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「めんどくさがりのプリンセス」の末っ子エミリー

デボン家のクリスマス

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 デボン公爵邸本邸に来たのはロブとエミリーの婚約式以来だ。

ここの公爵邸は草原の中の小高い丘の上に建っているせいか、大きな建物のわりには厳めしさはない。
伸びやかで堂々とした建物だ。

サマー子爵邸のような森に囲まれたこじんまりとした家庭的な屋敷でもないし、街中にあるストランド伯爵邸のような偉そうな建物でもない。
いかにも公爵邸だなぁというような堂々とした建物なのだ。


晴れ渡った空の下、雪道のスロープを登って公爵邸に着くと、執事のバートウェルが扉を開けてくれた。

「サマー子爵ご夫妻、キャサリンさま、デビッドさま、エミリーさま、ようこそいらっしゃいました。クリスマスおめでとうございます。どうぞお入りください。レイチェルがお部屋の方にご案内いたします。」

珍しいことに侍女頭のレイチェルが玄関まで出て来ていた。

「みなさま、クリスマスおめでとうございます。エミリーさまのお部屋がいつもと違いますので、私がご案内します。」

それでレイチェルがいたのね。
でも、婚約式の時もいつもとは違う部屋だったのに、その時の部屋とは違うお部屋なのかしら?

家族がいつもの客用寝室に落ち着いた後に、エミリーだけがレイチェルの後に続いて歩いていると、東翼の3階にあるデボン家の家族棟に向かっているのがわかった。

辿り着いたのは、リサ姉さんがお嫁に行くまで使っていた部屋だった。

「こちらをお使い下さるようにとのことです。」

そうレイチェルに言われて、久しぶりにリサ姉さんの部屋に入る。

模様替えがされていて、クリーム色の地に白い羽模様がある壁紙が新しく張られ、ランプ等の調度品が可愛らしいものに変わっていた。

「これからは、こちらの部屋を使うようになるのかしら?」

エミリーが尋ねると、レイチェルが頷いた。

「たぶんそのようになると思います。奥様が、サマー子爵婦人に色々とご相談されてお部屋をしつらえていらっしゃいましたから。」

「素敵なお部屋を用意して頂いて、オリビアおばさまにお礼を言わないといけないわね。」


そうか、私もデボン家側の人間になるのね。小さい頃から馴染んでいる屋敷だが、私がリサ姉さんの代わりにここを使うことになるとは思ってもいなかった。

新しくなった机やソファを見て回って、今日泊まることになる寝室のドアを開ける。

「うわー、素敵。」

パールグレイの入った落ち着いたピンク色のベッドとタンスがあった。
ベッドには、花やつる草が刺繍してあるベッドスプレッドが掛けられている。
サイドテーブルには、エミリーの好きな作家の新作が置かれていた。

「おおっ、この本もう出てたんだ!」


エミリーが本に飛びついていると、ノックの音がしてロブが寝室に入って来た。

「エム、いらっしゃい。メリークリスマス。もうドレス見た? …やっぱり、本に引っかかってる。タンスにドレスが掛かってるから、夕食に着て来てねって、うちの母様とメグおばさまからの伝言だよ。2人の母親からのクリスマスプレゼントだってさ。本は僕から。この部屋はうちの父様からのプレゼント。」

「すてきよっ、ロブ。本のプレゼント、ありがとう!」

ロブに抱き着いて、頬にキスをする。


エミリーも家から持って来ていたロブへのプレゼントを渡した。

アル兄さまに頼んで日本から送ってもらった手作りロボットの組み立てキットだ。
案の定ロブはそれを見て目を輝かせた。

「これは凄いや。早速、作ってみたいな。」

「今はダメよ。作り出したら止まらないんだから。夕食の後にしなさいね。」

「…わかった。エムも、本は夕食の後だよ。」

「んー…わかった。我慢する。」

2人でそう言い合って、顔を見合わせて笑ってしまった。
2人とも凝り性なのはいい勝負である。



◇◇◇



 ドレスは、婚約式にキャスが勧めてくれたようなペールピンク色の可愛くてシックな感じのものだった。
オリビアおばさまもキャスと一緒に「こちらの色のほうが・・・。」と言っていたので、諦められなかったのだろう。

あの時は、ブリーの押しが強かったからね。
結局、婚約式ということで、大人っぽく見える方のロイヤルブルーのドレスになった。

でも今回は、ブリーのいないうちに私にこれを着せてしまえということなのだろうか?
笑ってしまう。


新しいドレスを着てロブの部屋に行くと、ロブもキメていた。
濃いえんじ色に黒でペイズリー柄の模様が入ったベストが良く似合っている。

耳の横の髪が少し跳ねていたので、手で梳かしつけてあげる。

「ありがと。エムそのドレスよく似合うね。妖精のプリンセスみたいだ。」

「めんどくさがりだけどね。」

ロブがクスクス笑う。

「僕の大切なめんどくさがりのプリンセスだね。」

おやおや、ロブにしては珍しい口調だ。

そう思っていると、軽く抱き寄せられておでこにキスをされた。

ちょっと恥ずかしい。
思わずロブの腋の下をくすぐってしまった。

「ハハハッ、やめろよー。くすぐったいじゃないか。もうっ、エムったら僕にキメさせてくれないんだからー。」

「大丈夫、キマってたよ。」

「ホント?」

「ホントホント。」

ロブにエスコートされて2人で広いほうの応接間に行くと、みんな揃っていた。

ニコニコと私達2人を見て微笑んでいる。


「エム、大ニュースよっ。ブリーに赤ちゃんができたのっ!」

キャスが一番に叫んで教えてくれる。

「本当?! じゃあ具合が悪かったのって、そのせいだったんだ。」

さっきテレビ電話で連絡して来たらしい。
みんな大喜びだった。

体調が良くないのでクリスマスに行けないとブリーが言った時には、父様も母様も心配して大変だった。父様などは宿屋でブリーがこき使われているんではないかと心配していたが、母様と私は、ブリーに限って人をこき使うことはあってもその逆はないだろうとは思っていた。

けれど慣れない生活で身体を壊したことは心配していたのだ。
心配が杞憂きゆうであって安心した。


うわー、私おばちゃまになるんだー。
どんな子だろう。
男の子かなぁ女の子かなぁ。

ここにいるリサ姉さんの娘のジャクリーンみたいに可愛いのかしら?

ジャクリーンは、よちよち歩くようになっていて、見ていると飽きない。
何を言っているのかすべてを聞き取れないのだが、可愛らしい口調でずっとおしゃべりをしている。

恥ずかしそうに「ろぷ、えぴりぃ。」と名前を呼んでくれた時には胸がキュンとした。
ジャックおじ様などは、もうメロメロで自分の名前を使った女の子というのもあるのだろう、「ジャッキーちゃん、ジャッキーちゃん。」と呼びかけながら、ずっと側をついて歩いている。
普段の公爵の威厳はどこにもない。

母親2人とリサ姉さんは、産婦人科の良い病院や妊娠中のことについて話をしている。


「ねえ、ロブ。人は死んだり生まれたりしながら、魂を充実させていくのかなぁ。」

「どうした? 今日はいやに哲学的だね。」

「んー、この間ジムじいさんのお葬式に行ってから、そんなことを考えちゃうのよね。なつみさんや、おきぬさん、ロベルトさんにムハラさん、みんな私の中にいるんでしょ。その人たちもジャクリーンやブリーのとこに今度生まれる赤ちゃんみたいに、生を受けて、子どもから大人になって、そして年を取ってジムじいさんみたいに死んでいったんだよね。でもまた、どこかで生まれ変わって別の人生を生きている。」

「うん。西洋の考え方にはないけれど、東洋風に言うと『輪廻転生』だろ。」

「そう。くるくると現世を生きていきながら魂を育てていく。私達がこれから生きていく先にも幸せや喜びがいっぱいあるといいね。」

「そうだな。2人でいい人生を創っていこう。今までもエムと一緒にいて楽しかったし、これからもずっと楽しいさ。」

エミリーはロブと笑い合って、手を繋いだ。


…あれっ? 
春夫さん?

心の奥の方で、なつみさんがロブにそうささやいた気がした。
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