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写真が語るもの
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座敷に座卓を出して、雪見障子越しに庭を見ながらお茶にする。
由紀恵は、コーヒーと焼きプリン、山岡君は、紅茶と栗の入ったどら焼きを食べる。
「なんかおかしな感じ。朝はこの庭のあそこ、あの、枯れたサツキの枝がある側に、開けた場所があるでしょ? あそこにベンチが置いてあったの。そのベンチに、ほんの少し前に老けた山岡君と一緒に座って話をしたばかりだったんだよ。あのサツキはねぇ、光源氏っていう名前で、春一番に咲くサツキなの。葉っぱも何もない枝に薄い紫色の花が咲いてた。それが……今は、ただの枯れ枝。そして目の前には、若い山岡君が座ってる。変だよねぇ」
「僕の方はもっとおかしな感じだよ。去年の十二月に一日中振り回されて、ずっと一年近く会ってなかったんだよ……18歳の君には」
「えらく限定するね」
「うん。13歳の君には何度か会った、というか見かけた。最初は、初詣に行った時。可愛い着物を着てたよ。朱色の……なんか上がコートみたいになってるやつ」
「ああ、ミチユキね。昔のコートだよ。あの着物、あれから着てないなぁ。なんか色が子どもっぽい気がしてさ」
「中坊なんてまだ子どもだろ?」
「大学生から見ればそうなんだろうけど、本人たちは大人だと思ってるんだから」
「そうか? 僕もそんな風に思ってたかもな。そういえば遠坂さんは中二の時に誰かと……その、付き合ってたの?」
「はぁ?! そんなことあるわけないじゃん。彼氏いない歴18年だよっ。」
「でも、夏に海で男の子と一緒にいたところを見たよ」
「んー? 達樹じゃない?」
「達樹くんなら僕も知ってる」
「あ、そうか。誰だろ? ……久史かなぁ、背が高かった?」
「うん」
「じゃあ、従兄弟の久史だよ。敏子叔母ちゃん一家がたいてい夏休みには帰って来てたから。久史は同い年だからよく一緒に遊ぶんだ」
「そうなのか……」
山岡君は、随分と気の抜けた顔をしていた。
「それはそうと山岡君は兄弟とか従妹とかいるの?」
「ん、僕は男ばかり三人兄弟の真ん中。アニキは、21歳で大阪の大学に行ってる。弟はちょっと離れてて高一。あ……アイツ遠坂さんと同じ学校だ。君の2つ上になるのかな」
「あれ? あの人は、山岡っていう名前だったかも? 私が高一の時に、三年生だよね。えーと、なんか「タ」がつく名前だった。物凄いモテてた人だよね。私、同じ駅で降りるからって、友達に頼まれてラブレターを渡したことがある」
「……そんなことしてた。いや、これからするのか。武志に釘を刺しとこう」
「そうそう、それっ! 武ちゃんマンって呼ばれてた。ハンサムな家系なんだね、長岡くんち」
「そ、そろそろ病院に行ってみる? お母さんに電話してしばらく経つから、もう帰られたかもしれないよ」
「うん、昨日みたいなことにならなきゃいいけど」
「昨日? ああ……去年ね。おばあさんは何回も風邪を引いたの?」
「ううん。そう言えば入院した次の年には脳梗塞が起きて、意識が混濁してた時が多かったの。そうか、貴重な一日なんだね今日は」
「叔母さんが言われていた通りならね」
**********
二人で自転車に乗って病院に行った。
おばあちゃんの自転車は昨日よりも古びた感じがした。
こいでいるとキーキー音がする。タイヤに空気を入れても、パンパンに入らない感じがした。
昨日乗ったばかりなのに……一年経ってるんだ。
おばあちゃんも、寝たきりのまま一年経ったんだ。疲れてるんだろうな。
中学生の頃、こんなにおばあちゃんの立場に立って考えられただろうか?
自分の興味や関心ばかりに気持ちがいっていたような気がする。
最初に山岡君に病室を覗いてもらって、お母さんがいなかったので由紀恵も中に入った。部屋の入口の方から声をかけてみる。
「おばあちゃん、起きてる?」
「由紀恵、さっき来たのにまた来てくれたの?」
「……うん」
「こっちへお出で」
「でも……ここでいいよ」
「……もしかして、高校生の由紀恵かい?」
えっ?!
由紀恵と山岡君は、顔を見合わせた。
なんで……おばあちゃん?
「去年、息が出来なくなった時に助けてくれただろ? ばあちゃんがボケてただけかい?」
「遠坂さん、側に行ってあげなよ」
「でも……山岡君」
山岡君が背中を押してくれたので、由紀恵はおずおずとおばあちゃんの顔が見える所へ歩いて行った。
「また来てくれたんだね。神様がばあちゃんの願いを聞いてくれたんだ。はぁー、ありがとうございます」
おばあちゃんはそう言って、由紀恵の顔を食い入るように見ながら、やせ細った両手を拝むように擦り合わせた。
「おばあちゃん、頑張って生きててくれてありがとう。しんどい?」
由紀恵はおばあちゃんの乾いた手をそっと取って、優しく撫でた。
「いいや、しんどくなんかないさ。ばあちゃんは由紀恵の花嫁姿を見るまで頑張るからね」
「うん、約束したもんね。今日はね、ここにいる山岡君が、おばあちゃんに見せたいものがあるんだって。それを持って来たんだよ」
「そーか。そりゃあ、楽しみだ」
「じゃ、私はちょっと外に出てるから。見せてもらってね」
「ん」
由紀恵は、おばあちゃんの手をぎゅっと握って握手してから、外に出た。
しばらく廊下に立っていると、扉が開いて山岡君が中から出てきた。
「遠坂さん、おばあちゃんは眠ったよ。写真を見て、とても満足してたみたいだった」
「何の写真だったの?」
「成人式と、仕事中の遠坂さんだった」
「仕事中? ……二十歳なのに?」
「まあ、あんまり追求しないでよ、言えないんだからさ。でも二枚とも素敵な笑顔の、いい写真だったよ」
「ふぅん」
山岡君は私の夢を知らないから、つい口に出たんだ。
二十歳の時に仕事をしてた?
それを見ておばあちゃんが満足した?
………………
私、役者にならないのかもしれない。
由紀恵は、コーヒーと焼きプリン、山岡君は、紅茶と栗の入ったどら焼きを食べる。
「なんかおかしな感じ。朝はこの庭のあそこ、あの、枯れたサツキの枝がある側に、開けた場所があるでしょ? あそこにベンチが置いてあったの。そのベンチに、ほんの少し前に老けた山岡君と一緒に座って話をしたばかりだったんだよ。あのサツキはねぇ、光源氏っていう名前で、春一番に咲くサツキなの。葉っぱも何もない枝に薄い紫色の花が咲いてた。それが……今は、ただの枯れ枝。そして目の前には、若い山岡君が座ってる。変だよねぇ」
「僕の方はもっとおかしな感じだよ。去年の十二月に一日中振り回されて、ずっと一年近く会ってなかったんだよ……18歳の君には」
「えらく限定するね」
「うん。13歳の君には何度か会った、というか見かけた。最初は、初詣に行った時。可愛い着物を着てたよ。朱色の……なんか上がコートみたいになってるやつ」
「ああ、ミチユキね。昔のコートだよ。あの着物、あれから着てないなぁ。なんか色が子どもっぽい気がしてさ」
「中坊なんてまだ子どもだろ?」
「大学生から見ればそうなんだろうけど、本人たちは大人だと思ってるんだから」
「そうか? 僕もそんな風に思ってたかもな。そういえば遠坂さんは中二の時に誰かと……その、付き合ってたの?」
「はぁ?! そんなことあるわけないじゃん。彼氏いない歴18年だよっ。」
「でも、夏に海で男の子と一緒にいたところを見たよ」
「んー? 達樹じゃない?」
「達樹くんなら僕も知ってる」
「あ、そうか。誰だろ? ……久史かなぁ、背が高かった?」
「うん」
「じゃあ、従兄弟の久史だよ。敏子叔母ちゃん一家がたいてい夏休みには帰って来てたから。久史は同い年だからよく一緒に遊ぶんだ」
「そうなのか……」
山岡君は、随分と気の抜けた顔をしていた。
「それはそうと山岡君は兄弟とか従妹とかいるの?」
「ん、僕は男ばかり三人兄弟の真ん中。アニキは、21歳で大阪の大学に行ってる。弟はちょっと離れてて高一。あ……アイツ遠坂さんと同じ学校だ。君の2つ上になるのかな」
「あれ? あの人は、山岡っていう名前だったかも? 私が高一の時に、三年生だよね。えーと、なんか「タ」がつく名前だった。物凄いモテてた人だよね。私、同じ駅で降りるからって、友達に頼まれてラブレターを渡したことがある」
「……そんなことしてた。いや、これからするのか。武志に釘を刺しとこう」
「そうそう、それっ! 武ちゃんマンって呼ばれてた。ハンサムな家系なんだね、長岡くんち」
「そ、そろそろ病院に行ってみる? お母さんに電話してしばらく経つから、もう帰られたかもしれないよ」
「うん、昨日みたいなことにならなきゃいいけど」
「昨日? ああ……去年ね。おばあさんは何回も風邪を引いたの?」
「ううん。そう言えば入院した次の年には脳梗塞が起きて、意識が混濁してた時が多かったの。そうか、貴重な一日なんだね今日は」
「叔母さんが言われていた通りならね」
**********
二人で自転車に乗って病院に行った。
おばあちゃんの自転車は昨日よりも古びた感じがした。
こいでいるとキーキー音がする。タイヤに空気を入れても、パンパンに入らない感じがした。
昨日乗ったばかりなのに……一年経ってるんだ。
おばあちゃんも、寝たきりのまま一年経ったんだ。疲れてるんだろうな。
中学生の頃、こんなにおばあちゃんの立場に立って考えられただろうか?
自分の興味や関心ばかりに気持ちがいっていたような気がする。
最初に山岡君に病室を覗いてもらって、お母さんがいなかったので由紀恵も中に入った。部屋の入口の方から声をかけてみる。
「おばあちゃん、起きてる?」
「由紀恵、さっき来たのにまた来てくれたの?」
「……うん」
「こっちへお出で」
「でも……ここでいいよ」
「……もしかして、高校生の由紀恵かい?」
えっ?!
由紀恵と山岡君は、顔を見合わせた。
なんで……おばあちゃん?
「去年、息が出来なくなった時に助けてくれただろ? ばあちゃんがボケてただけかい?」
「遠坂さん、側に行ってあげなよ」
「でも……山岡君」
山岡君が背中を押してくれたので、由紀恵はおずおずとおばあちゃんの顔が見える所へ歩いて行った。
「また来てくれたんだね。神様がばあちゃんの願いを聞いてくれたんだ。はぁー、ありがとうございます」
おばあちゃんはそう言って、由紀恵の顔を食い入るように見ながら、やせ細った両手を拝むように擦り合わせた。
「おばあちゃん、頑張って生きててくれてありがとう。しんどい?」
由紀恵はおばあちゃんの乾いた手をそっと取って、優しく撫でた。
「いいや、しんどくなんかないさ。ばあちゃんは由紀恵の花嫁姿を見るまで頑張るからね」
「うん、約束したもんね。今日はね、ここにいる山岡君が、おばあちゃんに見せたいものがあるんだって。それを持って来たんだよ」
「そーか。そりゃあ、楽しみだ」
「じゃ、私はちょっと外に出てるから。見せてもらってね」
「ん」
由紀恵は、おばあちゃんの手をぎゅっと握って握手してから、外に出た。
しばらく廊下に立っていると、扉が開いて山岡君が中から出てきた。
「遠坂さん、おばあちゃんは眠ったよ。写真を見て、とても満足してたみたいだった」
「何の写真だったの?」
「成人式と、仕事中の遠坂さんだった」
「仕事中? ……二十歳なのに?」
「まあ、あんまり追求しないでよ、言えないんだからさ。でも二枚とも素敵な笑顔の、いい写真だったよ」
「ふぅん」
山岡君は私の夢を知らないから、つい口に出たんだ。
二十歳の時に仕事をしてた?
それを見ておばあちゃんが満足した?
………………
私、役者にならないのかもしれない。
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