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中西さんとおつまみ
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咲子が玄関を開けると、暗闇の中に中西さんが小さくなって立っていた。
「本当に遅くにすみません。更紗とおふくろが二人して、たきつけるものですから…。」
そう言って中西さんはかぶっている野球帽をぬいで両手で握りしめると、意を決したように話し始めた。
「あの…僕に彼女がいると勘違いされたかもしれませんが、いません! あ、こんなことを大声で宣言するのもカッコ悪いんですが…。」
え、そうなの?
「ええっと…僕は昔から『いい人なんだけど…。』ってフラれるパターンが多くてですね…何を言ってるんだ? あの…。うわっ!」
中西さんは蚊に刺されたのか、耳や腕の方を何度か叩いたかと思うと、ボリボリと腕を掻き始めた。
「蚊が入りますから、中に入ってください。」
咲子はそう言って、中西さんを玄関に入れて戸を閉めると、かゆみ止めの軟膏を取りに行った。
…もしかして。
でも、まさか。
胸はドキドキと早鐘を打っているし、頭の中は真っ白になっている。
咲子は未だかつて経験したことのない状況に立たされている気がした。
とにかく薬よ! あ、あった。
「かゆみ止めです。どうぞ。」
「あ、すみません。」
中西さんは軟膏を蚊に刺されて赤く腫れあがったところに塗ると、玄関の上り口に座った咲子に「ありがとうございます。」と言って、薬を返してよこした。
「なんか締まらないですけど、この際、玉砕覚悟で告白します。穂村咲子さん!」
「はいっ。」
「あなたが好きですっ。というか気になってます! もし、もしよろしかったらお付き合いをしてもらえないでしょうか?」
真っすぐに咲子を見つめてくる中西さんの強いまなざしに、咲子は照れてうつむいてしまった。
「…あ、困りますよね。よく知らない男から、急にこんなことを言われて…。」
「いえ。初めてのことだったので、どうしていいのかわからなくて…。」
「そうなんですか…。」
二人の間に、しばらくの沈黙が行き交った。
「あの、私…これから夕食を食べるところだったんです。」
「すみません。帰ります!」
中西さんはすぐさま戸を開けて出ていこうとした。
「ちょ、ちょっと待ってください。よろしかったら一緒にどうですか?」
「は?!」
「どうぞ。」
きつねに化かされたような顔をした中西さんに、咲子は来客用のスリッパを出した。
◇◇◇
「いい匂いですね。」
そう言って落ち着かなげにキョロキョロしている中西さんに、物置と化していたもう一つの椅子の上の物を横に除けて、どうぞと勧めた。
「あ、すいません。失礼します。」
「ご飯は食べられましたか?」
「はい。…あ、まだ全然入ります!」
咲子はクスリと笑った。
正直な人。
そして思いやりのある温かい人。
「お酒は飲まれますか?」
「はい。何でも飲みます。」
咲子は作ったばかりのアジの南蛮漬けをお皿に移し替えると、豆腐の小鉢や野菜の煮物、箸やコップやビールも揃えて、中西さんの前に並べた。
「まずは食べましょう。いただきます。」
咲子がそう言うと、中西さんも「いただきます。」と箸をとって食べ始めた。
咲子も御飯茶碗をいったんキッチンの方へ置いて、ビールを飲みながら塩焼きのアジを食べる。
まさかこんなことになるとは思わなかったな。
魚が二匹あって良かった。
「お、これは美味いな。南蛮漬けは久しぶりですよ。僕がこっちをいただいても良かったんですか?」
「ええ。今日は疲れたので、魚の塩焼きを食べようと思ってたんです。」
「それならなぜ? …もしかして、これ明日のお弁当でした?」
中西さんの手が止まる。
「ふふ、そうですけどいいんですよ。中西さんが私の眠りを助けてくれたので、今日はおごります。」
「眠り?」
「ええ。今日は中西さんに彼女がいると思って、眠れなかったでしょうから…。」
「え?!」
驚愕した中西さんの顔を、初めて見たな。
「私も…中西さんが気になっていました。でも、無理だと思って諦めてもいました。その…さっきも言いましたが、男の人に告白されたことがなかったので。」
「なんていうか…こういう反応は初めてで。ドキドキします。」
中西さんは照れ笑いをしながら、ビールをグビリと飲んだ。
すっかり玉砕慣れしてるのね。
いったい何人の人に告白したのかしら…?
その辺りのことは気になるが、今はもっと大切なことがある。
ちゃんと話し合わないとね…。
「あの、知り合いになって一週間も経ってないですから、お互い知らないことが多いと思うんです。歳も…その、私は二十九歳なので結構いってますし…。」
咲子が意を決して歳のことを言うと、中西さんはガハハハッと笑い出した。
「歳のことを気にされてたんですか。僕は二十八歳ですが、一つ年上の女房は金の草鞋を履いてでも探せって言うぐらいですから…。あ、いやまだこれは早いですね…。」
失言したと思ったのか、中西さんの声はだんだん小さくなった。
咲子は笑いをこらえていたが、ついに吹き出してしまった。
中西さんも照れ笑いをしながら、言い訳をした。
「こんな風にスマートにいかないところがですね。どうも最近の娘さんにはウケなくて…。職業も農業ですし、嫁の来てがないんですよ。」
「そうなんですか? 中西さんは優しい方なのに…。私も学生の頃に、クソ真面目で面白くないと言われたことがあります。地味なものですから…。」
「いや、咲子さんはその…笑顔が素敵です。」
…中西さん、顔が赤くなるじゃないですか。
二人してモジモジしてしまった。
いい年をした大人が二人で、中学生のようだ。
その後、二人でお互いの基本情報などを交わし合って、長い夜を過ごした。
なんだかまずはお付き合いしてみましょうということになったみたいです。
本当に、こんなことになるとは思いませんでした。
「本当に遅くにすみません。更紗とおふくろが二人して、たきつけるものですから…。」
そう言って中西さんはかぶっている野球帽をぬいで両手で握りしめると、意を決したように話し始めた。
「あの…僕に彼女がいると勘違いされたかもしれませんが、いません! あ、こんなことを大声で宣言するのもカッコ悪いんですが…。」
え、そうなの?
「ええっと…僕は昔から『いい人なんだけど…。』ってフラれるパターンが多くてですね…何を言ってるんだ? あの…。うわっ!」
中西さんは蚊に刺されたのか、耳や腕の方を何度か叩いたかと思うと、ボリボリと腕を掻き始めた。
「蚊が入りますから、中に入ってください。」
咲子はそう言って、中西さんを玄関に入れて戸を閉めると、かゆみ止めの軟膏を取りに行った。
…もしかして。
でも、まさか。
胸はドキドキと早鐘を打っているし、頭の中は真っ白になっている。
咲子は未だかつて経験したことのない状況に立たされている気がした。
とにかく薬よ! あ、あった。
「かゆみ止めです。どうぞ。」
「あ、すみません。」
中西さんは軟膏を蚊に刺されて赤く腫れあがったところに塗ると、玄関の上り口に座った咲子に「ありがとうございます。」と言って、薬を返してよこした。
「なんか締まらないですけど、この際、玉砕覚悟で告白します。穂村咲子さん!」
「はいっ。」
「あなたが好きですっ。というか気になってます! もし、もしよろしかったらお付き合いをしてもらえないでしょうか?」
真っすぐに咲子を見つめてくる中西さんの強いまなざしに、咲子は照れてうつむいてしまった。
「…あ、困りますよね。よく知らない男から、急にこんなことを言われて…。」
「いえ。初めてのことだったので、どうしていいのかわからなくて…。」
「そうなんですか…。」
二人の間に、しばらくの沈黙が行き交った。
「あの、私…これから夕食を食べるところだったんです。」
「すみません。帰ります!」
中西さんはすぐさま戸を開けて出ていこうとした。
「ちょ、ちょっと待ってください。よろしかったら一緒にどうですか?」
「は?!」
「どうぞ。」
きつねに化かされたような顔をした中西さんに、咲子は来客用のスリッパを出した。
◇◇◇
「いい匂いですね。」
そう言って落ち着かなげにキョロキョロしている中西さんに、物置と化していたもう一つの椅子の上の物を横に除けて、どうぞと勧めた。
「あ、すいません。失礼します。」
「ご飯は食べられましたか?」
「はい。…あ、まだ全然入ります!」
咲子はクスリと笑った。
正直な人。
そして思いやりのある温かい人。
「お酒は飲まれますか?」
「はい。何でも飲みます。」
咲子は作ったばかりのアジの南蛮漬けをお皿に移し替えると、豆腐の小鉢や野菜の煮物、箸やコップやビールも揃えて、中西さんの前に並べた。
「まずは食べましょう。いただきます。」
咲子がそう言うと、中西さんも「いただきます。」と箸をとって食べ始めた。
咲子も御飯茶碗をいったんキッチンの方へ置いて、ビールを飲みながら塩焼きのアジを食べる。
まさかこんなことになるとは思わなかったな。
魚が二匹あって良かった。
「お、これは美味いな。南蛮漬けは久しぶりですよ。僕がこっちをいただいても良かったんですか?」
「ええ。今日は疲れたので、魚の塩焼きを食べようと思ってたんです。」
「それならなぜ? …もしかして、これ明日のお弁当でした?」
中西さんの手が止まる。
「ふふ、そうですけどいいんですよ。中西さんが私の眠りを助けてくれたので、今日はおごります。」
「眠り?」
「ええ。今日は中西さんに彼女がいると思って、眠れなかったでしょうから…。」
「え?!」
驚愕した中西さんの顔を、初めて見たな。
「私も…中西さんが気になっていました。でも、無理だと思って諦めてもいました。その…さっきも言いましたが、男の人に告白されたことがなかったので。」
「なんていうか…こういう反応は初めてで。ドキドキします。」
中西さんは照れ笑いをしながら、ビールをグビリと飲んだ。
すっかり玉砕慣れしてるのね。
いったい何人の人に告白したのかしら…?
その辺りのことは気になるが、今はもっと大切なことがある。
ちゃんと話し合わないとね…。
「あの、知り合いになって一週間も経ってないですから、お互い知らないことが多いと思うんです。歳も…その、私は二十九歳なので結構いってますし…。」
咲子が意を決して歳のことを言うと、中西さんはガハハハッと笑い出した。
「歳のことを気にされてたんですか。僕は二十八歳ですが、一つ年上の女房は金の草鞋を履いてでも探せって言うぐらいですから…。あ、いやまだこれは早いですね…。」
失言したと思ったのか、中西さんの声はだんだん小さくなった。
咲子は笑いをこらえていたが、ついに吹き出してしまった。
中西さんも照れ笑いをしながら、言い訳をした。
「こんな風にスマートにいかないところがですね。どうも最近の娘さんにはウケなくて…。職業も農業ですし、嫁の来てがないんですよ。」
「そうなんですか? 中西さんは優しい方なのに…。私も学生の頃に、クソ真面目で面白くないと言われたことがあります。地味なものですから…。」
「いや、咲子さんはその…笑顔が素敵です。」
…中西さん、顔が赤くなるじゃないですか。
二人してモジモジしてしまった。
いい年をした大人が二人で、中学生のようだ。
その後、二人でお互いの基本情報などを交わし合って、長い夜を過ごした。
なんだかまずはお付き合いしてみましょうということになったみたいです。
本当に、こんなことになるとは思いませんでした。
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