10 / 23
お休みは王子と共に
しおりを挟む
長い最初の週が終わって週末の湖曜日、トティはナサリーと一緒に街へ買い物に出かけることにした。
たぶん忍びの護衛がついて来てくれるとは思うが、基本的に彼らはトティの前に姿を現さない。忍びというのは、よほどの危険がある時だけ姿を見せると聞かされている。
家からの迎えの馬車が来て、ドルーとプリシラが嬉しそうに帰って行ったのを見て、トティも少しホームシックになってしまった。
けれど寮の部屋で、独りグジグジするのはトティの性格ではない。留学するにあたって新調してもらった茶色のスーツドレスを着ると、顔に笑顔を貼り付けて外出することにした。
「トティ嬢ちゃま、綺麗な街並みですねぇ。」
「うん、人通りも思ったより多いみたい。」
トティとナサリーは貴族学院の校門を出て、人にぶつからないように歩くというだけで気を使った。自国では物々しい馬車の行列を組んで出かけることが多いので、こうやって人ごみの中を歩くというのは、とても新鮮な経験だ。
道の両端にはレンガを使った異国の建物が並んでいる。石畳の道の先には王宮だろうか、周りの商店よりも高い堂々とした建物群が連なっていた。
「まずあそこに見える王宮に行ってみる? どっちにしろその周りに貴族御用達の店があるんじゃないかな?」
「そうですね。今日は馬車を頼んでませんから、遠くに行くことも出来ませんし、この辺りをグルっと見て回りましょう。」
セカセカと歩く都会の人たちの中を、トティとナサリーは二人でゆっくりと歩いて行った。
途中、ショーウインドーに万年筆が飾ってあるお店があった。どうも文具を売っているお店のようだ。
「これドルーやプリシラが持ってる万年筆だ! ナサリー、これ買ってもいい? 筆だとファジャンシル語の細かい文字が書きにくいの。」
「お勉強の道具はいくらでも揃えてくださいな。それもこの国を知るための一つじゃないでしょうか。」
ナサリーのいつにない太っ腹な太鼓判をもらって、トティは意気揚々と店のドアをくぐった。店に入ると表の喧騒は何かに吸い込まれるようにスッと落ち着いて、静かな空気が流れていた。
トティがドアを入って正面の目立つところに置いてある、ガラスケースの中の万年筆を熱心に眺めていると、隣で同じように眺めていた年配のご婦人に声をかけられた。
「お嬢様は学生さんなんですか? 私は久しぶりに万年筆を買うので流行に疎くって…。書きやすいものを教えていただけます?」
「ごめんなさい。私も初めて万年筆を買おうと思ってるんです。外国から来たものですから…。でも、友達が持っているのは、これとあれです。このピンクの物と同じシリーズは使いやすい最新の物だと思いますよ。なにせラザフォードさんが持ってましたから。」
「まぁ…お嬢様は、ドルーのお友達なんですか?!」
その人よりもトティの方が驚いた。
「ドルー・ラザフォードを知ってらっしゃるんですか?」
その人はゆったりと微笑んで頷いた。
「赤ちゃんの頃から知っています。失礼しました、私、ブリアン服飾店のアリソン・デクスターと申します。ラザフォード侯爵家の皆さまとはご両親の代から懇意にさせていただいてるんですよ。」
「そうなんですか。私はオディエ国から来たトリニティ・セルマといいます。」
お客様と店屋の店員の関係だけではないようだ。ドルーが呼び捨てだったし…たぶん実生活でも親しいのだろう。
世の中は狭いね。
「申し訳ない。失礼だがあなた方のお話が聞こえてきたものだから…。アリソン、こちらの方を僕に紹介してくれないか?」
少し奥のカウンターで万年筆のペン先を変えてもらいに来ていた男の人たちのうちの一人が、なぜかトティ達の方へやって来た。金髪で背が高い堂々とした若者だ。
あれ? この人、どっかで見たことがあるかも?
その人の顔を見ると、アリソンさんはギョッとしたようだった。
「で、殿下。気づきませず申し訳ありません。トリニティ・セルマ様、こちらは我が国の第二王子、アーロン殿下であらせられます。アーロン殿下、こちらはドルー・ラザフォード様のお友達のトリニティ・セルマ様だそうです。オディエ国からいらしたとお聞きしました。」
「アーロンです。貴族学院の隣にある大学の二年生なんですよ。もしかして、噂の皇女様ですか?」
「ええ、そうです。オディエ国第五皇女 トリニティ・セルマと申します。」
皇女という言葉が聞こえると、アリソンさんはびっくりして、トティの方をマジマジと見ていた。
ごめんなさいね、驚かせて…
でも私もこんな所で王子に会うとは、思わなかったよ。
「ここで会ったのも何かのご縁です。これから宮殿に帰ってお茶にするんですが、トリニティ皇女様も一緒にいかがですか?」
「いえ、私は今日は街歩きの格好ですし…ご遠慮させていただきます。」
急に言われてもね。
でもお父様や兄様なら「チャンスだ。行って来い」と言うだろうなぁ。
「今日は僕だけですから服装はその素敵なドレスでかまいませんよ。それにどちらにせよ近々、皇女様に王宮から招待状が届くと思います。歓迎パーティーをしたいと父陛下が仰ってましたから。今日は下見と言うことで、ねっ。」
なかなか押しの強い王子様だ。
なんか兄様を思い出す。
トティは誘われるままに、宮殿にお邪魔することになってしまった。
たぶん忍びの護衛がついて来てくれるとは思うが、基本的に彼らはトティの前に姿を現さない。忍びというのは、よほどの危険がある時だけ姿を見せると聞かされている。
家からの迎えの馬車が来て、ドルーとプリシラが嬉しそうに帰って行ったのを見て、トティも少しホームシックになってしまった。
けれど寮の部屋で、独りグジグジするのはトティの性格ではない。留学するにあたって新調してもらった茶色のスーツドレスを着ると、顔に笑顔を貼り付けて外出することにした。
「トティ嬢ちゃま、綺麗な街並みですねぇ。」
「うん、人通りも思ったより多いみたい。」
トティとナサリーは貴族学院の校門を出て、人にぶつからないように歩くというだけで気を使った。自国では物々しい馬車の行列を組んで出かけることが多いので、こうやって人ごみの中を歩くというのは、とても新鮮な経験だ。
道の両端にはレンガを使った異国の建物が並んでいる。石畳の道の先には王宮だろうか、周りの商店よりも高い堂々とした建物群が連なっていた。
「まずあそこに見える王宮に行ってみる? どっちにしろその周りに貴族御用達の店があるんじゃないかな?」
「そうですね。今日は馬車を頼んでませんから、遠くに行くことも出来ませんし、この辺りをグルっと見て回りましょう。」
セカセカと歩く都会の人たちの中を、トティとナサリーは二人でゆっくりと歩いて行った。
途中、ショーウインドーに万年筆が飾ってあるお店があった。どうも文具を売っているお店のようだ。
「これドルーやプリシラが持ってる万年筆だ! ナサリー、これ買ってもいい? 筆だとファジャンシル語の細かい文字が書きにくいの。」
「お勉強の道具はいくらでも揃えてくださいな。それもこの国を知るための一つじゃないでしょうか。」
ナサリーのいつにない太っ腹な太鼓判をもらって、トティは意気揚々と店のドアをくぐった。店に入ると表の喧騒は何かに吸い込まれるようにスッと落ち着いて、静かな空気が流れていた。
トティがドアを入って正面の目立つところに置いてある、ガラスケースの中の万年筆を熱心に眺めていると、隣で同じように眺めていた年配のご婦人に声をかけられた。
「お嬢様は学生さんなんですか? 私は久しぶりに万年筆を買うので流行に疎くって…。書きやすいものを教えていただけます?」
「ごめんなさい。私も初めて万年筆を買おうと思ってるんです。外国から来たものですから…。でも、友達が持っているのは、これとあれです。このピンクの物と同じシリーズは使いやすい最新の物だと思いますよ。なにせラザフォードさんが持ってましたから。」
「まぁ…お嬢様は、ドルーのお友達なんですか?!」
その人よりもトティの方が驚いた。
「ドルー・ラザフォードを知ってらっしゃるんですか?」
その人はゆったりと微笑んで頷いた。
「赤ちゃんの頃から知っています。失礼しました、私、ブリアン服飾店のアリソン・デクスターと申します。ラザフォード侯爵家の皆さまとはご両親の代から懇意にさせていただいてるんですよ。」
「そうなんですか。私はオディエ国から来たトリニティ・セルマといいます。」
お客様と店屋の店員の関係だけではないようだ。ドルーが呼び捨てだったし…たぶん実生活でも親しいのだろう。
世の中は狭いね。
「申し訳ない。失礼だがあなた方のお話が聞こえてきたものだから…。アリソン、こちらの方を僕に紹介してくれないか?」
少し奥のカウンターで万年筆のペン先を変えてもらいに来ていた男の人たちのうちの一人が、なぜかトティ達の方へやって来た。金髪で背が高い堂々とした若者だ。
あれ? この人、どっかで見たことがあるかも?
その人の顔を見ると、アリソンさんはギョッとしたようだった。
「で、殿下。気づきませず申し訳ありません。トリニティ・セルマ様、こちらは我が国の第二王子、アーロン殿下であらせられます。アーロン殿下、こちらはドルー・ラザフォード様のお友達のトリニティ・セルマ様だそうです。オディエ国からいらしたとお聞きしました。」
「アーロンです。貴族学院の隣にある大学の二年生なんですよ。もしかして、噂の皇女様ですか?」
「ええ、そうです。オディエ国第五皇女 トリニティ・セルマと申します。」
皇女という言葉が聞こえると、アリソンさんはびっくりして、トティの方をマジマジと見ていた。
ごめんなさいね、驚かせて…
でも私もこんな所で王子に会うとは、思わなかったよ。
「ここで会ったのも何かのご縁です。これから宮殿に帰ってお茶にするんですが、トリニティ皇女様も一緒にいかがですか?」
「いえ、私は今日は街歩きの格好ですし…ご遠慮させていただきます。」
急に言われてもね。
でもお父様や兄様なら「チャンスだ。行って来い」と言うだろうなぁ。
「今日は僕だけですから服装はその素敵なドレスでかまいませんよ。それにどちらにせよ近々、皇女様に王宮から招待状が届くと思います。歓迎パーティーをしたいと父陛下が仰ってましたから。今日は下見と言うことで、ねっ。」
なかなか押しの強い王子様だ。
なんか兄様を思い出す。
トティは誘われるままに、宮殿にお邪魔することになってしまった。
15
あなたにおすすめの小説
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
S級パーティを追放された無能扱いの魔法戦士は気ままにギルド職員としてスローライフを送る
神谷ミコト
ファンタジー
【祝!4/6HOTランキング2位獲得】
元貴族の魔法剣士カイン=ポーンは、「誰よりも強くなる。」その決意から最上階と言われる100Fを目指していた。
ついにパーティ「イグニスの槍」は全人未達の90階に迫ろうとしていたが、
理不尽なパーティ追放を機に、思いがけずギルドの職員としての生活を送ることに。
今までのS級パーティとして牽引していた経験を活かし、ギルド業務。ダンジョン攻略。新人育成。そして、学園の臨時講師までそつなくこなす。
様々な経験を糧にカインはどう成長するのか。彼にとっての最強とはなんなのか。
カインが無自覚にモテながら冒険者ギルド職員としてスローライフを送るである。
ハーレム要素多め。
※隔日更新予定です。10話前後での完結予定で構成していましたが、多くの方に見られているため10話以降も製作中です。
よければ、良いね。評価、コメントお願いします。励みになりますorz
他メディアでも掲載中。他サイトにて開始一週間でジャンル別ランキング15位。HOTランキング4位達成。応援ありがとうございます。
たくさんの誤字脱字報告ありがとうございます。すべて適応させていただきます。
物語を楽しむ邪魔をしてしまい申し訳ないですorz
今後とも応援よろしくお願い致します。
辺境薬術師のポーションは至高 騎士団を追放されても、魔法薬がすべてを解決する
鶴井こう
ファンタジー
【書籍化しました】
余分にポーションを作らせ、横流しして金を稼いでいた王国騎士団第15番隊は、俺を追放した。
いきなり仕事を首にされ、隊を後にする俺。ひょんなことから、辺境伯の娘の怪我を助けたことから、辺境の村に招待されることに。
一方、モンスターたちのスタンピードを抑え込もうとしていた第15番隊。
しかしポーションの数が圧倒的に足りず、品質が低いポーションで回復もままならず、第15番隊の守備していた拠点から陥落し、王都は徐々にモンスターに侵略されていく。
俺はもふもふを拾ったり農地改革したり辺境の村でのんびりと過ごしていたが、徐々にその腕を買われて頼りにされることに。功績もステータスに表示されてしまい隠せないので、褒賞は甘んじて受けることにしようと思う。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
神々に見捨てられし者、自力で最強へ
九頭七尾
ファンタジー
三大貴族の一角、アルベール家の長子として生まれた少年、ライズ。だが「祝福の儀」で何の天職も授かることができなかった彼は、『神々に見捨てられた者』と蔑まれ、一族を追放されてしまう。
「天職なし。最高じゃないか」
しかし彼は逆にこの状況を喜んだ。というのも、実はこの世界は、前世で彼がやり込んでいたゲーム【グランドワールド】にそっくりだったのだ。
天職を取得せずにゲームを始める「超ハードモード」こそが最強になれる道だと知るライズは、前世の知識を活かして成り上がっていく。
10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)
犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。
意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。
彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。
そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。
これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。
○○○
旧版を基に再編集しています。
第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。
旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。
この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる