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第五章 聖なる夜をいとし子と
驚きの連続
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温かいクッションの利いた座席にもたれて、ぐっすりと眠り込んでいたセーラはエミリーに揺り起こされてやっと目を覚ました。
「セーラ、着いたわよ。デイビーはもう家に連れて行ったから、セーラも中に入って。」
ふらふらする頭をなんとか持ち上げて目を開けると、車の中には誰もいなかった。気づくとまた胸が痛くなっている。
「お乳が…。」
「ええ、授乳の時間が過ぎてるかも。先にオシメを変えてもらってるけど、デイビーもご機嫌斜めみたい。お腹が空いてるんだと思うわ。」
エミリーと一緒に車を降りて、玄関のアプローチが目に入った途端に、セーラは完全に目が覚めた。
「どこ? ここ! バッキンガム宮殿?!」
「もうセーラったら、うちよ。そんな大層な所じゃないわ。」
エミリーは笑いながらそう言うが、これは「うち」というレベルではない。宮殿ではないのなら高級ホテルか美術館といったところだ。入り口が広すぎる。
セーラがキョロキョロしながらお屋敷の中に入って、巨大な玄関ホールや大きな絵、シャンデリアなどをぽかぁ~んと口を開けて見ていると、舞台のような大階段の上からロブが顔をのぞかせた。
腕に抱いているデイビーに「良かった。ほらママが来たよ~、デイビーはお食事の時間でちゅー。」と言うのが辛うじて聞こえた。
何しろデイビーの力いっぱいの泣き声が、似合わないことにこの重厚な玄関ホールにこだましているのだ。
「まぁ、血は繋がっていないのに同じ名前だからかしら、デビ兄と一緒で声が大きいわ。」
そんな事をブツブツ言っているエミリーと一緒に、緩やかにまわっている階段を登って二階に上がると、廊下にも絨毯が敷いてあった。三人と泣き叫ぶデイビーは長い廊下を奥まで歩いて、右に曲がるとまだずっと歩いて行く。
セーラがいったいどこまで歩くのか心配になった時にやっとエミリーが部屋の戸を開けた。
「この部屋を使ってね。うちの姉妹が子連れで泊まりやすいように改装してるから、育児用品は揃ってるわ。何でも遠慮なく使ってくれたらいいから。東南の棟だから三階の私たちの部屋にも近いし、便利がいいの。隣が寝室よ。間にバスルームがあるからね。ロブ、セーラの荷物は寝室のクローゼット?」
「うん。エム、家の案内の前に、デイビーをなんとかしないと。」
「そうね。デイビーの食事が終わった頃にまた来るわ。それからお茶にしましょう。」
エミリーとロブが部屋を出て行ったので、部屋の片隅にあったソファーに座って、セーラはデイビーにお乳をやった。デイビーは涙を溜めた目で乳首を探しながら、むさぼるように音をたててお乳を飲み始めた。やっと静かになった室内を眺めると、そこはカラフルなおもちゃで溢れかえっていた。壁にも可愛らしい絵が描いてある。見たことはないが有名人が子どもを預けるのはこんな感じの幼稚園なんだろうなと思った。
「なんだか世界が違う…。」
家の中がマラソンコースになるほど広い。ここが私たちの部屋だと言われたが、どこかに出かけた時に部屋に帰れずに家の中で迷子になりそうだ。
セーラはあまりの生活の違いに笑い出しそうになった。世の中にはこんな生活をしている人がいるのねぇ。
デイビーがお乳を飲みながら眠ったので、部屋の中にあったベビーベッドに寝かせて毛布をかけてやった。
「あなたは運がいいわ、デイビー。生まれてすぐに王様のようなベッドで眠れるなんて…。」
セーラは孤児院の狭くて堅いベッドを思い出して、頭を振った。
「ハァ~、ここまでは望まないけど何とか三食が食べられるような生活が出来るように、ママが頑張らなくちゃね。」
しばらくするとエミリーがトラムの手を引いた若い女の人と一緒に部屋にやってきた。
「ねぇ、ママ遊んでいい?」
トラムの目はおもちゃに釘づけだ。
「ええ、いいわよ。でもデイビーが寝てるみたいだから、静かに遊ぶのよ。」
「うん。わかった。」
トラムがトイボックスに走っていくのを見ながら、エイミーは一緒に来た女性をセーラに紹介した。
「こちらは小さい子の世話を頼んでいるメアリよ。メアリ、こちらは私の兄の婚約者のセーラ。一年ほどうちに滞在される予定よ。これからトラムと一緒にデイビーの面倒もみていただくことになると思うわ。ミズ・ブラウンと協力してよろしくお願いね。」
セーラは、婚約者と言われた時に口を挟もうかと思ったが、エミリーに目で制されたので口を噤んだ。
メアリという人は、赤ら顔をした純朴そうな田舎の娘といった感じの人だ。セーラはこのお屋敷に気おされていたので、メアリの顔を見てホッとした。
「メアリと申します。よろしくお願いします。デイビー坊っちゃんについて何か注意しておくことがありますか?」
そうメアリに問われたが、取り立てて思い浮かばない。するとエミリーがメアリにテキパキと指示をしてくれた。
「デイビーは昨日生まれたばかりだから、雑菌に注意してちょうだい。セーラ、お乳の後にゲップは出てる?」
「いいえ、飲みながら眠ってしまったから…。」
「じゃあ、お乳を戻すかもね。泣きだしたらすぐにゲップをさせてやって。トラムは車の中でお菓子を食べてるから、お茶だけここに運ばせます。メアリの分のケーキは、ミセスコナーに取り置いてもらってるから後で食べてね。私たちはお茶の後で家を見て回るから、何かあったら携帯に連絡してちょうだい。」
「わかりました。」
メアリに後を任せて、セーラはエミリーに促されて部屋を出た。
廊下の突き当りのさっきとは別の階段を下りながら、エミリーは色々と説明してくれた。
「うちには三人子どもがいるの。7歳の女の子のセラフィナ、この子はあなたの名前に似てるわねセラって呼んでるの。セラは女王様よ。おじいちゃんのデボン公爵が甘やかすから、いやに気高く育っちゃって。それから5歳の男の子のネイサン、ネイトって呼んでるわ。この子はロブに似てて考え深くて大人しいの。みんな5歳児とは思えないって言ってる。そして、ずっと一緒だった2歳のトラムが3番目。この子は私に似てるかも、本が好きでのんびりしてるのかと思ったら突然とんでもないことをしでかすタイプ。」
「ええっと、セラフィナがセラで、ネイサンがネ、ネイト? それからトラムね。」
セーラが覚えようと頭を悩ませていると、エミリーが可笑しそうに笑った。
「うちは親族が多いし、いっぺんに覚えようとしなくてもいいのよ。忘れてたらその都度名前を聞いてちょうだい。うちで働いている人で一番に覚えたほうがいいのは、さっきメアリに言ったミセスコナーだけ! この人は厨房の責任者だからね。美味しいものを食べたいと思ったら、名前を覚えといたほうがいいわ。ミセスコナーが気に入った人には、美味しいものがまわってくるから。フフッ、実際この家を取り仕切ってるのは彼女よ。執事のランベスも女中頭のベネット夫人も彼女には頭が上がらないから。ロブや私よりお偉いさんかもね。」
「ミセスコナーね。覚えたわ!」
それにしてもこうやっていたずらっぽく笑うエミリーは寛大だ。家を取り仕切る女主人が上手く家中をまとめていないとこんな風には言えないだろう。
セーラが今まで働いてきた所では、従業員の間がギスギスしていた。女主人も偉そうに命令するばかりで、さっきエミリーがメアリに言ったような心遣いは皆無だった。
さすがに侯爵家の奥様になると手腕も違うのね。
一階のティールームに着くと、表の庭が見える席に座るように言われた。
南側が全面ガラス張りになっている大きな窓からは、クリスマスカードの絵に描いてあるような可愛らしい田舎の町が丘の下に広がっているのが観えた。ここの屋敷は小高い丘の上にあるようで、この場所は、町を一望できる絶景のビューポイントのようだ。雪を被った家々の煙突からいくつか煙があがっている。風もないのか穏やかな冬の午後の風景だ。
その時、教会の鐘が4時の時を告げるのが聞こえた。
「お茶が遅くなっちゃったわね。お腹が空いたわ。今日のケーキはアップルパイのようよ! 私はパイが好きだから嬉しいわ。セーラはケーキでは何が好き?」
「私は…あんまり種類がわからないわ。いいえ、ケーキの名前は知ってるんだけど、全部食べたことはないから…。教会ではバターケーキやクッキーをよく食べてたの。」
「バターケーキもいいわね。デビ兄は好きだったわ。私はパイなら何でも好き。ロブは甘いものは少しでいいから、この小さい切れを残しときましょう。」
そんなことを言っているうちにロブが部屋に入って来た。
「お待たせ!セーラの働き先が決まったよ!」
いったいどんな所なんだろう。そこで働くために何を勉強したらいいんだろう。
ロブが説明してくれるのを聞いて、セーラは再び驚いたのだった。
「セーラ、着いたわよ。デイビーはもう家に連れて行ったから、セーラも中に入って。」
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「ええ、授乳の時間が過ぎてるかも。先にオシメを変えてもらってるけど、デイビーもご機嫌斜めみたい。お腹が空いてるんだと思うわ。」
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「どこ? ここ! バッキンガム宮殿?!」
「もうセーラったら、うちよ。そんな大層な所じゃないわ。」
エミリーは笑いながらそう言うが、これは「うち」というレベルではない。宮殿ではないのなら高級ホテルか美術館といったところだ。入り口が広すぎる。
セーラがキョロキョロしながらお屋敷の中に入って、巨大な玄関ホールや大きな絵、シャンデリアなどをぽかぁ~んと口を開けて見ていると、舞台のような大階段の上からロブが顔をのぞかせた。
腕に抱いているデイビーに「良かった。ほらママが来たよ~、デイビーはお食事の時間でちゅー。」と言うのが辛うじて聞こえた。
何しろデイビーの力いっぱいの泣き声が、似合わないことにこの重厚な玄関ホールにこだましているのだ。
「まぁ、血は繋がっていないのに同じ名前だからかしら、デビ兄と一緒で声が大きいわ。」
そんな事をブツブツ言っているエミリーと一緒に、緩やかにまわっている階段を登って二階に上がると、廊下にも絨毯が敷いてあった。三人と泣き叫ぶデイビーは長い廊下を奥まで歩いて、右に曲がるとまだずっと歩いて行く。
セーラがいったいどこまで歩くのか心配になった時にやっとエミリーが部屋の戸を開けた。
「この部屋を使ってね。うちの姉妹が子連れで泊まりやすいように改装してるから、育児用品は揃ってるわ。何でも遠慮なく使ってくれたらいいから。東南の棟だから三階の私たちの部屋にも近いし、便利がいいの。隣が寝室よ。間にバスルームがあるからね。ロブ、セーラの荷物は寝室のクローゼット?」
「うん。エム、家の案内の前に、デイビーをなんとかしないと。」
「そうね。デイビーの食事が終わった頃にまた来るわ。それからお茶にしましょう。」
エミリーとロブが部屋を出て行ったので、部屋の片隅にあったソファーに座って、セーラはデイビーにお乳をやった。デイビーは涙を溜めた目で乳首を探しながら、むさぼるように音をたててお乳を飲み始めた。やっと静かになった室内を眺めると、そこはカラフルなおもちゃで溢れかえっていた。壁にも可愛らしい絵が描いてある。見たことはないが有名人が子どもを預けるのはこんな感じの幼稚園なんだろうなと思った。
「なんだか世界が違う…。」
家の中がマラソンコースになるほど広い。ここが私たちの部屋だと言われたが、どこかに出かけた時に部屋に帰れずに家の中で迷子になりそうだ。
セーラはあまりの生活の違いに笑い出しそうになった。世の中にはこんな生活をしている人がいるのねぇ。
デイビーがお乳を飲みながら眠ったので、部屋の中にあったベビーベッドに寝かせて毛布をかけてやった。
「あなたは運がいいわ、デイビー。生まれてすぐに王様のようなベッドで眠れるなんて…。」
セーラは孤児院の狭くて堅いベッドを思い出して、頭を振った。
「ハァ~、ここまでは望まないけど何とか三食が食べられるような生活が出来るように、ママが頑張らなくちゃね。」
しばらくするとエミリーがトラムの手を引いた若い女の人と一緒に部屋にやってきた。
「ねぇ、ママ遊んでいい?」
トラムの目はおもちゃに釘づけだ。
「ええ、いいわよ。でもデイビーが寝てるみたいだから、静かに遊ぶのよ。」
「うん。わかった。」
トラムがトイボックスに走っていくのを見ながら、エイミーは一緒に来た女性をセーラに紹介した。
「こちらは小さい子の世話を頼んでいるメアリよ。メアリ、こちらは私の兄の婚約者のセーラ。一年ほどうちに滞在される予定よ。これからトラムと一緒にデイビーの面倒もみていただくことになると思うわ。ミズ・ブラウンと協力してよろしくお願いね。」
セーラは、婚約者と言われた時に口を挟もうかと思ったが、エミリーに目で制されたので口を噤んだ。
メアリという人は、赤ら顔をした純朴そうな田舎の娘といった感じの人だ。セーラはこのお屋敷に気おされていたので、メアリの顔を見てホッとした。
「メアリと申します。よろしくお願いします。デイビー坊っちゃんについて何か注意しておくことがありますか?」
そうメアリに問われたが、取り立てて思い浮かばない。するとエミリーがメアリにテキパキと指示をしてくれた。
「デイビーは昨日生まれたばかりだから、雑菌に注意してちょうだい。セーラ、お乳の後にゲップは出てる?」
「いいえ、飲みながら眠ってしまったから…。」
「じゃあ、お乳を戻すかもね。泣きだしたらすぐにゲップをさせてやって。トラムは車の中でお菓子を食べてるから、お茶だけここに運ばせます。メアリの分のケーキは、ミセスコナーに取り置いてもらってるから後で食べてね。私たちはお茶の後で家を見て回るから、何かあったら携帯に連絡してちょうだい。」
「わかりました。」
メアリに後を任せて、セーラはエミリーに促されて部屋を出た。
廊下の突き当りのさっきとは別の階段を下りながら、エミリーは色々と説明してくれた。
「うちには三人子どもがいるの。7歳の女の子のセラフィナ、この子はあなたの名前に似てるわねセラって呼んでるの。セラは女王様よ。おじいちゃんのデボン公爵が甘やかすから、いやに気高く育っちゃって。それから5歳の男の子のネイサン、ネイトって呼んでるわ。この子はロブに似てて考え深くて大人しいの。みんな5歳児とは思えないって言ってる。そして、ずっと一緒だった2歳のトラムが3番目。この子は私に似てるかも、本が好きでのんびりしてるのかと思ったら突然とんでもないことをしでかすタイプ。」
「ええっと、セラフィナがセラで、ネイサンがネ、ネイト? それからトラムね。」
セーラが覚えようと頭を悩ませていると、エミリーが可笑しそうに笑った。
「うちは親族が多いし、いっぺんに覚えようとしなくてもいいのよ。忘れてたらその都度名前を聞いてちょうだい。うちで働いている人で一番に覚えたほうがいいのは、さっきメアリに言ったミセスコナーだけ! この人は厨房の責任者だからね。美味しいものを食べたいと思ったら、名前を覚えといたほうがいいわ。ミセスコナーが気に入った人には、美味しいものがまわってくるから。フフッ、実際この家を取り仕切ってるのは彼女よ。執事のランベスも女中頭のベネット夫人も彼女には頭が上がらないから。ロブや私よりお偉いさんかもね。」
「ミセスコナーね。覚えたわ!」
それにしてもこうやっていたずらっぽく笑うエミリーは寛大だ。家を取り仕切る女主人が上手く家中をまとめていないとこんな風には言えないだろう。
セーラが今まで働いてきた所では、従業員の間がギスギスしていた。女主人も偉そうに命令するばかりで、さっきエミリーがメアリに言ったような心遣いは皆無だった。
さすがに侯爵家の奥様になると手腕も違うのね。
一階のティールームに着くと、表の庭が見える席に座るように言われた。
南側が全面ガラス張りになっている大きな窓からは、クリスマスカードの絵に描いてあるような可愛らしい田舎の町が丘の下に広がっているのが観えた。ここの屋敷は小高い丘の上にあるようで、この場所は、町を一望できる絶景のビューポイントのようだ。雪を被った家々の煙突からいくつか煙があがっている。風もないのか穏やかな冬の午後の風景だ。
その時、教会の鐘が4時の時を告げるのが聞こえた。
「お茶が遅くなっちゃったわね。お腹が空いたわ。今日のケーキはアップルパイのようよ! 私はパイが好きだから嬉しいわ。セーラはケーキでは何が好き?」
「私は…あんまり種類がわからないわ。いいえ、ケーキの名前は知ってるんだけど、全部食べたことはないから…。教会ではバターケーキやクッキーをよく食べてたの。」
「バターケーキもいいわね。デビ兄は好きだったわ。私はパイなら何でも好き。ロブは甘いものは少しでいいから、この小さい切れを残しときましょう。」
そんなことを言っているうちにロブが部屋に入って来た。
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