サマー子爵家の結婚録    ~ほのぼの異世界パラレルワールド~

秋野 木星

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「めんどくさがりのプリンセス」の末っ子エミリー

ストレス解消

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 月曜日、今日は祝日で学校がお休みだ。

ようやく明け方に雨が上がったが、空気はまだ湿気を多分に含んでいる。
咲き始めた金木犀の花の香りが、かすかになってしまってとても残念だ。


昼過ぎに、エミリーは長靴を履いて庭の散歩に出て来た。

長靴をポクポク音をさせて歩くと、芝生からじゅくじゅくと水が染み出してきて面白い。
履いているジーパンに水のしぶきが飛んでくるのも、小気味いい。


 昨日あれから、ロブと一緒に母様の所に行った。

行ったのだが、母様にのらりくらりとかわされて、結局デビ兄の言ってた「結婚」のことはうやむやにされた。

記憶チートのことを話せば、「仲良くしていた言い訳をわざわざ考えて来たのね。心配しなくても、誰も何も言わないわ。」だし、ロベルトさんになってしゃべれば、「なんて息が合っているのかしら、二人で練習したのね。」だし、デビ兄が言っていたことを言えば、「デビッドったら何か勘違いしてるのね。」だし…もうやめた。

めんどくさいから放っておこうということで、ロブと意見の一致を見た。


次はお弁当である。

母様もおじい様も早く作ってもらいたそうだったが、よく考えれば、ミズ・クレマーが休暇からまだ戻ってきていなかった。
私一人で出来るわけがない。

よって母様たちやなつみさんにも、そう言って待ってもらうことにした。

それに、そんな気分じゃなかったからね。


その気分の原因、ロブである。

ロブがうざい。

ロベルトさんが記憶の場から消えた後、一人で呪文を詠唱してみたらしい。
そうしたら一人では彼を呼び出せなかったらしく、私に頭をくっつけてきて一緒に詠唱しろと言う。


本が、読みたいんだってばーーー!!

だいたいロベルトが二人いて、ロブと私が一緒に口を開けてしゃべって、ユニゾン×ユニゾンでややこしいのよ! 

今日も家に来るという。

公爵邸からは二時間近くかかるのに、熱心なことである。

ロブは興味のあることに食いついたらしつこいからなぁーーー。
ほんとにもう…先が思いやられる。



 久しぶりに裏の森を抜けて、遺跡の方にでも行ってみることにする。

樹木が繁っている小道に入る前に、雨粒が頭に落ちてこないようにレインコートのフードを被った。

ふふっ、赤ずきんちゃんみたい。

少し気分が向上する。


遺跡というのは、削って造られた石の柱が円形状に並んでいるストーンヘンジと言われているものだ。

観光で有名なストーンヘンジとは違う。
イギリス北部では、それより一周り小さなものが大抵の村にある。

我がサマー領の村にも一つある。

一つの柱は、完全に倒れており、ままごとや森で遊んだ後の休憩場所にもちょうどいい。
斜めになっていて滑り台のようにしていた柱も二つある。
円状の一部が欠けていて、お屋敷の玄関に見立てて舞踏会を催したこともある。

つまり、そこは私たちが小さな頃からの遊び場だったのだ。


最近までよく使っていたのだが、ジュニア・ハイに行くようになってすっかりご無沙汰してしまっている。
兄弟の中で一番年下のエミリーが、この世代では最後の主となるのだろう。

アル兄さまが結婚して子供でもできれば、また将来の子爵たちの冒険の場となるのだ。



◇◇◇



 遺跡に着いて、岩陰のビニールシートからソファと呼んでいる絨毯の切れ端を平石の上に出して座る。

静かだ。
鳥のさえずりが遠くで聞こえる。

頭を空っぽにして、湿った樹の匂いをかぎ、空を仰いで、秋の薄い日差しを顔に受ける。

いーー気持ち。
ストレス解消だね。


エミリーは深呼吸した後で、持ってきた文庫本を取り出した。

ふふふん。
ここなら誰も来ないだろう。


しばらく集中して読書をしていたが、急に鳥が飛び立つ羽音がして、なんだろうと目を上げた。

がさがさと人が歩いてくる音もする。

まさか、もう追手ロブが来たのぅ?

がっかりしたが…違った。


屋敷とは反対の隣村に抜ける方の道から、三人の男がこの広場に現れた。

なんだか様子のおかしい人たちだ。

ここには人が来ることが少ない。
何をしに来たのだろう。


その時、後ろの屋敷に通じる道からロブがやって来た。

ちよっと不安になっていた所だったので、現金だがほっとした。


「おい、あれみろよ。」
「へへへ、ガキがいっちょ前にあいびきかぁ?」

…どうもガラの悪そうな人たちのようである。

ロブが急いでこっちに駆けてくる。

いやいや、こっちに来ずに逃げたほうがいいんじゃない?

エミリーも立ち上がって、ロブの方に走って行く。


その時、「あれぇーー、あの髪、ちびのエミリーじゃん。」と言う声がして、エミリーは立ち止まった。


あの声、忘れもしないあの声は、隣村の悪ガキ、ギーゴだっ。


買ってもらったばかりの本ごと、村の噴水に突き落とされた時の恨みがムカムカとよみがえってくる。

くそっ! 
ここで会ったが百年目、落とし前をつけてくれる!


急にきびすを返したエミリーに、ロブが追い付いて来て声をかける。

「エム、何する気だ?」
「ギーゴよっ、あの本の!」

ロブは、すぐに状況を察した。

エミリーが何度も「今度会ったらただじゃ置かない。」と息まいていたのをロブほど知ってる人はいない。

「エム、素手じゃ無理だ。ロベルトさんを呼び出そう。」

確かに。
いくらチンピラとはいえ、三人いる。

10歳の女の子としつけのいい貴族のロブの二人では、戦況は不利だ。


「まだ勇者の剣、あそこにある?」

ロブが尋ねてきたので、エミリーは頷いた。

そうだ、いいものがあるじゃない。

デビ兄が、いっときハマっていたロールプレイングゲームの勇者の剣のおもちゃとロブが使っていた悪役用の剣もある。

おもちゃと言っても、戦闘シーンの音を再現するために、二人が改良した鉄板の刃がついている。
あれは使える。


ビニールシートの所に来て、先に二人で頭をくっつけて呪文を言う。

「ヒューヒュー、俺たちにラブシーンを見せてくれるのか?」

ゲラゲラ笑っている三人は放っといて、ロベルトさんを呼び出す。


「「【オルト クルコム イガ イゴウ】」」


ピーンポーン


「『何かあったのか?』」

こちらの気分を察知して、ロベルトさんが素早く目の前の状況を確認する。

さすが、騎士隊長。
頼りになるね。


「『ふん。ザコだな。』」

「なーんだとぉーー、お前ら子供のくせに生意気じゃんかーー。」

いや、今のはロベルトさんが言ったんだけどね。


(手の内を悟られるのは不味い。声に出さずに指示するぞ。武器はあるのか?)

「「うん。」」

二人して、ビニールシートから勇者の剣を取り出す。


「おいおい、チビ二人がやる気かよ。」
「面白れぇじゃんか。」

チンピラ三人も、その辺に落ちていた棒切れを拾って応戦の構えを見せる。


(奴ら、構えがなってないな。ロブ、お前は右の二人を受け持て。エムは左の奴だ)

望むところだ。
私の前には、にっくきギーゴがいる。

(左・中・右で指示するぞ。右端の奴が短気そうだ、あれがすぐ来るぞ。そら来た!ロブ、肘!)

ロブが、右側から突っ込んできた男の肘を目がけて剣を払う。

男はギョッとした顔をしたかと思うと、ドサッと右にすっ飛んだ。

あら、ロブも力が強くなったのね。


残った二人は、ロブがただの弱っちい眼鏡坊主ではないことに気づいたのだろう。

へらへら笑っていた顔が急に引き締まった。


(二人一度に来そうだな。中の奴は直情的だ。突っ込んでくるだろうから、剣を払って頭を打て。エムの敵は気が弱そうだ。大声を上げながら、相手がビビッて躊躇した瞬間に腹を打て。来たぞ! やれっ!!)


ガッ、ガツン。
ロブの剣が相手の頭をとらえる。

と同時に、エミリーは「きぇーーーーー!!」と腹から声を出して、ギーゴのわき腹をたたっ切った。


三人とも、自分たちがやられたのが信じられないような顔をして、痛い痛いとわめいている。


「本の恨み思いしれ!」

「お兄さんたち、まだやりたいですか?」

そう私たちが言うと、ギーゴが我に返って、一番に逃げ出した。

すると中の男が右の男を起き上がらせて、一緒にギーゴの後を追って駆けだした。


「くそっ、おぼえてろよ!」

なんて、ありきたりな負け犬の遠吠えでしょう。

「おおといお出で!!」

答えてあげるのが筋ってものでしょう。
ふふっ。


「もうエムは。普段は、ぼーっとしてるくせに、売られた喧嘩は買うよねぇ」

「とーーぜん。かかってきた火の粉は振り払う。これ、人間の本能なり。」


「やれやれ…。いやこれも魂の記憶に刻まれてでもいるのか?」とロブは一人でぶつぶつ言ってるが、長年の恨みを晴らしたエミリーは、うきうきとした気分だ。

昨日からの色々なうっぷんも吹き飛ばした感じで気持ちいいー。


あーーー、いー気持ち。
ストレス解消だね。


その後ロブに、「二時間もかけて毎日家に来なくても…。」と希望を込めて水を向けてみた。

「あれ、言ってなかったっけ? ポルトの街のほうが大きいジュニア・ハイがあるから、この秋から、父さまたちも一緒にポルト邸のほうにいるんだ。高速使ったら、ここまで十五分もかからないよ。」

としれっと言われた。

公爵領には別邸が三か所ある。
他の飛び領地にも何か所か家があるらしいが、そっちは行ったことがないので知らない。


そうか…ポルトにいるのか。
どうりで最近よく来ると思ったよ。

どうもロブの訪問は阻止できないようである。

…ちょっと脱力したエミリーだった。
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