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10話 11月3日 伊勢+御子柴邸
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「ただいまー」
シチューをぐるぐると掻きまわしていたら、リビングの扉が開いた。
夜風とともに帰宅したのは陽太だ。
「おかえり」
コンロの電源を切り、さて皿やカトラリーをと考えていたら、どすり、と音がした。
また倒れたのか、とぎょっとして陽太を見るが、どうやらビジネスバッグを放り出しただけのようだ。
身軽になった陽太は、ぎゅっと涼子を抱きしめる。
「疲れたー。今日の夕飯を楽しみに帰ってきたー」
「あ、そう」
在宅ワークが中心になって以来、不思議と涼子は鼻が利くようになった。特に外気や持ち込まれたものについている匂いには敏感だ。
今日の陽太からは、湿気とかすかに甘いコーヒーの匂いがした。
「ぼくは今日一日予定通りだったよ。涼ちゃんは?」
「予定通りと言えば予定通りかな」
一日に決めた分量の文字は書いたし、カクヨムとなろうを更新させた。家中の窓は磨いたし、ずっと気になっていた風呂のカビも除去できた。
「よかった」
言うなり、また頭頂部分にキスを落とされる。
「おい」
うんざりしながら、どんと涼子は彼を突き放す。陽太は特に抵抗せず、相変わらずにこにこ笑っていた。
「そういえば」
「そういえば?」
スーツ姿のまま、陽太はおうむがえしする。涼子は食器棚からシチュー皿を出しながら続けた。
「いつも通りじゃない、といえば」
「なんかあった? あ、手、洗ってくる」
洗面所に向かう陽太の背中に、涼子は話しかけた。
「なおこちゃんの手紙のことをカクヨムにアップしたら、情報来た」
「え。コメントに?」
ざぁざぁと水音に交じって陽太の声が聞こえてくる。涼子は冷蔵庫を開けて、サラダをいれたタッパーを取り出しながら応じる。
「コメントじゃない。近況ノート。しかも1年前の」
「へぇ。……なんで1年前?」
ネクタイを緩めながら陽太がリビングに戻って来る。
「直近で動いている近況ノートなら不特定多数の人が目にするから、かなぁ」
それしか考えられない。
そのメッセージに気づいたのは、Outlookを開いてチェックをしているときだった。
近況ノートにメッセージがあると通知を受け、何気なくカクヨムのページに入り、最新の近況ノートコメント欄を見たが。
ない。
一番に考えたのは「消した」だった。
コメントを書いたものの消去したら、こちらのメールには受信履歴が残るが、カクヨムにはメッセージが残らない。
涼子はもう一度Outlookに戻り、今度はそのメールからページに飛んだ。
あった。
メッセージは1年前に更新した近況ノートに書かれていたのだ。
「見られたくない内容ってこと?」
陽太はソファのひじ掛けに腰かけ、こちらを見る。
リビングに置かれたソファはテレビと正対している。陽太はいつも座面に座らず、キッチンにいる涼子を見るためにひじ掛けに座るのだ。
「なのかなぁ。まあ、近況ノートを最初から最後まで見ていく人もいるっちゃいるけど……」
例えば陽太《こいつ》がそうだし、熱烈アピールでお仕事依頼をしてもらった編集さんもそうだった。
「まあ、普通は最新から少しさかのぼる程度だろうから。コメント欄とかになると読む人も限られるから……。それに『読んだら消去して』とも言ってきててさ」
「どんなやばい話なんだよ」
陽太が眉を顰めるから、涼子は笑った。
「提供したい情報に、ちょっとプライベートがのぞくんじゃない? だから残しておきたくないとか」
「……まあ、そう……なのかな」
「先にお風呂入る? 入らないのならご飯の準備するけど」
「あ、先に入っていい? 今日汗かいたし」
世界中を震撼せしめた感染症の大流行時、涼子も陽太も教員だった。
とにかく予防と消毒を徹底していた。そのひとつが「帰宅と同時に風呂」だった。
その名残なのか、ふたりともいまでは教育関係とはまったく違う仕事をしているというのに、いまでも「帰宅→風呂」だ。
「そう。じゃあ、お先に」
涼子はサラダのタッパーを戻し、代わりに缶ビールを一本取り出した。陽太の「あ!」という声は、プルタブを上げる音に消える。
「適正酒量!」
「超えることはないやん、最近」
「まあ……酔った君も好きなんだけど」
「はいはいはいはいはいはい」
「なにその返事。あ! ……照れてるんだね。わかってるよ、涼ちゃん」
「わかってない。なにひとつわかってない」
吐き捨て、缶ビールを持ったままキッチンから出た。
ソファの真ん中にどかんと座り、足を組んで缶ビールを喉に流し込む。
「そういえば、最初に『なおこちゃんの手紙』を相談したいって言ってた人からはその後どうなったの?」
相変わらずひじ掛けに腰かけたまま、陽太が尋ねる。
「三沢? ……そういえばなんの連絡もないな」
本当になんだったんだ、と小首をかしげる。
ぴこん、と。
通知音が鳴った。
陽太がスラックスのポケットからスマホを取り出すが、「ぼくじゃない」と言う。
涼子はローテーブルに缶を置き、自分のスマホを手に取った。
「私だ」
LINEに通知が来ている。
涼はスライドさせてトーク画面を出した。
優奈
田村さんの件、聞いてる?
19:33
りょう
連絡は来たよ。「いまは結婚して三沢です」って。ちらっと話は聞いたけど、詳細がわかんなくって。
19:34 既読
優奈
田村さんの通う小学校、大変なことになってるらしい。いま、警察とかも動いているとか
19:34
りょう
警察? なにそれ
19:35 既読
優奈
詳しいことは私もわかんないけど、うちの子、隣の校区なんだよね。学校から一斉メールが来て、明日全校集会が開かれるみたい。
りょうならなんか知ってるかな、って思って。
19:35
りょう
詳しいことは私が知りたい。
そういえばゆんちゃんの上の子も小学生だっけ。ねえ、『なおこちゃんの手紙』って知ってる?
19:35 既読
優奈
『なおこちゃんの手紙』? 知らないなぁ……。あ、旦那帰ってきた。またなにかわかったら知らせて!
19:36
りょう
(敬礼をするスタンプ)
19:35 既読
シチューをぐるぐると掻きまわしていたら、リビングの扉が開いた。
夜風とともに帰宅したのは陽太だ。
「おかえり」
コンロの電源を切り、さて皿やカトラリーをと考えていたら、どすり、と音がした。
また倒れたのか、とぎょっとして陽太を見るが、どうやらビジネスバッグを放り出しただけのようだ。
身軽になった陽太は、ぎゅっと涼子を抱きしめる。
「疲れたー。今日の夕飯を楽しみに帰ってきたー」
「あ、そう」
在宅ワークが中心になって以来、不思議と涼子は鼻が利くようになった。特に外気や持ち込まれたものについている匂いには敏感だ。
今日の陽太からは、湿気とかすかに甘いコーヒーの匂いがした。
「ぼくは今日一日予定通りだったよ。涼ちゃんは?」
「予定通りと言えば予定通りかな」
一日に決めた分量の文字は書いたし、カクヨムとなろうを更新させた。家中の窓は磨いたし、ずっと気になっていた風呂のカビも除去できた。
「よかった」
言うなり、また頭頂部分にキスを落とされる。
「おい」
うんざりしながら、どんと涼子は彼を突き放す。陽太は特に抵抗せず、相変わらずにこにこ笑っていた。
「そういえば」
「そういえば?」
スーツ姿のまま、陽太はおうむがえしする。涼子は食器棚からシチュー皿を出しながら続けた。
「いつも通りじゃない、といえば」
「なんかあった? あ、手、洗ってくる」
洗面所に向かう陽太の背中に、涼子は話しかけた。
「なおこちゃんの手紙のことをカクヨムにアップしたら、情報来た」
「え。コメントに?」
ざぁざぁと水音に交じって陽太の声が聞こえてくる。涼子は冷蔵庫を開けて、サラダをいれたタッパーを取り出しながら応じる。
「コメントじゃない。近況ノート。しかも1年前の」
「へぇ。……なんで1年前?」
ネクタイを緩めながら陽太がリビングに戻って来る。
「直近で動いている近況ノートなら不特定多数の人が目にするから、かなぁ」
それしか考えられない。
そのメッセージに気づいたのは、Outlookを開いてチェックをしているときだった。
近況ノートにメッセージがあると通知を受け、何気なくカクヨムのページに入り、最新の近況ノートコメント欄を見たが。
ない。
一番に考えたのは「消した」だった。
コメントを書いたものの消去したら、こちらのメールには受信履歴が残るが、カクヨムにはメッセージが残らない。
涼子はもう一度Outlookに戻り、今度はそのメールからページに飛んだ。
あった。
メッセージは1年前に更新した近況ノートに書かれていたのだ。
「見られたくない内容ってこと?」
陽太はソファのひじ掛けに腰かけ、こちらを見る。
リビングに置かれたソファはテレビと正対している。陽太はいつも座面に座らず、キッチンにいる涼子を見るためにひじ掛けに座るのだ。
「なのかなぁ。まあ、近況ノートを最初から最後まで見ていく人もいるっちゃいるけど……」
例えば陽太《こいつ》がそうだし、熱烈アピールでお仕事依頼をしてもらった編集さんもそうだった。
「まあ、普通は最新から少しさかのぼる程度だろうから。コメント欄とかになると読む人も限られるから……。それに『読んだら消去して』とも言ってきててさ」
「どんなやばい話なんだよ」
陽太が眉を顰めるから、涼子は笑った。
「提供したい情報に、ちょっとプライベートがのぞくんじゃない? だから残しておきたくないとか」
「……まあ、そう……なのかな」
「先にお風呂入る? 入らないのならご飯の準備するけど」
「あ、先に入っていい? 今日汗かいたし」
世界中を震撼せしめた感染症の大流行時、涼子も陽太も教員だった。
とにかく予防と消毒を徹底していた。そのひとつが「帰宅と同時に風呂」だった。
その名残なのか、ふたりともいまでは教育関係とはまったく違う仕事をしているというのに、いまでも「帰宅→風呂」だ。
「そう。じゃあ、お先に」
涼子はサラダのタッパーを戻し、代わりに缶ビールを一本取り出した。陽太の「あ!」という声は、プルタブを上げる音に消える。
「適正酒量!」
「超えることはないやん、最近」
「まあ……酔った君も好きなんだけど」
「はいはいはいはいはいはい」
「なにその返事。あ! ……照れてるんだね。わかってるよ、涼ちゃん」
「わかってない。なにひとつわかってない」
吐き捨て、缶ビールを持ったままキッチンから出た。
ソファの真ん中にどかんと座り、足を組んで缶ビールを喉に流し込む。
「そういえば、最初に『なおこちゃんの手紙』を相談したいって言ってた人からはその後どうなったの?」
相変わらずひじ掛けに腰かけたまま、陽太が尋ねる。
「三沢? ……そういえばなんの連絡もないな」
本当になんだったんだ、と小首をかしげる。
ぴこん、と。
通知音が鳴った。
陽太がスラックスのポケットからスマホを取り出すが、「ぼくじゃない」と言う。
涼子はローテーブルに缶を置き、自分のスマホを手に取った。
「私だ」
LINEに通知が来ている。
涼はスライドさせてトーク画面を出した。
優奈
田村さんの件、聞いてる?
19:33
りょう
連絡は来たよ。「いまは結婚して三沢です」って。ちらっと話は聞いたけど、詳細がわかんなくって。
19:34 既読
優奈
田村さんの通う小学校、大変なことになってるらしい。いま、警察とかも動いているとか
19:34
りょう
警察? なにそれ
19:35 既読
優奈
詳しいことは私もわかんないけど、うちの子、隣の校区なんだよね。学校から一斉メールが来て、明日全校集会が開かれるみたい。
りょうならなんか知ってるかな、って思って。
19:35
りょう
詳しいことは私が知りたい。
そういえばゆんちゃんの上の子も小学生だっけ。ねえ、『なおこちゃんの手紙』って知ってる?
19:35 既読
優奈
『なおこちゃんの手紙』? 知らないなぁ……。あ、旦那帰ってきた。またなにかわかったら知らせて!
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りょう
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