神社のゆかこさん

秋野 木星

文字の大きさ
9 / 29
第二章 ゆかこさんの一年間

夏風邪

しおりを挟む
ふらふらとした足取りで、神社の社殿の前にやって来た男の人が
「ゲホッ、ゴホッゴホッ。」と咳き込み始めました。

「あらあら、どうしたの?お家で寝ていた方がいいんじゃない?」

そうですね、ゆかこさん。この人は顔も赤いです。熱が出ているんじゃないですか?


「子どもがっ。私の風邪がうつって重篤じゅうとくな状態なんです。どうか、助けてやってくださいっ。」

その男の人の中は、悔やむ心と祈りの心でいっぱいでした。

ぶるぶると震える両手で懸命に祈っています。


「まぁ、なんてこと。まだ赤ちゃんじゃないの!」

ゆかこさんには見えるんでしょうか。

「これは大変ね。」

ゆかこさんは、地面を蹴って飛び上がるとものすごいスピードで町の中心地に向かって飛んでいきます。


ゆかこさんが降りて行った建物には、中央病院の文字がありました。

病室に入ったゆかこさんは、赤ちゃんのおでこに手をあててもにゃもにゃもにゃと呪文を唱えます。

そうすると赤ちゃんの身体の中からもやもやとした黒い煙が沸き上がって来ました。

ゆかこさんはポケットから赤いバッグを取り出すと、その中に黒い煙を丁寧に畳んでしまい込みます。

「やれやれ、なんとか間に合ったわ。」

「ほぎゃ、ほんぎゃ、ほんぎゃ。」

赤ちゃんが元気に泣き出しました。ベッドの側で疲れて寝ていたお母さんが慌てて飛び起きます。

「まぁ、声がっ。」

看護士さんとお医者さんも病室の中に駆け込んできました。


「もうこれで安心ね。」

ゆかこさんは、頷いて空にふわりと飛び上がりました。

神社に帰って来ると、男の人の側に行って赤ちゃんと同じようにおでこに手を当てます。

もにゃもにゃもにゃ呪文を唱えると、今度は灰色の煙が男の人の身体から出てきました。

「この風邪はたちの悪い風邪ね。全部仕舞っておきましょう。」

灰色の煙も綺麗に畳まれて赤いバッグの中に入って行きました。


祈りを終えた男の人は、自分の喉に手をやって「あれっ?」と首を傾げています。

「お父さん、これからは気を付けないといけませんよっ。」

ゆかこさんはそう言って、くちなしの実を男の人の上で絞りました。

薄っすらとオレンジ色をした霧が、男の人の身体を包み込みます。


狛犬がもの欲しそうにくぅーんと鳴きました。

ゆかこさんが、めっと狛犬を睨みます。

「まだよ。まだ時期じゃない。」

いったいどういう意味なんでしょうか。


帰って行く男の人の足取りは、さっきよりずっとしっかりしていました。


「あー、疲れたわっ。採りたての茄子なすびで天ぷらでもしましょうか。」

そうですね、ゆかこさん。今日はお疲れさまでした。

田んぼの中で蛙たちもゲコゲコゲコと頷いています。


夏の風邪がバッグの中をガタガタッと揺らしましたよ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
児童書・童話
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

大人で子供な師匠のことを、つい甘やかす僕がいる。

takemot
児童書・童話
 薬草を採りに入った森で、魔獣に襲われた僕。そんな僕を助けてくれたのは、一人の女性。胸のあたりまである長い白銀色の髪。ルビーのように綺麗な赤い瞳。身にまとうのは、真っ黒なローブ。彼女は、僕にいきなりこう尋ねました。 「シチュー作れる?」  …………へ?  彼女の正体は、『森の魔女』。  誰もが崇拝したくなるような魔女。とんでもない力を持っている魔女。魔獣がわんさか生息する森を牛耳っている魔女。  そんな噂を聞いて、目を輝かせていた時代が僕にもありました。  どういうわけか、僕は彼女の弟子になったのですが……。 「うう。早くして。お腹がすいて死にそうなんだよ」 「あ、さっきよりミルク多めで!」 「今日はダラダラするって決めてたから!」  はあ……。師匠、もっとしっかりしてくださいよ。  子供っぽい師匠。そんな師匠に、今日も僕は振り回されっぱなし。  でも時折、大人っぽい師匠がそこにいて……。  師匠と弟子がおりなす不思議な物語。師匠が子供っぽい理由とは。そして、大人っぽい師匠の壮絶な過去とは。  表紙のイラストは大崎あむさん(https://twitter.com/oosakiamu)からいただきました。

きたいの悪女は処刑されました

トネリコ
児童書・童話
 悪女は処刑されました。  国は益々栄えました。  おめでとう。おめでとう。  おしまい。

城下のインフルエンサー永遠姫の日常

ぺきぺき
児童書・童話
永遠(とわ)姫は貴族・九条家に生まれたお姫様。大好きな父上と母上との楽しい日常を守るために小さな体で今日も奮闘中。 全5話。

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

【完】888字物語

丹斗大巴
児童書・童話
どこからでも読み始められる888字完結型のショートショート集。 ・888字でコワイ話 ・888字でミステリ ・888字でふしぎ とっても怖~いお話もあります。 夜トイレに行けなくなっちゃうかも…!?

処理中です...