サマー子爵家の結婚録    ~ほのぼの異世界パラレルワールド~

秋野 木星

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「めんどくさがりのプリンセス」の末っ子エミリー

おもてなし

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 学校の廊下で、私達のクラス担任であるミズ・スマイスに声を掛けられた。

「エミリー、アレックスによろしく言っといてね。今年の職員旅行に良い所を勧めてもらったのよ。私は幹事だったから、いろいろ先回りして手配して頂いて、本当に助かったわ。」

この間出した読書感想文の評価と思いきや、まるで方向違いの評価を頂いてしまった。

なんだかな。

まあ、兄弟が褒めてもらっているので、ありがたく謝辞を頂戴しておこう。

「兄も喜んで頂けたなら頑張ったかいがあると思います。そう言って頂けたこと、伝えておきます。ありがとうございました。」


「アレックスは、仕事を始めたばかりなのに意欲的だね。僕も、マネージャーを紹介したよ。映画のロケなんかは大きい金が動くからねぇ。」

去っていく先生を見ながら、ライもそう言った。

「へー、そうなんだ。」

「…エムは、ホントに本以外には関心が薄いね。」

「ライも段々とエムの性格を把握しつつあるわね。」

「君の性格も把握しつつあるよ、マリカ。」

ライがそう言うと、マリカは真っ赤になった。

おやおやぁ?
何だぁこの雰囲気は…。
私が婚約式とかで忙しくしている間に何かあったのか? 


その日の夕食の時、アル兄さまにミズ・スマイスの言葉を伝えたらとても喜んでいた。

うちの学園の職員旅行が、就職してから初めて1人で任された仕事だったらしい。
学園の卒業生だから連絡や調整が取りやすいだろうと言われて任されたものの、今までどのようにやっていたのかわからなかったので、先輩に教えを乞うたり、担当幹事の先生たちの希望を聞いたりと大変だったようだ。

「それで、エム、ちょっと相談したいことがあるんだけど、後で部屋に行ってもいいか?」

そうアル兄さまに改まって言われた。
なんだろう?


アル兄さまは部屋に入って来るなリ、「ちょっと頼みがあるんだ。」と言って椅子に座り込んだ。

あら珍しい。
アル兄さまが私に頼みごとをするなんて、今までなかったことだ。

「実は今度ビギンガム侯爵領にあるホテルをうちの会社が買収することが正式に決まってね。それに、エムというかなつみさんのアドバイスを貰いたいんだ。」

「なつみさん? なんでホテルのことになつみさんが関係あるの?」

「それがそのホテルで想定している大口のお客様の一つが日本のツアー客なんだ。滝宮様に相談したら、なつみさんに日本人のツアー客の代わりになってもらって、アドバイスをもらったらどうかと言われてさ。なにか日本人はサービスに対する要求基準が厳しいらしくて、特に女性視点でチェックしておかないとダメだと言われたんだ。」

「はいはい、わかった。そういうことだったら協力するよ。ふふふ、無料で観光できるんでしょ?」

「この前、ロブにはちらっと言っておいたから、エムさえよけりゃロブに正式に頼んどくよ。じゃあ、今度の土・日は開けといて。ツアーの行程も含めて見てもらうから。」

「ほぉ~い。」


思いもかけずに秋の観光ツアーが決まってしまった。

ロブがいずれ継ぐことになるビギンガム領。
ということは、私もいずれ住むことになるんだよね。

今まで何回か行ったことはあるけれど住む場所としては見ていなかった。
エミリーにとってもこれはおいしい企画になりそうだ。



◇◇◇



 10月の秋の一日。
イギリス北部らしく曇っている。

今日は、ロブ、エミリー、アル兄さま、それにアル兄さまの上司であるカレンの四人で、なんと大型バスに乗っている。

カレンがいるので、なつみさんはあらかじめ呼び出して、もう待機してもらっている。

「日本からのツアーは、この北部だと湖水地方に行ってロンドン観光をする。と言うものがメインになっているんです。」

カレンの説明によると、湖水地方をゆったりと観光するコースだとどうしてもホテルの収容人数の関係で少人数ツアーになってしまうらしい。
それで湖水地方とロンドンを結ぶビギンガム領に大きなホテルを一つ確保して団体客向けのニーズに答えたいとのことだった。


なつみさん、今の話で何か意見がある?

『そうですね。日本人のイギリスに対するイメージだと、文学系の人たちは探偵・魔法使い・貴族のお姫様と王子様・うさぎの童話・歳を取らない国・愉快なお手伝いさん・不思議の国・古典演劇と言う感じでしょうか。この文学ツアーだけでもいくつもコースが作れると思います。探偵ものはマンガなどで根強い人気があるので、湖水地方殺人事件の謎を解くなんていうツアーもいいんじゃないですか? 歳を取らない国・愉快なお手伝いさん・不思議の国などをコラボして、家族連れ向けにもツアーが組めますよね。そしてグループで旅行する恋愛小説好きのおばさま方にドレスを着て舞踏会、王子様のエスコート付きなんていうのもウケるかも知れません。そして英語を勉強するのを趣味としている人も多いので、オックスフォードなどの大学街で英語の研修を受けることが出来るオプションをつけて、古典演劇と絡めて劇を演じられるなんて言うのもいいですね。それから、ガーデニングが趣味の人が多いですから、庭が有名なマナーハウスをめぐるツアーもいいですね。』

「…エミリー、うちの旅行会社に就職しない?」

なつみさん、ちょっと飛ばし過ぎだよ。
カレンさんが唖然としてる。

(あらぁ、ついつい自分の願望を言っちゃったわ。でも、もう一言。)


『今は、歴史的な建造物を見たり、綺麗な景色を眺めるだけでは人は動きません。私がなつみさんから聞いたのは、そういう既存の観光は最小限にして、自由時間を多くとって先に挙げたような自分の趣味嗜好を満足させるようなオプショナルツアーを多く用意して、楽しい選択肢をいかに顧客に提供できるかがカギだそうです。なので、ただホテルの収容人数をキープするというのではなく、この移動の行程の中にどれだけのオプションを提供できて、そこから会社と顧客双方が満足できるだけの利益をどうやって上げられるかではないでしょうか。』

「なるほど…主任と相談してみます。」


(ねえエミリー、このバスの事も言っちゃっていい?) 

もう今更だよ。
この際何でも言ってやって。
向こうが頼んできたんだから…。

『このバスも日本人にとっては型が古いと思います。天井や窓を大きくとった最新式の物にするか、古さを売りにして懐古的なバスにするか、なにかインパクトが欲しいです。中途半端な古さだわ。』

「そうか、バス自体もただの移動手段ではなく演出の一つという訳だね。」

『アル兄さま、その通り。日本人は旅に出ると、とことん走り回ってすべてを吸収して歩くんです。これから昼のランチがありますが、これがまた重要です。私の聞いた話では、なつみさんの知り合いがフランスに旅行に行って、団体用のすべての食事がまずかったと言っていました。食の国フランスでですよ。ましてやイギリス料理の評判は世界でも決して高いとは言えません。しかし、もしここで美味しいものが出たら、一気に評判は高まるでしょう。』


そのランチだが、なつみさんにとことん注意を受けた。

まず、野菜の切り方が大雑把すぎる。
量が多すぎる。
品数が少なすぎる。
エトセトラエトセトラ…。

味以前の問題だったらしい。

品数が少なくなるのなら、イギリスの伝統料理の美味しいパイを一品とスープ、紅茶の方がいいと言われた。

そして、一番の問題だと指摘されたのがトイレである。

行程のなかのすべてのトイレがダメらしい。

日本人はトイレを異状とも思えるほど重要視するらしい。
トイレで店の格が判断される。

ましてや旅行中のトイレの印象はその国の印象とイコールらしい。
先のフランスを旅行されたお友達は、海の上に浮かぶ寺院を観光した時、景色の美しさよりそこのトイレの汚さの方が印象的で、もう二度とフランスにはいかないと言っていたそうだ。

なんとも究極の意見だが、エミリーとしてもトイレは綺麗な方が気持ちいい。

なつみさんの言う日本のデパートにあるというお姫様のトイレだのというのは見たこともないが、いくら団体客向けだとはいえ掃除はきちんとした方がいいと思う。


なつみさん無双で、旅の前半は大変なことになったが、カレンとアル兄さまは収穫があったと大喜びだった。
観光客を迎えた後でいろいろと言われるより、事前に改善できる方が効率が良いに決まっている。

まあ、役に立ったようでよかったよ。
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