訳ありませんでした」
「っ、ごめんなさい。あなたのせいじゃないのに」
「いえ、当時の王族が判断を誤ったのは確かですから」
悲しげに目を伏せる目の前の魔族は、無表情にアリシアを拘束した神官たちよりもよほど心が有るように思えた。
「ですが、それ以降の花嫁は魔界で無事に保護していますので安心してください。人間界に帰ることを望まれた花嫁は、ユーンブルグ以外の国に送り届けて無事にその天寿を全うされていることを確認しています」
「え?」
潤んだアリシアの目を見つめながら優しい声で魔界の王子はこう続ける。
「我が国は青い月の晩以外には積極的にこちらから人間界に介入はしませんが、それでも一度この国に足を踏み入れ助けを求めた存在を決して見捨てません。こちらにお連れした花嫁には魔界での保護か人間界への帰郷かを選んでいただき、可能な限り希望に沿うよう対応しています」
「元の世界に、戻れる……?」
「そうです。過去に花嫁で人間界に戻られた方は1人だけですが、実は花嫁以外にも何年かに一度の割合で人間界から『迷い人』が現れるんです。迷い人の方は半分くらいの確率で帰郷を望まれますね」
「どうしてそこまでしてくれるの? 人間は魔族を忌んでいるのに……」
「あぁ、こちらも完全な慈善事業ではないのでお気になさらず。ちゃんと旨みが有るんです」
ニッコリ。
あ、今のはなんだか神殿で教わった魔族っぽい。
「さきほど帰郷を望まれた方は人間界にお連れすると言いましたが、我々もいつでも自由に人間界に行けるわけではないんです。青い月が昇っている間か、二つの月が完全に姿を消す新月の晩にだけ行くことができます。しかも空間を渡れるのは高位の魔族だけです。
なので人間の身につけている服や小物、その時に人間界で流行っている文化、料理、日用品なんかは物珍しくて民に人気が有るんです」
「服が珍しい? でも、ヴェルが今着ている服はユーンブルグの王国軍の正装にそっくりだけど……」
「気づいてくださいましたか! そうなんです。これは100年ほど前に来た迷い人から魔界に伝わったものなんですよ。国民に評判が良かったので王族の衣装に取り入れちゃいました」
「と、取り入れちゃったんだ……」
ユーンブルグと魔界の温度差スゴイ。
「はい。ですので花嫁や迷い人の方には身柄を保護する代わりに衣装や知識を提供していただいています。
やはり魔界で複製したものよりも人間界で作られた物の方が希少価値が有るので、花嫁のドレスなんかは競売にかけると高値がつくんですよ。おかげで国が潤います。
あ、人間の文化は魅力的ですが資源や国力は魔界の方が豊かなので、わざわざ軍を動かして人間界に攻め込む気などはありませんからご安心を。僕たちが迎えに行くか、不定期に現れる狭間に迷い込むしか人間にはこちらに来る手段がありませんし。
だから魔界の存在を知った人間をお帰ししても、さほど問題はないんですよね。まぁ大体の方は恩義を感じて、それ以外の方は自身が迫害されるのを恐れて魔界のことを黙っていてくださいますから」
人間界の魔界に相手にされてない感じヒドイ。
「あと僕のこの青い石のピアスも迷い人に教えて貰った技術で作ったものなんですよ」
言われてクライヴェルの耳を見ると、確かにアリシアの世界でよく売られているような形のピアスが光っていた。そして更によく見ると耳の上の方がちょっとだけ尖っていた。
人間とは異なる耳の形だが、クライヴェルの心に触れた今はなんだかそれが可愛く見える。
「じゃあ私が今着ているドレスも競売に?」
「花嫁が現れるのは20年ぶりなので凄い競争率になるでしょうね」
もしや、これは一獲千金のチャンス?!
「あ、帰郷される場合は手数料として全額国に寄付していただきますし、魔界で暮らす場合も生活手段が見つかるまでの平均的な生活費を引いて残りは全て国に納めていただいてます。城下に人間が集まった職人街が有るので皆さんすぐここでの生活に馴染まれますよ」
「刹那の夢だったわ……」
「大丈夫。アリシアのことは僕が養います」
ガックリと肩を落とすアリシアの手を撫でながらクライヴェルが熱く囁く。
「ありがとう。でもまだここに残るか帰るかも決めていないし、たまたまご縁が有ったあなたにそこまで面倒見て貰うわけには……」
クライヴェルはよほど責任感の強い王子なのだろう。まだ出会って数刻のアリシアにそこまで言ってくれるなんてあの大神官たちにクライヴェルの爪の垢をのませてやりたい。
「いいえアリシア。僕はこの初恋を逃がす気は無いんです」
……うん?
「青い月は七晩続くと白く戻り、次にいつまた青くなるかはわかりません。二つの月が消える新月の晩の訪れも周期が定まっていない。だから、今夜が僕の初恋を繋ぎとめるための正念場なんです」
ぐっと重ねた手を力強く握られる。
「そ、そうなの? なんだかよくわからないけど助けて貰ったお礼に協力するから、私にできることが有ったら言ってね……?」
「はい! 是非協力してください!」
なんだかただならぬ気迫を感じる。
でもそうか。あの婚礼の儀から自分を救いだしてくれたのはこの美しい青年だったのか。
(神殿に現れた時は一体どんな禍々しい存在かと思ったけど……)
…………ん?
と言うことは、長年騒音問題に苦労していた上にわざわざ保護しに来てくれた恩人に、自分は頭突きをぶちかましたのだろうか。
「ね、ねえヴェル……?」
「なんでしょうアリシア」
名前を呼ばれただけで何故か極上の笑顔を浮かべるクライヴェルの唇は、やはり端が切れていて痛々しい。
「もしかしてその唇の傷は私の頭突きが原因で……?」
「あぁアリシア! 貴女からその話題に触れてくださるなんて」
まなじりをほんのり桃色に染めてうっとりと笑う顔は、まるで可憐な乙女のようだ。
眼を狙ったつもりだったけどぶつかったのは口だったのか。
「やっぱり治療するから見せてちょうだい!」
立ちあがってクライヴェルの側に寄り傷にそっと触れる。
すると、
……その手に何故か、口づけられた。
驚いて身を引こうとするアリシアに構わず、ちゅっちゅっちゅっとクライヴェルは何度も指先に唇を落とす。
「アリシア、僕は今まで何人もの女性に誘われてそれなりの付き合いを経験してきましたが、恋はしたことこがありませんでした」
「ヴェ、ヴェルは女性に人気が有る……の、ねっ?」
それが今自分の指先に起こっている事態となんの関係が有るのか。
この状況もクライヴェルの話も、6才から神殿で過ごし恋愛とはほぼ無縁だったアリシアには刺激が強すぎる。
「初対面で僕に頭突きを食らわせた女性は、貴女が初めてなんです」
ぐっと腰を引き寄せられ椅子の上のクライヴェルの膝へ倒れこむ。
「一国の王子様に頭突きを食らわせる人なんて、男性でもめったにいないわよねっ」
なんとか降りようともがくが、軽々とクライヴェルの膝に腰かける形に抱え直されてしまった。
「目の前に星が散って世界がぐらぐらと揺れる感覚に、これが初恋なんだと口に広がる血の味を感じながら確信しました」
「それ、たぶん普通に脳震盪っ!」
ふわり。とまるで重さを感じていないように、最初に目を覚ましたベッドへと横抱きで運ばれる。
「僕、母が淫魔なので閨事には自信があるんです」
絡めた指をシーツに押さえつけられながら、とんでもない爆弾発言を落とされた。
「だから、とりあえずまずは、既成事実を作って肉体から好きになって貰おうと思って」
そう自分の唇の傷を舐めながら妖艶に笑うクライヴェルの顔は、恐ろしいほどに美しかった。
あ、こいつやっぱり魔族だわ。
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