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「めんどくさがりのプリンセス」の末っ子エミリー
ブリーの審判
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目を開けると見慣れた天井が見えた。
どうやら自室のベッドにいるらしい。
エミリーは布団の中でごそごそ態勢をかえて、横向きになってサイドボードにある目覚まし時計を見てみた。
「…五時? 何で、昼寝なんか、してるんだろう?」
そこで思い出した。
「がーん、初めて気絶した。」
いやいやそこじゃないだろう。
自分の口が独りでにしゃべりだしたなんていう、おかしなことがあったよね。
あった。
なんだったんだろうあれ。
病気? …じゃ、ないみたいだし。
考え込んでいると、鏡に映ったおばあさんの顔を思い出して、ぞくっとした。
心霊写真?
違う、写真ですらないから。
あの時は恐怖で何も考えられなかったけど、…どこかで見たことあるような顔だったよね。
いやー、でもあんな東洋人っぽい人は会ったこともない。
小さくノックの音がして、すぐにブリーがドアを開けた。
「エム、起きてたのね。アル兄さまたち帰ってきたわよ。キャスったら、明日帰るって言ってたのに、結局アル兄さまと一緒に帰ってきたみたい。」
そうか、キャサリンも帰って来たのか…。
ブリーは遠慮なく入って来ると、いつものしぐさでベッドの上に腰かけた。
エミリーの顔色を診断するみたいにじっと見ている。
「ところで、何を騒いで大声出してたのか教えてちょうだい。見に行ったら意識を失って倒れてるし。ピートを呼びに行って運んでもらったりして大変だったのよ。」
「ピートが運んでくれたんだ。」
「もちろん。他に男の人いなかったじゃない。ジボアも買い出しに行ってたし。」
ピートは、庭師である。
長年勤めてくれていたピートじいさんの跡取りで、62歳になる今も、元気に働いてくれている。
じいさんと一緒に仕事をしていた時は、名前を呼ぶのがややこしいので「ジュニア」と呼んでいたのだが、じいさんが引退した今はピート呼びに戻った。
子爵家の人々の中で「庭師=ピート」という図式がすでに出来上がってしまっていたためだ。
しかし元気だとはいえピート本人は、エミリーより一つ上の歳の曾孫がいる年齢である。
三階のエミリーの部屋まで運んでくれただなんて、大丈夫だったのだろうか。
「それは…重たかったんじゃない?」
「あなた最近急に背が伸びたでしょう。さすがのピートも、二階の階段を登り切った頃からよろよろしてきて『エミリーさまも、大きくなりましたなぁ。』って言って、ぜいはあ言ってたわよ。」
「あら、面倒かけちゃったなぁ。」
「面倒といえば私もかけられたんだけどー。 ピートを東屋の方まで探しに行って、ドクター・クランケに電話しても捕まらなくて、きりきりまいしてる時にミズ・めんどーに話しかけられて。発狂しそうになっちゃったわよ。」
わーブリー、お、お疲れーー。
こりゃあしばらく事あるごとに言われるな。
「ごめんー。でも不可抗力だから。あんなことがあったら、誰だって気絶するよ。」
「だからぁー、何があったのよ。」
何って…どー説明すればいいのやら。
「んー、こないだの呪文みたいなのをね、ぶつぶつ呟いてたら、頭の中で『ピンポーン』って音がして、勝手に口が動いて『呼んだぁー?』って言った。それからも、何回も口が独りでに動いてしゃべるの。鏡見たら、おばあさんがにっこりって。その瞬間、気絶してた。」
私の説明を聞いて、ブリーは、ぽかーんとしていた。
「エム、あなた頭打ったわね。ピートったらぁ『大丈夫でしょう。』って言ったくせにーー。」
今にもピートか誰だかを呼びに行きそうなブリーを捕まえて、納得してくれるまで説明することになった。
ブリーは、珍しく長いこと考えてたかと思ったら、重々しい口調でこう言った。
「エム、あの幽霊…幽霊だと思ってたけど、神様か天使なんじゃない? 本人はなんとか新人マスターって言ってたけどね。なんか記憶なんとやらがどうとか…。」
「記憶チート?」
「そう、その記憶チートを作動させる呪文を教えに来たっぽいよねぇ。そもそも呪文って言っても、私は覚えてもないわよ。それをあなたは事細かく覚えてる。そこ、重要ポイント。…なつみさん、って言ったっけ?」
「うん。」
「鏡に映った人ってその人なんじゃない? それに異世界って、違う世界ってことでしょ。転生っていうのは、ユーラシア大陸の東の方の宗教かなんかの教えにあったような気がする。エムの言うアジア人っぽく見えたおばあさん。そんなことをひっくるめて考えると、エム、あなたなつみさんの生まれ変わりなのよ。」
「ええーっ、だってだって生まれ変わったんなら、なんで死んだ人が鏡に映るのよーー。悪魔に、憑りつかれたのぉーーー?!!」
「シィー、静かにしなさい。母様たちも心配して何度もここを覗いてるんだから。こんな話を聞かせたらよけいな心配をさせちゃうじゃないの。簡単なのは本人に直接聞くことね。」
「本人って…。」
「呪文を、使ってみりゃあいいじゃない。」
ブリーは、ブリーだった。
この姉は、さっぱりすっきり直接的な、男らしい性格をしている。
外ではしとやかで、たおやかな子爵家のお嬢様で通っているが、家族うちでは長男のアレックスより男らしいと言われている。
「やだ。使いたくない。怖いもん。」
「エムったら、10歳にもなって…。」
これは歳に関係ないじゃん。
誰が好き好んで死人の顔を見たいって思う?
トン・トトン・トン
リズミカルなノックの音がしたかと思うと、キャサリンが顔を覗かせた。
「やっぱり起きてたのね。ブリーが戻ってこないから、そんなことだろうと思ったわ。ディナーよ。今日はみんな疲れてるから、着替えなくていいってさ。エム、久しぶり。食べられそう?」
「…うん。」
「じゃ、みんな待ってるから。」
言いたいことを言うと、キャサリンはさっさと下に降りて行った。
エミリーはちらりとブリーの顔を見上げた。
「このことは、また後で。まぁ呪文を使ってみるかどうかはエム次第だけどさ。わざわざ神様が教えに来たっていうことは、何か恩恵のある便利道具かもよ~。」
「…んでも、そんなもんなくったって別に不自由ないし。」
この時はそう思っていた。
本当に、心の底からそう思っていた。
まさかまたすぐに呪文を使うことになろうとは、エミリーは思ってもいなかったのだ。
どうやら自室のベッドにいるらしい。
エミリーは布団の中でごそごそ態勢をかえて、横向きになってサイドボードにある目覚まし時計を見てみた。
「…五時? 何で、昼寝なんか、してるんだろう?」
そこで思い出した。
「がーん、初めて気絶した。」
いやいやそこじゃないだろう。
自分の口が独りでにしゃべりだしたなんていう、おかしなことがあったよね。
あった。
なんだったんだろうあれ。
病気? …じゃ、ないみたいだし。
考え込んでいると、鏡に映ったおばあさんの顔を思い出して、ぞくっとした。
心霊写真?
違う、写真ですらないから。
あの時は恐怖で何も考えられなかったけど、…どこかで見たことあるような顔だったよね。
いやー、でもあんな東洋人っぽい人は会ったこともない。
小さくノックの音がして、すぐにブリーがドアを開けた。
「エム、起きてたのね。アル兄さまたち帰ってきたわよ。キャスったら、明日帰るって言ってたのに、結局アル兄さまと一緒に帰ってきたみたい。」
そうか、キャサリンも帰って来たのか…。
ブリーは遠慮なく入って来ると、いつものしぐさでベッドの上に腰かけた。
エミリーの顔色を診断するみたいにじっと見ている。
「ところで、何を騒いで大声出してたのか教えてちょうだい。見に行ったら意識を失って倒れてるし。ピートを呼びに行って運んでもらったりして大変だったのよ。」
「ピートが運んでくれたんだ。」
「もちろん。他に男の人いなかったじゃない。ジボアも買い出しに行ってたし。」
ピートは、庭師である。
長年勤めてくれていたピートじいさんの跡取りで、62歳になる今も、元気に働いてくれている。
じいさんと一緒に仕事をしていた時は、名前を呼ぶのがややこしいので「ジュニア」と呼んでいたのだが、じいさんが引退した今はピート呼びに戻った。
子爵家の人々の中で「庭師=ピート」という図式がすでに出来上がってしまっていたためだ。
しかし元気だとはいえピート本人は、エミリーより一つ上の歳の曾孫がいる年齢である。
三階のエミリーの部屋まで運んでくれただなんて、大丈夫だったのだろうか。
「それは…重たかったんじゃない?」
「あなた最近急に背が伸びたでしょう。さすがのピートも、二階の階段を登り切った頃からよろよろしてきて『エミリーさまも、大きくなりましたなぁ。』って言って、ぜいはあ言ってたわよ。」
「あら、面倒かけちゃったなぁ。」
「面倒といえば私もかけられたんだけどー。 ピートを東屋の方まで探しに行って、ドクター・クランケに電話しても捕まらなくて、きりきりまいしてる時にミズ・めんどーに話しかけられて。発狂しそうになっちゃったわよ。」
わーブリー、お、お疲れーー。
こりゃあしばらく事あるごとに言われるな。
「ごめんー。でも不可抗力だから。あんなことがあったら、誰だって気絶するよ。」
「だからぁー、何があったのよ。」
何って…どー説明すればいいのやら。
「んー、こないだの呪文みたいなのをね、ぶつぶつ呟いてたら、頭の中で『ピンポーン』って音がして、勝手に口が動いて『呼んだぁー?』って言った。それからも、何回も口が独りでに動いてしゃべるの。鏡見たら、おばあさんがにっこりって。その瞬間、気絶してた。」
私の説明を聞いて、ブリーは、ぽかーんとしていた。
「エム、あなた頭打ったわね。ピートったらぁ『大丈夫でしょう。』って言ったくせにーー。」
今にもピートか誰だかを呼びに行きそうなブリーを捕まえて、納得してくれるまで説明することになった。
ブリーは、珍しく長いこと考えてたかと思ったら、重々しい口調でこう言った。
「エム、あの幽霊…幽霊だと思ってたけど、神様か天使なんじゃない? 本人はなんとか新人マスターって言ってたけどね。なんか記憶なんとやらがどうとか…。」
「記憶チート?」
「そう、その記憶チートを作動させる呪文を教えに来たっぽいよねぇ。そもそも呪文って言っても、私は覚えてもないわよ。それをあなたは事細かく覚えてる。そこ、重要ポイント。…なつみさん、って言ったっけ?」
「うん。」
「鏡に映った人ってその人なんじゃない? それに異世界って、違う世界ってことでしょ。転生っていうのは、ユーラシア大陸の東の方の宗教かなんかの教えにあったような気がする。エムの言うアジア人っぽく見えたおばあさん。そんなことをひっくるめて考えると、エム、あなたなつみさんの生まれ変わりなのよ。」
「ええーっ、だってだって生まれ変わったんなら、なんで死んだ人が鏡に映るのよーー。悪魔に、憑りつかれたのぉーーー?!!」
「シィー、静かにしなさい。母様たちも心配して何度もここを覗いてるんだから。こんな話を聞かせたらよけいな心配をさせちゃうじゃないの。簡単なのは本人に直接聞くことね。」
「本人って…。」
「呪文を、使ってみりゃあいいじゃない。」
ブリーは、ブリーだった。
この姉は、さっぱりすっきり直接的な、男らしい性格をしている。
外ではしとやかで、たおやかな子爵家のお嬢様で通っているが、家族うちでは長男のアレックスより男らしいと言われている。
「やだ。使いたくない。怖いもん。」
「エムったら、10歳にもなって…。」
これは歳に関係ないじゃん。
誰が好き好んで死人の顔を見たいって思う?
トン・トトン・トン
リズミカルなノックの音がしたかと思うと、キャサリンが顔を覗かせた。
「やっぱり起きてたのね。ブリーが戻ってこないから、そんなことだろうと思ったわ。ディナーよ。今日はみんな疲れてるから、着替えなくていいってさ。エム、久しぶり。食べられそう?」
「…うん。」
「じゃ、みんな待ってるから。」
言いたいことを言うと、キャサリンはさっさと下に降りて行った。
エミリーはちらりとブリーの顔を見上げた。
「このことは、また後で。まぁ呪文を使ってみるかどうかはエム次第だけどさ。わざわざ神様が教えに来たっていうことは、何か恩恵のある便利道具かもよ~。」
「…んでも、そんなもんなくったって別に不自由ないし。」
この時はそう思っていた。
本当に、心の底からそう思っていた。
まさかまたすぐに呪文を使うことになろうとは、エミリーは思ってもいなかったのだ。
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