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18話 再会
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「……景親さま……」
唇が、愛しい人の名前を呼ぶ。
「桔梗!」
抜き身の刀を手に廊下を駆けてくるのは、景親だ。
兜はつけておらず、艶やかで豊かな彼の髪は、ただひとつに束ねて後ろに流しているだけだった。
黒い大鎧を身にまとい、白皙の頬を返り血で汚した彼は、駆けるたびに派手な金属音を鳴らしている。
白煙の中にいるからだろうか。
彼は黒を色濃くまとい、廊下にいる。
ふ、と。
目が、合った。
ほ、と彼の瞳が緩む。
「桔梗」
懐かしい声音で自分の名を呼ぶ。
がしゃり、と重い音を立てて、景親がまた一歩、自分に近づいた。
だが。
「景親様!」
桔梗は口元を手で押さえ、悲鳴を上げる。
襖が突如開き、景親の右手側から鎧姿の武者が三人、襲い掛かってきたのだ。
あぶない、と言いたかったのか。逃げて、と叫びたかったのか。
それとも、それとも、それとも。
目まぐるしく頭の中で言葉を探している目の前で。
景親の目が、白煙の中、ゆらり、と揺らぐ。
まるで、闇がそこだけ凝ったようだ。
どろり、と。
宙で彷徨い、そして、狙いをつける。
きらり、と。
何かが光ったと思ったら、景親の刀身だ。
一人目の男の頸を撫で切りにし、その隣にいた男に、強烈な蹴りを食らわせる。その反動を利用して振り返ると、三人目の男の右腕を切り落とした。
壮絶な叫びを上げてのたうつ三人目の男の背をひと突きして絶命させると、蹴りを食らって床に転倒した男の頭を撥ねた。
桔梗は。
ただ、彼の瞳を追っていただけにすぎない。
黒曜石のような瞳が、次々に敵を射すくめ、そして命を奪う様を。
黒い影が。
優雅な演武を繰り広げるさまを。
「夜叉だ……」
震える声に視線を動かすと、いつの間に来ていたのか。
年老いた方の侍女が桔梗の足元にへたり込んで、瘧《おこり》のように震えている。
「夜叉……」
そうだ。
夜叉、と呼ばれた男。
それが。
桔梗の恋焦がれた男だ。
「桔梗!」
景親が名を呼ぶ。
桔梗は走った。
「景親様!」
ひと月近くも足を動かさなかったからだろう。それに、着なれない裳のせいもあった。途中、もつれて前のめりに上体を崩す。
倒れる、と覚悟した矢先。
がっしりと受けとめられた。
ぎゅ、と抱きしめられ。
濃い血の匂いと、堅い鎧の感覚に眩暈がする。
「無事でよかった」
耳元で囁かれ、一気に涙があふれだす。
「景親様も……。景親様……。無事でよかった」
嗚咽交じりにそう言い、ぎゅ、と抱きしめ返す。
ふふ、と景親が愉快げに笑う。その声が首を滑り、背中に落ちた。
「わたしは夜叉だぞ? この国最強の男を心配するなど、世界広しと言えど、桔梗ぐらいなものだ」
涙にぬれた顔を起こすと、景親が、あのいつもの笑みで自分を見つめてくれている。
「心配……した」
ふええええ、と子どものような泣き声に、景親は更に愉し気に笑う。
「おいおい、貴人さんと桔梗よ。そういったことは、後にしてくんな」
こちらも懐かしい声に、咄嗟に首をねじる。
背後にいたのは、大鴉《おおがらす》だ。
山伏姿に錫杖を握りしめ、鶫《つぐみ》や山鳩を従えて苦笑を漏らしている。
「まずはここを脱出、と行こうぜ」
親指を立てて片目をつむって見せる彼に、景親は頷く。
「そうだな。桔梗を安全なところに……」
「なあ、この女はどうすんだ。さらって売るか?」
「この場で片付けるか?」
山鳩と鶫が、のんびりした口調で尋ねる。見れば、侍女二人をあっさりと拘束していた。
「やめて! その人たちは関係ないの!」
桔梗は慌てて首を横に振った。
「あの髪を……。私は、殺されたと伝えて」
蒼白を通り越して、能面のような顔をしている侍女たちに、桔梗は伝える。年老いた侍女の方はわずかに首を縦に振ったが、若い侍女は放心状態だ。
「待たせたな。助けて、と言われたのに、遅くなった」
景親は言うなり、桔梗を横抱きに抱える。
「ひえ……っ!」
口から奇妙な声を上げて、景親の首にきつく抱き着く。はは、と景親は笑い、桔梗に顔を寄せる。
「やはり、素顔の桔梗の方がいいな。とても」
真っ赤になる桔梗に、大鴉がこれ見よがしにため息をついた。
「だーかーら。そういうのは、後にしてくだせぇ」
やれやれ、と肩を竦めて走り出す彼の後を、桔梗を抱えた景親が続いた。
唇が、愛しい人の名前を呼ぶ。
「桔梗!」
抜き身の刀を手に廊下を駆けてくるのは、景親だ。
兜はつけておらず、艶やかで豊かな彼の髪は、ただひとつに束ねて後ろに流しているだけだった。
黒い大鎧を身にまとい、白皙の頬を返り血で汚した彼は、駆けるたびに派手な金属音を鳴らしている。
白煙の中にいるからだろうか。
彼は黒を色濃くまとい、廊下にいる。
ふ、と。
目が、合った。
ほ、と彼の瞳が緩む。
「桔梗」
懐かしい声音で自分の名を呼ぶ。
がしゃり、と重い音を立てて、景親がまた一歩、自分に近づいた。
だが。
「景親様!」
桔梗は口元を手で押さえ、悲鳴を上げる。
襖が突如開き、景親の右手側から鎧姿の武者が三人、襲い掛かってきたのだ。
あぶない、と言いたかったのか。逃げて、と叫びたかったのか。
それとも、それとも、それとも。
目まぐるしく頭の中で言葉を探している目の前で。
景親の目が、白煙の中、ゆらり、と揺らぐ。
まるで、闇がそこだけ凝ったようだ。
どろり、と。
宙で彷徨い、そして、狙いをつける。
きらり、と。
何かが光ったと思ったら、景親の刀身だ。
一人目の男の頸を撫で切りにし、その隣にいた男に、強烈な蹴りを食らわせる。その反動を利用して振り返ると、三人目の男の右腕を切り落とした。
壮絶な叫びを上げてのたうつ三人目の男の背をひと突きして絶命させると、蹴りを食らって床に転倒した男の頭を撥ねた。
桔梗は。
ただ、彼の瞳を追っていただけにすぎない。
黒曜石のような瞳が、次々に敵を射すくめ、そして命を奪う様を。
黒い影が。
優雅な演武を繰り広げるさまを。
「夜叉だ……」
震える声に視線を動かすと、いつの間に来ていたのか。
年老いた方の侍女が桔梗の足元にへたり込んで、瘧《おこり》のように震えている。
「夜叉……」
そうだ。
夜叉、と呼ばれた男。
それが。
桔梗の恋焦がれた男だ。
「桔梗!」
景親が名を呼ぶ。
桔梗は走った。
「景親様!」
ひと月近くも足を動かさなかったからだろう。それに、着なれない裳のせいもあった。途中、もつれて前のめりに上体を崩す。
倒れる、と覚悟した矢先。
がっしりと受けとめられた。
ぎゅ、と抱きしめられ。
濃い血の匂いと、堅い鎧の感覚に眩暈がする。
「無事でよかった」
耳元で囁かれ、一気に涙があふれだす。
「景親様も……。景親様……。無事でよかった」
嗚咽交じりにそう言い、ぎゅ、と抱きしめ返す。
ふふ、と景親が愉快げに笑う。その声が首を滑り、背中に落ちた。
「わたしは夜叉だぞ? この国最強の男を心配するなど、世界広しと言えど、桔梗ぐらいなものだ」
涙にぬれた顔を起こすと、景親が、あのいつもの笑みで自分を見つめてくれている。
「心配……した」
ふええええ、と子どものような泣き声に、景親は更に愉し気に笑う。
「おいおい、貴人さんと桔梗よ。そういったことは、後にしてくんな」
こちらも懐かしい声に、咄嗟に首をねじる。
背後にいたのは、大鴉《おおがらす》だ。
山伏姿に錫杖を握りしめ、鶫《つぐみ》や山鳩を従えて苦笑を漏らしている。
「まずはここを脱出、と行こうぜ」
親指を立てて片目をつむって見せる彼に、景親は頷く。
「そうだな。桔梗を安全なところに……」
「なあ、この女はどうすんだ。さらって売るか?」
「この場で片付けるか?」
山鳩と鶫が、のんびりした口調で尋ねる。見れば、侍女二人をあっさりと拘束していた。
「やめて! その人たちは関係ないの!」
桔梗は慌てて首を横に振った。
「あの髪を……。私は、殺されたと伝えて」
蒼白を通り越して、能面のような顔をしている侍女たちに、桔梗は伝える。年老いた侍女の方はわずかに首を縦に振ったが、若い侍女は放心状態だ。
「待たせたな。助けて、と言われたのに、遅くなった」
景親は言うなり、桔梗を横抱きに抱える。
「ひえ……っ!」
口から奇妙な声を上げて、景親の首にきつく抱き着く。はは、と景親は笑い、桔梗に顔を寄せる。
「やはり、素顔の桔梗の方がいいな。とても」
真っ赤になる桔梗に、大鴉がこれ見よがしにため息をついた。
「だーかーら。そういうのは、後にしてくだせぇ」
やれやれ、と肩を竦めて走り出す彼の後を、桔梗を抱えた景親が続いた。
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