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しおりを挟む女が帰ってすぐに鍋の中のシチューを流しへとぶちまける。
蛇口から流れる水の勢いが強過ぎて飛沫が服を濡らすがそんなことは構わない。
一刻も早く、このおぞましい液体を視界から消してしまいたかった。
スポンジで鍋の底をガシガシと擦る。
――ああ! 洗うことさえ煩わしい。いっそ鍋ごと捨ててしまおうか!
「美也子、そんなに力を入れたら手首を痛めるよ。後は俺が洗うから着替えておいで」
身体を重ねた女が作ったものを台無しにされても、兄の声は穏やかなまま。
「あの女、凄く無神経だわ! しかももう、これから暑くなる時期なのにシチューだなんてバカなんじゃないの?! なんでっ、なんであんな――!!」
「ごめんな。怒った美也子も綺麗だけど、そんな表情をさせたかったわけじゃないんだ」
後頭部に落とされた唇も美也子の苛立ちを煽るだけだった。
着替えるようにと戻された部屋で、濡れた服はそのままにスマホを耳に当てる。
2コール目が鳴り終わらないうちに上擦った声が機械の向こうから聞こえた。
「もしもし。律也君? 今日は会えなくてごめんなさい」
気にしないでよ! と言う人の良さそうな声に被せるように言葉を続ける。
「お詫びに明日、バイトの後に私の家に来ない? 父は仕事で帰って来ないし、兄も同じくバイトで遅いの。だから――――」
男を誘う甘い声はまるでじわじわとまわる毒のようだった。
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