指令を受けた末っ子は望外の活躍をしてしまう?

秋野 木星

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ファジャンシル王国の宮殿

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 「今日は公式訪問ではないので、通用口を使います」とアーロン殿下に言われたのだが、正門ではないとはいえ結構大きな門だった。自国の王宮は木造建築なので、石造りのごつごつとしたここの宮殿は、雰囲気が全く違う。

建物の近くに来ると、そびえたつような宮殿の威圧感に、ファジャンシル王国の威光を感じて身体中がゾクリとした。
やっぱり国力が相当違うのかもしれない。

トティは気づかなかったが、ナサリーが門の警備兵に忍びの護衛が二名いることを伝えてくれていたようだ。


アーロン殿下に案内されたのは、美しいオディエ国風の庭園を見渡せる、応接室のテラスだった。
秋の陽光が色づき始めた紅葉の葉をくっきりと照らしている。刷毛でサッと塗ったような秋の雲が、紺碧こんぺきの空に映えていた。

「綺麗…素敵なお庭ですね。」

「ここはおばあ様がお気入りだった庭なんです。気分がすぐれないといつもこのテラスの椅子に座って、庭を眺めていました。僕はただ庭を眺めているのではなくて、どこか遠いところを見ているような気がしていました。その頃は僕も幼くてわからなかったんですが、今から思えば、おばあ様は祖国に帰りたかったのかもしれませんね。」

アーロン殿下は遠い日を見ているような目をして、トティにそんな話を聞かせてくれた。

「おばあ様というと、シオン大叔母様のことですね。大叔母様は幸せではなかったのかしら?」

殿下がシオン元第一王妃と言わないのだから、トティも身内の呼称で呼んでもいいのだろう。それに隣に座っている大柄な若者が、おばあ様と一緒にいた子どもの頃を想像すると、トティも自然と優しい気持ちになるのを感じていた。

「そうですね。息子を二人、娘を一人と望外の数の子どもを持てたのは幸せだったと言えるかもしれません。僕たち孫のことも可愛がってくれましたし…。けれど…ゴホンッ、これは内々の話なのですが、おじい様には奥さんが多数おりましたし、奥さん同士の軋轢あつれきというのも多々あったようです。」

「……………」

こんなことまで聞いてよかったんだろうか?

「それは…あるのかもしれませんね。うちの母親同士も仲は悪くないんですが、父様の新しいお妾さんが現れるたびに、いくらかは動揺が広がりますから…」

跡取りのことだけなら、もう三人も息子がいるんだから充分なんだけどな。
男って本当に困った生き物だ。
でも、それがなければトティも生まれていなかったんだから、強くは言えないんだけどね。

お茶を飲みながら初めて会った人と話をするにしてはハードな内容だが、アーロン殿下とトティはふた従兄妹という血の繋がりがある。そんなこともあって、心を許せるところもあったのかもしれない。

「それにしてもトリニティ皇女殿下は写し絵で拝見した時に思った通り、おばあ様によく似た雰囲気を持っていらっしゃる。」

「え、そうなんですか? 私は母親似だと言われてるんですが。」

「髪や目の色合いはお母様に似ていらっしゃるんでしょう。けれど笑顔や所作がおばあ様を思い起こさせます。プリシラは何も言ってませんでしたか?」

「ええ、特に何も。」

「プリシィは母方のサウザンド公爵家で可愛がられてましたから、おばあ様に思い入れが薄かったのかな? けれどうちの父はお母さんっ子だったから、今度の歓迎パーティーで会ったら、何か言われますよ。」

父って、ファジャンシル16世国王陛下だよね。
しかし私って、父様の血も引き継いでたんだね。一度も会ったことがない大叔母さんに似てたなんて、思ってもみなかった。



◇◇◇



 宮殿を辞して、貴族学院の寮に戻ったトティは、リベルと一緒にいつものお花畑に散歩に行くことした。

林の出口から農業試験場の方を眺めると、今日はお休みのためか学生の数が少ない。けれど南の方のオクラの畑に見慣れた金褐色の髪が見えた。
フフッ、ダグは家に帰ってないのね。本当に研究バカなんだから…

花畑をぐるりと回って南の畑に入り、作業しているダグの背中に声をかける。

「ダグ、こんにちは。」

「ああ、トティか。週末に家に帰らなかったのか?」

「うん、遠いんだもん。そう言うダグも帰ってないじゃない。」

「ああ、今週は居残り当番なんだ。生き物相手の研究だから、誰かが世話をしてやらないとね。特にこの赤オクラはすぐに実が大きくなるから、毎日採ってやらないと食べ時を逃してしまうんだよ。」

「ふーん、そう言えばここで収穫した野菜って、どうなってるの?」 

「学院の寮の食事になってるし、余れば市場に引き取ってもらってる。」

「へー、じゃあ私も今まで食べてたんだね。」

「そうだな。学院の経営者にとっては、研究にも使えるし一石二鳥の試験場だろうな。」

ん? トティは初めてダグに違和感を感じた。
この一週間、毎日の散歩の度に会っていたダグという人間は、いかにも学者肌の狭窄きょうさく的な思考を持つ、研究一筋の学生だと思っていた。ひとたび植物について話し出すと止まらないというのはいつものことで、トティも苦笑しながら毎回ダグの講義に付き合ってきた。

嫌ならここにこなければいいのだが、ダグとのこのおかしなひと時が、勉強や外国での気を使う生活から逃れられる一時の清涼剤のような時間になっていた。最初に出会った日に、二人で眺めた夕焼け空に感じた安心感なのかもしれないし、リベルが言っていたお互いの似通った感性のせいなのかもれない。

けれどさっきの経営者の立場に立ったものの言い方は、為政者である父様たちに通じる空気を感じた。微かな違和感だったので、トティはすぐに忘れてしまったのだが、翌週その理由がよくわかることになった。
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