サマー子爵家の結婚録    ~ほのぼの異世界パラレルワールド~

秋野 木星

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第五章 聖なる夜をいとし子と

それぞれの目標

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 午後のお茶を飲みながらロブが話をしてくれたのだが、それはセーラには思ってもみなかった話だった。
知り合いのお店にでも紹介してくれるのかと思っていたら、仕事は遠縁の老婦人の話し相手だという。

「そのご婦人の話し相手をしている人が来年には結婚するので仕事を止めたいと言っているらしいんだ。話し相手というのは、本を読んであげたり話し相手になるだけじゃなくて、手紙を整理したり、お客様の相手もするいわゆる私設秘書のようなものなんだ。これなら住み込みでデイビーの世話もしながら働ける。その人は子どもが好きな人だから心配ないよ。そこで三年ぐらい働いて、デイビーがキンダーガーデン(幼稚園)に行けるようになったら、知り合いの宿屋に紹介するよ。宿屋の仕事ってわかる?」

「ええ、宿屋は10歳の時に働いたことがあるからシーツ交換もできるわ。」

貴族のご婦人のお相手より、そっちの仕事のほうがいいかも。けれど子連れだとこれからすぐにでもという訳にもいかないわね。

「いや、シーツ交換なんかはパートの人がするから、マネージャーと言って簡単な経理や宿の運営が出来る勉強をして欲しい。」

「マネージャー?! それって、職業専門学校を出た人じゃなきゃできませんよ。」

「1年あったらそのくらいのことは覚えられるよ。その仕事のほうが実入りがいいんだ。」

ロブが言うには、それらの仕事のお給料は、老婦人の話し相手の仕事で今までもらっていた給料の三倍。宿屋のマネージャーにいたっては六倍のお金が貰えるようだった。

セーラはそんな仕事が自分に出来るのか不安だったが、デイビーと二人で食べて行こうと思ったら今までの仕事では無理なことがわかる。これから頑張って勉強して、紹介してもらえる仕事をこなさなければならないようだ。


「わかりました。勉強しますので、よろしくお願いします。」

セーラは腹をくくって、ロブにそう言った。

「ふ~ん、目力があるね。君ならそう言うと思ってたよ。じゃあ、これは最初のテストだ。セーラの基礎学力がわからないからそれを調べるテストだよ。わからないところは書かなくていいから、わかるところだけ回答してみて欲しい。解けたらエムに渡しといてね。」

それは三枚ほどの紙に書かれた問題用紙だった。国語・算数・理科・社会の問題が紙の両面に書いてある。その二つの職業柄、国語と算数の問題が大半を占めていた。

「私からもセーラに言っておきたいことがあるの。周りの人にはセーラをデビ兄の婚約者として紹介します。教会で育ったので貴族社会に慣れるためにうちで花嫁修業をしているということにしましょう。」

「でも…。」

「大丈夫、別れた後は破談になったと説明するから。そうしておかないとあなたがここにいる説明に困るのよ。それから孤児だということは内々の人か、よほど心を許した人にだけ話した方がいいわ。いろんな人がいるからね。弱みを人に見せないこと、これも貴族社会では大事なことなの。」

エミリーがそう言うと、ロブも重ねて説明してくれた。

「遠縁の老婦人のところに仕事に行くには、マナーや話し方、本を読んだり手紙の返事を書いたりといった貴族の奥さんがするような技能が必要になるんだ。こういうのはエミリーや女中頭のベネット夫人に習ってくれ。僕は経理の勉強や教養面を担当するよ。宿のマネージャーになると人を使うということもしなければならない。それも僕たち二人でやり方を伝えていくからね。」

「うっ…わかりました。頑張ります。」

二人ともそれぞれの仕事があるのに私のために親切に勉強をみてくれようとしているんだ。何とかついていけるように頑張らないと…。

それにしても使われる身の底辺から、人を使う側になるとは思ってもみなかった。そこの意識を変える事が一番難しいかもしれない。持って生まれた習性はなかなか切り替えられないような気がする。



**********



 セーラがビギンガム侯爵領で将来の目標に向けて一歩踏み出していた時、デビッドはロンドンの社長室で書類に埋もれていた。

「…ったく、日本人はクリスマス休暇にも仕事をするのか? 打ち合わせは年明けにゆっくりやりましょうとにこやかに言ってたのは何だったんだよ!」

ロンドンに帰るのが一日半遅れたので、取引会社が指定してきた期日に間に合わせて仕上げようと思ったら、時間外労働をしなければならなくなった。


デビッドは部下の一人を携帯の緊急招集機能を使って、呼び出すことにした。
一時間もすると、呼び出した部下エメット・タイラーが酔っ払った赤い顔で、駆けつけてきた。

「デヴ! よほどの事態なんだろうなッ! クリスマス・パーティ中だったんだぞっ。」

「クリスマスは昨日で終わった。いつまでパーティをしてるんだよ。」

「ニューイヤーまで続くのさ。それより何だよ、クリスマス休暇中だから誰も会社にいないだろ。」

「それがコガエンタが早めのオファーをしてきたんだ。」

「古賀エンタープライズ? あの、大口のか?!」

それを聞いてエメットも顔色を変えた。
溜息をついてデビッドの机の上の書類を取り上げる。この男はデビッドの大学時代からの友人で、一緒にこの会社を立ち上げた同士でもある。エメットがゲームの製作部門を受け持って、デビッドが対外的な仕事をして来たのだ。

「タイラー、君を次期社長に就任させることにした。お前の補佐のアマンダが副社長になれるように仕事を教えてくれ。」

デビッドの急な命令に、エメットはますます顔色をなくした。

「……。なんだってぇ?! 何を急にっ。何があったんだよ?!」

「結婚する。」

「はあっ?!!」

「結婚だよ。僕がしてもいいだろ。」

「おまっ、地球上のどんな女とも結婚しないと言ってたじゃないかっ!」

ここまで驚いているエメットは、見たこともないな。

デビッドは頭の中でセーラの顔を思い出した。彼女は宇宙人じゃないことは確かだ。でも自分にとっては今まで見たこともないタイプだ。ある意味宇宙人に近いのかも。

「何だよ、ニヤついて…。あ~、会社の女の子たちの悲鳴が聞こえるよ。」

「なにバカなこと言ってんだ。とにかく海外出張なんかしたくない。お前が日本に行くんだ。僕は名誉会長になるよ。田舎に引っ込んで、必要な時だけ出てくる。」

「田舎って、あのうるさいドナシェラおばさんが残してくれたって言ってた土地か? あんなとこへ引っ込んだらカビが生えるって嫌ってたじゃないか。」

「それが子どもが生まれたんだ。ジュニアには広い土地を駆け回って育って欲しいからね。」

「子どもぉーーーーーーーーーっ?!!!」

エメットは今度こそ目が飛び出さんばかりに驚愕きょうがくしていた。

エメット・タイラーには悪いが、会社は彼に任せることにした。
一か月ほどで引継ぎが出来たらいいのだが。役員会の根回しもいるな。株主集会の対応は、もう一人の部下のマイクに任せよう。あいつは如才ないし、アマンダが今やっている仕事も引き継げるだろう。なんだかんだ言って若い会社のわりに、優秀な人員が揃ってるな。まあ、それだからこそ短期間で一気に業績を伸ばせてきたのだが…。

おじい様の大叔母さんにあたるドナシェラおばさまには跡継ぎがいなかった。
亡くなった旦那さんの家系はアメリカに移住してしまっていて係累が辿れなくなっていることから、昔からデビッドに後を継いで欲しいと言われていたのだ。

子どもの頃、デビッドはそんな跡継ぎのことなどは話半分に聞いていた。おばさまはそう言うが、あの生命力の強いドナシェラおばさまのことだ。百年先までも悪態をまき散らしながら生きていると思っていた。
それがうちのおばあ様が亡くなって一か月ほど経った時に、後を追うようにぽっくりと死んでしまった。遺書には、土地も家財道具もクレイボーン伯爵の称号もすべてデビッドに譲ると書いてあった。

長男のアレックスより一足先に伯爵になってしまったデビッドは、その古臭い称号が嫌で土地は管理人に任せっきりにして、ずっとロンドンで暮らしてきた。

それがどうだろう。子どもが出来たと思った途端に、クレイボーン伯爵領が酷く魅力的に見えてきた。
セーラは古臭い土地を嫌がらないような気がしている。今朝、よほどその事を聞こうかと口に出かかったが、孤児のセーラに伯爵領に住みたいかどうかなどということを急に聞くのも戸惑われた。逡巡しているうちにエムたちがやって来てしまったのだ。

とにかく仕事を片付けて、ビギンガムに行った時に聞いてみよう。

どこで暮らすにしろセーラは伯爵夫人になるのだから。
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