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午後六時。
隣での物音は止んだのに、女はまだいるらしい。台所で何やらはしゃいだ声がする。
いい加減夕飯を作らないといけないのに。
眉を寄せながらリビングのドアを開けると、何かを煮ているような匂いがただよって来た。
「……あ! ああ! あなたが妹さんね! お邪魔しています。初めまして!」
まるでこの家の住人みたいな顔をして。
コンロにかけた鍋の中身をかき混ぜる女が美也子に気づいて振り返る。
濃いめのアイメイク。パーマのかかった茶髪。ブリブリとしたピンクのエプロン。……前回の黒髪の女とは別の女だ。
指先には派手なネイルが施されていて、その爪でうちの調理器具に触られたのかと思うと目眩がする。
(私が嫌いなタイプ……っ)
しかし、その女の目尻にはホクロがあった。
「私、お兄さんとお付き合いしている茉莉花って言います……あら!」
何かに気付いたように女が嬉しげに手を叩く。
「すごい! 妹さんにも泣きボクロが有るのねっ? 充也にも有るし、私たち三人、ホクロの位置がおそろいね!」
「……初めまして。充也の妹の美也子です」
本当は今すぐにでも出て行って欲しかったが、そうもいかずに挨拶を返した。
「美也子ちゃんの話はいつも充也から聞いてるのよ。……と言うか充也は口を開けば美也子ちゃんの話ばっかりで。それが原因で別れた彼女もいるっていう噂も有るくらいなんだから。お兄さんのためにも少しは兄離れしてあげてね。ね?」
じろじろと値踏みをする様な女の視線が全身を這う。
ねぇ、この女は、今なんて言った?
「――ストップ。茉莉花、美也子がビックリしてる」
ふわり。と後ろから兄の手が周り抱き込まれる。
慣れた体臭と体温に警戒心が和らぐ。
きっと兄がいなければ、自分はこの女をひっぱたいていた。
「あらごめんなさい? ふふ、本当に妹が可愛くて仕方ないのね。でもこんなに自分に似てる美少女じゃその気持ち分かるわぁ。あなた達、一対のお人形……お雛様みたいね。お父さんとお母さんどちらに似てるのかしら?」
「……両親が、従兄妹同士だったので両親の顔もなんとなく似てるんです」
「そう。だから俺たちはどっちにも似てるってこと。母親にはもう何年も会って無いけどね」
繊細な話題に触れたというのに女の表情は変わらない。
一体どこまでこちらに踏み込んでくれば気が済むのだろう!
「あ、そうそう美也子ちゃん! お母さんがいないって聞いてたから、夜ごはんに食べてもらおうと思って私シチューを作ったの。ぜひ食べてね!」
「バイトの前にわざわざ作らなくても良いって言ったのに……。茉莉花、もう出なきゃ間に合わない時間だろ? 送れなくて悪いけど……」
「駅すぐ近くだから平気よ。それより冷めないうちに食べて。じゃあね美也子ちゃん。お邪魔しました」
誇らしげな笑顔に、喉の奥がざらついた。
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