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20話 姫巫女と鬼神
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夜明け。
空気を裂いて鳴り響く笛の音に、桔梗は飛び起きた。
ぼんやりする視界で周囲を見まわす。もう、燭台の明かりは消えて薄暗い。
「か……」
「しっ」
途端に、景親の掌で口を覆われる。
一糸まとわぬ彼の姿に、桔梗は身体中が熱くなる。自分だって何も身に着けていないことに気づき、そっと掛布を手繰り寄せた。
笛はその時々で止まったり、また吹き鳴らされたりしていて、景親はそれを硬い表情で聞いていた。
「大鴉、桔梗を頼む!」
景親が名前を呼び、寝台から降りたころには、大太鼓の響きが地面を揺らせていた。
景親が衣類を羽織って帯を手早く巻いた頃、天幕がめくれ上がり、旅支度を済ませた大鴉が入ってきた。
「始まる」
「ですな」
ふたりの男が目を見かわし、頷き合う。それを見て桔梗は次第に自分の身体が震え始めることに気づいた。
「か、景親さま……」
掛布で身体をくるんだまま、彼に近づこうと寝台から足を下す。
くるり、と景親が振り返った。
「桔梗」
柔らかい声。
昨晩、何度も聞いた声。
優しく、甘く、切なく、自分の名を呼んだ声。
「必ず、お前の所へ行く。待っていろ」
言うなり、振り返りもせず、天幕を出て行く。
「ご武運を」
その彼に、大鴉が深々と頭を下げた。
そうして。
戦闘の火ぶたは切って落とされる。
一気呵成に都を奪い返そうと攻め込んできた主上の軍隊と、それを阻止する景親軍とは朱雀門付近で激突。
周辺は苛烈な戦地となり、両軍ともに莫大な死者を出すことになる。
誰もが〝運命の姫巫女〟を手に入れようと必死になった。
だが。
彼女の姿をその後、見た者はいない。
戦に飲まれたか。
それとも地上を疎み、天に戻ったのか。
その行方は誰にもわからない。
そして、それは景親の晩年そのものとも似通っている。
光条親王を主上の地位に昇らせた立役者は、数年後、些細なことで疎まれることとなる。
景親は都を追われた。
領地を没収された彼はその後、仏門に入ったとも、海を渡ったともいわれるが。
確かなことは、誰にもわからない。
こうして、ふたりは歴史の表舞台から消えた。
さて、ここで、西国にある唐立寺縁起絵巻を見てみよう。
この寺は、賀仙の女武将として名高い白百合御前が生活をしていた高浜寺とも関係性の高い寺だ。
そこには、その設立をこのように記している。
「ある日、高浜寺より見目麗しい姫巫女がやってきた。
その姫巫女の髪は、実った稲穂のように金色で、瞳は若葉のような色だったという。
これは、きっと植物に霊験あらたかな姫巫女に違いない、と土地の民は寺を建立。よろこんで姫巫女を迎えた。
その礼に、と姫巫女は鴉や野鳥を使役し、いくつかの井戸と水路を作ったという。そして、土地を豊かにして民に慕われたのだそうだ。
そのころ、都には夜叉と恐れられる鬼神がいた。
夜叉はその力でもって、当時の天子を噛み殺し、国を潰し、悪徳の限りをつくした。
そこで、光条親王は討伐軍を組み、この夜叉を都から追い出すことに成功したという。
逃げ出した夜叉は傷を負いながら、賀仙まで逃げ込んできた。
土地の者は、大層恐れ、殺してしまおうとしたのだが、慈悲深い姫巫女は自らの寺に迎え入れたのだという。
夜叉は、姫巫女の説法を受け、おのれが鬼神であることを恥ずかしく思い、仏教に帰依することにした。
以降、夜叉はその力を人々のために使い、姫巫女と鬼神は末永く暮らしたという」
了
空気を裂いて鳴り響く笛の音に、桔梗は飛び起きた。
ぼんやりする視界で周囲を見まわす。もう、燭台の明かりは消えて薄暗い。
「か……」
「しっ」
途端に、景親の掌で口を覆われる。
一糸まとわぬ彼の姿に、桔梗は身体中が熱くなる。自分だって何も身に着けていないことに気づき、そっと掛布を手繰り寄せた。
笛はその時々で止まったり、また吹き鳴らされたりしていて、景親はそれを硬い表情で聞いていた。
「大鴉、桔梗を頼む!」
景親が名前を呼び、寝台から降りたころには、大太鼓の響きが地面を揺らせていた。
景親が衣類を羽織って帯を手早く巻いた頃、天幕がめくれ上がり、旅支度を済ませた大鴉が入ってきた。
「始まる」
「ですな」
ふたりの男が目を見かわし、頷き合う。それを見て桔梗は次第に自分の身体が震え始めることに気づいた。
「か、景親さま……」
掛布で身体をくるんだまま、彼に近づこうと寝台から足を下す。
くるり、と景親が振り返った。
「桔梗」
柔らかい声。
昨晩、何度も聞いた声。
優しく、甘く、切なく、自分の名を呼んだ声。
「必ず、お前の所へ行く。待っていろ」
言うなり、振り返りもせず、天幕を出て行く。
「ご武運を」
その彼に、大鴉が深々と頭を下げた。
そうして。
戦闘の火ぶたは切って落とされる。
一気呵成に都を奪い返そうと攻め込んできた主上の軍隊と、それを阻止する景親軍とは朱雀門付近で激突。
周辺は苛烈な戦地となり、両軍ともに莫大な死者を出すことになる。
誰もが〝運命の姫巫女〟を手に入れようと必死になった。
だが。
彼女の姿をその後、見た者はいない。
戦に飲まれたか。
それとも地上を疎み、天に戻ったのか。
その行方は誰にもわからない。
そして、それは景親の晩年そのものとも似通っている。
光条親王を主上の地位に昇らせた立役者は、数年後、些細なことで疎まれることとなる。
景親は都を追われた。
領地を没収された彼はその後、仏門に入ったとも、海を渡ったともいわれるが。
確かなことは、誰にもわからない。
こうして、ふたりは歴史の表舞台から消えた。
さて、ここで、西国にある唐立寺縁起絵巻を見てみよう。
この寺は、賀仙の女武将として名高い白百合御前が生活をしていた高浜寺とも関係性の高い寺だ。
そこには、その設立をこのように記している。
「ある日、高浜寺より見目麗しい姫巫女がやってきた。
その姫巫女の髪は、実った稲穂のように金色で、瞳は若葉のような色だったという。
これは、きっと植物に霊験あらたかな姫巫女に違いない、と土地の民は寺を建立。よろこんで姫巫女を迎えた。
その礼に、と姫巫女は鴉や野鳥を使役し、いくつかの井戸と水路を作ったという。そして、土地を豊かにして民に慕われたのだそうだ。
そのころ、都には夜叉と恐れられる鬼神がいた。
夜叉はその力でもって、当時の天子を噛み殺し、国を潰し、悪徳の限りをつくした。
そこで、光条親王は討伐軍を組み、この夜叉を都から追い出すことに成功したという。
逃げ出した夜叉は傷を負いながら、賀仙まで逃げ込んできた。
土地の者は、大層恐れ、殺してしまおうとしたのだが、慈悲深い姫巫女は自らの寺に迎え入れたのだという。
夜叉は、姫巫女の説法を受け、おのれが鬼神であることを恥ずかしく思い、仏教に帰依することにした。
以降、夜叉はその力を人々のために使い、姫巫女と鬼神は末永く暮らしたという」
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