サマー子爵家の結婚録    ~ほのぼの異世界パラレルワールド~

秋野 木星

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「めんどくさがりのプリンセス」の末っ子エミリー

パラレルワールドの不思議

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エミリーとロブはレンタサイクルを借りて、村の南側の方からお城へと向かって走ってみることになった。

昨夜ロベルトさんを呼び出して、詳しく話を聞いてみた。

現代の地図を見た感じでは山や湖とお城の配置が、ロベルトさんの故郷であるチキュウの村とよく似ているということだった。

ただ村の名前がスクル村ではなく、チキュウではスーリ村と言うそうだ。

ロベルトさんが隠したというお宝は異世界であるここにはないが、もしかしてこちらの世界のロベルトさんも同じようなことをしていたとしたら、どうだろう…。

エミリーとロブは、その可能性を考えてワクワクしてきた。


念のため、当時ロベルトさんがどのように行動したのか、その経路を辿ってみることにしたのだ。

タバサには、話は聞こえないが姿は見えるという距離感で、後をついて来てもらうことにした。

二人っきりで相談したいことがあるからと伝えると、ぬるい笑顔で了承してくれた。


恥ずかしい思いまでして、そんなことを指示しなくてもよかったかしら? 

エミリーは走り始めてすぐにそう思った。


それはタバサの自転車の乗り方を見てもらえばわかる。

タバサは、エミリーとロブの走るスピードには全然ついてこれていない。

心配になるほど、よろよろとして危なっかしい乗り方だ。

やれやれ。
彼女の得意なものって、あるの?


「エム、今のうちにロベルトさんを呼び出しとこう。」

タバサが充分離れているのを見てロブが言った。

「うん。」

自転車を止めて、おでこをくっつけて呪文を言う。


「「【オルト クルコム イガ イゴウ】」」

ピーーンポーーン


「『おう。呼んだか?』」

「うん。昨日言ったように、タバサが近くにいる時は頭の中で指示してね。」

(わかった。)

「この辺りがロベルトさんが地図を見て、出発点にしたいと言っていた所なんだけど…。」

そうロブが言って、周りを見渡した。

(もうちょっと東側を見てくれ。そう、そうだ。あそこの崖に洞窟がないか確かめて欲しい。私は敵に追われて逃げていた時に、あんな感じの崖にあった洞窟に身を隠したんだ。村がもう目の前にあるのに、敵がいたことに驚いた。誰かが手引きをしていたとしか思えん。私が軍資金を持ってその日に戻ることは、ハンニガム候と私しか知らないはずだった。しかしどこかで情報が漏れていたんだろうな。)


ロベルトさんの言葉に無念さがにじむ。

私もかつての自分が経験していたことだったせいか、えらく胸が痛かった。


自転車を道路際に寄せて止めて、エミリーはロブと一緒に崖の方に歩いて行ってみた。

しばらく崖沿いに歩いていると、洞窟・・の入り口らしきものが見えた!


「あった!入り口があるぞ!」

ロブが洞窟を覗きながら、顔を真っ赤にして興奮している。

エミリーも胸がキューと締め付けられて、急に息苦しくなったような気がした。


「『そうだ。こんな感じだった。』」

ロベルトさんはさすが騎士隊長だっただけあって冷静だ。


(少し奥に入ってみてくれ。)

用意のいいロブが懐中電灯を取り出すと、中を照らしながら恐る恐る洞窟に入っていく。

エミリーもロブの後に続こうとしたのだが、足が前に動かない。

「エム、どうした?」

エミリーがなかなかついて来ないので、ロブが奥から戻ってきてくれた。

「わからない。怖くて足が動かないみたい。」

「震えてるじゃないか。…前世で亡くなった時のことが思い出されるのかもしれないな。いいよ、僕だけで行ってみる。エムはここにいるんだ、いいね。」

「…うん。」



ロブが言うには、ある程度までは中に入れるのだが、奥の方は土砂で埋まってしまっていたそうだ。

それが異世界だからなのか、年代を経た洞窟の劣化なのかは判断がつかなかったと、ひどく残念がっていた。


ロベルトさんによると、チキュウではもっと奥まで行けたらしい。

最奥の壁に到達するまでにいくつかの細い枝分かれした道があって、そこの三か所に軍資金や宝石を少しずつ分けて隠したそうだ。

敵に対峙した時にフェイクだと見破られないように、最後に残した多めの金貨を懐に入れて戦ったのだと言っていた。

最後の最後に、何と冷静なのだろう。

今の私にそれができるだろうか? 

エミリーは足が動かなくて洞窟にも入れない自分自身が、なんだか情けなかった。


「坊ちゃまーー! エミリーお嬢様ーー!」

私達がなかなか戻ってこないので、タバサが焦れたのだろう。
自転車を置いていた所から呼んでいる。

「ここは、宝を探すにしても今はできないな。僕たちが大人になってからだよ。」

「そうだね。雲をつかむような可能性の話だもんね。」

「さぁ、今度はお城の方へ行ってみよう。ロベルトさんはわかる範囲でいいから、昔と今との違いを教えてくれ。」

「『わかった。』」


 
 今度は皆でお城に向かって、自転車で走っていく。

(おいおい、これは違いどころか見たことのない風景じゃないか。)

ロベルトさんは困惑気味だ。

そうだろうね。
14世紀から600年以上、いや700年近く経っている。

ロベルトさんにとっては全く知らない村に見えることだろう。


(あっ、止めてくれ。そこの川は昔の面影があるぞ。)

私達は古い橋の上で自転車を止めて降りた。

(当時こんな立派な橋はなかったが、あそこに見える山や川幅の様子から考えると、ここの同じ場所に橋があった。その橋を架けるのは苦労したんだ。村中総出で造ったもんさ。)

「あっ、その資料は家にあるハンニガム領の領史にもあったな。やっぱり異世界と言ってもパラレルワールドっぽいな。…とするとあの洞窟も調べてみたいなぁ。」

ロブはああ言ってはいたが、まだあの洞窟に未練があるようだ。


(橋を渡ったところに腕のいい鍛冶屋がいてな。よく剣を注文してたんだ。)

行ってみると、なんとロベルトさんが言ったように、その場所に今でも鍛冶屋があった!


これは訪ねてみるべきだろう。

ロブと二人で店の中を覗くと、たくましい腕をした大男がじろりとこちらの方をにらんだ。

「いらっしゃい。なんか用かな?」

「『ベン!』」

その男の顔を見ると、ロベルトさんが大声で叫んだ。

つまりはた目から見ると、エミリーとロブが口を合わせて叫んでしまったことになる。


「…なんでお前さん達は、俺の名前を知ってるんだ? どっかで会ったか?」

ぶっきらぼうだった男は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして驚いていた。


「そう言われるということは、おじさんの名前はベンと言うんですね。」

「ああ、俺はベンジャミンだ。というか家は代々跡取りはベンジャミンという名前になる。鍛冶職人として名工と言われていたうちの先祖の名前だったらしい。」

「『ああそうだ。領地の中であいつ程いい腕をしたものはいなかった。』」

「あんた達、テレビかなんかのドッキリかい? なんで同時にしゃべるんだ?」

(悪い。つい知った顔を見つけて興奮してしまった。)

どうやら名前だけではなく、姿かたちも強い遺伝子を持っている一族らしい。


「すみません、変なこと言って。僕たちこの領地の昔の事を調べて…劇にする予定なんです。ここの鍛冶屋の事も昔の資料に乗っていまして…。」

ロブが苦しい言い訳をする。


「…そうか、ならいいもん見せてやる。ついて来な。」

ロブの言ったことが意外と嬉しかったのか、ベンさんは急に機嫌がよくなって、奥の工房に案内してくれた。


工房の壁には立派な大きな剣が掲げられていた。

古いものだが重厚感がある。
持ち手のあたりの細工もとても素晴らしい。

「『私の剣だっ!』」

いや違うでしょう。
こっちの世界のロベルトさんの剣でしょ。

(そうか。しかしよく似ているな。)

私たちの突然出した大声に、ベンさんがビビッている。


「これは、あんたたちの剣じゃないし、劇には貸せないよ。うちの宝だからね。」

「すみません。ところでいつ頃のものかわかっているんですか?」

「さぁ、調べてみたことがないから知らないね。代々この剣を見本にして、鍛冶の修業をしてるんだ。だからだいぶ古いものであることは事実だね。」

「大学で調べてもらうように、こちらで手配させてもらえませんか? 赤外線とかの年代測定方法でしたら、傷もつきません。これは、とても古い貴重な剣だと思うんです。」

ロブの言葉にベンさんは一気に胡散臭そうな者を見る目になった。

「あんた達、いったい何者だい?」

「僕はここの領地に縁のある者で、デボン公爵嫡子であるロベルト・オ・オノラブル・デボンと言います。こちらは、サマー子爵家のエミリー・サマーさん。今日は歴史を観光に生かせないか視察して回ってるところなんです。」

「…あんた達の言っていることが本当かどうか、証明できる大人はいるのか?」

「外にうちの使用人が一人いますが…ちょっと頼りないので、後ほど村長か観光協会の会長に連絡させます。ご協力いただけるととても嬉しいです。」

「ふん、本当の事なら協力してやるよ。うちの先祖はここのハンニガム候には世話になったそうだからな。」

「ありがとうございます。では、後ほど。今日は貴重なものを見せて頂き感謝します。」


わー、なんだか一つ発見があったみたい。

これが本当に14世紀の騎士隊長の剣だったとしたらだが…。



ロベルトさんの観点から村を見てみると、見えてくる景色もまた違う。

昔々から生きてきた人々の血の繋がりが、長い歴史を紡いでいっているんだなぁ。

名も無き人々が築いてきた日々の営みが、本当の歴史なのかもしれないな。

エミリーはそんなことをしみじみと感じていた。
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