指令を受けた末っ子は望外の活躍をしてしまう?

秋野 木星

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お休みは王子と共に

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 長い最初の週が終わって週末の湖曜日、トティはナサリーと一緒に街へ買い物に出かけることにした。

たぶん忍びの護衛がついて来てくれるとは思うが、基本的に彼らはトティの前に姿を現さない。忍びというのは、よほどの危険がある時だけ姿を見せると聞かされている。

家からの迎えの馬車が来て、ドルーとプリシラが嬉しそうに帰って行ったのを見て、トティも少しホームシックになってしまった。
けれど寮の部屋で、独りグジグジするのはトティの性格ではない。留学するにあたって新調してもらった茶色のスーツドレスを着ると、顔に笑顔を貼り付けて外出することにした。


「トティ嬢ちゃま、綺麗な街並みですねぇ。」

「うん、人通りも思ったより多いみたい。」

トティとナサリーは貴族学院の校門を出て、人にぶつからないように歩くというだけで気を使った。自国では物々しい馬車の行列を組んで出かけることが多いので、こうやって人ごみの中を歩くというのは、とても新鮮な経験だ。
道の両端にはレンガを使った異国の建物が並んでいる。石畳の道の先には王宮だろうか、周りの商店よりも高い堂々とした建物群が連なっていた。

「まずあそこに見える王宮に行ってみる? どっちにしろその周りに貴族御用達の店があるんじゃないかな?」

「そうですね。今日は馬車を頼んでませんから、遠くに行くことも出来ませんし、この辺りをグルっと見て回りましょう。」

セカセカと歩く都会の人たちの中を、トティとナサリーは二人でゆっくりと歩いて行った。
途中、ショーウインドーに万年筆が飾ってあるお店があった。どうも文具を売っているお店のようだ。

「これドルーやプリシラが持ってる万年筆だ! ナサリー、これ買ってもいい? 筆だとファジャンシル語の細かい文字が書きにくいの。」

「お勉強の道具はいくらでも揃えてくださいな。それもこの国を知るための一つじゃないでしょうか。」

ナサリーのいつにない太っ腹な太鼓判をもらって、トティは意気揚々と店のドアをくぐった。店に入ると表の喧騒は何かに吸い込まれるようにスッと落ち着いて、静かな空気が流れていた。

トティがドアを入って正面の目立つところに置いてある、ガラスケースの中の万年筆を熱心に眺めていると、隣で同じように眺めていた年配のご婦人に声をかけられた。

「お嬢様は学生さんなんですか? 私は久しぶりに万年筆を買うので流行にうとくって…。書きやすいものを教えていただけます?」

「ごめんなさい。私も初めて万年筆を買おうと思ってるんです。外国から来たものですから…。でも、友達が持っているのは、これとあれです。このピンクの物と同じシリーズは使いやすい最新の物だと思いますよ。なにせラザフォードさんが持ってましたから。」

「まぁ…お嬢様は、ドルーのお友達なんですか?!」

その人よりもトティの方が驚いた。

「ドルー・ラザフォードを知ってらっしゃるんですか?」

その人はゆったりと微笑んで頷いた。

「赤ちゃんの頃から知っています。失礼しました、私、ブリアン服飾店のアリソン・デクスターと申します。ラザフォード侯爵家の皆さまとはご両親の代から懇意にさせていただいてるんですよ。」

「そうなんですか。私はオディエ国から来たトリニティ・セルマといいます。」

お客様と店屋の店員の関係だけではないようだ。ドルーが呼び捨てだったし…たぶん実生活でも親しいのだろう。
世の中は狭いね。


「申し訳ない。失礼だがあなた方のお話が聞こえてきたものだから…。アリソン、こちらの方を僕に紹介してくれないか?」

少し奥のカウンターで万年筆のペン先を変えてもらいに来ていた男の人たちのうちの一人が、なぜかトティ達の方へやって来た。金髪で背が高い堂々とした若者だ。

あれ? この人、どっかで見たことがあるかも?

その人の顔を見ると、アリソンさんはギョッとしたようだった。

「で、殿下。気づきませず申し訳ありません。トリニティ・セルマ様、こちらは我が国の第二王子、アーロン殿下であらせられます。アーロン殿下、こちらはドルー・ラザフォード様のお友達のトリニティ・セルマ様だそうです。オディエ国からいらしたとお聞きしました。」

「アーロンです。貴族学院の隣にある大学の二年生なんですよ。もしかして、噂の皇女様ですか?」

「ええ、そうです。オディエ国第五皇女 トリニティ・セルマと申します。」

皇女という言葉が聞こえると、アリソンさんはびっくりして、トティの方をマジマジと見ていた。

ごめんなさいね、驚かせて…
でも私もこんな所で王子に会うとは、思わなかったよ。


「ここで会ったのも何かのご縁です。これから宮殿に帰ってお茶にするんですが、トリニティ皇女様も一緒にいかがですか?」

「いえ、私は今日は街歩きの格好ですし…ご遠慮させていただきます。」

急に言われてもね。
でもお父様や兄様なら「チャンスだ。行って来い」と言うだろうなぁ。

「今日は僕だけですから服装はその素敵なドレスでかまいませんよ。それにどちらにせよ近々、皇女様に王宮から招待状が届くと思います。歓迎パーティーをしたいと父陛下が仰ってましたから。今日は下見と言うことで、ねっ。」

なかなか押しの強い王子様だ。
なんか兄様を思い出す。

トティは誘われるままに、宮殿にお邪魔することになってしまった。
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