サマー子爵家の結婚録    ~ほのぼの異世界パラレルワールド~

秋野 木星

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「めんどくさがりのプリンセス」の末っ子エミリー

なつみさん

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  エミリーとしては、独り言をぶつぶつ呟くおかしな人と思われるのは嫌なので、庭の奥にある作業小屋の方までやって来た。

「やだ、この辺ヒールのかかとが埋まるぅー。」などとブリーは言っているが、そんなもん知らない。

「…じゃあ、やってみるよ。」

三人は鷹揚にうなずく。

本当に昨日のようになるのかは、それこそ神のみぞ知るだ。


「えーっ…【アラバ グアイユ チキ チキュウ】」

覚えていた、呪文を唱える。

するとまた、ピーンポーンという音が頭の中でした。

『…呼ばれた? のかしら?』

自分の口がおずおずと、勝手・・に動く。


エミリーは目をつむって天を仰いだ。

やっぱり変。
自分が自分でなくなるような気がする。


『昨日はごめんねー、なんかびっくりさせたみたいで。私も驚いたんだけど…。』

あなたも驚いたの?

「なつみ…さん、なの? 」

『ええそう…といっていいのかしら? 私はもう、あなたでもあるわけだし。』

なんだかややこしい。

「ブリーが…私の姉が、私はなつみさんの生まれ変わりじゃないのかって…。」

『ええ、そういうことになるのかしら。三階層ミーティングで天使様が言っていたことから考えると…そういうことになるんでしょうね。』

そう、なのか。

んでも…三階層ミーティングって何?


あの幽霊天使は自分のことを「階層マスター」って言ってた。

階層ね、どういう意味なんだろう?


ぎ、疑問はさておいて…。

「なつみさんは、…こんな風に言って気を悪くしないでね。死んでいる人、幽霊? みたいなものなの?」

『それは違うと思うわ。天使様によると私は地球で4回生まれ変わってるし、別の星でも、7千万回以上生まれ変わっている、魂溜まりの一員らしいから…。魂は、たぶん死なないのよ。今は現実に生きている人間である私が、自分自身の魂の記憶と、直接話せているっていう感じかしら。』


……何を言っているのかさっぱりわからない。

それが自分の口から出ているのだ。
違和感しか感じない。

エミリーが戸惑っているのを見て、ロブがいろいろ事細かく、なつみさんに質問してくれた。
さっき疑問に思ってた、階層のことも聞いてくれている。


ロブとなつみさんが話していることを聞いていて、なんとなくだけど理解できた気がする…たぶん。

世界って、いや、宇宙ってそうなってるんだぁ。
科学の方面にはとんと興味がなかったので、こういうことを考えてみたこともない。


「…うーん。エムが、いや、なつみさんが言っている宇宙理論? は、一部の宗教家や臨死体験をした人が言っていることと似たところがあるね。宇宙の成り立ちを研究している物理学者からしてみると、突っ込みどころ満載の穴あき理論なんだろうけど…。ただ、なつみさんが言う事って、この世界のこととビミョーにずれてるっていうか。まるで、パラレルワールドで暮らしていた人の経験談を聞いてるみたいだ。…ここが異世界から来た人ってことなのかなぁ。」

そう言って、ロブは一人で考え込んでいる。

信じてくれたんだ、一応。


ロブは、物事の道理を客観的に見て、考えて、自分が納得するまで追求していく、研究者タイプだ。
たぶんこれから何度も質問されるんだろうなぁ。



「そんなことはどうでもいいのよ。早く王子様の所に行かなきゃ、パーティーが終わっちゃうじゃない。」

ブリーは…ブリーだ。
うん。
あくまで自分の欲求に素直。

「行きたくないなぁ、王子様なんてどーでもいいんだけど。」

エミリーがそう言うと、ブリーにギロリとにらまれた。


『まぁ、王子様なんてすてき! 異世界なんだからやっぱり中世ヨーロッパ風なのねぇ。』

しかし、なつみさん(になった私)は、憧れの溜息をつく。

はたから見たら、精神分裂症患者だ。


「なつみさんの言う中世ってどんな時代なの? ここは車が走っているような時代なんだけど。」

『まぁ、それって中世じゃないわ。』

ロブが今の生活様式を、なつみさんに詳しく話している。

『あら、私が生きていた世界とほとんど変わらないわ。異世界なのに現代なのねぇ。』

なんだかなつみさんは中世の時代じゃなくて残念そうだ。



その後、ブリーが王子様とした話をなつみさんに聞かせると、

なつみさんである私は…もう、めんどくさい。
なつみさんでいいや。

なつみさんは『ニッポンの皇太子?! 異世界にも日本があるの? うわーーー、衝撃! ということは、ここってもしかして本当にヨーロッパのどこかの国、だったりするのかしら?』と興奮し始めた。

「イギリスです。」と伝えると、『へぇーーっ、ということは私って今、よく読んでたハー〇クインヒストリカルの、現代版プリンセスってこと?!』と言う。

何のことだ? 
しかし、エミリーはプリンセスではない。

「ご期待にそえず申し訳ありませんが、我が家は子爵家です。それも跡取りでもなく、末娘。王女殿下ではありません。」

『では、その爵位は単独の子爵なのかしら、それとも伯爵位を持つお父様がいての嫡子相続子爵なのかしら?』

なつみさんて、変なことにこだわるのね。

「後の方です。」

『わーー、この爵位制度は同じみたい』

ここでまたロブが簡単に爵位についてレクチャーする。

すると、『騎士爵って、史実に、ある程度忠実なヒストリカルのほうにはあまり出てこなかったなぁ。あっ、でもネット小説では見たことあったかも。これは、何でもありの空想全開の楽しい小説なの。』と言う。

やはりロブが言ってたみたいに、同じ現代でも似て非なるところがあるみたい。


ネット小説? 
見たことない。

うち、パソコン一台しかないからなぁ。
それも父様の書斎にあるのよね。



◇◇◇



 ブリーが時間を気にするので、皆でメインのパーティー会場へ戻ることになった。

道々、なつみさんと打ち合わせをする。

おかしな会話になるといけないので、エミリーが主に話して、日本のことやなつみさんについての説明が必要な時だけ、代わって話してもらうことにした。

合図は「こほん。」という咳払いだ。


会場では管弦楽が奏でられ、メインの料理を持ったケータリング会社の人がコックのジボアの指図であちこちのテーブルをまわっていた。

基本は立食式だけど、お年寄りの人もいるので椅子や小さなテーブルはたくさん用意されている。

「もう、オードブルを食べそびれちゃったじゃない。どこかのテーブルに残っているかしら。」

ブリー、ホントにもう。
あなたは色気なの? 食い気なの?


めんどくさいが母様とブリーの顔を立てて、主要の方々への挨拶を先に済ませてしまうことにした。

都合のいいことに、挨拶をしなければいけない人たちは同じ辺りに座って談笑しているようだった。


「おじい様、お久しぶりです。」

まずは、ストランド伯爵であるエミリーのおじい様に挨拶だ。

「おお、エミリーか。これは…しばらく見ないうちに大きくなったなぁ。今日は、おめでとう。なかなか顔を見せんからどこに行ったのかと思っとったぞ。」

「ちょっと友達とお話することがあって…。」

振り返ってロブを見ると、ロブが頷いた。

「ストランド伯爵、ご無沙汰しております。」

「おやおやビギンガム侯爵、いやまだロベルト君と言ったほうがいいのかな?」

「はい、まだ成人しておりませんので。」

ロブはこう見えて公爵家の嫡子、将来のビギンガム侯爵なのだ。
15歳の成人の儀を終えると、晴れて領地持ちの侯爵閣下となる。


公爵家の領地は、我が子爵領の南方に位置しており、侯爵領はそのさらに南にある。

ストランド伯爵領は、公爵領の東、つまり昔からのご近所さん仲間といったところだ。

ご近所さんといっても、公爵家の領地の広さは我が家の7、8倍程あるので、本邸にまで訪ねていくのには、何時間もかかる。


おじいさまがこの周知の事実をわざわざ口に出したのは、隣に座っている異国の王子様に聞かせるためだったのだろう。

「君たちには紹介がまだだったね。こちらはオックスフォードに留学されている日本の皇太子、滝宮たきのみやさまだ。これは、孫のエミリー・サマー。」

「はじめまして、宜しくお願いします。」

スカートに手を添え、足を引いて軽くしゃがんで、淑女礼をする。

「そしてこちらはデボン公爵・嫡子、ロベルト・オ・オノラブル・デボン君だ。」

「はじめまして。」

ロブが右手を心臓の上に置き、軽く頭を下げて最高礼をする。

「それから、後ろにいるのがマリカ・モローさんだったね。お父様がモロー商会の会頭だ。」

「はい。お初にお目にかかります。」

マリカはちょっと緊張しているみたい。
いつもよりぎこちなくお辞儀をしていた。
 

このかん、皇太子さまは終始、穏やかな笑みを浮かべて、挨拶する一人一人を、頷いて確認しながら覚えていかれているようだった。

王族っていうから偉そうなのかと思ってたけど、そうでもないんだな。

ブリーの言う素敵な黒髪の貴公子っていうのも、そんなに大袈裟でもなかったみたい。
本当に整ったエキゾチックな顔をしてる。
そして、優しそう。

ブリーとマリカを見ると、トロ~ンと目がハートになっていた。


「みなさん、よろしくお願いいたします。滝宮秀次たきのみやひでつぐと申します。」

宮様の声も張りのあるテノールで耳に心地いい。

これは出来過ぎの王子様だ。
なんか男として隣に立っているロブの立場、ないね。


「エミリーさんとおっしゃいましたか? 先ほど、お姉さまのブリジットさんからお聞きしましたが、日本の方でなつみさんという方とお知り合いだとか…。」

キターーー、きましたよ。
うーーー、ドキドキする。


「それですな。わしは、聞いたことがない。エム、いつ知り合ったんだね。」

おじい様も、不思議がっている。

「つっ、つい最近、学校の関係で知り合ったばかりです。ですから、父様や母様にもまだ話してなかったんです。」

最近って、昨日…だけどね。

「最近? ブリーは、昔からの知り合いみたいな口ぶりだったが…。」

「えっ? えっ、その、ええっと。最近知り合ったのにずうっと昔から知っているような気がするほど、親しい間柄だということですわ。姉さまはそう言いたかったんじゃないかしら。」

「ええ、そう、そうなんです。」

ブリーも、そばでコクコクと頷いている。

皇太子さまは、にこやかに微笑まれている。

「遠く離れた異国で、同胞のご婦人が、このような可愛らしい女の子とえにしを結ばれているというのをお聞きするのは、とても心温まる思いがいたします。どのようなお方なのか、お聞きしても宜しいですか?」

「はい。よろこんで。こほん。」


なつみさんの登場である。

『わた、…いえなつみさんは、80歳の老婦人で京都に近い小さな田舎町のご出身だそうです。』

(うっ、京都って、この世界にあるのかしら? もうミスった? これって心臓に悪い。)

「京都ですか、私の地元ですね。」

(ほっ、京都あったーー。セーフ。でも地元? もしかしてこの世界の御所って、東京じゃないわけ? ということは京都御所にそのままいるってこと? とにかく話を合わせなきゃ。)

『そうですね。なつみさんから御所のことをお聞きしたことがあります。』

「そうですか、それはたぶん観光コースになっている京都御所のことでしょうね。いま新宮は嵐山の方にあります。」

『お豆腐がおいしいところですね。うちの主人、じゃなくて、なつみさんのご主人がお豆腐を御好きな方で、よくそちらの方へ買いに行かれてたそうです。ほほっ』

なつみさんがそう言うと、皇太子様は何かを渇望したような表情を見せた。

「お豆腐ですか、しばらく食べてないので懐かしいです。」


「お国の料理のようにはいきますまいが、ここのコックもフランス出身なので、まずまずのものを食べさせてくれますぞ。お話しながらでも召し上がってください。お前たちも同席しなさい。」

うっ、長丁場になりそう。
がんばれっ、私。

「エミリーさんは、なつみさんとお食事をすることもあるのですか?」

『ええ、いつも一緒に食べています。』

(これ、ホントだよね。)

「それでは、日本料理を食べることもあるのでしょうね。」

(皇太子さまは、日本食が恋しいのだろうか? そりゃあ日本人にとって、西洋料理ばかり続くのもつらいものがあるよねぇ。白飯、醤油、お豆腐、お漬物…私も食べたくなってきた。)

『あの滝宮様、提案なんですけれど、なつみさんに頼んで日本食を作ってもらいましょうか?』

「こほん、こほん、げほげほっ。」

何言いだすのよなつみさん!!

「どうした? 風邪でもひいているのか?」

おじいさま、風邪じゃないです。
魂の裏切りですぅ。


「…本当はこういうことを言うべきではないのかもしれませんが、頼んでいただけるととても嬉しいです。行啓ぎょうけいの折に持っていくようなものでかまいませんので…。」

皇太子さまも頼むんかい。
遠慮しないのね。

『行啓…お出かけの時のお弁当のようなものでよろしいのですね。わかりました、頼んでみます。』

行啓? お弁当? 
なんじゃそりゃ。

「宮様は二週間ほど我が家に滞在される。そのお弁当とやらはうちに持ってきてくれ。」

おじいさまーーーーー。

決まっちゃったよ、これ。どうすんの?
誰が作るのよーーー。

私は自慢じゃないけど、料理なんて、作った事ないんだからねーーーーーーっ!!
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