サマー子爵家の結婚録    ~ほのぼの異世界パラレルワールド~

秋野 木星

文字の大きさ
80 / 100
第四章 皇太子滝宮の「伝統を継ぐもの」

亜美の前世・宮様の思い

しおりを挟む
*アミ*

 「そうねぇ、例えば世が世なら亜美と滝宮様は反対の立場だったかもしれないわね。」というノッコの言葉で亜美の前世の話が始まった。

武士がまだ群雄割拠ぐんゆうかっきょしている頃、亜美は天皇陛下、当時の上皇の妹だったらしい。

今の東京の北方に力を持った武士の殿様がいて、その力を上皇が利用するために宮家から降嫁させられたそうだ。しかし、政治的な均衡が崩れて亜美は嫁という立場から人質という立場に変わってしまう。その後年は不遇な身であったらしい。

ノッコが言葉をにごしていたのではっきりとはわからないが、どうもその死にざまが酷かったらしい。そこで「その県には関わらないほうがいいんじゃない。」という言葉が出て来てしまったと、ノッコは言っていた。

イタリアとスイスの間にあった小国の王様というのが、もう一つの亜美の前世らしい。

周りが力の強い国々で政治バランスをとるのが難しかったらしいが、そういう中で国民に慕われた善政を行ったそうだ。「だから亜美は、私やターチの間のバランスをとるのが上手かったのよ。」と言われても、国の外交と友達の間を取り持つのはさすがに違うだろう。

亜美が反論すると、例に出されたのが滝宮様だ。
宮様は、うちの実家の近くのお寺「孝養こうよう寺」の住職だったという。

うちはそこの壇家なんですけど…。

人格者で、優しくて、村の子ども達を集めて寺子屋をしていたらしい。「ねっ、生きる人生は違っても同じ魂なんだから、どこか似たところがあるのよ。」と言われた。

人格者で優しいか…なるほどね。

エミリーの前世の人たちも「めんどくさがり」繋がりらしい。
しかし今のエミリーを見ていると、とてもめんどくさがりには見えないけど…?

ノッコにこういう前世話を聞かされたせいか、ケネスに宮様の人柄を聞かされたせいかは判らないが、夜に宮様からまた散歩のお誘いがあった時に、亜美の中で応じる心構えが出来ていた。



◇◇◇



*ヒデ*

 夜の散歩に亜美を誘った時には意気込んでいたが、亜美が素直に私の誘いに応じてくれたので、なにか殊更ことさらに言い訳をするのもおかしいようで、秀次としては何を話そうか迷っている。

「今日は晴れていたので、月が綺麗に見えますね。お月様は日本で見てもここで見ても同じなんでしょうね。そう考えるとなんだか不思議。」

秀次が黙っているので、さっきから亜美が話をしてくれている。

「…ケネスから少し聞きましたけど、ロザンナさんのご主人はどんな方だったんですか?」

そう質問されてびっくりした。

「ケネスが、昨日のことを亜美さんに話したんですか?!」

「ええ。顧客情報を漏らすのはしてはいけないことだと重々承知の上、宮様のことを思うと黙っていられなかったんですって。怒らないであげてくださいね。」

「とんでもないっ。今はケネスにキスをしたい気分ですよ!」


秀次とあのいかついケネスが抱き合ってキスをしているところを想像して、亜美は笑いが止まらなくなったようだ。
遠慮がちに声を殺して、クスクスと笑っている。

これからのことを考えると、この際スッキリと誤解を解いておくべきだなと秀次は思った。
もう少しロザンナとのことを話しておいた方がいいだろう。

「亜美、ロザンナとは何でもないんですよ。若い頃の淡い初恋だったというだけです。」

「…でも宮様はまだロザンナさんのことを、忘れてはいらっしゃらないでしょ?」

「そうですね。学生時代のロザンナのことは覚えています。しかし、昨日会った彼女は学生時代とは全くの別の人でした。逞しい田舎の大農家の奥さんでしたよ。」

「そうなんですか…。」

「そうなんです。まだお互いをよく知らないので、わたしのことをわかってはいらっしゃらないでしょうが、私は他に心を残している人がいるのに、貴方にプロポーズをするような人間ではないですよ。それだけはわかってください。本当に何年ぶりかに好ましいと思う方が現れた。その人が后になれる資質を十分に持っている方だったので、ついつい先走りしてプロポーズをしてしまったんです。それに仕事を探していると仰ってたでしょう。皇太子妃を職業と捉えて就職を考えて下さらないかなとも思いました。」

「職業…ですか?」

「ええ。私は天皇という身位みくらいを天が私に与えた、尊い職と考えています。一般の方で知っておられる方は少ないでしょうが、天皇は伝承の役目があるのです。農業・神職が大きな仕事ですが、皇后はかいこの養蚕・機織りなどいにしえの日本人が営んできた生活の伝承の役目を持っているのです。ここが征服をもってべる西洋などの他国の王族とは違う部分なのです。中世の日本では天皇の政治力などは形骸化していました。それでも細々とでも天皇家が続いてきたのは、この伝承の役目を背負っていたからなのではないかと考えます。私は、天照皇大神あまてらすおおみかみから続いてきた日本の芯なる系累としてこの役目を果たしていきたいと願っているのです。」

「そうなんですか。天皇家というのは、王族とはだいぶ違うんですね。宮様のお話からは、むしろ歌舞伎の家や技術を持った匠のような伝統伝承の部分が強いように感じました。それは繊細な、壮大な時を繋ぐお仕事のように思えます。」

「ええ、皇太子妃というのはそのような役柄なのです。そういう伝承を粛々しゅくしゅくと遂行できる人柄をもそなえ、私の好みにも合う方というのはなかなかいらっしゃらないのです。きさきという意味で私が求めていたことは、毎日を共に穏やかに過ごすことが出来て、一緒にいて楽しい人、そして何より私が抱きしめたい人を探していました。」

「…………………………。」

「この全部の条件を満たすのが、亜美、貴方なのです。どうかもう一度私とのことを考え直してくれませんか?」

亜美は黙ってしばらく考えていた。

ああ、なんとか亜美に決心して欲しい。
秀次はあらゆる神、皇祖こうそに祈る思いだった。

「そんな重要な役割が私に果たせるとはとても思えません。宮様は本当に……私が適任だと思われるんですか?」

「あなたなら皇太子妃の仕事ができると思います。もちろん私が全面的にバックアップします。そして、私は仕事ではない日常の日々もあなたと一緒にいたい。生涯を共に過ごしたいと思っています。」

秀次が心を込めて亜美に話すと、亜美は苦しそうな顔をした後で、まぶたを閉じてひとしきり思い悩んだ末に、どこか吹っ切ったように目を開いた。

「わかりました。宮様とのことを…考えてみます。」

「本当ですか?! …ああっ、亜美。嬉しいです!」

秀次は思わず亜美に飛びついてしまった。

こんな興奮は生まれてきて初めて感じた。

腕の中に抱きしめた亜美が愛おしくてたまらない。
いつまでもこうして2人でいたい。

亜美の身体のあたたかさと、庭のひそやかな花の匂いが秀次をこれまでにない幸福感で包んでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

処理中です...