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ユーリウスの独白
しおりを挟む『悠久の魔女ヴァリテが、人間の赤子を拾って育てているらしい』
エスターナ国の王太子ユーリウスがそんな噂を耳にしたのは、今から18年前。彼が5歳の時だ。
どこか厭世的で人に関わらないようにしている悠久の魔女ヴァリテ。
5歳と言えどもユーリウスは聡明で優秀な子供だったから、ヴァリテが人間の子供を拾ったことに大人たちが衝撃を受けていることを察した。
そしてその赤ん坊が金目銀目であることを嘲る一部の貴族たちの空気も――。
(まぁ悠久の魔女は森の奥の塔で隠居してるみたいだし。俺には関係ないことだな)
しかし三年後。
『養い子はもっと多くの人間と関わるべきだ』と、ヴァリテは自分の塔の場所を城下町の外れに移した。
更にその一年後。
『王族との繋がりを持っていた方がメルロナのためになる。王よ、何か仕事をお寄こし』と、養い子を連れて王宮に通い始めた。
ユーリウス9歳。メルロナ4歳。
初めて出会った魔女の養い子は、噂から想像していたよりずっと無邪気でよく笑う少女だった。
(この子のどこが凶兆なんだ。むしろ、天使みたいな女の子じゃないか)
くるくると表情の変わる金と青の瞳。林檎のような頬。舌足らずな甘い声。光に透ける淡い蜂蜜色の髪。
『ゆーりうすさま』
彼女に名前を呼ばれるだけで。
鼓動が高鳴る。今すぐに抱き締めたい衝動に駆られる。彼女のためなら、何だってできる気分になる。
実際に、メルロナが6歳の時に彼女を泣かせた子供たちはすぐに王宮から追放した。
父と母に自分の気持ちを告げ、偏見を持つ貴族たちも排除した。
それなのに、彼女は身分なんてものを気にして自分と距離を置いてしまった。
次期国王と魔女。
そんなものが何だと言うのだ。
自分はメルロナを愛しているし、メルロナからの好意だって感じている。
それに彼女は自分で思っているよりも優秀な魔女だ。彼女の魔法と薬作りの腕は国のためにだってなる。
魔女が王妃となることに、反対する者はもうどこにもいない。
『お前さんの努力は認めるが、メルロナが成人するまでは手を出すなよ。お前さんのことじゃ、一度深く触れたら最後。すぐにでも孕ませて囲い込むつもりじゃろう。メルロナのためにも、あの子が幼いうちは許可できぬよ』
今すぐにでも彼女に触れたい渇望。
捩じ込んで、快楽に啼かせて、証を刻み付けて。
自分なしで生きられないようにしたい。
君だけが、俺にとっての聖域なのに。
守りたい。汚したい。守りたい。
矛盾する嵐が身体の中でうずまく。
狂いそうな程の情動を飼い慣らして。
時が満ちるのをひたすらに待ちわびた。
『――ヴァリテ。今日でメルロナは18歳だ。俺に協力しないとは、言わせないよ』
『やれやれ。何も成人と同時に攫ってゆかずとも良いだろうに。……でも、メルロナがお前さんを見つめて切なそうに笑うのは私も本意でないからね。そうさの、収穫祭。収穫祭の前日に私も娘を嫁にやる覚悟を決めようかの』
あと少し。あと少しで彼女の全てに触れられる。
「早く。早く俺の腕の中に落ちておいでメルロナ」
夜風に銀の髪をなびかせ。
星が降る空を見上げながらユーリウスは微笑んだ。
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