サマー子爵家の結婚録    ~ほのぼの異世界パラレルワールド~

秋野 木星

文字の大きさ
7 / 100
「めんどくさがりのプリンセス」の末っ子エミリー

料理はできません

しおりを挟む
 パーティーの翌日、エミリーは学校からマリカと一緒に子爵邸に帰ってきた。

迎えの車に乗って帰る道々、マリカは申し訳なさそうに言った。

「昨日、力になってあげられなくてごめんね。エムの言っていること信じてるつもりだったけど、エムが作業小屋の所で一人でおかしなことをしゃべり始めた時に、私なんだか怖くなっちゃって…。」

マリカにしては口数が少ないと思っていたけど、そういうことだったのか。

それはそうよね。
あの状態は不気味だわ。

ロブほど自分が役に立てなかったと、気に病んでいたらしい。
そんなこと、気にしないでいいのに。


でも気にしているなら今日は力になってもらえるかも…。

めんどくさいことはとっとと片付けるに限る。
エミリーは今日、お弁当を作っておじいさまの所へ持っていこうと考えていた。


「マリカは、料理、作れる?」と尋ねると、さすがに親友、エミリーの意図をすぐに察した。

そして昨日の王子様との会話を思い出したのか、すぐに顔をぶんぶんと横に振った。

「私に手伝わせようって言っても駄目よ。うちはコックがいるから料理なんて作ったことないもん。」

そうだよね、みんなそうだと思う。
私たちは、10歳だ。
花嫁修業で料理を習うのは、まだ先の話だ。


「なつみさんに作ってもらえばいいじゃない。本人が請け負ったんだから。」

「マリカ、あなた私がなつみさん本人だってわかってる? なつみさんは手足がないのよ。作らなきゃいけなくなったのは、わ・た・し。」

「えっ? …そうか。」

いまいち理解できてないね。


なつみさんが動かしている?のは口だけで、あの不思議な状態のときにエミリーは身体全部を乗っ取られている訳じゃない。

…こういう場合はそのほうがよかったかも。

私が意識を失っている間に、ちゃっちゃとなつみさんがお料理してくれたら、めんどくさくなくていいよねぇ。

記憶チートって使えない…。

でも…あっ、そうだ。
いーこと思いついたー。

ブリーがいるじゃん。
ブリーなら去年から料理を習ってるし、あの王子様のためなら全面的に協力してくれそうな気がする。



◇◇◇



 エミリーは家に帰ると早速ブリーを探した。

母様に聞くと、家庭教師のミズ・クレマーと縫物をしているという。


しめたっ。
ブリーは縫物が嫌いだ。
うまく言いくるめたらこちらの提案に乗ってくれそうだ。


マリカと二人で裁縫室に向かうことにした。
できたらミズ・クレマーにも手伝って欲しいんだけど…。

あの人は花嫁修業の先生だから家事全般なんでもござれなのよね。


一階にある裁縫室に行って、扉口からこっそり覗いてみると、…いたいた。

明るい日差しをいっぱいに取り込むようにできているこの裁縫部屋は、通称「居眠り部屋」とも言われている。

ミズ・クレマーのほうは熱心に刺繍をしているようだが。
ブリーはミズ・クレマーの目が届かないように、斜に構えて時々うつらうつらと舟をこいでいる。


「ミズ・クレマーにあの変な状態を見られないほうがいいよね。」とエミリーが言うと、マリカもすぐに頷いた。
「おじい様や王子様と話した時みたいにやったほうがいいよ。あれ、ちょっと変だもん。」


マリカのアドバイスも受けて、部屋に入る前に記憶チートを可動モードにしておくことにした。

なにせ日本のお弁当とやらがどんなものなのかさっぱりわからない。
なつみさんの知識を貸してもらってこしらえるしかないのだ。

マリカが言う、自分で請けた注文だもの、本人には協力してもらわないとね。


「【アラバ グアイユ チキ チキュウ】」

ピーーンポォー…『呼ばれて飛び出て、ジャジャジャジャーン』


な、なつみさん。
なにそれぇ…?

自分で言ってて脱力する。
なんだかまったりとした低い男の人の声をマネしてる感じ。
誰よ?


マリカの白けた様子がわかったのか『あら、通じない? でも日本のアニメって、ヨーロッパに普及してたんじゃ…そうよねここは異世界か。』となつみさんは独り言を言って、独りで納得している。

その可笑しなセリフはなつみさんの子供の頃に流行ったアニメの主人公の口癖らしい。
アラビアン・ナイトの壺の中から現れる、魔法が使える召し使いのずっこけパロディバージョンだそうだ。


魔法か…魔法が使えたらいいのになぁ。

神様もめんどくさいことをパパッと片づけてくれるギフトを授けてくれればいいのに。
かえってめんどーを増やしてくれるこの記憶チートって…使えない。



◇◇◇



 エミリーが皇太子様のお弁当をこれから作りたいと言ったら、ありがたいことにブリーもミズ・クレマーも手伝ってくれるという。

「お裁縫より料理のお勉強をしたほうがいいかもしれませんね。こんなにお天気の良い日だと、ブリジットさんも刺繍に身が入らないみたいですから。」

ふふん、ブリー、バレてるね。
さすがのブリーの如才なさも、いつも一緒にいるミズ・クレマーには本性が筒抜けだ。

「それにエミリーさんにも、機会があったら少しずつ家事の手ほどきをして欲しいと奥様から伺っておりますし。最近は貴族の方でも、自分でできることは自分でするべきだという傾向になっていますからね。」

ギョッ、そうなの? 
16歳からでいいのにーー。
こういうのを藪蛇というんだろうか。


夕食の準備にはまだ時間があったので、コックのジボアもしぶしぶ厨房を明け渡してくれた。

「必ず、いつものように片付けといてくださいね。」と言うことは忘れなかったが…。


 エプロンを付けて手をしっかりと洗うと、ミズ・クレマーが指導役で料理の開始である。

マリカはうまいことを言って逃げて、見学にまわった。

「まず野菜を切るところから始めましょう。エミリーさんは、なつみさんという方から何を作ったら皇太子殿下が喜ばれるのか、教えてもらってこられたのですよね。」

「ええ。今日学校で聞いてきました。」

「どの野菜から下ごしらえしましょうか?」

「こっ、こほん。」

『まずカブからですね。ピクルスの浅漬けのような料理から始めたほうが段取りがいいでしょう。』

「段取り? すばらしい。さすが改善カイゼンの国ニッポンですね。」

なんだかわからないが、ミズ・クレマーはしょっぱなから感心している。


小カブの皮をピーラーでむいて半分に切る。

これは丸のままだとフードプロセッサーに入らないからだそうだ。
フードプロセッサーだと専用の用具でカブを抑えているだけで、紙のような薄切りに機械が切ってくれる。

わー面白ーいこれ、楽ちん楽ちん。

このスライスしたカブの中に、お砂糖を甘めにどっさり入れ、塩を少々、そこに砂糖を溶かすだけの酢を入れるそうだ。

しかしなつみさんの求めていた米酢が無かったので、うちに置いてある酢の中で一番味の近いビネガーを使った。

『乾燥した昆布をキッチンバサミで、切って入れまーす。』

最後に『鷹の爪』って言いかけて『ペッパー』って言い直してたけど、小ぶりなペッパーを一つ入れて全部をビニールのキッチンバッグに入れたら完成だ。

わー簡単。

これを三日ぐらい冷蔵庫においておけば『千枚漬けの完成でーす』だそうだけど、完成じゃないよ!

今日、お弁当を持っていくんだってば。
三日後じゃ使えないじゃん。


『そうなの? 京都といえば千枚漬けなんだけど…。じゃあこれはおみやげにして、似たような味の副菜を作りますか。』

『まず、キュウリを塩ずりします。塩を多めに手に取ってキュウリの皮をずりずりこすることで、皮の青臭さが取れるのよ。』

『できたら、塩を水で流します。』

『次にキュウリを薄く切って・・これも機械を使ったら簡単ね。』

再びフードプロセッサーの登場だ。

『切ったキュウリを塩もみして水分を出しておきます。』

『水分が出たら両手でぎゅっと絞ってボールに入れてね。』

『この時塩をかるく水で流してから絞るのがポイントよ。ね、塩をたくさん使うけど下処理だからしょっぱくないわよ。』


味見をして見る。
うん、まだ味は付いてないね。


『それから三杯酢を作るけど、醤油がないんだから二杯酢よね。塩を岩塩にして味に深みを出せばいいか…。でもなにか出汁になるものが必要よね。タコが定番だけどめんどくさいし、シーチキン缶はあるかしら。』

ミズ・クレマーがパントリーからシーチキン缶を探して持って来てくれた。

『わー日本の缶詰じゃない。異世界でも世界進出してるのね。』となつみさんはひとしきり喜んだ後で『この缶詰のオイルは、使えるのよー』と言って、少しオイルを取り除いただけで、あとは全部キュウリの塩もみと一緒にあえた。

『シーチキンといえばマヨネーズよねー。あら、これキュウリの三杯酢和えじゃなくなっちゃったわ。ドイツのザワークラフトもあることだしこれでいいか。』

随分てきとーである。

『味をきいて塩味を整えてぇー。やっぱりもう一つまみいるわ。はいパラパラ。』

『これで、キュウリのシーチキン和えザワークラフト風味の完成でーす。』


このかん、ブリーとミズ・クレマーはずっとお料理番組のアシスタントのようだった。

二人が用意した材料や調味料を、エミリ・・・ーが、切ったり(機械だけど)混ぜたり調味料を調整したり(頭の中で分量を指示されてたけど…)したのだ。


このことでミズ・クレマーはすっかり勘違いしたようで、変に興奮していた。

「エミリーさん、今日作り方を聞いてきただけでこのように作れるとは。エミリーさんにはお料理の才能があるのかもしれませんねぇ。」

マリカはそれを聞いて吹き出していた…。


でもこんな簡単料理ばかりではないだろう。

他の物もエミリーにできるのか? 


お料理レッスンはまだまだ続くようである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

処理中です...